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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
92 苗床を潰して遊ぼう
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三つの序章

「お願いだからもういじめないでよ……。責めないでよ……」


 少女はいつもそんな台詞を口にしていた。一人でいる時に、誰ともなく訴えていた。懇願していた。

 少女に居場所は無かった。味方もいなかった。逃げる場所は、一人になった空間と時間だけ。


 やがて少女は女性になったが、闇の中から抜け出すことはできないままでいる。

 渦畑陽菜うずばたけひなは十四歳の頃に登校拒否に陥り、引きこもりになっていた。


「あんたみたいなろくでなしを産んだのが私の不幸よ。引きこもりになんてなっちまってさ。おかけで私は親戚の集いにも顔出せなくなっちまったわっ」

「お前はヤワなんだなー。誰に似たんだ? 俺はそんな風に育てた覚えないのになー。嫌なことあったからってそんな風に逃げて、そのままだとこの先暗~い人生が待ってるぞ~。はははっ」


 両親は陽菜のことを散々なじった。怒鳴りつけたこともある。殴られたこともある。陽菜はただ泣いているだけで、何も言うことはなかった。親のことを全く信用も信頼もしていないし、愛情を感じたこともなかったからだ。


 きっかけは、友人達の何気ない言葉だった。


「陽菜もハイパーコレクションボックスで虹券狙ってみたら?」

「無理よー。陽菜は通常だって買えないって。中古オンリーなんだからさ」

「あっ、そっかー。あははは。陽菜の知らない世界だったねー」


 友人達はただの軽口のつもりだったのかもしれないが、陽菜は友人達の無神経さに絶望してしまい、鬱になってしまう。


 陽菜の家庭は貧しかった。父親は稼ぎが少ないくせにギャンブル好きの浪費家だ。共働きでもない。小遣いは少ないし、ろくに服も買ってもらえず、友人達と遊びに行くことも出来ないことを、陽菜はずっと引け目に思っていた。自分が気にしていたことを、ほんのおふざけのつもりであったにせよ、笑いのネタにされたことで、心が砕けてしまった。

 そして陽菜を惨めにさせている原因とも言える両親が、執拗に責めてくる。陽菜は親が自分をいじめていると受け取った。しかしそれを直接訴えることなく、両親がいない所で、泣きながら声に出して訴えている。


 七年以上、陽菜は家から出ることが無かった。親と口もきかなかった。欲しいものはネットで買った。金は――あまりよろしくないサイトでよろしくない方法を使って、投げ銭を貰って稼いでいた。その行為もまた、惨めで仕方なかった。


 自分は世界で最底辺にいる生き物だと常に意識し、惨めな気分で生きていたある日、陽菜の世界は激変する。


「神様が……私を助けてくれた?」


 自身の変化に感涙しながら、陽菜は窓の外の青空を見上げて呟く。


 陽菜は思い切って家の外に出た。

 力を得た自分は、もう惨めに生きなくていいはずだと、陽菜は自分に言い聞かせる。神様の突然のギフト。これを使えば、最底辺にいなくてもいいと。


 陽菜がまず望んだのは信頼できる人間だった。これは得る事が出来た。似たような者達と巡り合った。

 彼等は皆、陽菜と似たような者達だった。不幸な者達だった。運命にいじめられていた者達だった。


 中でも最も可哀想だと思えたのは、まだ九歳の女の子だった。両親を事故で失い、親戚に引き取られたが、そこで虐待されていたという。


 人の命は、運命は、世界にいとも容易く振り回され、塵芥のように吹き飛び、消えゆくもの。陽菜はそう意識する。


「このふざけた世界に抗う力を私達は手に入れた」


 仲間達を前にして、陽菜は力強い口調で告げた。

 陽菜はリーダーになっていた。彼女に人を惹きつける能力が覚醒したおかげだ。


「でもまだ救われていない人がいっぱいいる。不幸な人間がまたいっぱい出てくる。不幸な人をいじめて余計に不幸にする人もいっぱいいる。より多くの人に、抗う力を与えたいの」


