8
半年前、スノーフレーク・ソサエティーのティム・フォモールによって破壊された、グリムペニス日本支部ビルの改築が、今日ようやく終わった。
グリムペニスはこの半年間、政界、財界、メディア、司法に至るまで、妖怪に改造した者を送り込み、その地盤はさらに強化されている。
そんなグリムペニスの最高幹部クラス達が集い、会議を行っていた。
「順調で何よりです。サイキック・オフェンダーの討伐も、いい具合に運んでいますしね」
宮国比呂が言う。彼は真祖の吸血鬼である。
「東の制圧は苦労したが上手くいったのー。しかし西はどうなることやら」
と、化け狐の一族の長であるチロン。
「ぐぴゅう……しかし気に入らないぞ。スノーフレーク・ソサエティーは協力を要請しても一切応じず、あたし達だけ働かせて、自分達は力を蓄えてやがるんだぞー」
グリムペニス所属のマッドサイエンティストである音木史愉が、不満顔で言った。
『勇気の要請でも応じなかったからな。もううちらとはとことん敵対関係にあると見ていいですよ』
その発現をした者は、この場にいない。大抵彼女は、ネットで繋いで姿を見せない。マッドサイエンティスト三狂の一人草露ミルクだ。
「政馬はミルクのことが特に気に入らないみたいだぞ。あたしはあいつらが気に入らないぞ。サイキック・オフェンダー共を制圧したら、あいつらをぶっ殺してやりたいぞ。ぐぴゅっ」
史愉が物騒なことを口走る。
「ヨブの報酬や貸切油田屋の動きも気になります」
と、宮国。
『あいつらは自分の領土内のサイキック・オフェンダーの対処に忙殺されているみたいだ。その一方で何か企んでいる可能性も、もちろんあるがな』
「いえ、ヨブの報酬の幹部や頭目のシスターは今、日本にいるのです。彼等に関しては、サイキック・オフェンダーの対処がひと段落したようですよ」
ミルクの考えを打ち消す報告を行う宮国。
『何しに来やがったんだか……』
「どうも勧誘活動をしているようです。超常の能力の覚醒者が増えているので、その取り込みですね。シスターや直属の部下がそれらを行うとなれば、人選はかなり厳選するのでしょうな」
『なるほどなー』
宮国の話を聞いてミルクは納得した。
「ぐぴゅう。真達が今偵察に行ってるし、その報告待ちッス」
「真はよく働くのー」
史愉が言い、チロンが感心する。
(純子を探しに行ったんだろうな……)
ミルクは見抜いていた。
***
腕組みして仁王立ちする金剛を注視する真。
(殺気があれば反応できる。しかし昨今の裏通りの戦闘の傾向と同様に、殺気が全く無いから、足踏みを見て反応するかない。行動阻害の能力だから当然と言えば当然だが)
極めて単純明快な行動阻害支援系能力。しかし決して軽視できない力だと真は見ていた。
金剛が足を動かす。真は即座に反応してその場を飛び退き、銃口を金剛に向ける。
動きかけた金剛の足が止まった。
(やられた……)
真は舌打ちしたい気分になった。フェイントだった。
金剛が足踏みする、回避しながら銃撃を行おうとした真の上から、巨大な金ダライが降ってきて、真の頭部を直撃した。
「昔のコントで見た」「痛そう」
「それはともかくばりあー」「一応でぃっふぇーんす」
ひるんだ真に向かって、金剛の部下のサイキック・オフェンダー達がまた一斉に飛び道具で攻撃しだしたので、伽耶と麻耶が護る。
「あの二つ頭が防御しているのか。こいつらの力を完全に防ぐとは、中々……」
金剛も少し焦れていた。こちらの攻撃が尽く通じていない。
「伽耶、麻耶。あいつの足踏みで出てくるものは防げないか?」
頭部への痛打を受けて少しよろけながら、真が尋ねる。
「普通の防御では突き抜けてくるから、防御の仕方を考えて」
「おまけに発動が速い」
伽耶と麻耶が揃って難しい顔になって答える。
「うわっ」
十夜が接近しようとした所に、また金剛が足踏みして、動きを止めた。今度は巨大なイソギンチャクが現れて、十夜をすっぽり包み込んだ。
金剛が能力を発動した瞬間を狙い、真が銃を撃つ。
「無駄だっての」
しかしまた痩せぎすにやつき男の力によって、銃弾が空中で止められた。停止した銃弾は空中で少しずつ押し戻されてから、地面へと落された。
