1
西日本はサイキック・オフェンダーの犯罪が悪化していると噂され、東の住人達からは、西は恐怖の土地というイメージを抱かれているが、多くの住人は、変わらぬ日常を過ごしている。
日本の東西が完全に分断されたわけでもない。物流もある。
はっきりとわかる悪い変化としては、観光に訪れる者はかなり減った。マスメディアの目が向かなくなった。何より犯罪が起こったとしても、サイキック・オフェンダー絡みであると、警察はほぼ動かない。
しかし実の所、西日本の大部分の市町村では、サイキック・オフェンダー絡みの事件発生率は、東より低い。何故なら東日本のサイキック・オフェンダーは、各地に分散しているが、西日本のサイキック・オフェンダーは、特定の都市に集中しているからだ。
サイキック・オフェンダーが集う都市は二つ――近畿地方にあるぽっくり市と、九州北部にある転烙市だ。どちらもかつて暗黒都市指定され、裏通りの住人達が蔓延る都市であった。
『東ぽっくりに到着で~す。次はぽっくり駅で~す』
電車が停まり、間延びした車掌のアナウンスが響き、中高生と思われる、少年少女達が降りる。一人だけ成人した女性が混ざっている。
「ここから先がぽっくり市かー。わくわくするなー」
「だねー。超わくわくー。いきなり衝撃シーンとか来ないかなー」
電車から降りた雲塚晃と崖室ツグミが表情を輝かす。続いて、岸部凛、柴谷十夜が降りてくる。
「なんやあれ、二つ頭あるで」
「妖怪やん。怖っ」
牛村伽耶と麻耶の隣を通ったカップルがへらへらと笑いながら、聞こえる声で言った。
「こっちの人はっきり言うね」
「こっちの人全てがそうじゃないと信じたい」
麻耶と伽耶が無表情に言った。
「ぎゃがっ!」
「ほんげーっ!」
相沢真がカップルを後ろから襲撃し、加減の無い蹴りを食らわしてホームに突き落とした。ホームドアの無い駅だった。
「おお、流石は先輩だっ」
「正義の先輩キックさくれーつっ」
「惚れ直した」
「ちょっと麻耶……」
「あんたねー、いきなり騒ぎ起こしてんじゃないわよ……」
晃とツグミが歓声をあげ、麻耶はにやけ顔になり、伽耶と凛が呆れる。
「でも、迷わず行った先輩の漢気は見ていて気持ちよかったよ」
「ま、そうだけどね」
十夜が言い、凛は小さく息を吐いて認める。
「まあ、やっておいて何だが、あまり目立つことをしない方がいいのは確かだな」
と、真。
「これまでぽっくり市と転烙市に送り込んだ密偵は、全員消息不明か死体になって発見されているのよ。気を引き締めてかからなくちゃ」
凛が真顔で一同を見渡して注意する。リーダーは一応真であるが、最年長者は凛であり、リーダーであるはずの真がいきなりよろしくない行動を取ったので、凛が指導役に回ることにした。
「例え潜伏していても、ここのサイキック・オフェンダー達は、スパイを見つける力があるんじゃないかな」
「私もそう考えていたけど、真がそれは大丈夫だって」
十夜が疑問を口にすると、凛が真を向いた。
「尽く発見されている時点で、超常の能力が絡んでいることは明白だ。しかしそれなら防御も出来る。発見されないようにすればいい」
「そういうこと。防御した状態で西に入った」「すでに働いている私達」
真が言い、伽耶が付け加え、麻耶が主張した。
「なるる~、探知能力も想定済みで、探知に防御をかけたっていうわけね」
牛村姉妹を見て晃が感心する。姉妹がどういう力を持っているかは、すでに全員知っている。
「それでも見つかる可能性はあるよね?」
「ああ。戦闘になる可能性もな」
十夜が確認すると、真は頷いた。
「襲われたら逃げた方がいいの?」
「状況による。不利なら逃げればいい。いけそうなら戦って構わない」
凛が問うと、真は答えた。
「僕達の目的は調査という事になっているが、別に調査に留める必要もない。出来ることは全てやっていい」
「おおっ、つまり可能なら、サイキック・オフェンダーを片っ端からやっつけちゃってもいいんだねー」
