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(何だよこいつは……。二人いるし、凄まじく禍々しい気配だし、真っ黒だし)
二人のデビルを見て、ただならぬ異様さを感じ取り、カシムは鼻白んでいた。
(まあ、助けに入って俺を攻撃した時点で敵なのはわかっている。それで十分だ)
気を取り直し、側にいるデビルと向かい合うカシム。
(面白い。良いセンスだ)
獣の頭蓋骨を模した仮面と花嫁衣装という組み合わせを見て、デビルは目を細めた。デビルの審美眼に叶った。
シャムシールを振るうカシム。
デビルが手をかざす。かざした右腕から急速に何本もの枝葉が生え、デビルの腕が枝葉に包まれる。
カシムの刀剣はデビルに届かず、枝葉によって受け止められた。何本かの枝葉は切断されるも、枝葉の多さと密度によって、剣の勢いは完全に殺されてしまった。
(それがどうした)
目を細めたカシムが能力を発動させる。剣が枝葉をすり抜けて、デビルの首へと及ぶ。
刃がデビルの喉元を切り裂き、血が噴き出る。
(はっ、血は赤いんだな)
カシムが仮面の下で笑ったその刹那――
「うわわっ!」
思わず叫んでのけぞるカシム。葉が光出したかと思うと、至近距離から無数のビームを放ってきたのだ。
すり抜け能力でビームもやり過ごすことは出来るが、攻撃を当てるタイミングに、すり抜け能力は使えない。この時は完全に実体化していた。
仮面の半分がビームによって割られたが、カシムにダメージは無かった。かなり際どかったが、全てのビームを避けることが出来た。
「やってくれたな……」
カシムがもう一人のデビルを見る。喉を切り裂いた方は倒れている。
(死んだふり……)
うつ伏せに倒れたデビルが、口の中で呟く。
「つーか何で二人いるんだ。どっちかが偽物か? 双子か?」
もう一人のデビルに向かいながら問いかけるカシムだが、当然デビルは答えない。
真正面から迫るカシムの足元に向かって、デビルが手を動かして何かを放つ。
カシムはすり抜け能力を用いて、デビルが放った何かに対処しようとしたが、それはカシムに当たることなく、カシムが進む先の足元に落ちた。
(え? 一円玉?)
足元に落ちたものを一瞥し、カシムが怪訝な顔になったその直後――
「ぶっ!?」
カシムが前のめりに盛大に転んだ。
(転び方が不自然に見えたんだけど……。足の滑らせ方とか、物凄かったし)
カシムが転倒する様を見て、訝る凡美。
「何だ……こりゃ……」
起き上がろうとしたカシムだが、床に手をついた瞬間、手までもが滑って再び突っ伏す。摩擦消去能力を用いたのだ。
身動きが取れなくなったカシムを見下ろしつつ、デビルは、肩、上腕、背中から、次々と枝葉を生やしていく。そして葉が次々と発光していく。
カシムはそんなデビルを睨み、ほくそ笑んでいた。ビームが来ることはわかっている。その機になればビームをすり抜けることも出来る。しかしそれをする気は無い。
無数のビームが一斉に放たれる。それと同時に、カシムの姿が消える。
ビームの眩い光に紛れて、カシムは床に潜り込んで姿を消していた。床の摩擦が消失していようと、床の中は自由にすり抜けて動くことが出来る。
カシムがデビルの背後から浮き上がり、鈎爪をデビルの背に突き刺した。爪の先端は胸まで抜けている。
「ははっ、ざまーみろっ! 俺の方が一枚上手だったなァ!」
デビルの返り血を浴びながら、勝ち誇るカシム。
そのカシムの後方に、もう一人のデビルが現れた。
「え……?」
カシムが気配を感じて振り返る最中、デビルは手刀をカシムに突き刺した。
「ぐぅ……!」
腹を貫かれ、カシムは大きく目を見開き、くぐもった声を漏らした。透過能力を即座に発動していたが、微妙に間に合わず、腹部にダメージを負ってしまった。幸いにも、内臓が傷つく前にすり抜けは成功していた。
いつの間にか背後に回って不意打ちをしてきたのは、先程シャムシールで喉を切り裂いて殺したと思ったデビルだった。平面化してこっそり移動していたのだ。
「はは、ざまーみろおれのほーがいちまいうわてだったなー」
距離を取るカシムに向かって、淡々と告げるデビル。
「俺はそんな棒読みしてねーだろ……」
