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PO対策機構の部隊が、ミルメコレオの晩餐会アジト前に到着する。
「ここだったのか」
目の前の建物を見て、真は懐かしい気分になった。以前にも来たことがある。高い塀に囲まれた敷地。今は暗くて見えづらいが、外からは青く見える窓が張られている。ミルメコレオの晩餐会のアジトは、旧ホルマリン漬け大統領第七支部だった。
(晃と十夜と……雪岡と一緒にここに来たのが、もう随分と昔に感じられる。でも二年……半前の話だな)
「先輩、どうしたの?」
感慨に耽っている真に、上美が声をかけた。
「ここに来るのは初めてじゃない。晃と十夜が裏通りに堕ちた時、ここで一緒に遊んだよ」
「遊んだって表現があれだよね。ようするにドンパチしたんでしょ」
真の台詞を聞き、上美が笑う。
「おい聞け。作戦タイムだ」
新居が声をかけ、PO対策機構の面々が注目した。
「正面から突入――と見せかけて左から陽動部隊を出し、敵さんが左に気を取られた直後、右から精鋭部隊を侵入させる。この精鋭部隊が、汚山悪重の首を取るための本命だ」
「そんな作戦上手くいくかねえ?」
輝明が懐疑的な目で新居を見る。
「ああ? 俺の作戦にケチつける気か? こいつは許せねーなー」
「痛てててっ」
輝明の耳をつまんで捻じりあげる新居。
「正面突入組が一番しんどそうですよねえ」
優が言った。
「そりゃそうだ。ここが激戦区になるのは間違いないから、さっき暇だとぬかしていた精鋭二人は、ここで踏んばってもらおう」
新居が史愉と男治を見た。
「ぐぴゅう。その代わり奴等の生体を持ち帰らせろっス」
「好きにしろ」
要求する史愉に、新居はどうでもよさそうに言う。
「殺人倶楽部の連中もここがいいな。ヤバそうになったらまた俺がグレネードぶちこむわ。しかし奴等も対策立ててきそうだから、あてにすんなよ」
実の所、残りのグレネード残数も心許ない。
「左の陽動は適当でいいだろう。負傷者や、戦闘力低い奴がここ。で、右は真達と輝坊達だ」
新居が言いつつ、真、ツグミ、上美、アンジェリーナ、輝明、修、ふくがいる方を見た。
「ふく~、ふくはそっちに行っちゃあ駄目ですよ~。お父さんの側についてなさ~い」
男治がストップをかける。
「父親なのか?」
「認めたくない。血は繋がってないけど……う~ん……認めたくないけど、否定もしきれない……。まあ百億歩譲って糞親父ってことで……」
新居に尋ねられたふくが、苦虫を大量に噛み潰したような顔で答えた。
「ツグミ」
真がツグミに声をかけた。
「倒したい相手がいるのはわかるが、執着しすぎないようにしろ」
「うん、わかってる。ヘマはしない」
真に顔を向け、ツグミが自信ありげに微笑む。
「復讐なんて馬鹿のすることだし、感心はできないけどな。ましてやお前と親しかった相手でもないのに」
「僕は馬鹿だから仕方ないよ。少し頭がまともになったかと思ったけど、きっと馬鹿なままなのさ」
真がお馴染みの台詞を口にすると、ツグミは涼しげな顔で言ってのけた。
「別にお前をディスったわけじゃないが、気を悪くさせたならすまん」
「え? 相沢先輩、僕が拗ねているように見える? 先輩が僕を心配して忠告しているのもかわっているし、僕はそんなことでヘソを曲げたりなんかしないよ。そうじゃなくてさ、気持ちを抑えられないというか、譲れないってこと。もちろん感情に支配されて突っ走るような真似もしないけどね」
「僕が気にしているのはその部分だから、わかっているなら問題無い」
そもそもツグミはそんなキャラではないと真は思っているが、それでも心配で釘を刺した次第である。
