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「ふぇ……ひっ……あひぃぃぃ! ああぁ……」
蟻広と柚が呼ばれた部屋に近付くと、悲鳴と嗚咽が聞こえてきた。
「入れ」
ノックをすると、中から部屋の主の声がかかり、蟻広はガムを噛みながら扉を開く。
中の光景を見て、蟻広と柚は同時に顔をしかめる。蟻広はガムを噛む動きも止めてしまった。
部屋の主――ミルメコレオの晩餐会のボスである汚山悪重が、返り血を浴びまくって楽しそうな笑顔で、血塗れの男の顔をカミソリで削っている。男の顔は大半の皮がめくれあがっている。手足は逆方向に折れ曲がっていた。
隣では半裸のルーシーが、無表情に佇んでいる。
「何だそれは? 何のつもりだ?」
不快感たっぷりに問う蟻広。汚山の悪趣味ぶりに嘔吐感を催していた。
「ああ? 見りゃわかるだろう。髭を剃ってやっているのさ」
にたにた笑いながら汚山が言うと、カミソリで顔の皮を剃る作業を止め、足元に置いてあったボトルスプレーを手に取った。
「なあ、これ知ってるか? 台所の汚れを落とす洗剤スプレーだよ。これどんな汚れもすげーよく落とすんだよなー。これを人の口の中にぷしゅーっとしたらどうなるか、試してみたかったんだ。汚れの塊みたいなお前がどうなるか見物だろ?」
「やめ……ひゃめてくりゃはい……」
汚山がネチっこい口調で言うと、手足を折られてカミソリで顔を削られていた男が、必死に懇願した。唇の皮もめくりあがっているが、歯はほとんど見えない。残っていない。三本ほど残して全て引き抜かれていた。
(デスドライブ笛沢か。失態の責任をとらされているってわけだ)
そこでようやく蟻広は、拷問されている男の正体に気付いた。
「フットワークが軽くて行動力ある馬鹿は、正解ボタンを押せば心強いが、不正解ボタンを押した時には迷惑と悲劇を撒き散らす。こいつは正に不正解のボタンを連打しちまった」
「マイナス31しとくかな……」
気持ちよさそうに喋っていた汚山であったが、蟻広の呟きを聞いて、むっとした顔になる。
「で、何の用で来やがった。さっさと用件を告げろ。そしてとっとと帰れ」
刺々しい口調で告げる汚山。
「汚山、彼等は西の取引相手なので、くれぐれも軽率な言動は控え――」
台詞途中で、ルーシーの体が吹き飛んだ。汚山が拳で思いっきり頬を殴りつけたのだ。
「マイナス18……」
柚が思いっきり眉をひそめ、蟻広は冷ややかに呟く。
「それよりお前達こそ何のつもりだ? こんな所にまでクレームいれに来やがったのかよ。俺を誰だと思ってるんだ」
「サディストの糞野郎なお山の大将だろう」
凄みを効かせる汚山だが、蟻広は全く動じずに、たっぷりと軽蔑を込めて言い放つ。
「洒落たつもりか? 確かに俺は汚山の大将だ」
怒りの形相から一転して、へらへらと笑いだす汚山。
「ここ最近立て続けに失態続き。やる気あるのかと文句を言いたくもなる。いや、与するに値しない相手じゃないかと、疑いたくもなる」
「孺子共に謀るに足らずってか? 俺の方が年上だぜ?」
蟻広の言葉を聞き、笑いながら肩をすくめる汚山。
「目上だろうと無能に礼儀なんていらねーだろ?」
蟻広のその台詞を聞き、再び汚山の顔から笑みが消え、先程以上の憤怒の顔になった。汚山にとって決して聞き捨てならない台詞だった。
「俺が無能だと……?」
殺意すら滲ませる汚山だが、手は出さない。容易く人を殺すほどの癇癪持ちではあるが、流石に相手が悪いことは汚山にもわかっている。
