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真の銃撃を、白蛇武者は巧みに回避した。
白蛇武者の一体と十夜が互いに向かって駆け出す。
槍で殴りつけてくる白蛇武者を見て、十夜は悟った。殺意は無く、ただ痛みつけるに留めるつもりでいると。
(ある意味やりづらいな。こっちは手加減抜きでいいのか?)
戸惑いを覚えつつ、十夜は振るわれた槍を手で掴んで受け止める。
「おぉっ!」
十夜が思わず叫び声をあげる。白蛇武者が槍を引くと、想像していた以上に強い力で引っ張られ、十夜の体が宙に飛ばされたからだ。しかし十夜は槍を放してはいない。
空中を半回転して着地した十夜に対し、エカチェリーナが右手をかざし、黄緑の液体を放出する。
十夜は槍を手放して、液体を回避した。先程の戦闘を見て、液体を浴びると体が固まって動けなくなることは知っていた。
真が今度はエカチェリーナに銃撃を行う。二発撃って、一発はエカチェリーナ自身を狙い、もう一発は行動予測後を狙った。
エカチェリーナは回避を引試みるも、行動予測後を狙った弾が腹に直撃し、前のめりに倒れる。
「エカさん!」
「痛たた……平気や。防弾繊維通さんかったわ」
陽菜が叫ぶが、エカチェリーナは痛みに顔をしかめながら立ち上がる。
「伽耶、麻耶、力を使い続けろ」
銃を構えたまま、真が指示を出した。
「力を消す力で、どれだけ消耗があるかはわからない。でも、消耗しないはずがないし、使っている分、渦畑陽菜の注意をそちらに向かせることが出来る」
「ようするに囮」「つまりは餌」
『そして根競べ』
「吹雪荒れ狂え~」「おお……コンクリートの壁よ、今こそ傲慢なる人類に反逆せよ~」
真の指示に従い、伽耶と麻耶が魔術を行使する。通路に吹雪が吹き荒れ、壁が砕けてつぶてとなって、陽菜とエカチェリーナに襲いかかる。
だが伽耶と麻耶が発動させた術は、すぐに綺麗さっぱり消滅させられた。
「その子は二人分力を使えるみたいだけど、消耗具合はどういう判定なの? 一人? 二人?」
牛村姉妹の魔術を消した陽菜が問いかける。
「体力は一人分」「精神力は二人分、食欲は一人分、知力一人と半分」
「半分は麻耶の方ね」
「いいや、伽耶の方のつもりで言ったから」
喋りながら、互いにむっとした顔になる伽耶と麻耶。
「ほんまおもロいな、この子等」
エカチェリーナが笑いながら銃を抜き、真に向けて撃つ。
真は避けてから撃ち返そうとしたが、思い留まった。背後に異様な気配を感じた。
黄緑の液体の塊が、真の背後から襲いかかってきた。真は後方を視認せず、勘だけで避けた。
「よー今ノかわせたな~」
感心と呆れと驚愕が混ざった声をあげるエカチェリーナ。
「銃痕から能力を発動させるか、あるいは銃弾に能力を込められるんだろう? 昔似たような能力を持つ奴がいた」
言いつつ真は、自分を蛆虫と呼んで身をくねらせる男のことを思いだしていた。
「ちょっ……こっちヤバい……かも」
白蛇武者二人がかりの猛攻を受けるようになった十夜が、あからさまに防戦一方になって、ヘルプを出す。
真は十夜に視線を向けることさえ出来なくなった。エカチェリーナが猛然と攻撃を仕掛けてきたからだ。しかし十夜の声を聞いて、ピンチだという事だけは伝わった。