 陽菜がさらに望んだのは、世界の改革だった。自分だけが、今いる仲間だけが救われれば、それでいいわけではない。まだこの世界には、理不尽な運命にいじめられ、苦しめられている者達がいる。それらの者達も皆救われるように、世界話作り替えたいと、陽菜は本気で取り組み出した。


 それが半年前から今に至るまでの話。


***


「俺がそいつと出会った時、そいつはまだ十代、俺は二十代前半だったな。今から十五年前か? 今じゃ二人揃って三十代だが」


 一見して一人しかいない部屋で、彼は誰かに語り掛けるかのように、肉声を発する。


「あの時から笑顔が爽やかで、清涼感をまとった奴だったよ。そう、いつも笑顔なんだ。笑いが張り付いたような顔だ。心から笑っているのかどうか、そいつを知るのはぞっとしないな。愛想笑いが張り付いているにしても、心からの笑顔でも、どちらにせよ気味が悪いから、考えないようにしていた」


 一見して一人しかいない部屋で、犬飼一はそこにいる誰かに聞かせるかのように、喋り続けている。


「俺はあいつが何を考えているか、いまいちわからなかった。優しい声で話し、柔らかい笑みを張り付かせた、爽やかな男なのに、やることや望むことはいつもドロドロだ。ろくでもないことを次から次へと思いつくんだ。その結果ホルマリン漬け大統領って組織は、人が人を甚振ることに快楽を見出す奴等に、そういった糞サービスを提供する糞組織に変わった。あいつが変えたんだ。俺はついていけなくて、出ていっちまったけどよ。俺やお前みたいに、悪そのものを楽しんでいる? いや、悪意に晒された奴の反応を観察しているかのような、そんなきらいがあった。あいつの感情、あいつの考えで、何となく理解できたのはそれだけさ」


 犬飼がそこまで話した所で、部屋の床から生えるようにして、全身真っ黒の少年が姿を現す。


「そいつを監視? 接触? 殺害?」


 デビルが声を発して問うと、犬飼はにやりと笑う。


「デビル、俺に代わってお前が観察してくれ。見極めてくれ。殺したければ殺しても構わないし、他にちょっかい出してもいいし、興味が無ければそれでいい。


 犬飼の話を聞いて、デビルは思案する。


(犬飼はいつも僕を楽しませてくれる。正しい指示をくれる。新鮮な喜び、発見もくれる。今回もそうなのかな?)


 多くを語らず曖昧に指示を出してくることも、楽しみの一環なのかもしれないと、デビルは受け取る。

 犬飼と共にいることが、デビルは楽しかった。一人の人間に親しみを抱くのは、睦月以来だ。そして睦月以上に、犬飼のことを信じている。尊敬の念すらある。それどころか、はっきりと慕っている。


「ああ、何か面白いことあったら、報告だけはしてくれると嬉しいかな。ま、俺もそのうち足を運ぶ」


 犬飼がそう告げると、デビルは無言でまた床に溶け込むようにして二次元化する。


「名前と場所を」

 二次元化した状態でデビルが尋ねる。


「大丘越智雄。今はぽっくり市にいると思う。ぽっくり市を支配する組織、『オキアミの反逆』と接点があるようだ。あるいは組織の一員なのかもな」


 犬飼が教えると、部屋から気配が消えた。


(大丘、お前の捉えどころの無い所は気に入っていたよ。さて、知らないうちに悪魔が近づいているわけだが、お前の運命はどうなるかな? 悪魔の気を惹かないことが、一番お前にとって安全なんだがな)


 心の中で、犬飼はかつての部下に向かって話しかけていた。


 それが昨日の話。


***


 東から逃れたA級指定サイキック・オフェンダーの原山勤一と山駄凡美は、ぽっくり市に入ってすぐに、ぽっくり市を支配するサイキック・オフェンダーの組織の庇護下に入った。


