終章
グリムペニス日本支部ビルにて、グリムペニスのトップ勢が会議に臨んでいる。ただし、ミルクはネット経由、勇気は欠席だ。
『勇気は最近ビルに来てないのか?』
前回もその前も欠席だったことを思いだし、ミルクが問う。
「あまり見かけませんね。全然来ないということは無いですが」
宮国が答えた。
「国のトップの仕事もサボりがちらしいわい。電話でやり取りしているだけなんじゃなかろか。ま、それで回るのだから、問題は無いがの」
と、チロン。
「確かに来ないこと多いが、ミルクやシュシュよりはずっと出席率いいぞー」
「私は海底都市チィバーの市長もしゅてるんでしゅよー。こっちにばかりに構っていられましぇーん」
史愉が嫌味っぽく言うと、シュシュが手をぐるぐる振り回したり首を左右に振ったりと、激しいジェスチャーを交えて弁解した。
「ミルメコレオの晩餐会はPO対策機構に敗北し、あの組織はグリムペニスの管理下に置かれることになったぞ」
「ほへー。うちのものになったのか。裏通り中枢は文句言わんかったんかい」
史愉が得意げに報告すると、チロンが意外そうに疑問を口にした。
「史愉さんが物凄い剣幕で怒りまくって、強引にねじこんだんですよ~。実験台にさせないのなら、せめて自分達の方で管理させろと」
男治が経緯を伝える。
「実験台にするつもりで、あたしと男治で苦労して、ミルメコレオの晩餐会のサイキック・オフェンダーを生きたまま回収したってのに、解放しろとか理不尽なこと言われたんだぞ! ふざけんじゃないぞ!」
「これ、唾を飛ばすでない」
史愉が喚き散らし、チロンが顔をしかめる。
「今後はどうしゅるんでしゅか?」
「西の方もどうにかしたいというのが、PO対策機構の方針みたいです。西は東よりはるかにカオスで、情報の取得もままならないという、面倒な状況ですね~。たは~」
シュシュの質問に男治が答える。
「メディアは西で起こっていることを一切伝えず、ぽっくり市と転烙市に送ったPO対策機構の調査隊は尽く消息不明。西の市民がSNSやブログで上げる報告くらいしか、情報が入ってこないという状況です。白昼堂々殺人が行われ、警察も逃げ出しているという噂も聞きます」
「無法ではあるが、それで都市機能が失われているというわけでもないんじゃなー」
「犯罪者よりも市民の方が圧倒的に多いですからね~」
宮国とチロンと男治が言った。
「しかし犯罪者の犠牲になった奴とその周囲が、覚醒してサイキック・オフェンダー化するケースも多いし、犯罪率はどんどん上がってるぞ。リコピーアルラウネバクテリアの覚醒薬が出回り、拍車をかけているみたいだぞ」
と、史愉。
「裏通り中枢は、調査隊を少数精鋭で、ぽっくり市に送り込むとのことです。調査だけに留まらず、ミルメコレオの晩餐会と繋がりがあったと思われる組織があれば、その殲滅も念頭に入れているとのことです」
「ほへ~、そんな怖そうな組織をやっつけちゃうつもりって、相当な精鋭なんでしょうね~」
宮国の話を聞いて、男治が感心したように言った。
***
星炭邸。
「この半年間は忙しかったけど、これで少しは落ち着きそうだな」
居間で茶菓子をつまみながら輝明が言う。修とふくもいる
「でも史愉が言っていた、リコピーアルラウネバクテリアの覚醒を促す薬の件もあるから、油断はできないよ」
と、修。
「西が東に攻めてくるとか、そういう展開だってありそうね」
と、ふく。
「つまりそれは、西のサイキック・オフェンダーがまとまって、この国を乗っ取ろうと戦争仕掛けてくる展開か。漫画みてーな話だが、確かに有り得なくもねーな」
そうなったらかなりの犠牲が出るであろうし、出来ればそんなことにはなってほしくないと、輝明は思う。
「私は戦国時代から生きているし、戦争なんて何度も見てきた身だから、どんなに平和が長く続いても、いずれはまた戦争が起こるって諦めてる。それでもさ、駄目だとわかってるけどさ、矛盾してるけどさ、戦争なんて起こって欲しくないって、戦争なんて起こらないで欲しいって願ってる」
ふくがしみじみと語ると、輝明と修は押し黙ってしまい、無言でお菓子を食べ続けた。
「どしたの? 喧嘩でもした?」
そこに綺羅羅がやってきて、微妙な空気を感じ取って尋ねる。ふくに懐いている、真紅の瞳の少女えなも入ってきて、お菓子をつまみだす。
「いや、何か私の発言のせいで空気が重くなっちゃったというか……」
「ふくがいきなりマジモードで平和を祈る乙女モードになってたから、どう台詞続けたらいいか、わからなくなっちまったわ」
ふくが照れ笑いを浮かべ、輝明は微苦笑をこぼしていた。
***
その日、一人で下校したツグミは、真っすぐ家には帰らず、雪岡研究所へと足を運んだ。真と会って、西に行く打ち合わせをするためだ。
「私、先輩の手伝いで、ただ西についていくって話じゃなくなっちゃったー」
真と向かい合い、ツグミがいつもの明るい調子で話す。
「大丘さんをやっつける目標も出来たしねー」
「殺すのか?」
「うん。そのつもり」
手を組んでテーブルの上に置いた真が確認すると、ツグミは笑顔のままあっさりと肯定した。
