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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
90 欲望の赴くままに遊ぼう
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30

 かつてデビルは、純子が世界を変えようとしていることに、疑問を感じていた。素晴らしい変化だと思う一方で、同時に反感も抱いていた。

 誰も彼もが力を得ることになったら、自分の活動もしづらくなるのではないかと。世界の破壊が進んでしまったり、ディストピアになったりしないかと、そんな危惧を抱いていた。しかしそのような事にはならなかった。


 半年前は、勇気の前に立ちはだかり、純子の目的を阻止しようとしていたが、現在のデビルは、変化したこの世界を存分に満喫している。


 頑張って相当な長距離移動をした所で、デビルは二次元化を解いて地上に現れた。一緒に二次元化して連れてきた勤一と凡美も、元の姿に戻る。


(三人分を二次元化して移動は凄く疲れる……)


 デビルは地面に両手と両膝をついてへばっていた。かなりの無理をした。


「俺達を助けてくれたのか? お前は敵だったんじゃないのか?」


 勤一が問うと、デビルは勤一の方に顔を向ける。


「世界中が憎むべき敵だ。世界中が憎むべき敵だ。世界中が憎むべき敵だ」

「おちょくるなよ。そういうのが楽しいのかも知れないが、こっちは楽しくないし、お前も馬鹿にしか見えない」


 先程勤一が口にした台詞を繰り返すデビルに、勤一が冷めた口調で告げる。


「重要」


 しかしデビルはおちょくっているつもりはなかった。それどころか、勤一のその台詞を聞いたからこそ、心が動いた。


「神に見捨てられる運命に見えた。神に見捨てられた者を助けるのが悪魔」


 それはただの方便だった。デビルの本心は別にある。


(かつて憧れたシリアルキラー。世界に火をつけて、焼き尽くしてやりたいと本気で願う者。あげく実行する者。この二人もそうだ。僕と同じ。同胞が神様に踏みにじられる姿を見たくなかった)


