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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
92 苗床を潰して遊ぼう
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 オキアミの反逆のボスである渦畑陽菜うずばたけひなは、今日で二十二歳の誕生日を迎える。


 陽菜がぽっくり市に来たのは三ヵ月前だ。東より多数のサイキック・オフェンダーを引きつれて、ここぽっくり市にやってきた。その時点ですでに、サイキック・オフェンダー集団のリーダーを務めていた。

 ぽっくり市在住のサイキック・オフェンダー達も集めて、瞬く間に大組織へと成長したオキアミの反逆は、ぽっくり市を牛耳るに至った。


 かつてはサイキック・オフェンダーが集まって、やりたい放題だったぽっくり市であるが、陽菜の方針によって、ある程度のルールが設けられた。無差別に市民に害を働く行為を制限したのである。

 それはあくまで制限であり、完全に禁止したわけではない。具体的に言うと、市民への犯罪行為――殺人、窃盗、暴行、強姦は、月に一度だけと決められた。しかしそれでも、元々ぽっくり市にいてやりたい放題のサイキック・オフェンダー達には、非常に不評だった。


「本当は私だってやりたい放題にさせてあげたいよ。でもそれじゃあ、町が廃れていきかねないからね。事実、ぽっくり市から出ていく人達も多かったし、チェーン店とかかなり撤退しちゃったし」


 オキアミの反逆のアジトであるビルの最上階。窓から町の景色を一望しながら、ジャージ姿の陽菜は溜息混じりに言う。


 つい三十分ほど前、ぽっくり市のサイキック・オフェンダー組織全てが一斉蜂起し、オキア

ミの反逆の構成員を襲っているという報告を受け、陽菜は憂鬱な気分に浸っていた。


「おまけニ東からPO対策機構のタコ共まで来とルわ。嫌なタイミングや」


 微妙に外国語訛りがある関西弁で言ったのは、陽菜の側近幹部であり、オキアミの反逆のナンバー2にして、実質的なまとめ役でもある、中山エカチェリーナだ。たった今、アジトに戻ってきたところである。


「犠牲者は?」

「結構でとルわ。うちら敵無しやったさかい、皆して油断しとった所に不意打ちやったシなー」


 エカチェリーナが渋い顔で報告する。


 中山エカチェリーナは、元々はぽっくり市の裏通りの組織のボスで、その後のサイキック・オフェンダーの組織も取り仕切っていたが、陽菜に心酔し、陽菜の組織と併合した次第である。陽菜もエカチェリーナに絶大な信頼を置いている。


「抗争か……。嫌だな。せっかく順調だったのに」

 憂鬱な顔で呟く陽菜。


「今までが順調すぎたとも言えるデ。しっかりせんとあかんヨ」


 エカチェリーナが力強い声で励まし、陽菜の背中かを軽くはたく。


「ところデあんた……その髪どしたん……?」


 斜めにざっくり切られた陽菜の前髪を見て、呆れ気味に尋ねるエカチェリーナ。


「切ったんだけど、何かおかしい?」

 自分の前が見をつまむ陽菜。


「美容院行ケー。ほんまあんたって子は……せっかくいい顔もろとンのに。もうちょい身なりに気ぃ使いヨ」

「私はそういうのいいの。気にしたくない。お洒落や身だしなみに振り回されて生きるのは嫌なの」


 呆れるエカチェリーナに、陽菜はアンニュイな表情で言う。


 二人がいる部屋の扉がノックされる。


「どうぞ」


 入室を促すと、神産巣蟻広かみむすびありひろと木島柚が現れた。


「PO対策機構だけじゃなく、別方面で頭の痛い事態が発生しちまったな。12ポイント引きたい」

「そのポイントは誰から引くものなの? 私達じゃないよね?」


 蟻広の台詞を聞いて、陽菜はむっとした顔になって問う。


「東からもう苗床は送られなくなった。こっちで集めるしかないな」


 陽菜の言葉を無視して、蟻広が言った。


「こっちでもぎょーさん集めとるヤないか」

「ペースとしてはあっちの方が上だった。今苗床は合計で何人いる?」

「百人以上おるワ。百二十人かな」


 蟻広が伺い、エカチェリーナが答えた。


「よく集めたものだ。これ以上いるのか?」

 柚が疑問を口にする。


「さアな。純子は数の指定しとらんし、集めロ言うてそのままやし」

 肩をすくめるエカチェリーナ。


「今更だけど、苗床っていうネーミングはどうなのかしらね。苗とか種とかならわかるけどさ」

「あいつらが育つわけじゃなく、あいつらが育てたものが必要なんだ。ネーミングとしてはあってるぞ」


 異を唱える陽菜だが、蟻広はネーミングを肯定的に捉える。


「苗床――あの人達も、騙されているように見えてならない。私達と近しい人達なのに」


 さらに否定的な意見を口にする陽菜に、エカチェリーナも蟻広も眉をひそめる。


「区別はしっかりつけなナあかん。目的を忘れてもあかん。うちらはオキアミの反逆の組織を護ることが第一や。そして陽菜は自分が決めた目的のためニ進むんなら、余計な同情ハやめとキ」