(四対二の戦いだというのに、こちらが不利になっている。あの渦畑陽菜一人で、十夜と伽耶と麻耶の三人を相手にしている。僕が渦畑の相手をして、中山エカチェリーナを伽耶と麻耶と十夜が相手をするのが、理想の組み合わせだ。でも伽耶と麻耶に中山エカチェリーナと戦わせようとしても、結局は渦畑が力を消しにかかる。そうなると力を消耗させる作戦を取らせておいて、僕が中山エカチェリーナを相手にし続けるしか選択肢が無い。どこかで出し抜いて、逆転させる手があればいいんだが……)
エカチェリーナとの銃撃戦を行いながら、真は頭を巡らせるが、この状況を覆す良い手は思いつかない。
(僕が何とかエカチェリーナを倒して、陽菜に対して攻撃するか、あるいはエカチェリーナとの銃撃戦の合間に隙をついて、矛先を変えて陽菜を奇襲するかのどちらかだ)
そして真は後者を選んだ。エカチェリーナに神経を集中させ、綻びが訪れる瞬間を待つ。
だがエカチェリーナもわかっていた。真が隙を見て陽菜を攻撃しに回るであろうと。故に、真に隙を与えまいと息をつく間も無く銃撃を行い、銃痕からは液体の塊を飛ばしまくって、前後から真を攻撃し続ける。主に自身がリロードする合間に、液体を飛ばしている。
(もう一つの可能性としては……伽耶と麻耶が削り合いの根競べに勝つことだな。しかしその前に十夜が……)
真は三人の様子を確認する暇もない。エカチェリーナにのみ神経を集中させている。
やがて均衡が崩れた。十夜が白蛇武者二人の攻撃に耐えられなくなり、槍の柄で足をすくわれて倒されたのだ。そして倒れた十夜の喉と腹部のすぐ手前に、白蛇武者二人の槍が突きつけられる。
「銃を置いて。能力の発動もやめて。もう貴方達の負けよ」
陽菜が切ない表情で、厳しい声を発する。
「もう頃合いじゃない? 降参してよ。甘いと馬鹿にしてもいいけど、私は貴方達を傷つけたくないの」
そして懇願するかのような声音で降伏喚起する陽菜に、真の戦意も消失した。
「わかった……。馬鹿にはしないし、ありがたいよ」
真は小さく息を吐いて銃を下ろした。伽耶と麻耶も術を唱えるのをやめる。
(ほんま甘いわ。ま、陽菜の感性は表通りのそれとあんま変わらへんし、しゃーないけどな。この甘さがいつか命取りにならんよう、うちが傍で支えてやらんと……)
陽菜を見てエカチェリーナは思う。
「ごめん……先輩」
「お前のせいじゃない」
槍を突きつけられた十夜が謝罪し、真は短くフォローした。
「強いな、あんた」
エカチェリーナに視線を向け、真が称賛を口にする。
「はんっ、おチビ君も中々頑張ったやん。場数踏んどるようやな」
汗を拭いながらエカチェリーナは真に微笑みかける。体力の消耗具合ではエカチェリーナの方がずっと上だ。能力を発動させまくりながら、必死に動き回っていた。
「ま、お互い怪我人出なかっただけよかったでしょ」
「ちょっと待ちー。うち、防弾繊維で防いだとはイえ、腹撃たれてめっちゃ痛いんですけドー。痣になってそうや」
陽菜の言葉に突っ込むエカチェリーナ。
「撃たれた痛いの治れ~」「ぷよぷよのぽんぽん回復~」
「え……?」
伽耶と麻耶が呪文を唱えると、エカチェリーナの腹部の痛みが消える。
「い、痛くなくなったわ……。あ……ありガとさん……って、ぷよぷよのぽんぽん言うなっ」
「どういたしまして」「事実だし、言霊に嘘はいけない」
礼と共に抗議もするエカチェリーナに、伽耶と麻耶はにっこりと微笑んだ。
「何でもありな力ね。これこそチートだわ……」
「あんたが言うか」「尽く術を消してくれた人に言われた」
怖そうに見て呟く陽菜に、伽耶と麻耶が突っ込んだ。




