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真、十夜、牛村姉妹は壁村と別れ、ぽっくり市の繁華街を散策していた。
「普通の街と言いたい所だけど、所々に弾痕や血痕が見受けられるね」
十夜が言う。
「サイキック・オフェンダーの仕業だけじゃないと思う。暗黒都市だった時代に、戦場のティータイムの侵攻もあったからな。それに暗黒都市時代にも抗争はあっただろう」
「ああ、そうか……」
真に言われて、納得する十夜。
「でも今は平和に見える」「普通の町」
「何が普通……何が平和や……」
伽耶と麻耶が言うと、その声が聞こえたらしい通行人の老婆が、忌々しげに吐き捨てた。
「何、今の?」
「平和ではないってこと?」
きょとんとした顔になる伽耶と麻耶。
「やめーやーっ!」
少しダミ声気味の少女の悲鳴が、離れた場所から響く。
『悲鳴だ』
「行ってみよう」
伽耶と麻耶と真が言い、四人は悲鳴のした方へと向かった。
繁華街の大通りの真ん中。男複数で制服姿の女子高生を取り押さえようとしている。女子高生は激しく暴れている。通行人達はそそくさと逃げ出している。
「拉致現場?」「レイプ現場?」
姉妹が呟く。
「でもそれにしては何かおかしいような……」
十夜が道路に寝そべった一人の男を見て言った。女子高生の丁度足元で、大男が腕組みして仰向けに寝ているのだ。
「おい、さっさと踏ませろ。あ、馬鹿。靴だけ脱がせたんじゃ駄目だ。横着するなっ。生足を寄越せ」
腕組みをして寝た大男が偉そうな口調で命じる。背も高く体格もがっちりしている。顔にはタトゥーなのか染料なのか、歌舞伎の隈取が施されている。
「すみませんっ、兄貴」
部下と思われる男が二人がかりで、女子高生の靴下を脱がしにかかる。
「やめーや! 放せーっ! 変態っ! も~、誰か助けてーっ!」
女子高生は恐怖より怒りを露わにして、激しく拒絶していた。
「脱がせました。兄貴」
悪戦苦闘の末、やっと片方の靴と靴下を脱がした部下が報告する。
「よーし、踏ませろ」
「へいっ」
「ウスッ」
隈取大男が命じると、部下達が女子高生の足を掴んで隈取大男の上に乗せて、体重をかけさせようとする。
「もっとちゃんと踏ませろっ。強くだっ。思いっきりだっ」
苛立ちを込めて隈取大男が要求する。
「おい、何をしてるんだ?」
銃を突きつけて問う真。
「見てわからんか? レイプだ」
堂々と答える隈取男。
「あん? 何? このガキら」
「ちょ……顔二つあるし……」
「チャカなんぞでビビルと思てんの? ワイらサイキック・オフェンダーやぞ」
「見世物ちゃうで。それともその顔二つも混じりたいんか」
部下達が真達の方を見て凄む。
「構図的に、レイプされているように見えるんだけど、そういう趣味?」
十夜が問う。
「失敬な! 俺は女の顔を思いっきり踏ませて、その恥辱に興奮する性癖なだけだ! 踏ませた後にしっかりと、ここにいる皆で仲良く輪姦すつもりでいるぞ!」
「変態……」「そんなこと威張られても……」
「またしても失敬な! 差別か!? 人の性癖など様々だろうに!」
伽耶と麻耶の言葉を聞き、隈取男が激昂した。
「とにかく放せ」
真が告げる。
「放せだと? 俺達はきちんとルールに乗っ取ってレイプするんだぞ。これは俺達オキアミの反逆の構成員の、正当な権利だッ。三ヵ月前まではやりたい放題の無法地帯だったぽっくり市だが、オキアミの反逆がぽっくり市の覇権を握ってから、変わったのだ。このまま無法状態にしておくと、町が衰退するだけだと憂いたボスが、犯罪行為は一ヶ月に一度だけというルールを定めた。犯罪を働く前に、組織に届け出を済ませる義務も設けた。俺達はその法にきちんと従い、ここに来る前にきちんと、ちょっくら一発レイプしてきますよと、きちんと届け出も出して許可も頂いている。つまりこれは公認された正統なるレイプだ。小娘、お前もぽっくり市民ならその事実を受け入れ、大人しくきちんとレイプされろ! さあ! 嫌がってないでさっさと俺の顔を思いっきり踏め! 真上から力と侮蔑を込めてきちんと踏め!」
男の長広舌に付き合ってから、真は引き金を引いた。
「無駄無駄」