「うん……」


 エカチェリーナが厳しい口調で告げ、陽菜は憂い顔で頷いた。


「そうそう、言い忘れとった。相沢真は雪岡純子を探しとったで」

「ああ、やっぱりそれが目的か」


 エカチェリーナの報告を聞き、蟻広が微笑んだ。


「ああ、こっちからも気になったこと報告な。苗床の指導をしていた大丘と昨日から連絡が取れない」

「大丘さんに何かあったのかな?」

「それは困るなー。東から送られてきた苗床は、大丘に一任しとんノに」


 蟻広の報告を聞き、陽菜とエカチェリーナは顔を見合わせて言った。


「大事な局面でトラブル多発しちゃってる。私の理想を叶えるまでに、あと幾つの障害、困難をクリアする必要があるのかしら」

「障害も困難もあって当たり前やろー。それに、一人でやるわけじゃない。皆ついとんのヤ。特にうちには頼ってエエんやで」


 エカチェリーナが陽菜の背を軽くはたく。エカチェリーナが陽菜によくやる励ましの所作だ。これをやられると陽菜はとても気分が落ち着き、自然と微笑が零れる。


***


 原山勤一と山駄凡美、苗床――人身売買で引き取られた者達の様子を見ていた。

 マジックミラーの向こう側は大きな広間だ。そこに真っ白な服を着せられた百人以上もの若い男女が椅子に座り、両手を合わせ、ただひたすら祈りを捧げ続けている。


「服装からして、怪しい新興宗教の信者みたいだな」


 勤一が苗床と呼ばれる者達を観察し、乾燥を口にする。明らかに十代と思われる者も多い。中学生くらいの子もいる。


「目もきらきら輝いちゃってるのがそれっぽいわね。ていうか……ただの祈りでもなさそうね」


 凡美が言った。目を閉じて祈る者も多かったが、目を開いて祈っている者は、ただ祈っているだけなのに、ずっと目が希望に輝いているように見える。


「苗床の意味は……アレか。祈っていれば、あれが育つのか?」


 勤一が眉根を寄せて、苗床から生えているものを見る。


「苗床という呼び名の時点でぞっとしないわね。生えているアレからして、確かにぴったりのネーミングだけど、ろくでもない使い方をされるとしか思えないわ。命を養分として吸い取られているとか、そういう想像しちゃうし」


 苗床の体から生えているものを見て、凡美は怖気を感じていた。


「こいつらが何のために集められてるのか、幹部連中も知らないようだ。わかっているのはボスの陽菜と、蟻広と柚、それにエカチェリーナもかな? とにかく一部だな」

「あと、指導役の大丘っていう人ね。ていうか私達も知ったけどね」

「俺達にこれを見せるってことは、俺達はそれなりにVIP扱いか」

「東での実績から、戦力としては期待されているんでしょう。いざとなたらここを護る役目も与えるつもりでいるから、先にここを見せたんでしょう」

「なるほど。凡美さんはやっぱり頭の巡りがいいな」


 マジックミラー越しに苗床の広間を見ながら喋る二人。


「話は変わるけど、私達はずっとここにいるの?」

「ぽっくり市はいい町だと思う。サイキック・オフェンダーがやりたい放題できる場所と聞いて、もっと荒んだ町かと思ったらそうでもないしな」

「一時期は酷かったらしいけど、オキアミの反逆がある程度のルールを敷いて、少し収まったみたい。やりすぎれば、都市機能自体が麻痺してまうし、それを避けたかったようね」


 完全な無秩序では、都市が都市として成り立たない。そのような状態に陥ると、犯罪者側からしても不都合が多いだろうと、凡美は見る。だからこそオキアミの反逆は、最低限の秩序は守ったのだろうと。


「転烙市もそのやりすぎのカオスな状態だという噂だ」

「あの都市はここ以上に、情報操作されているという説もあるわ。そして転烙市の実態は、噂とは全く別物という話もある。具体的なことは何も伝えられていないけどね」

「凡美さんにケチをつけるわけじゃないけど、具体的な話が無い時点で信憑性欠けないか?」

「確かに」


 勤一の言葉を聞いて、凡美も認めて微笑んだ。


「でも私達、オキアミの反逆についていていいのかしら?」

 凡美が疑問を口にする。


「いいだろ。一宿一飯の恩どころでなく、厚遇してもらっているしな。俺はオキアミの反逆の味方につきたい。あのボス――渦畑陽菜も凄くいい奴だしな」

「そ……そうね……」


 勤一の台詞を聞いて、凡美は激しい違和感を覚えて、表情を曇らせた。この違和感は前から感じていた。


 そんな凡美の反応を見て、勤一は気になった。


「凡美さん、何か気がかりなことがあるのか? それなら遠慮なく言ってくれよ」

「待遇が良くても、私は組織に属することにちょっと抵抗があるのよね。ま、それは置いといて、理由は他にもあってさ。あの陽菜って子、ちょっとおかしくない? いや、勤一君がおかしいというか」


 ここに来てから感じていた違和感と疑問と不審を、凡美は口にした。


「どういう意味だ?」

「部下達から凄く慕われている。凄く好感抱かれている。勤一君もどういうわけか、妙にあの子のこと気に入っている。でも私にはその理由がわからない。蟻広君と柚ちゃんも、話している感じでは、陽菜に闇雲な好感を抱いている気配は無いわ」

「つまり……陽菜の能力ってことか? 特に意味も無く惹かれる。理由も無いカリスマってことか」


 凡美の言いたいことを理解し、勤一はショックを受ける。


「そんな風に思える。そして誰に対してでも効く能力ではなくて、私や蟻広君達のように、効かない相手もいるんじゃない?」

「なるほど……入れ込み過ぎないように注意しとくよ」


 陽菜の魅力が、そう見せていただけの能力の可能性があると示唆された事に、勤一は複雑な感情だった。それは陽菜に対する落胆でもあり、そんな能力に引っかかってしまっていた自身の迂闊さを恥じる感情もあった。凡美に指摘されたことも恥ずかしい。


「その方がいいわ。オキアミの反逆に属さない、他のサイキック・オフェンダーが蜂起した件もあるし、私達の平穏の時間も終わりそうね」


 勤一の肩に手を置き、凡美はにっこりと微笑んだ。

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