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テレビに途轍もなく顔のパーツが不揃いな中年男が映し出されている。何より人相が悪い。
『ええ~、上野原さん。それはですね。古い価値観です。思考停止してますね。そこで止まっていたらおしまいですよ。おしまい。そんなんだから若い人達に馬鹿にされるんじゃないですかあ? いや、言い直しますね。そんなんだから若い人達に馬鹿にされているんです』
中年男が元々細い目をさらに細めてにやにや笑いながら、小馬鹿にした口振りで言う。
『具体的に言ってほしいものだな。どこがどう古くて、何がおしまいに繋がるのか』
腕組みポーズの上野原上乃助が、冷めた口調で要求する。
『上野原さんの言ってることはねえ、結局ねえ、若者文化を否定して年寄りに媚びを売る論調だからですよ。年寄りだけの独りよがりコミュニティの価値観の押し付けでしょォ? 今世紀前半のように、テレビが年寄り向け文化なら仕方ないですけど、今はそうじゃないでしょォ? お年寄り達の会合は別の所でやってくださいって話ですよ』
へらへらと笑いながら、耳障りな甲高い声で煽る中年男。
この男は現在メディアでの露出が激しい人物で、特に若者中心にカルト的な人気があった。名はデスドライブ笛沢という。
『時代に対応できない古い人は、さっさと表舞台から消えてほしいって、若者達は皆思っていますしね。実際邪魔でしょォ? そもそもねえ、上野原さんは年寄りにウケ取るための頑固者発言ばかりして、そういう商売しているんです。そういう人です。本当の論客じゃなくて、ウケ狙いの商売人です。ビジネスです。間違いない。私にはわかっています』
「上野原は確かに頑固な発言多いけど、古いとか年寄り向けとか、そんなんじゃないと思うけどなあ。酷い言い様だ。つーかひたすら、頭ごなしにディスっているようにしか聞こえない。そもそも言論人なんて、皆ビジネスでやってるのが前提なんじゃない?」
星炭邸の居間でテレビを視ていた修が、己の考えを述べる。
「おまけに主語も述語もデカいわ、決めつけが酷いわ、レッテル貼りも酷い。勝手に若者の味方面すんなっつーの」
輝明が吐き捨てる。
「いつもこいつはレッテル貼りしているし、悪い方にバイアスかけた発言してるじゃない。常に上から目線だし、勝手にあれこれ決めつけるし、ネチっこい喋り方とか、本当嫌い。そしてこいつこそ、年寄りを罵りながら若者文化に媚び売ってるし。何でこんなキモくてウザくて胡散臭くて感じ悪いのが人気なんだか。今の若い連中がわかんないわ」
綺羅羅が不快感たっぷりに吐き捨てる。デスドラゴン笛沢のことは大嫌いであるし、テレビに出たらすぐに番組を変えていた。ネットでも、この男のサムネを見たらすぐにNGにしているほどだ。
(綺羅羅さんだってまだ十分若いと思うけど)
そう思う修であるが、口には出さない。
「ケッ、俺は若いけどババアと同意見だぜ。こいつの不細工なツラも見たくねーよ。そしてババアも決めつけてる。若者全部がこんな奴を支持しているわけねーだろ」
輝明も綺羅羅に同意するが、チャンネルは変えないし、テレビを消しもしない。
「テル、綺羅羅さん、胡散臭いから惹かれるのよ」
そう発言したのは、ふくと呼ばれるおかっぱ頭の少女だ。現在、星炭邸で居候をしている。
「お前の親父みたいにか?」
輝明がからかう。
「そうじゃない。胡散臭いにしても種類があって、あれとは違うタイプね。こういうのってわりと定番というか……何時の時代もね、心の拠り所を探しているような悩める思春期の子や、それより少し上の――人生経験薄くて地に足がついてない若者達をたぶらかすのは、この手の胡散臭い奴が定番になっているのよ」