建物の入口にライトが着く。建物入口からぞろぞろと大量の兵士が出てきて、壁で囲まれた敷地の正面入口へと押し寄せてくる。
「出てきやがったか。よし、やっちまえ!」
新居が号令をかけると、PO対策機構の正面担当部隊が先に攻撃を仕掛けた。
真、ツグミ、輝明達の別動隊は、こっそりと移動を開始する。
「ぐぴゅ、他の奴等にやられる前に~」
正門を越えて敷地内に転移した史愉が、ミルメコレオの晩餐会の兵士達がひしめくド真ん中に現れる。突然現れた史愉の姿を見た者達はぎょっとする。
史愉が両腕を振り回す。史愉の両腕は、タコの触手に変化していた。いや、それだけではない。触手にあるすべての吸盤から、ハチの尾が生えている。
鞭のように振り回される触手は、体に当たると同時に蜂の毒針を刺す。毒針を受けた者は、すぐさま麻痺して崩れ落ちていった。
「男治ぃ~、早く回収~」
「はいはい」
史愉に促され、男治が亜空間トンネルの中からひょっこり出てきて、倒れたサイキック・オフェンダーを回収しにかかる。
「あ……。ええ? 取れた?」
ところが男治が運び込もうとしていた男の首が、ぽろりと取れて、地面に転がった。切断面から血が噴き出る。
「何やってんのーっ! 生きたまま運んでよっ!」
「わ、私は知りませんよ~。何もしてないですっ。いきなり首が取れたんですよ~。多分あっちの誰か仕業です~」
激昂するあまり地が出る史愉に、男治は弁解しながら、PO対策機構のいる方を見る。
「私は悪くないし……」
冴子がぽつりと呟いた。ゆっくりカッターという、遠隔切断能力を用いて、彼女が切断したのだ。能力の発動が文字通りゆっくりなので、狙っていた相手が、史愉に倒されて男治に担がれた時点で切断された次第だ。
「おわっ!? 何だ!?」
史愉の前に、大量のマシュマロを繋ぎ合わせたような体の巨人が突然現れた。背丈だけで10メートルをはるかに超えている。
大量マシュマロ巨人には明らかに敵意が感じられた。その敵意は史愉に向けられている。つまりは、PO対策機構の能力者によって出されたわけではなく、ミルメコレオの晩餐会の能力者が出したものだ。
周囲にはミルメコレオの晩餐会の者達が溢れかえっている。下手に動くと味方も踏み潰しかねないというのに、大量マシュマロ巨人は二歩動いて史愉に迫り、史愉に向かって巨大な腕を振り下ろした。
「幻影ですよ、それ」
「わかってるぞ。いや、すぐわかったぞ」
男治が指摘した直後、巨人の腕が史愉をすり抜けた。
「動いた瞬間わかった。これ、幻覚だと認識しないと幻覚が現実になる系の能力だと思うぞ」
喋りつつ史愉は、解析能力をフルに働かせて、幻影の巨人を出している能力者が誰であるかを確認する。
「あいつだ」
「はいはい」
史愉が女性の一人を指すと、男治が巨大なシダ植物を女の足元から生やして、女を包み込んで拘束する。それと同時に、大量マシュマロ巨人の幻影も消えた。
その後しばらく、能力や銃弾が飛び交う戦いが続く。近接戦闘をしているのは、敵陣地内に飛び込んだ史愉だけだ。
ミルメコレオの晩餐会の者達は、史愉と男治が陣地の中に突然出現して暴れているにも関わらず、PO対策機構相手に明らかに優勢に戦っていた。
「あいつが曲者だな」
唐笠を持って、ミルメコレオの晩餐会アジトの敷地内を飛び回る禿かけた小男を見て、鋭一が眉根を寄せた。透明つぶてを放っても、小男がくるくると唐傘を回すと、透明つぶてのエネルギーが全て消滅してしまうのだ。
鋭一の攻撃だけではない。先程から、PO対策機構の能力による攻撃も、銃弾も、傘を回して防ぎ回っている。全て防ぎ切っているわけではないが、攻撃の多くが届かず、PO対策機構が押されている原因を作っているのは、間違いなくこの男のせいだ。
