終章
一晩明けた裏通り中枢施設の会議室。真以外の悦楽の十三階段メンバーが全員揃っている。
「PO対策機構の精鋭を相当数動員したにも関わらず、A級サイキック・オフェンダーの二強の一人、原山勤一を逃がしてしまうとはな……」
沖田が渋い表情で言う。
「それだけのきょうしゃだったということだにゃー」
「PO対策機構としては最悪のタイミングで、とんだ失態だよう。せっかく東の平和維持が成されてきたというのに、大物を取り逃がしてるるる」
エボニーがどうでもよさそうに言い、弦螺は神妙な面持ちになる。
「ふん。サイキック・オフェンダー側にも情報は流れるし、勢いづく可能性もあるってか?」
犬飼が鼻を鳴らす。
「情報の遮断は?」
「裏通り中枢としては、そういうことはしない方針だ。情報統制は一番やってはいけないことだ」
新居が問うと、沖田が若干厳しめの口調で告げた。
(ほほう。PO対策機構に同行した義久が記事にあげちゃってるな。中々読み応えある)
犬飼がホログラフィー・ディスプレイを覗いて微笑む。
「挽回するためというわけではないが、もう一人サイキック・オフェンダーにA級の大物がいるだろう。そいつの成敗をしておきたいな」
「『ミルメコレオの晩餐会』の汚山悪重か」
沖田が言うと、新居が名前を口にした。
「彼は色々と手を広げているし、裏通りのルールも無視してやりたい放題だよう。PO対策機構の兵も何人も殺されているるるる」
「そいつをとりにがしたら、しっぱいしましたではすまんにゃー」
「これまで生存させているだけでも、面目は潰れているんじゃねーの? 先にそいつを本腰入れて始末すべきだったな」
弦螺、エボニー、犬飼がそれぞれ言った。
***
美香達と来夢達は、近くの民宿で一晩過ごした。義久と海チワワと自警団は夜のうちに戻っていた。
「お早くないけどおはよう!」
昼近くになって、美香は来夢が借りている部屋に赴き、来夢と克彦に向かって叫ぶ。クローンズはいない。来夢も克彦と二人がいるだけだ。
来夢と克彦はホログラフィー・ディスプレイを幾つも投影し、情報収集をしている最中だった。
「ネットの反応見た? ああ、裏通りのサイトね。美香と一緒にきたあのガタイのいい人が色々と書いたせいで、PO対策機構が叩かれてるよ」
「見てないが、予想は出来ていた!」
げんなりした顔で克彦が言ったが、美香は何食わぬ顔だった。
「俺達が失敗したせいでPO対策機構の株が下がった?」
「ああ。裏通りのSNSや掲示板では、ゴシップ好きの奴等があれこれ好き放題言ってくれちゃってるぜ。こっちは散々苦労したったのにさー」
「空っぽな奴ほど、自分では何も動かず、他人のことにあれこれケチをつける。外野の声はどうでもいいよ」
克彦は嫌そうに言うも、来夢も美香同様に屁とも思っていない。
「オフィスはしっかりと意識して、体面保つために俺達に無理難題言ってきそうだぜ? 失敗の責任取らせてくるかも」
「そうなったら仕事やめるだけ」
「そうだな! 珍しく来夢と意見があった!」
なおも案ずる克彦であったが、来夢も美香もやはり気にしていない。
「はー……俺が神経質なのかなあ」
苦笑いを浮かべる克彦。
「神経質というか真面目なのだろう! だからこそ来夢のサポートも務まる!」
「何それ……。事実かもしれないけど、美香に言われると俺の悪口言われているみたいで、何だか腹が立つ……」
美香がフォローのつもりで叫ぶと、来夢がむっとした顔になった。
***
雪岡研究所に熱次郎が訪れ、真とみどりで出迎えた。
「相変わらず純子から音沙汰無し?」
熱次郎が浮かない顔で尋ね、コーヒーをすする。
「ああ。そっちもそうだろう?」
「ああ……メール入れても全く返信無いよ」
熱次郎はコーヒーカッブを置いて溜息をついた。
「ふわわぁ~……熱次郎にも全く連絡を入れない徹底っぷりか~。純姉も御先祖様もよーやるわー」
みどりがソファーにふんぞり返って、天井をみあげながら呆れ声をあげる。
「だよな。そこまでして俺達のことを避けなくてもいいじゃないかとも思うな」
