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男は壁村と名乗った。一応サイキック・オフェンダーであるが、大した能力でもないために、下っ端をしているとのことだ。
伽耶と麻耶はこっそりと電話をかけて、凛と繋いでいる。店の外の四名にも会話が聞こえるように。当然録音もしている。
「裏通り時代も下っ端で、世界が変わって、能力身に着けても下っ端。俺はそういう星の元に産まれてきたんやろーね。けどなー、これでも今の生活は気に入ってんのよ。上目指さんでも、その日暮らしでも、楽しければそれでええやん」
「わかったから……肝心の話をしてくれ」
早口で、すぐに話を脱線させる悪い癖がある壁村に、真も牛村姉妹も辟易としていた。そしてその一方で、真はある可能性を抱いていた。
(時間稼ぎして足止めしようとしているのかもな)
敵であると認識して、こっそり仲間を呼ばれたかもしれない可能性を、真は考える。
「ええと、何の話だったかな。ああ、東との取引のことね」
「ああ、人身売買のことだ。あ、その人身売買に、雪岡純子が絡んでいると聞いたことはないか?」
超ストレートに尋ねる真に、伽耶と麻耶は驚いた。店の外で電話越しに話を聞いていた四名も驚いていた。
「先輩、どういうつもりだろうねえ……」
「自分がぽっくり市に来たことと、純子を探していることを、ぽっくり市のサイキック・オフェンダーに広めようとしているの?」
「純子がいるとしたら、耳に入ったらますます隠れるんじゃない? 相沢先輩に無言で出ていったとしたら、先輩と会いたくないんじゃないかなあ?」
「雪岡先生と真先輩が喧嘩したとは聞いてないよー」
晃、凛、十夜、ツグミが囁き合う。
「人身売買っちゅー言い方は引っかかるなあ……。東との取引は皆知ってる話だけど、雪岡純子が関わってるって何のこっちゃ? 聞いたことないなあ」
「言い方が引っかかる?」
その言葉にこそ引っかかった。
「まあ広い意味では人身売買なんやろーけど、奴隷が送られてくるわけでもないしなあ。本人が望んでないのに、無理矢理連れてくるわけでもない。承諾済みで来とんのやから」
「洗脳されてる可能性は?」
「そらあるな。あの取引は、実はよー知らんのよね。あの……これ聞くっちゅーことは、もしかして知り合いがこっちに送られたとかなん?」
「そんなところだ」
壁村が勝手に勘違いしたので、真も合わせることにする。
「それならうちの組織に掛け合ってみるとええよ。オキアミの反逆のボスはええ人やから、きっと話聞いてくれるよ。しかしなあ、洗脳の可能性もあるけど、本人の意思でこっちに来とるんやし、そういう意味で難儀な話やわ」
難しい顔で頭をかく壁村。
「送られた人間はどういうことになるんだ?」
「噂では宗教っぽい雰囲気の場所に行かされて、そこで宗教っぽいことしとるらしいよ。俺が知ってるのはそれくらいかなあ」
壁村は難しい顔のまま、腕組みして答えた。
「こっちから聞いてもええか? 雪岡純子がどうとか言っとったのは何なん?」
「半年前から行方不明になっている。こっちに来て何かしてるんじゃないかと見て、探しに来たんだ」
尋ねる壁村に、ありのまま正直に伝える真。
「ふーむ……なるほどね。って」
と、そこで壁村は気付く。
「ちゅーか薬はいらんの? 情報が欲しかっただけなん?」
「薬のことも聞きたいな」
ついでであるが、役立つ情報もあるかもしれないと期待する。
「そのまんまや。超常の力を覚醒させる薬な。副作用もあるらしいで。あと、覚醒促す薬やけど、100%覚醒するわけでもなくて、人によるぽいわ。確率的には相当高いみたいだけど」
「なるほど」
真が頷いたその時だった。
殺気を感じ取り、真が反応する。テーブルの上に乗る。
「な、何しとん?」
突然の真の挙動を見て、目を丸くする壁村。
(殺気は僕に向けられたものじゃない)
テーブルの上に上がった真は、壁村の上体を横に押して、自らも倒れる。
直後、窓ガラスが割れ、壁村の座っていた椅子の上部と背後の壁が、何ヵ所もへこんだ。へこんだ箇所は、くっきりと拳の痕がついている。
「狙われているのはそっちみたいだぞ」
壁村に覆いかぶさる格好となった真が言う。
「そ、そやね……あんがとさん。きっと他のサイキック・オフェンダーの組織の者やわ」
震える声で壁村。
「おおきにじゃないんだ?」「ビビって道開けるんじゃなかったの?」
テーブルの下に避難した伽耶と麻耶が突っ込む。
