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渦畑陽菜は学生時代、同じクラスに姫扱いされてチヤホヤされている女子がいた。
陽菜も容姿に関しては引けを取らなかったが、無愛想で陰キャ気味の陽菜は、異性にも同性にもあまり好かれる事が無く、友人二人以外とあまり接しようとしなかった。
正直な所、陽菜はその女子が羨ましくて仕方なかった。自分も大勢の人間に好かれて、ちやほやされたいという願望が強くあった。
もっと古い記憶を掘り返せば、小学生の頃に、陽菜だけ仲間外れされたことがあった。友達皆で遠出して遊びに行く予定を立てていたが、陽菜だけは行けなかった。金が無いという理由だけで。あの時、途轍もなくみじめな思いを味わった。あの時の記憶はトラウマになり、大人になった今でも忘れられない。
「仲間外れ、つまはじき、差別、いじめ、虐待――あ、ちょっと被ってるのもあったかな。サイキック・オフェンダーとか呼ばれている人達は、能力に目覚める前に、そうした辛い経験があった人達が多いと思うのよ」
窓辺に立ち、町の風景を見渡しながら陽菜は語る。
「私達は社会の敵という見方をされている。区分をされている。まあ、それでいいんじゃない? それならさ、私達から見ても社会派の連中は敵だから――そう思ってやりたい放題にしてやろうという気持ちになっていたけど、実際そんなことしても、自分で自分の首絞めているだけだって気が付いた。町が荒れれば、町から人は去る。衰退していく。それじゃあ私達にとってもいいことはない。だからルールを設けた。制限をかけた。それは間違ってないよね?」
「間違うテないわ。ぽっくり連合とかぬかしてるあいつらは、そなイな簡単なこともわからんアホや」
エカチェリーナが同意する。部屋には陽菜とエカチェリーナの二人だけがいる。
「仮にあいつらがうちらに勝ったとしてモ、その後どうなるか考えておラへん。目先の感情だけで動きヨって。しょーもな」
たっぷりと唾棄の念を込めてエカチェリーナは切って捨てた。
「ま、そうはいっても、皆が皆、陽菜に賛同するちゅーことにはならんヨ。それはしゃーなイで。十人十色やし」
「そうね……」
「でもな、オキアミの反逆にいる者は、陽菜を信じとルし、陽菜の考えもわかってるンよ」
「うん……」
浮かない顔で相槌を打つ陽菜を見て、エカチェリーナは気になった。
「何や元気無いなア。気にかかルことあるなら、遠慮せず言うてミ。おばちゃんに出来ることなら、何だってしタるで」
力強い口調で告げるエカチェリーナ。
「ありがと……大丈夫」
陽菜は作り笑いを浮かべて、エカチェリーナを見上げる。
(エカさんは何を言っても私に同意してくれる。私を肯定しかしない。何がどうあっても私を立ててくれる。当然だけどね)
最初はそれを嬉しく思っていた陽菜であるが、今は虚しく感じている。どんなに肯定的な言葉をかけられても、空々しく聞こえてしまう。
元々はここぽっくり市のサイキック・オフェンダー組織のボスだったエカチェリーナも、エカチェリーナの部下達も、他にもぽっくり市で集めたサイキック・オフェンダー達も、そして陽菜が東から連れてきた部下達も、陽菜のことを心底慕っている。心酔している者もいる。種明かしするとそれは、陽菜の能力によるものだ。
陽菜は求めた。かつて同級生で姫扱いされていた女子のように、自分も持て囃されたいと。皆に慕われたいと。それが能力となって発現し、望みはかなった。
しかしそれで気分が良かったのは最初だけだ。すぐに虚しくなった。皆自分の能力で心を捻じ曲げられて、自分をチヤホヤしてくれているだけだ。いつしか陽菜は常にそう意識してしまうようになり、何を言われても嬉しくなくなったどころか、苦痛にさえ感じるようになっていた。
***
「ツグミ?」
ツグミがただならぬ様子であることを見てとり、晃が怪訝な表情で声をかける。一方、凛はいつでも戦闘に突入できるよう身構えていた。
「こんな所で貴女と再会するとはね。実に意外。驚きました。運命の悪戯とは実に厄介ですね。貴女もそう思っているでしょう? 崖室ツグミさん」
大丘はツグミを見て、いつもとペースを崩さず、爽やかな笑みを広げる。
ツグミはというと、沸き起こる感情を堪えて、無表情でじっと大丘を見ていた。
「どうも」
ツグミらしからぬ、非常に硬質な声が発せられる。
