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「ほう、男かい。道理でガタイええわけや」
カシムの声を聞いて、壁村が何故か感心したような声をあげる。
「雪岡純子の殺人人形――相沢真。また会えるとは嬉しいぜ。あの時の借りを返してやる」
「もう少し気の利いた台詞言えないのか?」
嬉しそうに話すカシムに向かって、真は頭の中で溜息をつく自分を想像しつつ、冷ややかに告げる。
「じゃあお前が気の利いた台詞の手本を――」
カシムの台詞が途中で遮られる。表から銃弾が撃ち込まれたのだ。
喫茶店の外で待機していた凛、晃、十夜、ツグミが、車道を渡って喫茶店に向かってくる。銃を撃ったのは晃だ。
「何だよ、この弾」
銃痕を見て、呆気に取られるカシム。壁を突き抜け、椅子二つ突き抜けて、さらにもう一つ壁も突き抜けていた。
(街中であの銃をブッ放すなと言ってるのに……)
再び頭の中で溜息をつく自分を思い浮かべる真。晃の持つ銃――ピースブレイカーは、貫通に特化した性能で、純子が作った特注品だ。
喫茶店に入ろうとした四人であったが、その足が止まった。まだ外に敵がいた。横から銀色の巨大な棘のようなものが何本も射出され、晃と十夜は自力で回避する。凛はツグミを抱きかかえて回避していた。
回避直後を狙い、別の能力者が上空から色取り取りの小さな玉を次々に降らせる。狙いは十夜と晃だ。凛とツグミは範囲から外れている。
「痛っ!」
「あぐっ!」
十夜と晃がこの玉に当たると、二人して苦悶の形相になって叫ぶ。外傷は見当たらないが、強烈な痛みを受けて、体が痺れて動けなくなった。
完全に無防備で隙を晒して倒れている二人めがけて、再度、巨大な銀の棘が何本も射出される。
倒れている晃と十夜の前に、ツグミが呼び出したイエロースポンジ君とデブウサギが立ち塞がり、身を挺して守らんとした。
銀の棘は全て二体の怪異に突き刺さり、二人には届かなかったが、怪異もすぐに消えてしまう。
店内では、真と向かい合っていたカシムが床に潜る。
真は椅子の背もたれの上へと上がる。カシムとの戦いは二度目であり、ある程度手の内はわかっている。しかしそれはカシムからしてみても同じことだ。
(こいつに物理攻撃はすり抜けてしまう。攻撃してくる瞬間を狙うか、接地面を狙うと有効だ。その瞬間、その場所だけは実体化する必要がある。でも僕はその弱点を前回突いているし、向こうも対策を考えているんじゃないか? とは言っても、その二つを克服できる方法があったとすれば、こいつは無敵に近い存在になってしまうが)
椅子の背もたれの上に立った真は、カシムが出てくるタイミングを待ち構えながら思案する。
(現れない……。下から来るとも限らないな。虚を突くために、壁を伝って、天井から落下してくる可能性も考えられる)
真は下にのみ注意を注ぐ振りをしながら、上から来ることも意識しておく。わざと隙を晒す。
「黒き水、死を呼ぶ油、喉元から鉄の味、落ちる風景を見て楽しもう…」
凛が呪文を唱え、黒鎌を呼び出す。
「どこよ……。どこに敵は潜んでいるの……」
凛が片手に黒鎌を携え、もう片手でツグミの体を抱いたまま、周囲を見渡す。見えない所から一方的に攻撃される格好になっている事に、少なからず焦燥を感じていた。
「今探ってる~」
凛に抱かれた格好のままのツグミが言う。すでに踊るジンジャークッキーやフルーツサイチョウといった複数の怪異を出し、周辺をくまなく捜索させていた。
「一人発見。あそこの建物の中。窓の右側。あ、こっちから見て右ね」
ツグミが言うと、凛はツグミを放して黒鎌を両腕に持ち替えて、即座に黒鎌を振るった。
振るわれる最中、黒鎌の刃の半分が転移する。転移先は、ツグミが指した場所だ。
