13
その日、オキアミの反逆の面々はずっと襲撃に備え、神経を張りつめさせていた。その状態を維持しながら、さっさと襲撃してこいと思う者も多くいた。
夕方になって、ようやくオキアミの反逆アジトに襲撃が行われた。
衝撃と轟音。オキアミの反逆ビルの上の階に、それは突っ込んだ。
全身血で塗りたくったような巨大怪鳥が、窓を突き破った状態のままになっている。
怪鳥が口を開くと、口の中からオキアミの反逆のサイキック・オフェンダーや、雇われた腕利きが現れ、アジトの内部へと侵入していった。
早速戦闘が開始される。通路で超常の攻撃が飛び交う。銃声も響く。
「空から襲ってくるとは思ってなかったわ。しかもこんな派手に」
「侮ったラあかん。強い能力者もオるようや」
陽菜とエカはその様子をモニターで確認している。
巨大怪鳥は突っ込んだ半身を引き抜くと、少し移動して別の窓に頭部を突き入れた。
部屋の中に何人かの人がいる。陽菜とエカチェリーナもその部屋にいた。巨大怪鳥はそれらを襲うつもりでいたが――
「大人しくなーれ」「地上にばいばーい」
突き入れた部屋にいた伽耶と麻耶が呪文を唱えると、巨大怪鳥は、ビルから離れ、ゆっくりと降下して着地し、そのまま動かなくなる。
「何シたん?」
同じ部屋にいたエカチェリーナが尋ねる。
「大人しくさせた」「地上にばいばいさせた」
『見ての通り』
同時に答える伽耶と麻耶。
数秒後、怪鳥が正座する裸の男に変化した。そのまま地面で裸のままじっと正座している。
「あれ、人間が変身しトったんかい……。ちゅうか道路の真ん中で裸で大人しく正座しトるの笑えるな」
モニターで外の映像を見たエカチェリーナが笑う。
(この頭二つの子もかなりの力の持ち主みたいね。今の能力もよくわからないし。戦意を喪失させる力?)
伽耶と麻耶を見て、陽菜は脅威と感じる。今は味方だが、いつ敵になるかわからないとして、疑っている。
「正面からも攻めてきヨったな」
「敵の数が多いし、激戦になりそう。エントランスの兵は足りてるの?」
「十分に配置シてあるわ。数だけちゃう。質もええの選んどいたかラ」
「犠牲を抑えるためには出し惜しみはしない方がいいっていう理屈ね」
「圧倒的な戦力デ叩き潰すためにな。せやけど、これは超常の戦いヤから、戦闘の定石は通じへンで。特殊な力一つで、ひっくり返ってまうこともあるよ」
正面口とエントランスのモニター画面を見やりつつ、エカチェリーナと陽菜が話している。
その正面口の激戦区には、勤一と凡美が配置されていた。
「さよならパーンチ!」
全身青黒い肌になってマッチョ化した勤一が、巨大な拳のヴィジョンを繰り出し、三名のぽっくり連合兵士をまとめて屠った。
凡美も棘付き鉄球を巨大化して振り回し、ぽっくり連合の兵士達を寄せつけまいとしているが、近接戦闘タイプの者が二名、攻撃の合間を巧みにくぐって、オキアミの反逆の兵士達の側まで肉薄した。一人はフードを目深に被った男性。もう一人は露出度の高い女性だ。
オキアミの反逆の兵も黙っていない。両腕から無数の直剣、湾刀、槍、鉈、斧、槌などといったあらゆる得物が飛び出した大男が、二人の侵入を阻もうと立ちはだかる。両腕を振り回すと、それらの武器が一斉に乱れ飛ぶ。
(私をグレードアップしまくったような人ね)
両腕大量得物男を一瞥して、凡美は思う。
体術に自信がある女性は、飛んでくる武器群を見ても慌てなかった。全てを避け、いなしきれると思っていた。だが、女性の動きが急に止まった。
女性の足が、スライムのようなもので覆われ、地面に張り付いた状態になっている。オキアミの反逆の他の能力者の仕業だ。
動けない女性の体に、ありたっけの得物が降り注ぎ、切り刻まれ、串刺しにされると、スライムトラップで支援した者も、女性自身も、攻撃した両腕得物だらけの者も、確信していたが、そうはならなかった。
飛ばされた武器の数々が、女性に届く正にその直前に、一斉に消失した。
フードを目深に被った男が、いつの間にか両腕得物男の真後ろにいた。転移能力の持ち主だったのだ。そのフード目深男が呪符を放ち、両腕得物男の首筋に呪符を張りつけた瞬間、飛んでいた得物が消え、男の両腕がただの腕に戻っていた。両腕得物男は放心したような顔で崩れ落ちる。
女は助かったと息を吐いたのも束の間、すぐ横に迫っていた勤一の腕が薙ぎ払われた。女の頭部が胴体より離れて、勢いよく吹っ飛んで壁にバウンドして地面に落ちる。頭部を失った胴体は、ゆっくりと横に向きに倒れる。