「どのような経緯でここに来られたのか存じませんが、同じ陣営に立つ者同士として、仲良くやっていきましょう」
「はい」
ペースを変えない大丘。いつもと違うツグミ。
「ツグミ、あいつは?」
凛が耳元で囁く。
「えっとねー、私、あの人をやっつけるために来たの。だけど、こんなタイミングで再会するなんて、こりゃ驚きだー。あ、やっつけるのは保留するから御安心くださ~い。偵察に来てるのに、滅茶苦茶になっちゃうしね」
いつものツグミに戻って、凛と晃だけに聞こえるように答える。いや、一見いつものツグミのように見える。朗らかな笑みを浮かべている。だが、目は笑っていないことに、凜も晃も気付く。
「ボス、いいんで?」
「構いません」
髭面男がツグミと大丘を交互に見やって確認すると、大丘は笑顔のまま頷いた。
「改めまして。ぽっくり連合のまとめ役を務めさせて貰っています。大丘越智雄です。以後よしなに」
愛想のいい笑みを張り付かせたまま自己紹介すると、大丘は深々と一礼した。
「向こうも貴女が恨んでいること、知っているような気配だけど」
凛がツグミの耳元で囁く。
「ふんぬー、それなんだよねー。こっちがPO対策機構の偵察だっていうことも、ほとんどばれたようなもんだし、そんな中でスパイ活動することになっちゃうわけだー。たはは~」
表面上はいつものツグミを装っているが、その口調も表情もどこかぎこちないように、晃と凛には感じられた。
「早速ですが、明日の襲撃プランについて触れさせていただきますね」
「えっ、ここで新米の僕達の前で、ボスであるあんたがそんなこと話すんだ」
大丘の言葉を聞いて、意外そうに言う晃。凜も同様の思いだった。そのようなことは直属の部下に伝えるか、メールで全員に送れば済む話だ。
「いえいえ、誤解を招く言い方でしたね。これから幹部達も呼んで話すのですよ。せっかくですから貴方達も直に聞いていってください。ああ、幹部達というのは、ぽっくり連合のサイキック・オフェンダーの組織のボス達です」
大丘が微苦笑と共に訂正した。
その後、大丘の言う通り、ぽっくり連合の幹部達がデパート地下一階に集う。幹部だけではなく、患部の直属の部下や、雇われた腕利きなども混ざっているので、かなりの人数だ。
「苗床と呼ばれる者達を刈り取ろうと思います。オキアミの反逆にとって、最も痛打になるはずです」
「苗床……?」
「けったいな呼び名やな……」
「その呼び名からして、不穏やわ」
「人に植物でも植え付けられとんの?」
大丘が幹部達や晃達の前で方針を口にすると、場がざわついた。
「各地から集められてきた、特殊な人材ですよ。東からも送られてきました。ツグミさんは心当たりあるのではないですか?」
大丘がツグミを見る。一同の注目もツグミに向く。
(東から西に送っていたのは大丘さんじゃない……。それを襲撃? この人、一体何が狙いなの?)
意味不明だと感じるツグミ。
「お前等、何でここにいるんだよ」
カシムがツグミ達の姿を見て声をかける。
「見ての通りだけどわからない? スカウトされてこっちにつく事にしたんだ」
晃が笑顔でさらりと言ってのける。
「本当かよ……怪しいな。ま、俺も金で雇われているだけなんだがな」
疑いつつも、カシムは深く考えなかった。晃やツグミがぽっくり連合にとって、敵だろうと味方だろうと、どうでもいいというのが本音だ。
「どうしてその苗床を倒すことが、オキアミの反逆にとって痛打になるの?」
凛が尋ねた。それはツグミも一番知りたかったことだが、その苗床を送る役目を担っていた大丘が、苗床を潰すという発言の不可解さに衝撃を受け、言葉を失っていた。
「彼等の最重要任務だからですよ。オキアミの反逆の存在意義は幾つかありますが、彼等の上層部は、任務を帯びている者達です。サイキック・オフェンダーの覚醒を促す薬をばら撒く事も、サイキック・オフェンダーを多く取り込む事も任務です。そして何より重要なのが、苗床の管理です。私はあの組織の一員で、苗床の管理を担っていた者ですから、それはよく知っています」
「任務……。誰から?」
大丘の話を聞いて、幹部の一人が尋ねる。今の発言は、オキアミの反逆のボスである渦畑陽菜のさらに上に、誰か黒幕がいると示唆している。
「それは私にもわかりません」
大丘がツグミに視線を向けて答えた。
それが嘘だということを、ツグミは知っていた。




