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真達は、引き続き壁村にガイドされる形で、ぽっくり市の繁華街を歩いている。
「しかし随分と平和だね。ここに来る前に抱いていた印象とは全然違うよ。犯罪が起こりまくりなヒャッハーだという噂は嘘だったのかな?」
街の様子を見て晃が言う。
「今から三ヵ月より前は酷かったよ。オキアミの反逆があれこれルール敷いて、マシになったんや」
と、壁村。
「サイキック・オフェンダーは皆、そのルールに大人しく従ったの?」
そうなるとサイキック・オフェンダーとも言えないのではないかと思いつつ、十夜が尋ねる。
「ま、オキアミの反逆に所属する組織の者は――大人しく、な。他の組織の連中も、あるいは組織に入らん奴も、オキアミの反逆にびびって従ってたわ」
壁村が嘲笑混じりに答えた。
「良識あるボスのようだが、PO対策機構とは対立する構えか」
「そりゃそうやろ。話聞いてる限りでも、俺もあんなもん好かんわ」
真が言うと、壁村は吐き捨てる。
「統治はあくまで自分達で行うという構えなんでしょうね。自分達が今、王様であるのに、その権利を抱かれに侵害されたくはないと」
「そういうことだけど、ちょっとそれ言い方棘あんなー」
凛の言葉を聞き、壁村は眉間にしわを寄せた。
「でもボスの渦畑って人がいい人なら、話し合いで争わずに解決できる路線にしたいよねえ」
ツグミが言った。他の者達もその意見には同意だが、そうスムーズにはいかないだろうと思っている。
「能力覚醒させる薬で増やしたサイキック・オフェンダーも、組織に引き込んでいるの?」
晃が問う。
「ああ、結構うちに来るなー。望みかなえてそれっきりって人もおるけど」
「何の目的でバラまいてるの?」
続けて尋ねる晃。
「ちゃんとした売り物やで。安値やけど」
と、壁村。
「ただの商売だとは考えられない」
「きっと狙いがある」
伽耶と麻耶が言う。
『でも下っ端だから理由は知らない』
「ハモらせて下っ端言うな。ハモらせた分、ムカつくわ。下っ端やけど」
伽耶と麻耶の方を向いて苦笑する壁村。
「サイキック・オフェンダーを増やしたい理由か。単純に勢力を増やしたいのかもしれないな。あるいは、同胞を増やしたいという意識か」
話しながら、真は純子のことを意識していた。純子からすれば、世界中の人間を全て超常の能力者にしたいのだから、地道な手であろうと、少しでも増やす方法があるのであれば、それを行わない手は無い。
真達の足が止まる。
真達八人が、前後左右取り囲まれていた。相手の数は十一人。いずれも人相が悪い。
「さっき見た顔が一人いるな」
取り囲む者達を見渡し、真が言った。先程の襲撃の際にいた、大声をあげた男がいる。真が喉を撃ち抜いたが、喉にその痕は無い。再生能力持ちだったのだろうと判断できる。
「覚えてくれておーきに」
大声男がにやにやと笑う。
「何やお前等、またボコられに来たんかい」
「三下は黙っとれ。しばき合いに来たんちゃう。取引しに来たんや」
せせら笑う壁村を睨むと、大声男は真を再び見た。
『私達を勧誘?』
伽耶と麻耶が怪訝な声をあげる。
「せや。ワレら、PO対策機構の偵察やろ。よくオキアミの反逆の目くぐって侵入してこれたな。あいつらPO対策機構のネズミを片っ端から見つけ出してたのに」
「で、PO対策機構とわかっていながら、僕達を引き込んで、オキアミの反逆と戦わせるつもりか」
真が確認する。
「ああ。PO対策機構より、ワイらはオキアミの反逆の方がよほど好かん。ほんの三ヵ月前に流れてきよったあの東京モンの小娘が、今じゃぽっくり市の頭気取りになっとるんよ。ほんまいけすかんわ」
忌々しげに吐き捨てる大声男。
「何より気になったことある。ワレらは銃で戦うんやなー。しかも大した腕前やないの。マッドサイエンティストのマウスやから、超常の力で戦うんかと思うたら……。ワレらならいけるんちゃうか?」
「どういう話? 銃だと利点あるの?」
晃が尋ねた。
「オキアミの反逆のボスが、何でたちまちぽっくり市の頂点に立った思う? あの女はな、複数の能力持ってるんよ。そのうちの一つが、超常の力を無力化してしまう力や」
『それは凄い』
「ついに出たーっ、能力無力化能力~」
大声男の話を聞き、牛村姉妹が感心したような声をあげ、ツグミが茶化すかのように声をあげた。
「他にも噂あるで。人をたらしこむ力もあるとか。それでぽっくり市の組織のボス達も、あの女の言いなりになってもーたっちゅー話や」
「誰に対しても効く力では無いらしいけどね」
大声男の隣にいた女が付け加える。
「報酬は十分に支払うで。腕の立つ奴をあちこちからかき集めてる最中や。あんたらが来てくれると心強いわ」
「断る」
即座に突っぱねる真。
「何でや? 金のためには動かん正義の味方かい」