「裏通りのフリージャーナリストがお前の組織を色々と嗅ぎまわり、暴露しているぞ。おまけにボロクソに書いている。あれを読んだ限り、組織の運営を疑われても仕方ねーよな」
「ああ、高田義久っていう奴の記事か。今、あいつを探している所だ。絶対に見つけ出して、こいつと同じ目に合わせてやる」
「ぐえっ!」
汚山が笛沢の脇腹を思いっきり蹴り上げる。
「俺達は裏通りの住人になったつもりもねーし、あんな糞記事気にしてねーんだよ」
「いや、気にしてるだろ。今、すげー怒ってたじゃないか」
汚山の台詞を聞き、コントでもしているのかと思い、蟻広は思わず笑ってしまった。
***
帰宅した輝明はずっと不貞腐れていた。いや、輝明だけではない。珍しく修も不機嫌そうな顔で、ほとんど言葉を発さない。
「随分と機嫌が悪いね。任務失敗したから?」
居間で不機嫌オーラを出している輝明と修を見て、ふくが声をかける。
「ケッ、そうだよ。とんだ無駄足だったぜ。せっかく俺が協力してやったのにしくじりやがってよ」
輝明が吐き捨てる。理由はそれだけではないということは、ふくにも綺羅羅にもわかった。
「輝坊だけじゃなくて、修も御機嫌斜めね。何があったのよ?」
綺羅羅が尋ねる。
「救出対象を助けられなかったからね。目の前で殺された。まだ中坊でさ。しかも殺した奴が凄い下衆で、自分の商売の邪魔をされたっていう、ただそれだけの理由だよ。八つ当たりで殺したようなものだった。胸糞悪いったらありゃしないよ」
修が怒りを滲ませた口調で話す。
「でもそれなりの人数いたのに失敗したってことは、手強いってことよね? 次、私も助っ人に行こうか? これでもそれなりに戦えるし」
ふくが申し出る。
「というか、ふくちゃんは輝坊達より強そうよね」
と、綺羅羅。
「いつもなら断る所だが、今回はお願いしたいわ。連チャンでしくじっているから、少しへこんじまってる」
ふくの方を見て、輝明は疲れ気味の顔で言った。
***
ツグミと上美とアンジェリーナは、洋司を呼び出した。電話で片付けた方が気が楽であろうが、この報告は面と向かってすべきだと思った。
「私達の見ている前で、頭を撃ち抜かれたわ……。ごめん……。止めようがなかった」
上美から一高が死んだことを聞いて、洋司は愕然としてわなわなと震える。
「そんな……兄さんが……そんな……」
「先輩を殺した奴は、ただ腹いせで殺したの。私達を呼び寄せることになったからって、ただそんな理由で殺して笑ってた」
残酷なことを伝えているとわかっていながらも、上美は一高が殺された理由までもはっきりと伝えた。それは言わなくてはならないことだと思ったからだ。
洋司は膝をついてうなだれた。そんな洋司の姿を見て、上美は拳をキツく握りしめる。
「ジャッブ……」
アンジェリーナがそんな上美を気遣って、優しい声と共に上美の肩に手を置く。
「仇は取るから」
ぽつりとそう言ったのはツグミだった。服装は女子生徒のものだが、中身は男になったままだ。
洋司は顔を上げ、ツグミを見たが、すぐにうつむく。
「仇討ちなんてしなくていいです。先輩達も危ないですし、それで先輩達まで死んだら……僕と兄さんが先輩達を死なせたも同じになります……」
掠れ気味の声で訴える洋司。
「僕は君のお兄さんのために戦うわけじゃない。復讐するために戦うわけじゃない。結果的に仇も取るというだけの話さ。僕が僕の都合で戦うから、気にしなくていいよ」
そう告げるツグミの声には、優しさと同時にどこか冷たい響きがあるように、上美には感じられた。




