表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
90 欲望の赴くままに遊ぼう
3080/3386

29

「惨めだ。俺の人生、ずっと逃げてばかり」

 夜の山中の逃走を続けながら、勤一は呟く。


(畜生が……何もいいことありゃしねえ)

 あの口癖が、頭の中で響く。


「どいつもこいつも、人を見下すのが大好きだ。自分より下の人間を見つければ、大喜びで見下して、マウント取って。説教かまして、悦に入る。そんな糞ばかりの世界だ。俺みたいなド底辺の弱者は、あいつらにとってさぞかし美味しい餌だったろう」


 喋りながら勤一は、田舎での生活、都会に出てきてからの生活を思い起こす。そして最も忌まわしい記憶――自分がペットにされていた時のことも。


「俺はそんな奴等の餌になるために生まれたのか? そう意識して、惨めで悔しくて仕方なかった」

「今は違うでしょ。そんな連中を痛めつける側になったんだし、それでいいじゃない」

「そうだと思ったが……今はまた狩られる側になっているよ」

「勤一君……」


 弱音を吐き続ける勤一を、凡美は唐突に後ろから抱きしめた。

 草をかき分ける勤一の動きが止まる。心地好い感触に、魂が蕩けそうになる。

 凡美とはずっとストイックな関係であるし、これからもその関係のままでいたいと思っていたが、彼女の気持ちにも、自分の正直な気持ちにも気付いている。こうして温もりと柔らかさを押し付けられると、どうしても意識してしまう。


「狩られて終わりにする気は無いから、こうして必死に逃げてるんでしょ。惨めでも、逃げているんでしょ? いや……私は自分のこと勤一君のことも、惨めだなんて思わないわ」


 喋りながら、凡美は勤一を抱きしめる腕に力を込める。


「見ている人はいる。少なくとも私は……ずっと勤一君のこと見てきた。最後まで、見ていたい」

「最期まで……見てくれるのか……」


 凡美の言葉を聞いて、勤一の胸が熱くなる。


(もう……例えあと一時間も生きていられないとしても、俺は幸せだ)


 そう思いながら勤一が凡美の手を取り、軽く触れたその時、後方から複数人が枝葉を踏む音が聞こえてきた。


「もう来たか……」

「迎えうつしかなさそうね」


 二人が離れ、振り返って身構える。


 現れたのは海チワワの面々だった。強化吸血鬼達はいない。テレンス、キャサリン、ロッド、ミランの四人だけだ。

 彼等は勤一が作った道を辿ってきた。勤一が草や枝葉を分けながら進んでいたために、痕跡がはっきりと残っていたし、通りやすくなっていた。


「よう、ボニーとクライド。そろそろ蜂の巣にしていいか?」


 ミランが軽口を叩きながら二丁拳銃を撃ってくる。


 勤一の肩に銃弾が当たったが、溶肉液入り弾頭ではなかったので、すぐに再生して弾丸は体外へと排出される。同時に変身を行う。


 ロッドが闇の中を疾走し、勤一へと向かってくる。


 互いに近接攻撃の範囲内に入った所で、ロッドはフックを放ち、勤一は回し蹴りを放った。


 ロッドのフックは外れた。勤一の蹴りはロッドの肩口に当たった。クリーンヒットこそしなかったが、それでも強靭な脚から放たれた勤一の回し蹴りは、ロッドの体を薙ぎ倒すに至った。


「ぐ……」


 倒れたまま、肩を押さえて呻くロッド。かなり痛む。おまけに痺れて動けない。


 キャサリンが勤一に投げ縄を放つ。


 凡美が棘付き鉄球を軽く放り投げると、鉄球の棘が伸びて刃と化した。そして鉄球が空中で制止して回転し、投げ縄をばらばらに切断する。


「もうっ! 何なの~!」


 自分の得物をあっさり破壊され、キャサリンはヒステリックな声をあげて銃を撃つ。


「うっ……」


 キャサリンの撃った銃弾は、勤一を狙ったものではない。凡美を狙っていた。そして銃弾が左太股を貫く。


「凡美さんっ!」


 怒りと恐怖に捉われ、勤一が凡美の方を向いて叫ぶ。


「私のことはいいから、前を見て……戦って……」


 凡美が顔を歪めながら訴えるが、勤一は聞かなかった。凡美の方に一目散に向かう。


「来た所で……どうしょうもないでしょ。二人まとめて殺されちゃう……」


 勤一の行いを否定する凡美だが、その顔には自然と笑みが零れている。


「追いついたぞ!」

「向こうも追い詰められている?」


 海チワワの後方から、美香達と来夢達が迫る。


「糞共が……ぞろぞろ来やがって……」


 凡美を抱え上げながら勤一が毒づいた直後、二人の周囲に、無数の石像が出現した。暗闇の中なので細部はわからないが、勤一と凡美を模った石像だ。


 石像が次々と跳びはね、上空から二人を押し潰さんとする。


 勤一は必死に腕を振り、降ってくる石像を弾き飛ばし続ける。石像はかなりの重量なうえに、二階以上の高さから降ってくるので、落下を弾く度に、勤一の腕に多大なダメージを与える。骨も何度か折れたが、すぐに再生する。