熱次郎もみどりに同意を示す。
「雪岡も何も感じていないわけではないと思う」
と、真。純子も覚悟のうえで、今の選択をしたのだろうと見ている。そしてその選択をさせたのは、他ならぬ自分のせいだとも思っている。
(もし僕が雪岡のすることに全面的に賛同していたなら、僕達の前から姿を消すことも無かった。それどころか僕はあいつのやることにはっきりと反対して、妨害するスタンスだ。だからこそ姿を消した)
そのせいでみどりと熱次郎にも寂しい思いをさせたことは、真も申し訳なく思っている。そして純子と累に対しても。
「俺は真側として勘定されているのが不服だ」
「雪岡側に着きたかったのか?」
熱次郎の台詞に反応し、真が問いかける。
「真と純子どっちかを取ると聞かれたら、当然純子を取るよ。でも純子は今回、俺が真側であると見なしたんだ」
「そうか」
不満たっぷりに答える熱次郎であったが、真は熱次郎の答えに何の不服も無かった。
***
吉川とユダはPO対策機構の本部へと連れてこられた。
「単刀直入に言う。こっちに鞍替えしろ。そうすれば一切の罪を不問にしてやる」
壺丘三平が吉川とユダに向かって告げる。
「体制側に寝返れば助けてやる、か。PO対策機構はそこまで人手不足なのか?」
壺丘を見て皮肉る吉川。
「珍しい話でもないし、悪い話でもないだろ。プライドと心中しなくてもいいだろ。お前さんらはそれほど凶悪な奴でもなかったわけだし。仲間を殺したのも、バーサーカー事件に巻き込まれたって話も聞いたぞ」
壺丘が耳を掻きながら、軽い口調で話す。
(俺一人なら……牢獄送りされてでも断る所だがな。この子の未来は護らないといけない)
吉川の腹はすぐに決まった。
「俺達が裏切ることは考えないのか?」
「そうなったらまた犯罪者に逆戻りだし、今度はもっと罪が重くなるだけの話だな。俺はお前さんなら大丈夫じゃないかと考えて、こうして誘っているんだ」
「わかった。明智が一緒であるなら承知しよう」
「だからこっちは最初からセットで雇うつもりだっつーの」
吉川の答えを聞いて、微苦笑を零す壺丘。
「吉川さん、俺のために……捕まったのも含めて……いつもいつも……」
「別にお前だけのためじゃない」
申し訳なさそうなユダに、吉川は晴れやかな顔で言った。
「保身のためでもある。牢獄に入れられるよりマシだと、計算しただけさ。つまりな、プライドを捨てて、格好悪い大人になっちまったのさ」
冗談めかした口調で言う吉川であるが、その言葉が本当に冗談であるとは、ユダには思えなかった。
***
勤一と凡美は親切なトラックドライバーによって、ぽっくり市の手前の町まで運んでもらった。
市街地の交差点の前に立つ二人。前方にはぽっくり市の標識が見える。
交差点のアスファルトには血の跡が幾つもあった。まだ新しいものと思われる。
「何とか……逃げきれたみたいね」
胸を撫でおろす凡美。
「ここから先、どうなっているのかしら」
凡美が呟く。声に不安の響きは無い。
「東よりいい所だと信じよう」
失った仲間三人を思い起こしながら、勤一は言った。
(俺がさっさとこだわりを捨てれば、皆を死なせなくて済んだのに……)
未だに後悔は消えない。
「PO対策機構の手が今は届かなくても、いずれやってくるかもしれない。PO対策機構がいなくても、他に害を成してくる奴もいるかもしれない。でも……そんな奴等に負けるもんかよ」
静かな口調で、しかし強い決意を持って、勤一は宣言する。
「そうね」
凡美が勤一の肩に手を乗せて微笑む。
「世界を焼き尽くせ……か」
デビルが告げた言葉を、つい口にする。いいフレーズだと勤一は思う。自分の心を震わせる言霊が宿っていると。
「焼き尽くせるものなら焼き尽くしてやりたいさ」
「焼き尽くした後はどうなるの?」
凡美が尋ねる。
「焼き尽くした後の世界が、今よりいい世界とは限らないな」
それでも本当に焼き尽くせる力があったら、その機会があったら、焼き尽くしてみたいと思ってしまう勤一であった。
90 欲望の赴くままに遊ぼう 終