「ぎっ!」
微かに悲鳴が聞こえたかと思うと、血が窓に飛沫いた。恨めしげな形相が一瞬窓に映ったが、すぐに下へとずり落ちて消える。
「人違いじゃないといいけど」
「大丈夫。大当たりだったよ」
凛が言うと、ツグミが明るい声を出す。
「あ、もう一人もいた。屋上だ。あそこ。見える?」
ツグミが別の屋上を指すと、今度ははっきりと人の姿があった。おまけにこちらを覗き込んでいる姿勢だ。
凛が再び鎌を振り、刃を転移させる。屋上にいる者の首が切断され、床に落ちた。少し遅れて、体も崩れ落ちる。
「あ、落ちる風景を見て――って、首が落ちる風景なんだ」
凛の黒鎌を呼ぶ呪文の意味を知って、ぽんと手を叩くツグミ。
「私は十夜と晃の治療をするから、ツグミは喫茶店の中へ」
「合点だ~」
凛の指示を受け、ツグミは喫茶店めがけて走る。
ツグミが駆け出した丁度その時、真は上に殺気を感じた。
天井から伸びるようにして姿を現したカシムが、鈎爪を振るう。
(予想通りか)
真は体を捻って上からの奇襲を避け、カシムと天井の接地箇所を狙って銃口を向けた。天井と繋がっているのは脛の部分だ。
引き金を引く。銃弾は脚に当たった――が、弾き飛ばされた。
「おいおい、前もそれをやられたのに、俺が何も対策しない間抜けだと思ったのか?」
カシムがほくそ笑み、逆さになった状態のまま、今度はシャムシールを振るう。真は椅子から飛び降りて、攻撃をかわす。
(流石に対策はしていたか)
真がカシムの脛を見上げる。接地箇所である脛は、防弾プレートのレッグガードを装着して護っていた。
「伽耶、麻耶、あの花嫁男は自由に物質を透過できる能力がある。何とかしてくれ」
「具体的にどうぞ。あ、デジャヴ」「何とか~……しかし何ともならなかった」
真の要求を聞いて、伽耶は溜息混じりに返し、麻耶はふざけていた。
「物質のすり抜けが出来ないようにしてくれ」
「了解」「言いたいことはわかった。しかしだねチミ」
真の要求を聞いて、伽耶は頷き、麻耶はふざけていた。
「すり抜け禁止っ」「分子原子素粒子みっちりめっちりきっちりくっつけー」
姉妹が同時呪文を唱える。
「え……?」
その時カシムははっきりと全身に違和感を覚えた。何より、天井にくっついていた足の感覚がおかしくなった。
自分に銃口を向けた真を見て、カシムは猛烈に嫌な予感を覚える。
真がカシムの頭を狙って、銃を撃つ。
カシムは反射的に身を捻ってかわしたが、仮面が割れて落ちる。カシムの素顔が露わになる。
銃弾はカシムの額をかすめていた。軽傷ではあるが、カシムは衝撃に眩暈を覚える。
「何だよ。それ……」
「何だこりゃあ……」
壁村が呆然とした顔で呻き、カシムは額を押さえて顔をしかめて呻いていた。掌の内側から、血がどんどん垂れてきて、顔半分を赤く染める。
(言葉がそのまま力になる。敵に回れば厄介どころの騒ぎじゃないな)
牛村姉妹の力を意識しつつ、真がさらに銃を撃ったが、カシムの体には当たらなかった。胸の中心をすり抜けていた。
カシムが空中で一回転して、天井から降りる。
「ごめん。もう解けた。この人……この子? 抵抗力高い」
「イケメンだった。イケメン花嫁いいわー」
伽耶が報告し、麻耶はにやけている。
「畜生……何だかわからねーが……お前が俺の能力を妨げたのか?」
カシムが牛村姉妹を睨む。
『お前じゃないっ。お前等っ』
「そうか。悪かった」
少し怒ったように主張する姉妹に、カシムは苦笑気味に謝罪した。
その時、ツグミが店内へと入ってきた。
「おおお男の子が花嫁衣装っ」
カシムを見て、何故か凄く嬉しそうな顔で興奮するツグミ。
「何だよ、お前もケチつけるのか? お前から殺してやろうか?」
カシムがツグミを睨む。