「隋分とスムーズに居場所をゲットできたな」

「そうね。しかも待遇も悪くないし」


 ぽっくり市の高級ホテル最上階のレストランで、夕食を取りながら会話をする勤一と凡美。席にはもう一人いる。


「原山さんと山駄さんの名は、西にも届いてまっせ。特に原山さんは東じゃごっつ強いサイキック・オフェンダーですやろ。そんな人がうちらの味方になってくれたら心強いわ~」

「それは戦力をあてにしてという事なのか?」


 勤一と凡美を入れてくれた組織の幹部である禿げ頭の小男が、上機嫌に話すが、勤一は彼の台詞が引っかかった。


「西ではサイキック・オフェンダーのやりたい放題だと聞いた。つまりサイキック・オフェンダーの敵はいないと」

「転烙市やら他の町は知りませんが、ここぽっくり市はちゃいます。サイキック・オフェンダーの組織同士が争ってましたのよ」


 勤一の言葉を聞いて、禿げ頭の小男幹部が、苦笑いを浮かべてワインを飲む。


「せやけど今は、うちら『オキアミの反逆』の一人勝ち状態になっとります。うちらに鞍替えする者も多いですわ。ま、私もその鞍替えした一人なんやけど」


 幹部の男が笑顔で言うと、自分の禿げ頭をぺしんと叩いてみせた。


「てっきりPO対策機構が、サイキック・オフェンダー討伐に西まで乗り込んでくるのかと思ったわ」


 と、凡美。


「わははは、それはありませんやろ~。あいつら、西にびびって近寄りもしませんもの。いや、たまにネズミがちょろちょろ動き回ることありますけど、うちらはそいつら全員見つけ出して、いてもーてますから」

「いいや、PO対策機構がこっちに攻めてくる可能性は十分ありうる」


 幹部の男はおかしそうに笑っていたが、勤一は真顔で告げた。


「俺達を取り逃した後、PO対策機構は残った大物である『ミルメコレオの晩餐会』を攻めにいくだろう。どちらが勝利するかなんてわかりきっている。その後は西にやってくるんじゃないか?」


 勤一がステーキをナイフで切りながら尋ねる。


「今までは東をまとめきれなかったから、西に手出しもしづらかったけど、放っておくわけはないわよね」


 サラダをつまみながら凡美が言った。凡美も覚悟を決めていた。西に逃げ延びたからといって、それで戦いの日々は終わらない。


「私達は犯罪者であり、反体制側でもある。体制側に立ち、秩序の回復と維持に従事する者達との戦いは、いつまで経っても終わらないのよ」

「いいえ、終わらせる」


 凡美の言葉を、若い女性の声が否定した。


「あ、ボス」


 幹部の男が席から立とうとしたが、やってきた女性が片手を上げてその動作を制したので、座ったままへこへこと頭を下げた。女性の周りには、護衛の男女も数名いる。


(この子がオキアミの反逆のボス……。随分若いというか可愛いというか……)


 ボスと呼ばれた女性を意外そうに見る凡美。どう見てもまだ二十代前半で、顔にはあどけなさが過分に残っている。十代にも見えかねない。せっかく顔立ちは整っているのに、化粧もせず、服装にも気遣いが見受けられず、全く垢抜けていない。

 この女性が、無法都市であるぽっくり市の、猛悪なサイキック・オフェンダー達の頂点に立つ存在とは、とても見えない。擦れた印象も全く無い。


「あ、失礼……。でも本気よ。私は戦いを終わらせる気でいるし、この世の理不尽を全て消し去るつもりでいる。手始めに、私達が体勢側に回るつもり。今の体勢側につく連中も、全て打ち倒すか、こちらの味方につけてね」


 オキアミの反逆のボス――渦畑陽菜は静かな口調で、しかし確かに熱と力を込めて、宣言した。


 これが十日ほど前の話。この数日後に、ミルメコレオの晩餐会がPO対策機構によって無力化されたという情報が、勤一達の耳にも届いた。

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