 デビルは勤一達と重ねていた。かつてデビルが憧れていた殺人鬼達に。そして今の自分に。


「でも悪魔は所詮悪魔よね。味方面していても味方ではない。どこで背中を押してきて、奈落に突き落としてくるかわからない」


 不審げな視線を向けて口にした凡美の台詞に、デビルは思わず微笑んだが、闇夜の中の真っ黒なデビルの表情の変化は、二人の目には見えなかった。

 凡美は全くデビルに気を許していない。吉川を、そしてあの老婆を狂わせたのはデビルの仕業だ。今助けたのも気まぐれなだけだと受け止めている。


「助けてくれたことはありがとう。でも出来ればもう会いたくないわ」


 凡美が告げると、デビルは地面に沈むようにして平面化する。


「世界を焼き尽くせ」


 二次元化して姿を消した状態で、デビルはそう言い残すと、その場から去った。


「あいつ……」


 デビルの言い残した台詞が、勤一の胸に刺さる。


「あいつは……気まぐれで俺達を助けたわけじゃなくて……」


 言いかけて、勤一は口ごもった。


「さあ……逃げようぜ。追っ手はすぐに来る」


 さっきも転移した後にすぐにこちらの居場所を見つけてきた。無理にでも走り続けなければ、すぐに見つけられてしまう気がする。


「あとひと踏ん張りだ。この山さえ抜ければ、西に逃げられる。そう信じよう」

「そうね。でも私の足が……」


 力強く声をかける勤一だったが、足を撃ち抜かれた凡美は、まともに逃げられそうにない。


 勤一は無言で凡美をおぶる。変身は解いているが、基本的に筋力も体力も常人のそれを上回っているし、凡美を背負っての移動も、さほど苦ではない。


「生き延びてやる」

「ええ。生き延びましょう。歩君達……死んだ子達の分も」


 二人して決意の言葉を口にする。


 勤一が山の中をまた歩き出す。草を分けて、山を下っていく。


「道だ……」


 数分移動した所で、二人は車道へと出た。

 そこに都合がいいことに、トラックがやってくる。


 勤一は止めようと思ったが、その必要は無かった。車の方が止まってくれた。


「おいおい、何だね、君達。その格好は。泥だらけじゃないか。服もぼろぼろだし」


 初老のトラックドライバーが顔を出し、勤一と凡美に声をかけた。


「わけありのようだね。町までは距離があるが、荷台でよければ乗っていきな」

「助かります」


 笑顔で告げるトラックドライバーに、勤一は礼を述べ、凡美を背負ったまま荷台に乗った。


「勤一君、この人は殺さないでおこう」

「わかってる。先に親切にしてくれた人は……やりにくい」


 耳元で囁く凡美に、勤一は苦笑しながら言った。


***


 夜の森の中、忽然と姿を消した勤一と凡美を追って、PO対策機構の者達が捜索を続けること一時間。


「よし! 諦めよう! 全員撤収!」

「わかったにゃー」

「私の真似をするな! しかも五度目だ! まだ撤収するとは言っていない!」

「ううう……また騙されたにゃー……」


 美香のように叫ぶ二号を、美香が叱る。七号は渋面になる。


 そんな美香達の元に、テレンスがやってきた。海チワワの面々も少し遅れて来る。


「かなり遠くまで逃げたようです。これ以上の山狩りは無理があります。さっきは草木を分けて移動した痕跡が残っていたからこそ、追いつくことも出来ましたが、今回はそれらの痕跡が全く見つかりません」

「早い話がもうお手上げ、撤収しようってこった」


 テレンスが神妙な面持ちで告げ、ミランが懐中電灯を振り回しながら肩をすくめた。


「了解! こちらもそのつもりだった! 撤収だ! さっさと帰って風呂に入ってBL小説読んでマスかいて寝るぞ!」

「私の真似をするな! そして台詞を取るな! 余計なことも言うな! 下品なことも言うな!」

「ぐへえっ! ばべぇ! ほげえッ!」


 また二号が美香の振りをして叫び、美香が二号を叱りながら殴打する。


「人前でアイドルがアイドルの顔を拳で殴るなんて嫌~ね~」


 その光景を見てキャサリンが顔をしかめた。


「やれやれ、美香ちゃん達の失敗を記事にしなくちゃならないとは、心が痛むな」


 美香と一緒に行動していた義久が頭をかく。


「これ以上はもう無理じゃない? 人工衛星の追跡も、遠視能力での追跡もかからない。諦めよう」


 プルトニウム・ダンディーの面々が来て、来夢も撤収を促した。


「ヘイヘイ、オリジナル~。あたし達だけで頑張るか~い?」

「わかった! 撤退だ!」


 二号が嫌味ったらしい声をかけると、美香は憮然とした顔で撤退を受け入れた。


「堕天使は天界の追跡を振り切って、地獄へと向かうようだ」


 電子煙草を咥えて、エンジェルが呟く。


「空振りで空っぽってわけでもない。二人捕まえた」

「だねえ。サルバドール吉川を捕まえたんだから、これでよしってことにしてもらおうぜー」


 来夢と二号が言う。


「A級サイキック・オフェンダーの二柱の一人である、原山勤一を逃がしてしまったから、二人捕まえようと、失態扱いになると思いますよ」


 と、怜奈。


「義賊屋吉川の頭目だから、大物だし、PO対策機構の面目は立つんじゃないかい」

「大物だけど危険度としては低いし、優先順位的にも低い相手よ。義賊してから民衆の支持もあったし、そんな吉川は捕まえて、もっとヤバい原山は逃がしたんだから、オフィスはいい顔しないでしょうね」