「何度も言うけど、復讐なんて馬鹿のすることだ。やらない方がいい」
「へへーん。でも先輩はその復讐をしたって聞いたよ~」
両手を頭の後ろで組んで椅子に深くもたれかかり、からかうように言う
「そうだな。やらない方がいいが、絶対やるなとも言わない。でも執着するな。気持ちを入れ過ぎるな。復讐は淡々と、粛々と、冷ややかな気持ちで行う方がいい。復讐という料理は冷めてから食べる方が美味いという言葉もある」
そこまで喋った所で、真は姿勢を変えた。手をテーブルから離して、椅子にもたれかかる。
「ダイジョブダイジョーブ。他人の敵討ちだから、ついで程度の気分だもーん。私の親しい人が殺されたわけじゃないしさ」
手を軽く振って笑顔で話していたツグミだが、急にその笑みを消した。
「先輩は……雪岡先生を探すつもりなんだよね?」
真顔で確認するツグミ。
「雪岡先生、何でいなくなっちゃったんだろ……って聞いてみてもいい?」
ツグミの問いに、真は無言で少し間を置く。
「いなくなった理由か……それは僕にも……」
話しかけて、また数秒間を空ける。
「わかるけどわからない。わからないけどわかる気もする。僕の目的は雪岡を否定している。雪岡も僕に否定されて、それを受け入れるつもりはない――という意思表示なんだろう。あるいは……僕に試練を与えているつもりか? いや、そんなことはないな……。きっと雪岡も自分の全てをぶつけるつもりなんだよ。僕がいなかった千年の全てを……」
自分で喋っていて、とりとめのない話だと真は思う。真にもよくわかっていない部分が多い。純子の考えの全てがわかるわけではない。
「ただ、今の世界のこの状況――ろくでもない奴が力に目覚めて、好き勝手に犯罪を犯す、その復讐でまた覚醒するという負の連鎖を繋げる世界――それは雪岡が目指していた世界とは微妙に違う代物だ」
この点に関しては、純子の反応を見た限り、間違いないと真は思っている。
「あいつにもそれを言ったら、困った顔になっていた。そして……その後消えてしまった」
消えてしまったと言葉に出してから、真の胸の内に暗く重い何かが発生し、胸を締め付けてくる。半年前、純子が市の前から姿を消したことは、真の心を深くえぐっていた。
「うぐ~、何かフクザツそー。敵なのか味方なのかわからないけど、結局は敵じゃないんだよね?」
「僕はあいつを改心させて、マッドサイエンティストではなくするのが目的だ。殺すことや傷つけることが目的ではない。だがあいつもそれは拒否するだろうから、衝突は避けられない。もしかしたら勢い余って、どちらかがどちらかを殺してしまうことも有りうる」
真がツグミの問いに答えると、ツグミは言葉を失っていた。
「駄目だよ。そんなの。勢い余って殺しちゃうかもしれないなんて……。そんな勢いつけちゃ絶対に駄目だよ……」
視線を放し、うつむき加減になってか細い声で訴えるツグミ。
「そうだな。僕もそんなことはしたくない」
真は即座に頷く。
「ツグミ、正直に話しておきたい。これから言うことを聞いて、嫌なら僕と一緒に来なくていい」
いつもの淡々とした話し方ではなく、微かに熱を帯びた神妙な口振りで、真は言った。
「僕はお前を餌にする」
「え、えさぁ~?」
真の言葉を聞いて、ツグミは素っ頓狂な声をあげる。ツグミの頭の中で、釣り針に串刺しにされた自分が、頭部だけ純子の魚が寄ってきて食らいつき、その瞬間真が釣り糸を巻いて、川の中から純子魚を釣り上げる絵図を思い浮かべてしまった。
「雪岡はお前に強い興味を抱いている。お前の能力、かつてのお前の望みは、雪岡の望みと被る」
かつてハチジョウと対峙した際のことを、真は思いだす。いや、ずっと意識していた。望んだイメージを自由に実体化させる領域に入った際のことを。あの力は正に純子の望むものと繋がる気がしている。もちろんツグミ自身が持つ、絵に描いたものを具現化する能力も、得られるものなら得ようと考えるだろう。
「これまではあいつの中のルールに従って手を出さなかったが、僕と同じ陣営にいて雪岡と相対するつもりなら、雪岡のルールでは、手を出していい敵と見なされる。つまりツグミ、雪岡はお前を狙ってくる。僕はそれを逆手に取るつもりでいる」
「おお~……なるほどなー……」
「お前に黙っておいて、お前を利用するつもりはない。だから先に断っておく。そんな風に利用されるのが嫌だというなら、僕に付き合う必要は無い。西に行くのは断ってもいい」
「えへへへ、でもさあ、人を利用するって言っても、先輩はちゃんと断り入れるし、本気で危なくなった時は護ってくれるんでしょ~?」
にやにや笑って確認するツグミ。
「そのつもりではいる。まあ……雪岡も本気でお前の命を奪うような真似はしないと思うが、それ以外のことだと、何をするかわからないぞ。警戒はしておけ。絶対に生き残るという気構えも必要だ。お前はもうこっち側の人間だし、多分そういう生き方しかできないだろうから」
「うん。それはもうとっくに覚悟済み。まともな生き方ナニソレ美味しいのー?」
こっち側の人間と言われたことをツグミは嬉しく感じ、笑いながらおどけた口調で言った。
91 超常犯罪組織と遊ぼう 終