見た目は十歳前後のふくだが、実年齢は、この場にいる全員の歳を合わせた数の八倍程である。
「確かに胡散臭いけど――それに不細工だっていうけどさ、それって逆に言うと際立った個性の塊なのよね。だから惹かれるみたい。私にも理屈でしかわからないけど、昔からずっとこの手の胡散臭いカリスマや、インフルエンサーが台頭するのを、私は見てきたわ。宗教の教祖様とかにも多いし」
と、ふく。
「あとさ、性格悪い奴ってのは、人前で口汚い発言する奴のことを好きそうなイメージだぜ。そういう奴等に支持されてるんじゃねーか? 類は友を呼んでるわけだ。ケッ」
嘲笑たっぷりに輝明。
「それ、あんたの自己紹介?」
「ふざけんなよババア」
綺羅羅が半眼で指摘して茶をすする。輝明はむっとした顔になる。
「で、こいつが次のターゲット?」
「ああ、俺達が追っている人身売買を仕切っている一人らしい」
綺羅羅が問うと、輝明はテレビの中のデスドライブ笛沢を見て頷いた。
***
日本東部最大のサイキック・オフェンダー組織、ミルメコレオの晩餐会。
そのアジトに、一人の男が周囲の目を気遣いながら訪れる。帽子をかぶり、サングラスをかけ、マスクをかけている。
車から出ると、大急ぎでアジトの中に入って、そこで帽子とサングラスとマスクを外して、不細工かつひどく人相の悪い顔が露わになる。男の名はデスドライブ笛沢という。
「さあここで、今人気沸騰中のデスドライブ笛沢が登場だーっ」
笛沢が入室するなり、弾んだ声がかかる。
「人気があるのは結構ですが、肝心の任務が滞っていますね。ボスはお怒りですよ」
口調ががらりと変わる。二人で喋っているわけではない。発言しているのは一人だ。そのお怒りのボスが、実況口調と解説口調で交互に喋る。
「その辺どうやって釈明するのかもまた見物ですっ。おおーっと、ボスと対面してデスドライブ笛沢、震えているのかーっ? テレビで、SNSで、動画チャンネルでイキりちらしているこの不遜な男が恐れる姿など、見たくなかったーっ!」
明らかに臆した顔になっている笛沢を見て、面白おかしそうに叫ぶのは、ミルメコレオの晩餐会の頭目である汚山悪重だ。
「ボスは厳しい人ですからねえ。彼の人気を押し上げるために、組織は労力を費やし、十分な時間を与えられたにも関わらず、大した成果をあげられなかったのでは、言い訳も難しいでしょう」
汚山が解説口調でそこまで話した時点で、笛沢は意を決して釈明することにした。
「お、俺の支持者は増やしてますし、活動で稼いだ金はかなりの額ですし、人身売買程ではありませんが、組織に貢献している額としては申し分ないはずです」
「だからよう、今の話聞いてなかったのか? 金の問題だけじゃねーんだよ間抜け。ただの人身売買でもねーんだ」
また口調を変える汚山。これが本来の汚山の喋り方だ。
「そもそもお前が有名人になれたのは、お前の力じゃねえ。組織の力添えがあったからこそで、そこまでは誰でも出来る。お前みたいな脳たりんの不細工でも、俺の指示通りにしていたから、出来たんだ。重要なのはその先だろうが。商品の加工と出荷が出来てねーじゃねーかよ。大丘はしっかり上手くやってるってのによ」
溜息をつき、苛立ちを露わにした表情で、貧乏ゆすりを始める汚山。
「俺が何より許せないものは何であるか、散々言ったはずだぞ。俺の期待通りの動けない無能な部下だ。敵より許せねえ」