 マリエが言うも、十一号は懐疑的だった。


「我々がその辺のことをどうこう言っても仕方ない!」

 美香が叫び、踵を返す。


 その後、一行は吉川とユダを捕えている場所まで引き返した。


 まだ吉川に転移する力は残っているが、これ以上逃走するのは無理だと判断している。何よりユダを危険に晒したくなかった。


「そうか。あいつらは逃げおおせたか」


 美香から報告を聞いて、拘束された状態で座っている吉川は、安堵の笑みを浮かべた。


「よかったですね。僕達は……見ての通……」

「死ねえぇえぇっ!」


 ユダが皮肉げに言いかけたその時、銃声が響いた。


 自警団の一人が憤怒の形相で、ユダめがけて銃を撃っていた。だが克彦の黒手が、銃弾を受け止めていた。


「やめなさい。何をするんですか」

 テレンスが発砲した男の銃を叩き落とした。


「何で止めるんだ! こいつらに仲間が殺されたんだ!」

「義賊屋吉川のメンバーは捕縛に留めろとの命令だ! 殺し殺されを覚悟で仕事に臨めないなら、PO対策機構はもうやめろ!」


 涙混じりの声で怒鳴る自警団に、さらに大きな声で美香が叫んだ。


 発砲した自警団の男は、他の自警団の仲間に連れられていく。


「厳しいね、美香。正論だけど、仲間を殺されて憤っている人相手なんだから、もう少し言葉を選んでもいいと思う」

「逆だ! 相手次第でもあるが、こういう場面では飴より鞭を使う方が効果的だ!」


 来夢が意見するが、美香は聞き入れることなく主張する。


「そうかな? 俺にはわからないな」

「黙らせるにはその方が面倒でなくていい! 気遣いしなくてはならないほどの関係性がある相手でもない!」


 小首を傾げる来夢に、美香はあっさりと切り捨てた。


「はあ~、何にせよ私達の仕事は終わりね。夜の山の中歩くとか、しんどかったわー」


 キャサリンがうんざりした顔で愚痴る。


「ダイエットにならない? 毎日山の中を歩き続けるといいよ」

「そんなのする必要が無いの。カロリー消費した分、また蓄えなきゃね~」


 来夢がからかうも、キャサリンは平然とした顔で受け流した。


「理解しがたい。理解したくもないけど」

 キャサリンの反応が気に食わない来夢。


「デビルが側にいますね」

 明智が気配に気付いて、隣にいる吉川に囁いた。


「何もしないようなら放っておけばいい。留置所まで来たら面倒だが」

「そうですね」


 吉川が言う。ユダも危険は感じなかった。常に隠れているデビルが、ここで仕掛けてくるとも思えなかった。


(明智ユダはやはり面倒だ。近付くとすぐに気付かれるし、今後も出来るだけ関わりたくない)


 今回、デビルはユダのせいで中々思い通りにいかなかった感が強い。徹底して苦手意識を植え付けられる格好となった。


***


 勤一と凡美がトラックに拾われ、何時間か経過した。

 高速インター前のファミレスでトラックが止まる。


「あんたらも飯食うかい? 金が無いなら奢ってやるよ」


 初老のトラックドライバーが、二台にいる勤一と凡美に声をかける。


「今更ですが、どこまで行くんです?」

「ぽっくり市の手前さ。東から逃げてきたサイキック・オフェンダーも何回か乗せたことがある。君等もそのなりからすると、そうじゃないのか?」

「どうしてそんなことを? 危険ではないですか?」


 あっさりと指摘するドライバーに、少し驚いて問い返す勤一。


「ははは、図星か。俺も能力持ちだ。いざとなったら戦える。しかも強いぜ」


 ドライバーが笑顔で力こぶを作ってみせる。


「ま、君はいい面構えしているからな。一目で気に入ったよ。そんなに悪い奴でもなさそうだし」


 見る目の無いおっさんだと勤一は思った。自分ほど悪い人間はいないのにと。


 一方で凡美は、勤一のことを誇らしく感じていたし、このドライバーは見る目があると思っていた。


「悪い奴ですよ。だからPO対策機構にしつこく追いまわされて……」

「ははん、そんなことだろうと思ったよ」


 勤一が力無く言うと、ドライバーはまた笑う。


「俺も能力を身に着けて、罪を犯した。殺したい奴がいて、殺した。それはバレてないけどな。サイキック・オフェンダーみたいに暴れ回ることもせず、日常に戻ったが、それだけの違いだ。つまり、だ。俺もある意味そっち側なのさ」


 言いながらドライバーは歩き出す。二人も二台から降りて、ついていく。


「俺は覚醒記念日も、今の世の中の在り方も歓迎してるぜ」


 ファミレスの店内に入り、席についてから、ドライバーがまた喋りだす。


「素晴らしいパラダイムシフトだろ? 超常の力は誰にでも身に着く。だから人から恨まれるようなことをしたら、しっぺ返しを食らう。そうならないようにすれば、どうすればいいか? 人に嫌な想いをさせないことだ。優しい世界を創ることだ。それだけでいい。そうなればいい」

(そうね……。そうであれば、私の息子も死ななかったし、私も誰も殺すことはなかった)


 お喋りなトラックドライバーの話を聞いて、凡美は口の中で皮肉げに呟いていた。

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