「ううんっ、ケチなんてつけるわけない。超素晴らしいっ。写真撮らせて。絵も描かせてっ」
「そ、そうか……」
「戦闘中だぞ」
心底嬉しそうに要求するツグミに、カシムは少し引き気味になり、真は半眼で突っ込む。
と、ツグミの後ろから大勢の人間が店内に入ってきた。明らかに全員カタギではない。
「エカさん、御足労すんまへん」
先頭にいる恰幅のいい白人中年女性を見て、壁村が表情を輝かす。
「ええってええって。たまたま近くニおったんや」
ツグミのすぐ後ろで、エカと呼ばれた中年女性が笑う。壁村とのやり取りを見る限り、現れたのは、オキアミの反逆のメンバーと思われる。
「ちっ、多勢に無勢か……。変な能力の奴もいるし、逃げるとするぜ」
カシムが言い残し、床の中に沈んで姿を消した。
真は警戒を解かない。逃げたと思ってまたすぐに不意打ちをかましてくる可能性もある。
(嫌な奴に狙われることになったな。いつどこでまた襲ってくるかわからない。というか、何であいつが襲ってきたんだ? タイミング的には、襲撃者のサイキック・オフェンダー達と仲間のように思えるが)
カシムの襲撃を不審に思う真。
「助かりました」「サンキューな」
伽耶と麻耶がエカチェリーナ達に向かって礼を述べ、ぺこりと頭を下げる。
「いやいや、助けてもろたの俺やし」
と、壁村。
「そか。うちのもん助けテくれたんか。中山エカチェリーナ。一応オキアミの反逆のナンバー2させてもろてるわ。エカって呼んで。よろしくなー」
エカチェリーナが自己紹介する。微妙にだが、外国人訛りも混ざっている関西弁だった。しかしかなり流暢である。
「ナンバー2がわざわざ下っ端を助けにきたのか」
真が不躾な疑問を口にする。
「下っ端やて組織の者は家族やで。見捨てたりせえへんわ。と……言いたい所やけど、他にも用はあるな。いや、用が出来たな。相沢真。あんた何でこんな所におるん? あんたがPO対策機構の一員として、東で散々サイキック・オフェンダーいてもーたこと、私が知らんと思てるん?」
「ええっ……」
唐突に笑顔を消し、凄みを効かせて問うエカに、壁村が驚いて真を見た。
「あんたら、PO対策機構の回し者やろ。そっちの三人は安楽市の始末屋組織ほころびレジスタンスの者で、これまた中枢の飼い犬やで。よーものこのことぽっくり市に入ってこれたな」
「いきなりバレてる~。こりゃピ~ンチ」
エカチェリーナのすぐ手前で、おどけた声をあげるツグミ。
「うちらの監視の目をくぐるとは、ただもんじゃないナ」
「雪岡純子を探している。知らないか?」
真が質問を投げかけると、エカチェリーナはより一層険しい顔になった。
「真の頭は純子のことばっかり。麻耶、今どんな気分? ねえどんな気分?」
「伽耶うるさい。マジで殺すよ」
伽耶が囃し立てると、麻耶は殺意の波動を放つ。
無言になるエカチェリーナ。その間もじっと真を睨んでいる。
「その様子だと何か知っているのか?」
「知らんよ。質問に戸惑っただけや」
伺う真に、エカチェリーナは大きく息を吐く。
「ま、うちのもんを助けてくれたようやし、今は見逃したるよ」
エカチェリーナが相好を崩して告げる。最初に見せた柔和な笑顔に戻っていた。
(僕等がPO対策機構だと見なしているなら、それくらいで見逃すはずがない。僕の台詞が利いたな)
と、真は判断する。
その後、エカチェリーナ達は立ち去ったが、壁村は残っていた。
「エカさんて人、いい人そうだったねー」
「人を安易に見た目で判断しないことね」
ツグミが言うと、店に入ってきた凛が注意した。凛によって負傷を治してもらった十夜と晃も入ってくる。
「種は蒔いた。収穫出来る事を期待したいな」
窓の外――店の外を歩くエカチェリーナとオキアミの反逆の構成員を見やりつつ、真が呟いた。




