9
夜。晃、凛、ツグミの三名は、ぽっくり連合のアジトに宿泊させてもらうこととなった。
「鶴賀先生は相変わらずなの?」
安楽二中を卒業して大分経つ晃が、ツグミに様子を聞く。
「うん、変わらなーい。気難しいけど、たまに物分かりもよくなるー」
「僕がいた時は気難しい部分ばかり目立ってたけどなー」
「でも鶴賀先生だからこそ話が通じるってケースもあるんだ。そういう所は尊敬できる。でもやっぱり気難しいし、何かとサッカー部中心で、たまに疲れるね~」
「やっぱりそんな感じか~」
ツグミの話を聞き、微笑む晃。
「僕が思うに、気難しい人間を相手にするコツは、相手の気難しさを考慮しないことだよ。そんな人間の気持ちなんていちいち気にしてたら、こっちが疲れちゃうもん」
「あははは、さっすが雲塚先輩だー。同感~」
「同感~」
「同族~」
「同族~」
「同胞~」
「同胞~」
「それは何の儀式?」
同じ台詞を口走りながらハイタッチしあうツグミと晃を見て、凛が微笑みながら尋ねる。
「すっごい今更だけどさ、ここに泊まっても平気なの? ツグミの知り合いがいて敵認定されているし、危ないよね」
「あー……うー……。私のせいで皆危なくなって、スパイ計画も実行困難になっちゃったーい……」
晃が疑問を口にすると、ツグミが頭を抱える。
「何のために私がいると思ってるの。亜空間トンネルの中で寝ましょう。ベッド運び込んで。ただ、敵にも空間使いがいる可能性があるから、注意も必要だけどね」
凛が言った。
「寝ている間に私の怪異に警備を頼んでおく~」
と、ツグミ。
「寝ている間も能力発動できるんだ」
超常の力をもたない晃だが、これまで見てきた超常の能力者達は、意識が無くなると大抵力が消えていたので、ツグミの台詞を聞いて少し意外と感じた。
「悪魔のおじさんや影子なんかの、アーキタイプならね。あ、それとさー、凛さんの亜空間トンネルもいいけど、私の絵の世界に入るのも有りかなー。あ、でも出入り口開きっぱなしだから問題かな」
「絵の世界って?」
ツグミの台詞を聞いて、凛が尋ねる。
「正確には絵の世界に入るというより、絵の世界をこっちの世界に被せる感じかなあ。説明ムズいし、伝わるかどうかわからないけど」
「累もそんな力があるって言ってたね。累の場合は、亜空間イコール絵の中の世界という感じみたいだけど」
ツグミの解説を聞いて、凛が言った。
「あ、僕もそれ聞いた」
「あ、私も累君に聞いたー」
「同族~」
「同族~」
またハイタッチしだす晃とツグミ。
「凛さんも一緒にやろー」
「やろーやろー」
「嫌」
晃とツグミが呼びかけるが、凛は笑顔で拒絶する。
ノックの音がして、凛とツグミの表情が変わった。警戒を露わにしている。一方で晃はのんびりしたままだ。
「襲撃してくるならノックなんてしないよ」
緊張を漂わせている凛とツグミを見て晃が言う。
「そう思わせておいて、近付いた所に不意打ちかましてくる可能性もあるでしょ」
「もちろんその可能性もあるだろうけど、低いと思うな。奇襲するならさ、問答無用でいきなり襲った方が成功率高そうだ」
凛が言うが、晃は否定した。
「どちらさまー? 何の御用~?」
晃が声をかける。
「大丘越智雄です。話したいことがありまして。私一人です」
返ってきた声を聞き、ツグミの表情がより険しくなる。
「目当ての相手が一人で来たんだ。絶好の好機だよねえ? ツグミ」
「話をしたいと言っているんだから、話を聞いてみるよ」
晃がツグミを覗き込む。ツグミは扉を見据えたまま静かに答える。
「どうぞ」
凛が警戒しながらドアの鍵を外し、扉の近くに佇んで入室を促す。敵であったらすぐに対応する構えだ。荒事のために雇われた身であるが、雇われるに至った経緯や、相手が大丘であることを考えると、油断できない。