「やっぱ断ると思ったで。私の言うた通りやん。PO対策機構なんやから、私らに協力するはずないて」
「へへっ、いい断りっぷりやったで」
顔をしかめる大声男とせせら笑う女。上機嫌になって笑う壁村。
「PO対策機構云々以前に、お前達が気に入らないからだよ。嫌な奴の臭いがする。仮にオキアミの反逆を潰した後、お前達はどうするつもりだ? いや、言わなくてもわかる。無法の状態に戻して後先考えず滅茶苦茶したいだけだろ? そんな奴等に与したくない」
真が思ったままを口にして、指摘する。
「ふん。正義の味方気取りかい。けったくそ悪い」
「その言い方、まるで私ら悪党やん」
「悪党やろー」
隣の女が突っ込むと、他の男がさらに突っ込んだ。
「で、ここでやるのか?」
「ふんっ。今は手出さんといてやる。次会った時には後悔させたるわ」
真が伺うと、大声男が吐き捨てて背を向ける。
「その台詞はどうかと思う」「格好悪い捨て台詞」
揃って半眼になって言う牛村姉妹。
「ちょっと待ったー。僕はそっちに乗るよ」
「はあ?」「何?」
晃が挙手して宣言し、伽耶と麻耶が驚いて晃を見る。
「凛さんと十夜もこっち来るよね?」
「え……そっちに……?」
「わかったわ」
確認する晃の意図を、十夜も凜もすぐにわかったものの、十夜は躊躇っていた。
「ほほう、話乗ってくれる者もおったか。相沢真が来てくれたら心強かったが、まあええか」
大声男は疑問無く受け入れる構えだった。
「私もそっち行くー」
ツグミも元気よく挙手する。
「俺はこっちに残るよ」
十夜は申し訳なさそうに拒む。
「えー、十夜来ないのかよ。ま、いっか」
意外そうな顔をしかけた晃だが、晃も十夜が拒んだ理由を理解した。大して難しい理由でもない。
サイキック・オフェンダー達と共に、晃、凛、ツグミが立ち去る。
「行かせてよかったんかい。仲間やろ?」
壁村がその後ろ姿を見ながら伺う。
「いいんだよ。あいつらの内部に取り入って様子を探るつもりなんだ。十夜が残ったのは、数字的なバランス取りだ」
真が言った。
「それはおかしい」「私達を二人として見てないの?」
「ご、ごめん……」
伽耶と麻耶が十夜を睨み、十夜は申し訳なさそうに謝る。
「そこで十夜を睨むことないだろ。それと、近接戦闘タイプの振り分けでもある」
真がフォローする。
『私達はこれからどうするの?』
「お、またハモったな。おもろー」
姉妹を見て笑う壁村。
「オキアミの反逆のことをもっとよく知りたいが、さっきの幹部の様子からすると難しそうだ」
エカチェリーナのことを思いだして真が言った。
「晃達が独自調査してくれるんだから、しばらくは様子見と成り行き任せ、そして地道に足を使って調査かな」
***
晃、凛、ツグミは、オキアミの反逆に属さないサイキック・オフェンダー組織の者に連れられて、彼等のアジトへと向かった。
アジトは廃線になった地下鉄の構内にあった。明かりはついている。
「話は聞いとるで。ようこそ、ぽっくり連合へ」
ボス格と思われる、丸っこい体型の髭面中年男が笑顔で出迎える。
「ぽっくり連合っていうんだー。可愛い名前」
反オキアミの反逆組織の名を聞いて、ツグミは気を良くした。
「いや、ダサいよ」
しかし晃は否定的だ。
「えー、可愛いよー」
「そっちの嬢ちゃんは見込みあるな。そっちの餓鬼は早よ帰れ」
髭面男がしっしっと晃を追い払う仕草をする。
「で、どうすればいいの?」
「つい今しがた、襲撃作戦が成功した所や。こっから畳みかける……ちゅうわけでもなく、一日空けてまた攻める事にしとる」
凛が尋ねると、髭面男が状況を伝えた。
「なるほど。一日の猶予の間、向こうに緊張状態を強いるわけだ」
納得する晃。
「それだけじゃないでしょ。向こうに動かせて、その様子を観察も出来るわ」
「よーわかってまんなー。東の裏通りの奴も中々やるな」
凛の台詞を聞いて、髭面男は感心する。この髭面男も、元々は裏通りの住人である。互いに体面した時点でわかっていた。
「あ、うちらのボスがお呼びや。紹介するわ。ボスもお前等に興味抱いて、会いたい言うとるしの」
「連合をまとめているボス?」
髭面男の台詞を聞いて、晃が問う。この髭面男がボスかと思ったが、幹部クラスだったようだ。
「せや。うちらに声かけてひとまとめにしてくれて、色々と作戦も考えてくれはったお方や」
髭面男が言い、アジトの中を歩きだす。
地下鉄の構内は、デパートの地下食材売り場に直結していた。こちらもすでに廃墟だ。
「ボスー、連れてきましたわ」
食材売り場の事務室の扉を開け、髭面男が声をかける。
机に向かって詐欺用していた男が立ち上がり、振り返る。
その男の顔を見て、ツグミは顔色を失って硬直した。
「あれま。これはまたとんだ偶然の再会ですねえ」
自分の顔を見て固まっているツグミを見て、大丘越智雄は爽やかな笑みを広げ、おどけた口調で言った。