 弾かれた石像は、またすぐに跳びはねて、勤一と凡美に降ってくる。きりがないと見た勤一は、凡美を片腕で抱え上げ、自分の体を傘にするかのような格好で石像を背中と頭で受け止めながら、駆け出した。


 温かいものが凡美の顔を濡らした。走る勤一の血が垂れてきているのだ。凡美は勤一にしがみつく。


 枝葉や草を分けることもせず、我武者羅に走る勤一。

 銃声が何発も谺する。ミランが、美香が、エンジェルが続けて銃を撃ってきている。ミランとエンジェルの銃弾は大した効果が無かったが、美香の用いている溶肉液入りの弾が当たった際には、勤一の体に深刻なダメージを及ぼした。


 どれだけ走ったかわからない。しかし追っ手は追い続けてきている。銃撃が止むことは無い。美香の銃弾が撃ち込まれる度に、勤一の体は確実に蝕まれている。


 激しい眩暈に襲われる勤一。体から力が抜け、走る速度が目に見えて遅くなり、とうとうおかしな足取りになってよろめく。


「しっかりしてっ」


 異変に気付いた凡美が、力のこもった声と共に、棘付き鉄球を勤一の体内へと埋めた。その瞬間、勤一の体を蝕んでいた溶肉液が排出され、勤一の体力も若干であるが回復した。


 再び走り出す勤一が、今度は凡美の異変に気付いた。ひどくぐったりとしている。


「凡美さんっ」

「ちょっと……いや、かなり、力使っちゃった。今の回復で……貴方に力のほとんどを渡したから……」


 心配して声をかける勤一に、弱々しい声で告げる凡美。


「ハシビロ魔眼!」


 前方より叫び声が響いたかと思うと、小さな光の輝きが二つ見えた。その瞬間、勤一の動きがぴたりと止まった。


(いつの間に前に……そしてハメ系の力を使われたか……)


 身動きできなくなった勤一が慄然とする。


 動けなくされたのは一瞬のことだが、それで十分に致命的だった。次の瞬間、凄まじい重力が勤一と凡美を襲い、二人の体が重なった状態で地面に倒された。


「やりましたよ来夢!」

「手こずらせたね。もう観念して。追う方も疲れるから。気力体力空っぽ寸前」


 ブルー・ハシビロ子の姿をした怜奈が歓声をあげ、来夢はうんざりした声で言った。二人は克彦の亜空間トンネルを通って、勤一と凡美の前方へと先回りしていた。


「これまでかな……」


 重力弾によって倒された状態で、自分の体の下の凡美のぬくもりを味わいながら、勤一はぽつりとつぶやいた。


「悔しいけどそうみたいね」


 勤一と重力弾の重みを全身に受けながらも、全然悔しそうでも辛そうでもない、穏やかな声で凡美は言った。


「悔しいけど……嬉しいな。最期まで、俺を見てくれた人と一緒だったから……。いや、その前もずっと……俺はずっと、とても良い時間を過ごせていた。凡美さんと一緒にいた時間は……心がふわふわしていて、いいものだった……」


 照れくさそうに微笑みながら、心情を吐露する勤一。


「同じ気分よ」


 凡美が懸命に手を動かし、伸ばしていく。伸ばした先にある勤一の手を取ろうとする。


 勤一もその動きに気付いて、重力で動かしにくい手を動かして何とか位置を変え、凡美の手を握った。


 二人が手を繋ぎ合ったその時だった。二人の体が地面に引きずり込まれたのは。


「ええっ!? これは!?」

「何? 消えたよ。空っぽになった」


 怜奈が驚きの声をあげ、来夢も目を見開く。


「亜空間に逃げたわけじゃないな。今の消え方は多分、噂のデビルって奴の仕業だろう。影の中に入るというか、そんな風にして移動できるって、優から聞いた」


 亜空間トンネルの中から出てきた克彦が言う。


「まるで俺が取り逃がしたみたい。美香に嫌味言われそう」


 来夢が憮然とした表情で言った数秒後、海チワワと美香とクローンズとマリエとエンジェルが姿を現した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