真の言葉を聞き、ツグミが冗談めかす。ツグミは笑顔だが、その時だけは目が笑っていなかった。彼女にも目的がある。倒すべき相手がいる。
東日本最大のサイキック・オフェンダー組織を管理下に収め、A級サイキック・オフェンダーの最後の大物、汚山悪重を殺害した事により、PO対策機構はいよいよ、禁忌とされていた西日本のサイキック・オフェンダーの討伐に乗り出す構えを見せていた。
手始めとして、調査隊を派遣する事になり、調査隊に名乗りをあげたのが真である。知られざる裏通りのトップとしての権限を利用し、ほぼ無理矢理決定させた。そして真は、ほころびレジスタンスの凛、十夜、晃と、ツグミと牛村姉妹もこれに同行させた。
真の狙いはただ都市の調査を行うだけではない。本当の目的は、おそらくは西にいるであろう、純子の足跡を見つけることだ。特にミルメコレオの晩餐会と取引していたという、西のサイキック・オフェンダーの組織を怪しいと睨んでいる。
「少しでも数を減らしておけば、後々楽になるのは事実だ」
ツグミの言葉を受け、真が告げる。
「で、手始めにどうするの?」
「これだ」
凛が伺うと、真はホログラフィー・ディスプレイを投影した。SNSの罪ッターが映し出されている。
ぽっくり市における、リコピーアルラウネバクテリアを意図的に覚醒する薬の販売が、投稿されている。
「うっひょー。罪ッターで堂々と取引しているのかー。僕が手に入れて飲めば、力が身につくかな? 飲まないけど」
晃が投稿の宣伝文を読んで、おかしそうに言う。
「リコピーアルラウネのバクテリアが体内にいれば、の話でしょ。今現在、世界中の人間全てが、リコピーアルラウネバクテリアに感染しているわけでもないし」
と、凛。
「連絡を入れてみて、取引に臨んでみる。そして売人を捕まえよう」
「そんな下っ端捕まえてどうするの?」
真が方針を決めると、凛が疑問を口にする。
「下っ端だろうとそれなりに情報源にはなるだろ。こちらの住人の協力者から情報を聞き出すという手段が、NGだからな。サイキック・オフェンダーの組織は、都市一つカバーできるほどの探知能力を有していて、都市内に入り込んだ調査員を即座に見つけだす。そうなると協力者の身も危うい。伽耶と麻耶の力にも限界があるし、協力者までカバーするのは難しいだろ」
「つまりそれってさ、その下っ端さんから情報聞きだしたら、私達のことを漏らさないようにグエェェーッ!?」
真の話を聞いて、ツグミが自分の首を絞めるジェスチャーをして、苦痛に満ちた変顔を作って悲鳴をあげてみせる。
「中々に芸達者」
「でも洒落で済まない」
ツグミの顔を見て麻耶がくすりと笑うが、伽耶は眉根を寄せていた。
「殺さなくても別にいいだろう。伽耶と麻耶の力で記憶を失くせばいい」
「本当何でも有りで凄いな……」
「うんうん、凄く便利でありがたいよね」
真が言うと、十夜は心なしか畏怖の視線を牛村姉妹に向け、晃は素直に称賛を口にしていた。
「便利屋です」「私達都合の良すぎる女……」
しかし伽耶は嬉しくなさそうに溜息をつき、麻耶は自虐的な笑みを浮かべていた。
「それなら協力者だって、記憶失くして解決でよくない?」
「組織の者でない一般人が危険に晒される可能性があるだろ」
疑問を口にする晃に、真が答える。
「えー……相沢先輩の割には、わかんない理屈だなあ」
釈然としない晃。
「割にはって何だよ。お前はたまに棘のある言い方するから気を付けろ」
「いつも注意しているんだけどね……」
「はいはーい。反省してまーす」
真が咎め、凛が額を押さえて息を吐き、晃は笑顔で適当に返事を返す。
真は罪ッターでリコピーアルラウネバクテリア覚醒薬をしている者に、買取希望のメッセージを送った。
するとすぐに返信が返ってきて、待ち合わせの場所と業者の服装などが明記されていた。
「わーお、喫茶店で堂々とか」
返信を見て晃が笑う。
「サイキック・オフェンダーを警察が取り締まらないんだから、隠れてこそこそ取引する必要も無いでしょ」
凛がもっともなことを口にする。