「さよならパーンチ!」
勤一は転移したフード目深男にも攻撃を加える。
拳のヴィジョンがフードを引き裂いたが、男には当たっていない。男は勤一の攻撃を見もせずに勘だけで避けると、そのままアジトビルの入口の中へと、単身で侵入してしまう。
(大した奴だ。しかしたった一人で中に入ってどうする? 中だってオキアミの反逆の能力者がうじゃうじゃいるってのに)
勤一は男への追撃を諦める。単身突入したその男が、相当の実力者であることはわかるが、一人での強引な突入は、無謀としか思えない。
エントランスの中にいた兵士達が、男の侵入を阻止しようとしたが、その場で固まってしまっていた。そしてどういうわけか、攻撃を加えようとしない。
「敵ではありませんよ。誤解しないでください」
勤一他の攻撃を潜り抜けて、ビルの中にまで一人で突入したその男は、オキアミの反逆の兵士達に向かって、にっこりと愛想良く笑ってみせた。
「大丘さん? どこに行ってたんです?」
突入してきた男を見て、オキアミの反逆の兵士の一人が尋ねる。苗床の管理者であり、東との繋ぎ役である彼は、オキアミの反逆内でも知られていた。しかし彼こそがぽっくり連合の創設者だとは、まだ知れ渡っていない。陽菜とエカチェリーナは、真達の報告を疑い、知らせていなかったのだ。
「ぽっくり連合の中でスパイ活動していたんですよ。彼等と一緒に攻めてくるしかなかったのですが、やっとここまで来られました。では――」
大丘は笑顔のまま告げると、オキアミの反逆のサイキック・オフェンダーがひしめくエントランス内を、悠然と歩いていく。そのあまりの堂々とした所作に、誰も止めようとする者がいない。
『大丘は敵や! 裏切っタんや! ぼけーっと見とらんで、いてこませ!』
エントランス内にエカチェリーナの怒声が響く。
「おおっと、そう上手くはいきませんでしたか」
大丘が笑顔のまま数枚の札を抜く。
札が放たれ、人と虫が合成されたような姿の異形――虫人間が次々と現れる。
虫人間とオキアミの反逆の兵士との戦いが開始される。
「食らえっ!」
大丘を直接狙う者もいた。掲げた両手の上に巨大な炎の塊を作ると、大丘に向けて放った。
飛んできた炎の塊を、大丘は難無く避けたが、炎の塊は大きくUターンして、再び大丘を襲う。
さらに他の者も、大丘めがけて攻撃に移る。虫人間数体だけでは、とても抑えられない。敵の数はその何倍もいる。
大丘に向かって飛来する炎の塊が、突然消えた。炎の塊を飛ばした者の股間から胸にかけてまで、下から振り上げられた刃によって、鋭利な刃物によって切断されていた。
すぐ隣にいた女が、喉元に鈎爪を突き刺される。
右手に曲刀、左手には長い鈎爪をはめ、顔には獣の仮面を被り、花嫁衣装を身に纏った者が床から浮き上がる。
「ありがとうございます。カシム君」
大丘が礼を述べ、花嫁姿のカシムに視線が集中している間に、転移を行ってその場から姿を消した。
「敵の方が勢いあるぞ」
入口で踏ん張っている味方が次々と殺されていく様を見て、勤一が言った。
いつの間にか、敵が入口を取り囲む格好になっている。入口左右に展開していたオキアミの反逆の兵士達は、すでに全滅していた。
「数でも質でもオキアミの反逆の方が上と、陽菜は言っていたのにね。今見た限りはそうは見えないわ」
息を弾ませながら凡美。先程から二人は奮戦して何とか敵を食い止めようと、そして味方に犠牲を出さないようにしているが、段々と厳しくなってきた。
「カバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディ」
カバディマンが銃を撃つ。銃弾が凡美の腕をかすめる。
「入口はもう駄目だ! 中に下がれ!」
勤一が叫ぶと、オキアミの反逆の兵士達は建物の中へと入っていった。
凡美が避難した姿を見届けると、勤一も中に入る。
当然だがぽっくり連合の兵士達も、アジトの中へとなだれ込んでくる。
エントランス内では、すでにカシムが一方的な蹂躙を行っていた。透過能力を持つ彼を傷つけることは、誰にもできなかった。
「そこまでだ! 花嫁!」
腕組みした金剛悠魔が現れ、カシムの前に立ち塞がる。彼のチームの者も全て健在だ。
(屈強かつ残忍な花嫁とは。ううむ、そそる。踏みつけられたい)
カシムの姿を見て、金剛の性癖が疼く。
「ひええぇ~、お助け~」
情けない声をあげて逃げ惑っているのは壁村だ。エンランス内に配置されていたが、戦闘はからっきしだ。
その壁村の前に、巨大なヒヨコが立ち塞がった。壁村が足を止め、慄く。
