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ツグミ達が一高を尾行した翌日の朝。安楽第二中学校。HR前にツグミ、スピカ、上美、洋司、鶴賀で視聴覚室に集まっていた。
「兄さん、昨日は家に帰らなくて、母さんが警察に失踪届を出しました」
すっかりしょげている様子の洋司が報告する。鶴賀も昨日の尾行の件をすでに聞いている。
「僕が尾行したことも母さんに伝えました。怪しいサイキック・オフェンダーの集団が関わっている事も。母さんはそれも全て警察に伝えたみたいです」
「そうか」
腕組みした鶴賀が頷いた。
「あんな危ない人達と関わっていたなんて……。先輩達を危険に巻き込んでしまってごめんなさい」
「気にしない気にしない。私は危険と隣り合わせな生涯生きていく運命なんだから」
申し訳なさそう謝罪する洋司に、ツグミは快活な笑顔で言ってのける。今日のツグミは女子の方である。
「昨日の件は、洋司君にしてみたら色々とショックだったと思う。中司先輩があんな怪しい連中に関わっていた事も、あんな悩みを抱えていた事も、それに昨夜帰って来なかった事も」
上美が洋司を気遣う。
「えっとさー。先生はどうせ警察に任せて危ないことはするなって言うけど、警察だけに任せておけないでしょ、これ」
やる気満々な口調でツグミ。
「警察というよりPO対策機構の領分だな。警察の方から連絡は行っているだろう」
鶴賀が冷静に述べた。
「そして俺はそんなことは言わない。かつて騒動があった際にも、お前達を信じて任せたからな」
「流石鶴賀先生。画伯、次の記事では鶴賀先生のイラストはもっと男前に描いといて」
「了解」
スピカが冗談交じりにリクエストすると、ツグミも微笑んで頷いた。
「PO対策機構にコネがありそうな人に、直接話してみるね~」
「それって相沢先輩でしょ」
電話を取るツグミに、上美が突っ込む。
『その話ならもうPO対策機構の耳にも届いているぞ。どうもミルメコレオの晩餐会という組織の仕業のようだな』
ツグミが電話をかけてスピーカーにすると、真の声が響く。
『PO対策機構はこれより本腰を入れて、ミルメコレオの晩餐会を潰す予定にある。東に残ったサイキック・オフェンダーの最後の大物だからな。たぶらかされている生徒は危険だな。その戦いの巻き添えを食う可能性がある』
「そんな……兄さん……」
真の話を聞いて、洋司は蒼白になる。
「うん、これはもう決まったっ。わかったっ。やはりここは、私と上美ちゃんで助けるしかないねっ。そういう流れダー」
「ま、そーなるかな」
洋司と対照的に明るい笑顔のツグミ。上美はそんなツグミを見て、苦笑気味に頷く。
「すまんこっこー。この先は、スピカちゃんは危ないから、待機しておいてほしい」
「了解」
ツグミに言われ、スピカは従った。
『お前達二人だけでは不安だし、PO対策機構から助っ人を出しておく』
「相沢が要請して、PO対策機構は応じてくれるのか?」
『応じさせる。それは心配しなくていい』
鶴賀が尋ねると、真は言い切った。
「相沢先輩はPO対策機構と強いコネありそうだね」
『コネがありそうではなく、僕達裏通りの住人の多くもPO対策機構に組み込まれている。もちろん僕もな。ようするにPO対策機構の一員だ』
上美が言うと、真が訂正した。
「協力感謝するぞ相沢。それよりお前、いつになったら登校するんだ。中学くらい卒業しろ。何よりサッカー部に入れ。わかったな」
力強い声で鶴賀が訴えたが、返事は無く、電話は一方的に切られた。
***
ミルメコレオの晩餐会は現在、西にいるサイキック・オフェンダーの組織と、取引を行っている。
取引の内容は、西に人を送ること。要するに人身売買であるが、誰でもいいわけではない。極めて限定的な条件が付けられている。
純粋な心を持つ人間であり、社会に抑圧されている境遇にあり、力を求める者や変革を求める者であること。何者かに救いを求める傾向があれば尚更いい。そういった者達を集めて送るように求められていた。