「三ヵ月前にオキアミの反逆がこの町仕切るようになってからは、逆らうモンはおらかったで。それ以前は抗争しまくりやったけど。あと、俺は生粋の関西人ちゃうから」
言いながら、四つん這いでそそくさと席から逃げていく壁村。真も警戒しながら後を追う。
その壁村に電話がかかってきた。
「ああ、エカさんっ。俺、今どっかのサイキック・オフェンダーに襲われてる所やっ。は? 何やて……?」
電話の内容を聞いて、壁村は青くなった。
「大変や……。うちの組織の者がぽっくり市のそこかしこで襲われとる……」
真達の方を振り返り、壁村は青い顔のまま告げた。
「敵対する組織に勝つ算段がついて、それで反撃にうって出たんじゃないか?」
「オキアミの反逆への反撃」「オキアミの反逆への反逆」
真、牛村姉妹が言ったその時、喫茶店の扉が開き、何人もの男がなだれ込んできた。
「ひえぇぇ」
壁村が情けない声をあげて、店の奥へと避難しようとする。他の客や店員は抗争の気配を感じて、その場で身をかがめている。元々暗黒都市の住人なので、この手のトラブルには素早く対処できる。
真が銃を撃ちまくる。能力者達が能力を発動する前に、あっさりと射殺されていく。
「エカさんが来てくれるそうやから、それまでもって……って、強っ!」
あっという間に三人も斃した真を見て、壁村は驚いた。
「アアアアアーッ!」
襲撃者の一人が大音量の声をあげた。真が思わず耳を押さえる。鼓膜が破壊されかねないほどの音だ。全身に振動が伝わる。
「音遮断せよー!」「サイレーンス!」
伽耶と麻耶が二人がかりで、大声男の叫び声を封じる。大声男は自分の声が出ていないことに気付いて、あたふたする。
真が銃を撃ち、大声男の喉を撃ち抜いた。大声男は倒れて、口と喉から血を噴き出しながら何か喋ろうとしていたが、音声は一切出ない。
その真めがけて、喫茶店の外にいる能力者が遠隔攻撃を行う。最初に不可視の攻撃で壁村を狙った攻撃だ。
真が避ける。真がいた場所の床や後ろの壁に、また幾つもの拳がめりこんだ痕が残る。
「孫の手系の力?」
「それなら対処できる」
伽耶と麻耶が窓から外を見た。攻撃してくる者の居場所はわからない。攻撃した後はすぐ隠れているようだ。
「居場所光れ~」
珍しく二人がかりではなく、伽耶だけが即興魔術を発動させると、喫茶店の外の車道の向かいにある街路樹が、発光しだした。
「空間歪め~。Uターン的に歪め~」
街路樹前の空間を歪ませる麻耶。
街路樹から男が飛び出し、その場で素早く何発も拳を振るう。
直後、男の頭部、顔、胸に、拳がめり込んだ痕が残った。自分の能力を自分で食らった格好だ。目玉が飛び出し、鼻がひしゃげ、肋骨が折れて肺が破裂し、頭蓋骨が割れて脳も飛び散り、男は血を噴き出しながら倒れた。明らかに絶命している。
「おんどりゃーっ!」
店内に最後に残った一人の男が叫ぶと、男の周囲の空間に、何十本ものナイフが出現した。あるいは百本以上あるかもしれない。空間がナイフで覆いつくされている。
(これは……単純に物量的に不味いな。まっすぐ飛ぶだけではなくて、コントロールできるなら相当に厄介だ。消えない人喰い蛍みたいなものだしな)
空中に浮かぶ大量のナイフを見て、真は脅威と感じる。
真が銃を三発撃ったが、三本のナイフが即座に男の前に高速移動して、銃弾を弾く。
(やっぱりこいつは強そうだ。シンプルで味気ない能力だが、その分強い)
真が伽耶と麻耶の方をチラ見する。
「空間歪め~。Uターン的に歪め~」
もう一度同じ魔術を用いる麻耶。
「くたばれーべげっ!」
大量のナイフを一斉に飛ばした男であったが、その全てのナイフが、途中で方向転換して男に向かって飛んできたかと思うと、男の全身を串刺しにした。
「楽勝」「余裕」
「僕だけでは対処が面倒だったと思う」
得意げに微笑む伽耶と麻耶に、一応感謝の意を込めて言う真。
「まだいたか」
真は緊張を解かない。殺気がまだ漂っている。
(下から?)
殺気の方向を察知して、真はその場を飛び退き、近くのテーブルの上に乗った。
真がいた場所の床から、獣の骨の仮面を被った花嫁が、床からせり出してくる。左手には鈎爪がはめられ、右手にはシャムシールが握られている。
「何やこいつ……エラいガタいのええ花嫁やな」
「何なのこれ?」「ちょっとホラー」
「まさかこいつがここでお出ましとはな」
壁村、牛村姉妹、真がそれぞれ言った。真だけはその仮面の花嫁に見覚えがある。
「そいつはこっちの台詞だぜ。久しぶりじゃねえか」
仮面の下から一瞬顔を覗かせて、カシム・ファルキはにやりと笑った。