「ピヨッ」
「むぎゅっ」
ピヨコが飛び上がり、壁村を押し潰した。
「壁村さん、そのまま動かないで。死んだふりしてて」
デカヒヨコの上に乗っているツグミが、デカヒヨコの下敷きになっている壁村に囁いた。
「そ、そっか、情報収集のために潜り込んだ言うてたな。助かったわ」
安堵する壁村。
ツグミの後方には、凛と晃の姿もあるが、今の所積極的に交戦してはいない。
「おいおい、情けないな。押されちまってるぞ。マイナス33」
ガムを噛みながら現れた蟻広が、エントランス内での戦闘の様子を見て言った。
「柚、仕方ないから助太刀してやるぞ。正直もう助ける必要も無いんだが、渦畑陽菜は純子のオキニみてーだから、しゃーない」
「承知した」
蟻広が言うと、少し遅れて現れた柚が頷き、首からかけている宝鏡から光が溢れた。
エントランス内にいる多くの者が、柚の光に目を取られる。
その隙をついて、蟻広が銃を抜いて撃つ。銃身、リボルバー、グリップから、様々な目玉やキノコや内臓器官のようなものが生えている銃――妖魔銃と呼ばれる、ユキオカブランドの魔道具である。
着弾点から巨大な臓腑が溢れ出し、近くにいるぽっくり連合の兵士を飲み込んでいく。
鏡から溢れた光の中から、光り輝く巨大な蟹が三体現れ、ぽっくり連合と交戦しだす。
「どんぐりを使うと味方も巻き添えにしそうだ」
光が収まった時、柚がぽつりと呟いた。巨大化して爆発するどんぐりのことを言っている。
「あの二人、中々面白そうじゃん」
そんな柚と蟻広を指して、晃が言った。
「面白くないし、刺激しないでおきなさいよ。って、こっち見たわね」
晃の声が聞こえていたようで、蟻広と柚は、凛達のいる方に視線を向けてきた。
「昔の凛さんはもっと好戦的だったのに、随分慎重になっちゃったねー」
「あんたのおかげでね」
蟻広と視線を合わせたまま晃が茶化すと、凛は溜息をつく。
「あの子も僕と同じく、イメージ体を作って操る系か。前に二回くらい見たことがあるかな。あれ? 二回だったかな」
柚を見て言うツグミ。柚の方も、ツグミに視線を向けていた。
「止まらない……。どこに潜んでいるかわからないから、止められない……」
金剛の隣にいる痩せぎす男が、手をかざしてきょろきょろと見渡しながら、震える声を発する。
彼は物質の運動の力を奪ったうえに、後方へと押し返す能力を持っている。この力のおかげで、金剛のチームを護り、支えてきた。
しかし床の中に沈んだカシムがどこにいるのかわからない。相手の場所がわからないようでは、彼の能力も無意味だ。
「現れた瞬間に俺が何とかする。その時、お前等で――」
台詞途中に、金剛は大きく身を捻った。
「カバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディ」
カバディマンの銃撃だった。
「おのれ! 人が喋っている最中に! けしからん!」
金剛が怒り、足踏みを行う。
巨大なヨーヨーが現れて、カバディマンを襲う。しかしカバディマンは巧みに避ける。
金剛の部下の大半を占める、遠距離攻撃系の能力者達もカバディマンを攻撃するが、カバディマンは尽く避けていく。
「おのれ、ちょこまかと……」
「ぐげっ!」
悔しげに顔を歪める金剛の横で、悲鳴が発せられた。
見ると、痩せぎす男の背から鈎爪が突き入れられ、胸まで貫かれている、心臓を貫かれ、致命傷だ。痩せぎす男の背後には、膝まで現れた仮面の花嫁の姿があった。
「貴様ぁぁぁぁ!」
激昂した金剛であったが、その側頭部を銃弾が穿った。カバディマンの銃撃だ。
「あいつ……ふざけているようで、中々やるじゃねーか」
カバディマンを一瞥して呟くカシム。
「うわあああぁっ! 兄貴ぃぃ!」
「よくも兄貴をおぉぉ!」
斃れた金剛を見て、手下達が叫びながら、カシムとカバディマンに襲いかかる。
カシムは床に沈んでは現れを繰り返しながら、次々と金剛の手下を屠っていく。ガハディマンも遠距離攻撃をひょいひょいとかわしながら、銃で反撃を行い、金剛の手下達を確実に一人ずつ射殺していく。
「こいつら、やるな。特に床に沈む花嫁衣装の奴は厄介だ」
「床に沈む花嫁仮面は、攻撃もすり抜けてるわよ。これは私が担当した方がよさげ」
そんなカシムとカバディマンを見ていた者がいた。勤一と凡美だ。
「ん? 入口で気張ってた二人組じゃねーか」
金剛の手下を全滅させた所で、カシムは自分を見る勤一と凡美に気付き、獣の頭蓋骨の仮面の下で笑った。