「人数が多いとあれだから、僕と伽耶と麻耶だけで行く。他は外で見ていていくれ。何かあったら、凛が亜空間トンネルを作って飛び込んできてくれ」
「了解」
『がってんだー』
真が指示を出し、凛が頷き、晃とツグミは同じ返事をハモらせて返す。
「それ、二人で練習してた?」
「してないよー」
「練習なんて無くても息はばっちりっ」
十夜が尋ねると、ツグミは否定し、晃は意味の無い自慢をした。
***
指定された喫茶店に移動すると、すでに相手の男が待っていた。返信に書かれてあった通りの服装だ。
「随分と無警戒だな。サイキック・オフェンダーは絶対に安全だとでも思ってるのか?」
ボックス席に堂々と座った、鮮やかなエメラルドグリーンのジャケットと、ピンクと紫のストライプのシャツを着た若い金髪の男を見て、真が言う。
「ダサい服装……」「ケバい……」
同時に顔をしかめる牛村姉妹。
「おおおおお、同時に同じ表情っ。ねねっ、雲塚先輩、今の見た?」
「ええっ? 僕は余所見してたなあ。何か面白い顔してたの? あ、今も同じ顔だけど」
ツグミが伽耶と麻耶を見て歓声をあげ、晃が興味津々に姉妹の顔を覗き込むと、二人は揃って憮然とした顔になっていた。
「サイキック・オフェンダーがというより、オキアミの反逆の者は平気なんじゃない? 真偽は定かじゃないけど、ぽっくり市はサイキック・オフェンダーの組織が無数に乱立していて、抗争も発生していたそうよ。でもその中にオキアミの反逆という頭一つ以上抜けた巨大な組織が誕生して、それ以来、争いは少なくなったって。特にオキアミの反逆に対しては、他の組織は決して事を構えないようにしているらしいわ」
凛がネットで集めた情報を伝える。
「とりあえず行ってくる」
「行ってきます」「れっつごー」
「気を付けて」
「お土産わすれずに~」
真と牛村姉妹が喫茶店へと向かい、十夜とツグミが三人に声をかけて見送った。
「さっきメールした者だ」
真が男の横に立って声をかける。
「ん? おわっ! いや……びっくりした~。あ、ごめんなー」
真の隣にいた牛村姉妹を見て、男は仰天していたが、驚くリアクシヨンを取ったことを謝罪する。年齢は二十歳前後と思われる。
「悪気は無いよ。ちょい驚いただけで。ああ……ほんますまんかった。せやけど別嬪さんやね。恋人同士なん?」
「違う」
「違う」「そうなればいい」
「ちょっと伽耶……」
真と伽耶が否定し、麻耶がうっとりした顔で願望を口にする。
「ちゅーか、もしかしなくても君、相沢真ちゃうか? 雪岡純子の殺人人形の」
「僕を知っているということは――」
「ああ、俺も元々は裏通りの住人や。下っ端のチンピラだけどねー」
男が照れ臭そうに頭をかく。
「今じゃオキアミの反逆の売人だけどな。相沢真もここに来たんかー。ぽっくり市に来たなら、オキアミの反逆に入るとええよ。ここでは敵無しの組織だからさ。他のサイキック・オフェンダーの組織のモンは、うちら見るとほんまにビビッて道開けよるし、入るんだったらここしか無いわ。元裏通りの住人も、かなりサイキック・オフェンダー化して、そのままどっかの組織に入っている感じなんだけどね。おっと、クスリだったな。でもマッドサイエンティスト雪岡純子専属の殺し屋なのに、こないな薬が要るん?」
ごりごりの関西弁というわけではなく、標準語も混ざっていたが、早口であれこれまくしたてる男に、真と伽耶と麻耶は呆気に取られていた。
「裏通りにしてはお喋りすぎだな」
「はあ? 関西の裏通りのモンなんて皆こんなもんやで。東京だと皆だんまりなんかい。キショいわ~」
「そういうわけではないけど、それにしてもあんたは喋り過ぎだ」
上機嫌にべらべらと喋る男に、呆れながら言う真。無理矢理情報を引き出すつもりでいたが、相手の方からべらべらと喋ってくれる。
「薬は僕以外に与えたいんだ。それより……ここに来たばかりで何もわからない。金は出すから色々教えてくれないか? いや、ガイドもしてくれ」
男の前の席に座る真。伽耶と麻耶も真の隣に座る。
「ええよー。任せときー」
男は快活な笑顔で承諾した。