「びっくりですう。私の力もあの傘には効きませえん」
優が言った。優は唐笠男の存在に気付いて、そしてこの男が原因で劣勢にあると知って、消滅視線で消しにかかったが、能力が通じなかった。傘に対しても、傘を持つ男にも効かない。
「ある意味、私と同系列の力と言えますねえ。エネルギーそのものを消滅させる力が、あの傘にあるっぽいです。そしてあちらの力の方が強いように感じられましたあ」
「近接戦闘仕掛ければどうなるの? パンチしたら腕が消されちゃう?」
冴子が尋ねる。
「あの傘に銃弾も消されているから、有り得ますよう。攻撃する際に、エネルギーを失くすか、極力抑えるか、あるいは全く別の方法がよいと思いまあす」
優は電話を取り出して、冴子と電話相手の双方に聞かせていた。
「ようするにあたしに動けということっスか。ま、適材適所だからやってやるぞ。ぐぴゅう」
史愉は優からの電話を受けて、エネルギー吸収唐傘男のことを聞き、唐傘男の方を向いて、白衣の袖の下から大量の虫を放つ。一見、蟻にも見える羽虫だった。
羽虫は一斉に唐傘男へと向かって飛んでいく。唐傘男は大量の羽虫を見て、ぎょっとしたが、すぐに傘を回して虫を消し去ろうとする。
しかし虫は消えない。ただ虫が飛んでいるだけだ。そこに人を殺傷するに至るほどのエネルギーは存在しない。唐傘男は何でも消滅できるわけではない。人を傷つけるだけのエネルギーが無いと、消すことが出来ない。
羽虫達は傘を避けて、次々と唐傘男にたかりだした。唐傘男は片手で傘を回してPO対策機構からの攻撃を防ぎつつ、もう片手で、自分の体の至る所に止まってくる虫を、必死に払いにかかる。しかし払われた虫は、すぐにまた唐傘男の体に止まる。
「ギャアアッ!」
唐傘男の全身が炎に包まれ、唐傘男は絶叫をあげた。ミルメコレオの晩餐会の能力者達が驚いて唐傘男を見る。
虫が唐傘男に取りつくまでは、小さいエネルギーしか存在しない。しかしこれはただの虫ではない。史愉自慢の発火虫だ。そして発火する際には、唐傘で防ぐだけのエネルギーも生じるが、相手の体の大量にへばりついて、そこで一斉に発火したとあれば、唐傘でエネルギーを防ぐことなど出来ない。すでに自身が直接攻撃を受けてしまっているのだから。
「流石史愉さんですう。ありがとうございましたあ」
「わっはっはっはっ、造作もないことだぞー」
電話で礼を述べる優に、上機嫌で高笑いする史愉。優は史愉の発火虫よりも、優が口にした言葉を聞いただけで、唐傘男を仕留める手段をすぐに思い至った史愉の頭の回転の方に、感心していた。
「これで少しはこっちの攻撃も通りますかねー」
「だといいけどな」
鋭一と竜二郎が言ったその時だった。
大量の三日月状に明滅する小さな光が現れ、PO対策機構の者数名を穿ち抜いた。
「危ない……」
卓磨が冷や汗をかいて呟く。すんでの所で、左足を踏んで攻撃を防いだ。攻撃が届くタイミングに合わせて左足を踏むことで、卓磨は攻撃エネルギーを吸収、蓄積できる。蓄積した力は、右足を踏めば解放し、攻撃にも使える。ただし、三十秒以内に解放しないと、自然に爆発して卓磨に被害を及ぼす。
「今のは人喰い蛍ですねえ」
男治が呟き、術師である男を見た。
PO対策機構の者達も、人喰い蛍の術を使った術師に注目した。黒マントで全身を覆い、黒い帽子を被った怪しい男。
「おい……あいつ……」
「あいつがミルメコレオの晩餐会にいるのか」
「誰? 只者じゃないのはわかるけど」
「え、お前知らないのかよ」
黒マント男を見て、PO対策機構の者達がどよめく。
「あいつは元安楽警察署署長の雫野春雄だ」