部下の一人――痩せぎすな男がにやにやと笑う。銃弾が空中に固定されていた。その男の能力なのだろう。
「救出てれぽーと」「こっちの後ろにーわーぷー」
牛村姉妹が同時に即興魔術をかける。
「え?」
「はあっ!?」
「あん?」
「何でっ?」
隈取男の部下達が呆気に取られる。自分達が高速していた女子高生が姿を消し、伽耶と麻耶の後方に移動していたのだ。
「今のうちに逃げて」「ささ、早いとこお逃げなせい、お嬢さんさん」
「あ、ありがとう……」
伽耶と麻耶に促され、女子高生は逃げ出した。
「おおきにじゃないんだ」
「伽耶、それにこだわるね」
釈然としない伽耶に、麻耶が言う。
「おのれ……邪魔するか……。一ヶ月に一度の俺達のお楽しみ――俺達の正統なる権利を行使する時間を邪魔するとは、断じて許さん!」
隈取男が憤怒の形相で立ち上がる。
「俺の名は金剛悠魔! オキアミの反逆の幹部だ!」
「聞いたことがあるな。元々は安楽市にいた始末屋だろう」
隈取男の名乗りを聞いて、真が指摘した。
「その通り。そう言うお前は、雪岡純子の殺人人形相沢真だな。今や懐かしいタスマニアデビルで何度も見たぞ。そしてお前が来た話は、もうオキアミの反逆の間では話題になっている」
金剛が腕組みして真を見下ろしながら告げる。
「そんな風にあっさりと内部情報ばらしていいの?」
十夜が呆れて突っ込むと、部下達の何名かは渋い顔をしたり、うつむいたりしていた。金剛だけは平然とした顔だ。
「僕はオキアミの反逆と事を構えたいとは思っていないし、そっちの組織も、僕達とすぐに敵対することを望んでいない空気だったが、ここでやり合うというのなら、お前のせいでお前の組織と都合の悪い間柄になる。それでいいのか?」
「是非も無し! 俺達の権利を妨害した者に報復したとあらば、まかり通る!」
真が確認すると、金剛は憎々しげな笑みをたたえて、傲然と言い放った。
「お前等、やれ!」
金剛が部下達に命じると同時に、大きく足踏みする。
(これは……)
真は両足に違和感を覚え、自分の足を見た。
人の頭ほどの大きさの石の塊によって、足首に至るまですっぽりと覆われている。石の塊はそれなりの重量がある。動きに支障は出る。
部下の数名が一斉に、緑の光の矢や電撃をまとったブーメランや空飛ぶウツボといった遠隔攻撃能力で攻撃してくる。
「ばりあーっ」「でぃっふぇーんす」
その多くを牛村姉妹があっさりと防ぐ。
(地味だがいやらしい能力だな。あの足踏みが発動のサインか?)
真が伽耶と麻耶を見て、自分の足を指す。
「無くなれー」「石ぼろぼろ」
伽耶と麻耶の魔術を受けて、真の足についたあっさりと石が崩壊する
「ほう。解いたか。しかしだから何だ」
金剛が再度足踏みする。
真が前のめりに転倒しかける。膝をつくに留まった。背中に大きな何かが覆いかぶさってきたのだ。
「何それ?」
「スライム?」「青いゼリー」
真の背中を覆うものを見て、十夜、伽耶、麻耶が怪訝な顔になる。十夜は着替え中だ。
真の背を覆うようにしてのしかかっていたのは、鮮やかな青い半透明のスライム状のものだった。背中に乗って蠢いているだけで、それ以上は何もしてこようとはしない。
(石を操る力ではないのか……。足踏みは共通。そして……行動を阻害している)
金剛を見やる真。
「スライムどっかいけー」「ゼリー蒸発~」
伽耶と麻耶がまた解除する。
「メジロエメラルダー登場~」
着替えを終えた十夜が気の無い声と共に適当に登場ポーズを取ると、サイキック・オフェンダー達に向かっていった。
サイキック・オフェンダー達が、炎球や青い光の矢や空飛ぶイカといった遠隔攻撃系の能力で攻撃してくる。十夜は巧みに避けていくが、一発だけ青い光の矢が腕に当たる。しかしプロテクターを突き抜けるほどの威力は無く、大したダメージにもならなかった。
「それっ」
金剛が十夜に視線を向けて足踏みを行う。
「おわっ!」
十夜が悲鳴をあげて前のめりに転倒した。
アスファルトから二本の手が生えて、十夜の足首をしっかりと掴んでいる。
「あいつのあの足踏みによって、発動する力のようだ。足止めや、動きを封じる何かが直接出てくるらしい」
真がその場にいる全員に聞こえるように言った。