そこまで話した所で、汚山は立ち上がった。その所作を見ただけで、笛沢は顔を引きつらせて後退する。
「何の取柄も無い奴。まともに仕事をこなせない奴。頭が空っぽな奴。何でそんな奴が生きていられるんだ? 何で俺と同じ世界で空気吸っていやがるんだ? 何で俺の部下なんだ? ああ? ふざけんじゃねえよ」
「汚山、あまり追い詰めすぎるのもよくありません」
見かねたルーシーの進言に、笛沢の恐怖が少し和らいだ。
「ああ?」
「追い詰め過ぎた者は裏切ります」
ルーシーを睨む汚山だが、ルーシーは汚山に顔を寄せ、そっと耳打ちした。
「ふう……まあ、そうだな」
汚山は落ち着きを取り戻し、ルーシーの体に手を伸ばすと、乳房を乱暴に鷲掴みにして、そのままありったけの力を込める。しかしルーシーは眉一つ動かさない。
「PO対策機構が、俺達と西の連中とのやり取りを気付いたのは……一ヵ月前くらいか? 奴等の妨害のせいで、酷い遅延が発生していやがる」
「西からの援助を受けるべきだと、私は何度も言いました」
「うるせえっ! そいつをやったら見くびられると俺も何度も言った!」
ルーシーの言葉を受けて、汚山はカッとなって怒鳴り、ルーシーの頭部を両手で掴むと、首を180度回転させた。
その光景を見て笛沢は息を飲んで身をすくめるが、その二秒後には、ルーシーの頭は半回転して、元通りになっている。
「PO対策機構による度重なる襲撃と商談の失敗で、西からクレームも来ています。笛沢に商品の育成を急がせる必要がありますね」
「この俺様にクレームだと。糞っ。まるで俺の責任、俺が無能みてーじゃねーか」
ルーシーの報告を受け、汚山が激しく表情を歪ませる。
汚山の怒りの形相を見て、笛沢は再び身をすくませた。笛沢もかなり人相が悪いが、汚山は笛沢と比にならない凶顔の持ち主だ。
「クレームって行為は、馬鹿にでも出来る。いや、馬鹿だからこそ出来るとも言える。馬鹿の分際で世の中を変えられるかもしれない行為。例え馬鹿の行いだろうと、クレームが通った時は、馬鹿が勝者気分に酔える。だから馬鹿がクレーマーになるし、クレーマーなんて馬鹿ばかりなんだ。そんな馬鹿相手に俺が気遣いしなくちゃならねーなんて、こんなムカつく構図あるかっ!」
がなりながら汚山はルーシーの頬を拳で思いっきり殴りつけ、笛沢の腹部を蹴り上げた。
「うげえ……うぇぇ……」
ルーシーは眉一つ動かさず、素早く顔の位置を戻す。笛沢はうずくまって苦しげにえづいている。
「笛沢、今西に送れる奴は何人くらいいる?」
「三人くらいは……腰痛屁のメンバーシップの中に、盲目的な信者がいます……」
汚山に問われ、笛沢は苦悶の表情のままよろよろと立ち上がって答えた。
「三人でもいい。すぐに送れ。西の連中の元に連れていけ。PO対策機構に悟られないよう気を付けろ」
「わ、わかりました。し、失礼します……」
ふらつく足取りでさっさと退室する笛沢。ここにいたらまた何をされるかわからない。そして汚山も出ていく笛沢をそれ以上引き留めようともしない。
「あいつを見ているとイライラするわ。つい殴りたくなる」
汚山は笛沢のことを無能であると見下して嫌っているだけでなく、自分の前でいつも怯えている態度も気に入らなかった。
「孤児院にもああいうビクビクしている奴が何人かいたわ。そしてツカエネー奴。ああいうのが何でいるのかねえ? 世界がもう一度変わったら、ああいう奴はっ、一ッ切っ、消えてほしいもんだ」
喋りながら汚山はルーシーを何度か蹴り飛ばしていたが、いつも通りルーシーは全く表情を変えず、傷も痣も出来ず、よろめくだけで、すぐに体勢も戻していた。