「どうも」
扉が開かれ、これまでと変わらない、爽やかな笑みを張りつかせて会釈する大丘。ツグミ達は疑わしげな眼差しで大丘を見ている。
「入ってもよろしいですか? ここで立ち話をするのは躊躇われる内容です。ぽっくり連合の者にも、あまり聞かせたくない内容ですので」
「入れるつもりで開けたんだし、ごちゃごちゃ言ってないで入りなよ」
断りを入れる大丘に、晃が緩い口調で告げる。
「オキアミの反逆と取引していたミルメコレオの晩餐会、その幹部だった大丘さんが、どうしてオキアミの反逆に盾突こうとしているのか、謎だよね」
大丘が話をするより前に、ツグミの方から切り出した。
「その疑問は、今はひとまず置いておいて、こちらの質問からいいですか?」
笑顔のまま伺う大丘。誰も返事はしない。
「貴方達は何のためにぽっくり市に訪れたのですか? いえ、普通に考えれば、PO対策機構の先遣隊のようなものでしょう」
「偵察隊程度だよ」
「威力偵察になっちゃってるけどね」
大丘の疑問に対し、晃と凛が言った。
「普通に考えればそうであると受け取れますね。しかし――本当の目的は別にあるのでしょう?」
「うん。私は大丘さんをやっつけに来た」
大丘の疑問に対し、ツグミが硬質な声で答えた。
大丘が笑顔をツグミに向ける。張り付いた笑みを見て、ツグミは嫌悪感がかきたてられる。この笑顔のまま、いとも容易く人の命を奪える男だ。
「そうですか。それは怖いですね。でもそれだけではありません。貴方達の目的というより、相沢真君の目的は、雪岡純子さんを見つけることでしょう?」
「得意げに言い当てたつもりなんだろうけどさ、それってこっちから流した情報だからね。少なくともオキアミの反逆内では知れ渡っているはずだよ。つまりあんたは、オキアミの反逆内の情報は最速で掴んでいない。距離を取っているのか、あるいは追放されて近寄れないかかな?」
晃が皮肉っぽい口調で推測を口にする。
「おっと……それは意外でした。そして御明察です。私は今オキアミの反逆とは距離を置いています。あちらの情報には疎いですね。しかし追放されたという事はありませんよ」
半分認め、半分否定する大丘。
「組織内の情報を仕入れていないことはともかくとして、真が純子を探すためにここまで来たことを見越して、私達に接触した理由こそが本題なんでしょ。晃の得意げな指摘も、わりと検討外れなのよね……。話の腰を折ってるだけ」
「えー、ひどいよ凛さん」
凛の指摘を受けて、晃は苦笑する。
「で、貴方は純子と面識あるの?」
凛が問う。
「ありますよ。直接指導を受けたこともあります」
「指導って?」
「苗床の育成についてですよ。ああ、苗床というのは、各地からここに送られている若者達ですね。私もミルメコレオの晩餐会を通じて、人身売買のような形式で大勢の若者達を送りました。まあ人身売買とは言っても、嫌がる者を無理に送ることはせず、自分の意思で決めてもらっていますが」
「逆らったら頭にきて撃ち殺すの?」
珍しくツグミが、冷たい声で皮肉った。
「そこまでしたことはないですね。少なくとも記憶にありません」
「そっかー。洋司君のお兄さんを殺したことも、もう記憶にないんだ」
ぬけぬけと答える大丘に、ツグミは拳を固く握りしめながら、なお冷たい声を発する。
「話を続けますね。私は組織の歯車に過ぎず、雪岡さんが何をしようとしているのか、その全容は知らされていませんでした。指示された通りに働いていただけです。しかしその一方で、彼女が何をしようとしていたか、独自に調べていたのですよ」
爽やかな笑顔が、ここで少し得意げな笑みへと変わっていた。