「おれはそんなぼーよみしてねーだろ」
オウム返しされて顔をしかめるカシムに、デビルはさらにオウム返しを行う。
鈎爪で貫かれたデビルが、倒れることなくカシムの方に振り返る。
(おい……どういうことだ……。こいつは不死身か? 再生能力もあるのか? わけわかんねー……)
致命傷を与えたはずの二人のデビルが、平然と動いている様を見て、カシムは慄く。
(駄目だ。こいつには勝てない。得体が知れなさすぎる。このまま戦っていたら殺される)
カシムはそう直感し、床の中に潜った。
「カバディッ」
その様を見たカバディマンも、大急ぎで逃亡する。
「ありがと。助けてくれて」
凡美がデビルに礼を述べる。二人のデビルはくっついて一人へと戻った。
「偶然の導き」
溜息をついて一言告げると、デビルは平面化して濃い影の塊と化し、その場を移動して、建物の奥へと向かっていく。
「あいつ、何しにここに来たんだ?」
「さあ……」
勤一が疑問を口にするが、凡美にもわかるはずが無かった。
***
「人喰い蛍」
蟻広が術を唱える。大量の三日月状の小さな光滅が、蟻広の周囲に出現したかと思うと、即座に凛めがけて解き放たれる。
「みそメテオ」
みその塊が大量に降り注いで、人喰い蛍を打ち消していくが、全ての人喰い蛍を潰すには、数が全く足りていない。しかしそれでも数をそれなりに減らすことが出来た。
襲い来る人喰い蛍の回避を試みる凛であったが、何発かが腕や足を貫いた。脇腹も貫かれている。
(改めて……殺傷力の強い……厄介な術ね)
血塗れになりながら片膝をつく凛。黒鎌で倒れないように体を支えている。
「やられた振りをしているのか? まだ余力あるだろ。闘志が消えていないぞ」
蟻広がつまらなさそうに言うと、妖魔銃を凛に向けた。
(見抜かれてたか。まあいいわ)
傷口にこっそりみそを詰めながら、凛はその場で黒鎌を振るった。
蟻広はその動作を見て、横に跳躍して離れた。
蟻広のいた空間の後ろから黒鎌が現れる。柄が液状化した黒鎌が、蟻広を上からすくいとるような動きで斬りかかったが、蟻広は回避していた。
(私がこの場で鎌を振る動作をしただけで、攻撃が来ると察知して逃げたの?)
(危なかったー。殺気満々で、動かずに鎌振ってくるとか、遠隔攻撃とか転移攻撃だろうと思ったけど、やっぱりだ)
凛は驚愕し、蟻広は胸を撫でおろす。
(今度はこっちの番……)
回避した直後、改めて妖魔銃を撃とうとした蟻広であったが、晃の銃撃の方が速かった。
今度は回避が遅れた。銃を持つ腕が貫かれる。
(胸を狙ったんだけどなー。残念。でも二人がかりでくればいいと言ったから、お望み通りにしてやったぜ)
脚をやられて立てない晃が、自らの危険も省みずの攻撃を行った。これで反撃が晃の方に及べば、回避は不可能だ。
「蟻広……」
柚の視線が、ツグミから逸れ、蟻広へと向けられる。
蟻広の腕からは、かなりの血が流れていた。動脈を撃ち抜かれている。
(蟻広が重傷だ。あの出血は、放っておいてよい怪我ではない。追い詰められているわけでもなし。無理して戦わず退くが得策ではないか?)
柚はそう判断して、逃走へと注力することにした。
「おい……」
空間が歪み、亜空間トンネルが出現したかと思うと、蟻広を引きずり込んだ。
「これにて失敬する」
「ばいばい」
頭を垂れて別れを告げる柚に、笑顔で手を振るツグミ。仲間をかばって退散する者に、追い打ちをかける気にはなれなかった。
「痛み分けか。痛たたた……」
晃が凜の方を見る。早くみそで怪我を治してくれることを期待している。
「退いたからよかったようなものの、あんたをかばうために私が出て踏ん張ったのに、あのタイミングでのフォローは余計だったわ。もっと危機的状況ならともかく」
「えー、凛さんを助けたつもりなのに、そりゃないよ」
みそで回復しようとせず、まず小言から入る凛に、晃は唇を尖らせた。
「凛さん、御言葉だけど、今のは雲塚先輩のナイスな判断だと僕には思えたよ。敵が隙を見せた所で撃ったし、それで敵を退かせたんだから」
「結果論的にはね。それは認めてるけど注意はしとかないと」
ツグミがフォローすると、凛は息を吐いて言い、晃の治療に向かった。