ミルメコレオの晩餐会のボスである汚山悪重の玩具であり、ミルメコレオの晩餐会の幹部であるルーシーは考える。ようするに西の組織でそれらの者をサイキック・オフェンダーとして覚醒させ、組織の兵隊にするのではないかと。
「さあ、今日のカードは、汚い山と大きな丘です。これをどう見ますかねえ」
「大きな丘が珍しく失敗しましたよ。彼には汚い山も期待を寄せていましたが、その期待を裏切る結果となってしまいましたよ」
「大きな丘の釈明が一体どのようなものであるか、そしてそれを受けた汚い山がどのような沙汰を告げるのか、その辺に注目していきたいですね」
大丘が入室するなり、汚山はまた一人実況解説を行う。大丘は愛想笑いを浮かべている。
「お前がしくじるとはな。PO対策機構の動きには警戒していたんだろ?」
「相手は超常の能力者ではありましたが、PO対策機構ではありませんでした。まさか同じ学校の生徒や兄弟が探りを入れて、それが能力者だったとは思いませんでした。こちらは大した被害は無く、退けることが出来ましたし、商品も無事です」
「ふーん……。しかし取り逃した時点でサツに連絡が入れられ、そこからPO対策機構にまで話がいっちまうな?」
悠然と釈明する大丘を、汚山が睨みつける。だが大丘は全く動じた様子を見せない。
「それは問題無いでしょう。どちらにせよ、我々はPO対策機構に目をつけられ、大規模な抗争は避けられない状態にありますから」
と、ルーシーが口を挟む。
「なるほど、一理ある」
ルーシーの言葉に皮肉めいたものを感じ取り、汚山は笑みをこぼす。
「大丘、俺はお前が好きだぜ。優秀だからな。実績も数知れずだ。価値の高い人間だ。そんな奴が俺の組織にいてくれること嬉しいぜ。だがそんなお前でもミスは犯す。人はミスを犯すように出来ている。そいつは仕方ない。しかし失態が重なれば、そいつの価値は自然と下がる。それはわかってるな?」
「評価が下がると言った方が、私としてはしっくりきますね」
ねちっこい口調で念押しする汚山であったが、大丘は全く臆することなく、微笑をたたえたまま言ってのけた。
ルーシーがホログラフィー・ディスプレイをミニサイズで開く。緊急報告のメールが入ったのだ。この手の報告は汚山に直通では行かずに、まずルーシーを通す。
「汚山、報告です。いえ、これを見た方が手っ取り早いですね」
ルーシーがホログラフィー・ディスプレイを投影して、ニュース番組を映す。
『デスドライブ笛沢がサイキック・オフェンダーであると、警察が発表し、その行方を追っている件については、続報が入り次第お伝えします』
「はあ?」
アナウンサーの台詞を聞いて、汚山はあんぐりと口を開く。
「公表したのは警察ですが、追っているのは間違いなくPO対策機構でしょう。現在、笛沢は逃走中の模様。こちらから連絡を入れて――」
話している途中に、汚山はルーシーの顔を殴りつける。ルーシーが何か悪いことをしたわけではない。ただの八つ当たりだ。
「あの馬鹿ったれの糞無能カス……どこまで……俺を……ムカつかせるんだ?」
憤怒の形相になる汚山。
「どこかにかくまった方がよいと思いますが」
殴られた直後のルーシーが、淡々と意見する。
(再生するというだけではなく、痛覚も無さそうですね。痛がる反応が全く見受けられない。我慢しているようにも見えない)
そんなルーシーの様子を見て、大丘は思う。
「ここに呼べ……」
低い声で命ずる汚山。
(かくまう気は無いようですね)
(おやおや、これで笛沢さんの運命は決まりましたね)
汚山の表情を見て、声を聞いて、ルーシーと大丘は思った。癇癪持ちで、すぐに怒鳴り散らして暴力を働く汚山だが、本気で怒った時は静かな雰囲気になる。そして静かに、自分を怒らせた者を殺害する。その場面を二人は何度も見ている。
「わかりました」
こうなったらどんな意見をしても聞き入れないので、ルーシーは応じた。正直な所、汚山はいつか笛沢を殺すだろうと思っていた。