動きを止められた十夜には、また複数の能力者から遠距離攻撃が飛ぶが、伽耶と麻耶が防ぐ。
(中々いいチームだな。連携も手早い。戦い慣れている)
金剛達を見て真は、その実力を認める。
「兄貴、あいつらの防御も固いで。このままじゃ持久戦だ。手を変えてみーへん?」
部下の一人が金剛に進言する。
「そのようだ。このまま同じ攻防をしても無意味。綻びを作ってやろう。しかし敵もまた同じことを考えているぞ。あいつのあの顔は、そういう顔だ」
無表情な真を見て、にやりと笑う金剛。
「同じ顔に見えるけどなー、兄貴には違う顔に見えるんか」
「まあな。見えてしまったと言った方がいいか」
真を見て頬をかく部下に、金剛は言った。
「伽耶、麻耶、テレパシーで僕の心を読み取れ」
作戦を耳打ちしに行こうものなら、また行動を阻害されると見て、真が要求した。
「ほいきた。真の頭の中りーでぃんぐ」「真のエロエロ性癖全部スケスケー」
伽耶と麻耶が呪文を唱える。
「テレパシーも使えるのか、あの二つ頭」
真の台詞を聞いて、金剛の部下の一人が唸る。
「十夜に心の囁き~」
麻耶が小声で呪文を唱える。
(十夜、あーやるからこーやる感じで)
麻耶の念話が、イソギンチャクから解放された十夜の頭の中に響く。
(了解)
心の中で応じ、十夜は金剛を見た。
「やれ!」
真が叫び、ジャケットの裏から手榴弾を抜き取ってみせる。
金剛が足踏みする。標的は真だ。真の足元に巨大バナナが出現したかと思うと、勢いよく地面を滑り、真もバナナの動きにつられて転倒する。
「てれぽーとしろー」「わーぷわーぷ」
一方で牛村姉妹が呪文を唱えていた。
金剛とその手下達ははっとする。十夜の姿が消えたのだ。
消えたと思った刹那、十夜が金剛のすぐ背後に現れる光景を、部下の二名ほどが目撃した。しかし何も対処できなかった。十夜は予め、姉妹が何をするか、自分が何をしたらいいか、真の指示を伽耶と麻耶の念話経由で伝えられていたからだ。
十夜が金剛の太い胴に両腕を回し、後からがっちりと掴む。
「なっ!?」
金剛は胴を掴まれた時点で、十夜の存在に気付いた。
「メジロぶっこ抜き高角度ジャーマン!」
十夜が叫び、弾みをつけて勢いよく己の胴をそらすと、金剛の体を高々と持ち上げ、綺麗にブリッジを描く格好で後方に投げて、アスファルトに金剛の頭部を叩きつけた。
「やった!」
「綺麗。正に人間橋。別名原爆固めだけど」
伽耶か歓声をあげ、麻耶がうっとりとする。
「兄貴ぃっ!」
「うわっ、凄い血だ。これヤバいんじゃ……」
部下の一人が叫び、別の一人は頭部から激しく出血する金剛を見て慄く。
十夜が側にいる部下に襲いかかろうとする。
「待て待て! 降参だ!」
その十夜に向かって、痩せぎす男が手をかざして叫んだ。
十夜は無視して攻撃しようとしたが、体が動かなかった。いや、前方に体が進まなかった。痩せぎす男は手を大きく開いて、十夜に向かってかざしたままだ。この男の力によって、それ以上前に進めなくなっているのだと察する。
痩せぎす男の力が十夜に向いていると見て、真が痩せぎす男に向かって銃を撃つ。
しかし痩せぎす男に銃弾は届かない。また空中に固定されている。
「やるな、あいつ。能力の対象は一つだけじゃないのか」
十夜と銃弾の双方を止めた痩せぎす男を見て、真は称賛する。
「急いで兄貴をアジトに運ぶぞ! 回復能力ある奴に治してもらう!」
「お、応!」
「金剛兄ぃ~、しっかりし~」
部下達が金剛を担いでそそくさと退散する。痩せぎす男は手をかざしたままの格好で殿を務めて退散した。
「逃げ出した」
「でも一応勝ち」
「結構手強かった」
伽耶、麻耶、真が言う。
「これでオキアミの反逆とは不仲が決定的になっちゃったね」
戻ってきた十夜が言う。
「良いチームだった。伽耶と麻耶がいなかったら、どうなったかわからないな」
「えっへん」「称えよ崇めよ御礼に彼女にせよ」
伽耶と麻耶が胸を張り、揃って得意満面になる。
「ボスは話がわかるタイプかもしれないと期待したが、あいつが口にしていた、一ヶ月に一度犯罪オッケールールを聞いて、やっぱり駄目そうな気がしている」
金剛達の立ち去った方向を見ながら、真は心の中で溜息をつく自分を思い浮かべていた。