「私はオキアミの反逆に入り、ミルメコレオの晩餐会へと派遣され、苗床の勧誘と指導の仕事に就きました。私はこの仕事の意味を知らされることもなかったので、持ち前の好奇心が働き、色々と調べました。そして知ったのです。半年前の覚醒記念日以降、世界は変わってしまいましたが、それを引き起こしたのが雪岡さんだという事を知り、彼女がさらなる大きな変化を求め、オキアミの反逆のボスである渦畑陽菜と共に、計画を進めていることを知りました」
そこまで喋った所で、大丘は一旦話を区切る。
「その計画を知ったから、オキアミの反逆や純子に反感を抱き、こうして相対する立場になったと?」
数秒の間を置いてから、凛が口を開く。
「そういうことですね」
大丘は頷いた。
「純子の計画って何? まあ何かまた企んでいるからこそ、皆の前から姿を消したってことはわかっていたけどさ」
「それは現時点では言えません。貴方達が本当に私の味方になってくれるのでしたら、話しますよ」
凛が問うと、大丘は語をすくめてまたぬけぬけと言ってのけた。
「ははは、それさあ、本当の味方かどうかとなんて、あんたに信じられるの? 今だって形の上では味方になってるよねー。一体何をもってして本当の味方なんだか。そんで、どうして現時点で本当の味方とやらになれる理由があるってのさ」
馬鹿馬鹿しいと笑い飛ばす晃。
「そういう経緯があったからこそ、私はオキアミの反逆を裏切りましたし、貴方達にも、ひょっとしたら味方になってくれないかと期待しているということを、伝えておきたかったのです。しかし、味方に引き込むには雪岡純子の目的を話す必要がありますか……。うーん……これは味方になるかどうかわからない人に、おいそれと話していいものか――」
「私の前であんなことをして……私は貴方の命を狙っているのに、堂々と味方になれって? 大丘さん……凄いよね。凄い馬鹿な人だよ。私より馬鹿だ」
ツグミは堪えきれなくなって、大丘の話を遮って毒づいた。
「どうあってもこちらにつく気は無いと?」
「一応は味方だよ。ぽっくり連合に雇われにきたんだからさ。今は味方。いつ裏切るかわかんないけど」
大丘が最後の確認のつもりで伺うと、ツグミはひどく淡々とした口振りで告げた。先程の悪態といい、こんなツグミを、晃はこれまでほとんど見たことがない。
「わかりました。気が変わることを期待していますよ」
「純子の目的とやらは気になるけど、別に貴方が話さなくても、そのうち嫌でもわかるわ」
立ち去ろうとする大丘に、凛がどうでもよさそうに告げる。
「録音した内容を真に送っておくわ。私達ではなくて、あの子が飛びつきたい情報だし、真がこの場にいればよかったのにね」
大丘が部屋を出た所で、凛が言う。
「すまんこっこ……。私、抑えられなくて駄目駄目なこと言っちゃったかも。何かみっともな~い……。二人の私を見る目が変わりそ~」
ツグミが頭を抱えながらおどけた口調で嘆く。いつものツグミに戻ったように見えて、晃はほっとする。
「別にあのくらいなら問題無いわ」
凛が微笑み、フォローする。
「色々謎が深まった気もする。あいつがキーを握っているとわかっただけでもいいし、情報を引き出す手はあると思うぜー。凛さんはいずれわかることだって言ってたけどさ、その情報を先取りしておくことで有利に働くか、不利にならない可能性だって、あるわけじゃーん」
「こちらの興味を惹くために、あるいは混乱させるために、出まかせ言ってる可能性だってあるのよ。まあ……出まかせでは無いと思うけど」
晃の意見も尤もだと思う凛であったが、だからといって、大丘から無理に情報を引き出す必要も無いと感じていた。




