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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
90 欲望の赴くままに遊ぼう
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23

 東南アジアの歴史の浅い小国に生を受けた吉川は、日本にずっと憧れていた。特にアニメが大好きだった。日本語の勉強もずっとしていた。


 日本で暮らすという夢を抱いた吉川であったが、十六歳になって移民として日本で暮らし始めてからは、日本の悪い部分をたっぷりと思い知り、移民への扱いの悪さも思い知り、落胆することになる。

 しかしだからといって、本国に帰る気にもなれなかった。日本の移民への差別も酷いものだが、吉川が生まれた国は、より酷い環境であったからだ。


 吉川が務めた小さな町工場の社長は、酷いパワハラ親父だった。しょっちゅうがなりたて、言葉の暴力で移民労働者達をいびっていた。吉川含め、ずっと辛抱していたが、吉川は憂鬱な日々を送っていた。


 ある日工場で、吉川は盗みを働いた。その工場は非常に不用心で、警備の意識がほとんど無かった。出荷前の製品をちょろまかし、裏通りの怪しい業者に売り払った。

 盗んだ後、吉川は昔大好きだったアニメを思い出す。義賊の怪盗が、悪事で私腹を肥やしている金持ちばかりを狙っては盗みを繰り返し、盗んだ金は貧しい民にばら撒くという内容のアニメを。

 吉川はそのアニメを真似て、同僚の移民労働者達の服の中に、少しずつ現金を入れていく。


 その後も吉川は少しずつ製品を盗み、金に返っていき、同僚に分け与えていく。

 罪悪感は無かった。自分はいいことをしているとさえ感じた。社長があの有様だから、こうされても当然だと開き直っていた。


 しかし罪悪感こそ無かったが、惨めさは感じていた。子供の頃に憧れてやまなかったアニメの中の華やかな怪盗に比べて、自分は勤め先でこっそり製品をちょろまかして、横流ししているだけ。


「この恩知らずの泥棒が! 薄汚い移民は所詮盗人の血をひいているんだ!」


 ある日、吉川の行いがバレて、社長は激昂して殴りかかってきた。今まで物理的な暴力には一度も及んだことが無かった社長だが、その時は工具を手に取り、吉川に向かって悪罵の限りを尽くしながら、吉川を工具で滅多打ちにした。


 血塗れの吉川を見て、他の移民の社員達は切れた。社長を袋叩きにした。


 社長は命に別状は無かったが、このままでは皆が逮捕されると考えた吉川は、皆を連れて逃げた。


「俺達はこれから犯罪者として生きていこう。盗みを働きながらな。仲間も増やしていこう。同じような境遇の者達がいるはずだ」


 吉川の呼びかけに、同僚達は二つ返事で頷いた。


 犯罪者集団としてお尋ね者になったことで、吉川は返ってすっきりした。職場にいながらこそこそ盗みを働くのではなく、大胆に盗みを繰り返す日々は、スリルに満ちており、怪盗アニメの主人公に近付けた気がした。


***


(ただの安いモデルガンだ。しかし一般人が見てもわからないだろうし、脅しには使えるか)


 移民が手にする銃を見て、吉川はあっさりとそれが本物の銃ではないと見抜いた。改造モデルガンということも無さそうだ。


 吉川は盗みを行っても暴力は嫌う。子供を人質にするなどもってのほかだ。最悪の忌むべき行為だ。

 しかしその一方で、震える移民兄弟二人の気持ちもわかる。人としての尊厳を散々踏みにじられて、我慢の限界がきて、このような行為に及んだのであろうと。


「オカネクダサイ! ハヤク!」


 震えながら、今にも泣き出しそうな顔になりながら、安物のモデルガンを構えて叫ぶ移民。


「義賊屋吉川の名を知らんのか。残念だな」


 意図的に柔らかな微笑をたたえ、吉川は声をかける。相手を落ち着けようとしている。


「何があってそうなったかは知らないが、他の道もあるんだよ。犯罪に走らなくてもいい。移民相手の支援団体もあるし、やり手の弁護士もいる」


 そういったものの存在を知ったのは、吉川が義賊屋吉川を初めてからだった。移民の多くはそんなことも知らない情報弱者だ。だからこそいいように使われてしまう。


「呑気に説得してないで。ていうか、何でこんなのに関わるのよ。というか自慢の転移能力でさっさと助けなさいよ」


 凡美が呆れと苛立ちを混ぜた声をあげ、吉川の隣に立つ。


「凡美、手出しをしなくていい」


 自分が説得しようとしているのに、余計な口出しも手出しも迷惑と感じて、吉川は硬質な声で制する。


「いや、するわ。ここで騒ぎを起こすことそのものがよくないのよ」


 吉川の言葉に従うことなく、凡美は右手を棘の生えた鉄球へと変える。


「ヒッ、ノーリョクシャダ」


 それを見て人質を取っている方の青年が顔色を変えて声をあげる。もう一人の方も生唾を飲み、凡美を注視する。


「ヘンナウゴキシタラウツデスヨ!」


 モデルガンを構えた移民が叫ぶ。全身の震えが一層強くなっている。


「今回も一応はピンチの状況だからね」


 何かに向かって言い訳するかのように言うと、凡美は鉄球を手首から切り離して転がした。鉄球は吉川の前へと転がっていく。


「えっ!?」

「ハァ? イタッ!」


 人質だった男の子が吉川の前に現れ、子供はきょとんとした顔で辺りを見回す。一方で子供を人質にしていた移民の中には鉄球が現れて、手を棘が刺した。


「はい、確保と。お前達はフリーズだ」


 男の子を抱きすくめ、隠すようにして後方の席へと運ぶ吉川。


「ノウリョクツカワレテ……モウダメダ……」

「ヤパリシッパイ。ダカラヤメヨウッテ……」


 二人揃って泣きそうな顔で膝をつく移民兄弟。


「はあ……俺が格好良く説得しようと思ったのに」

「そのために転移を使って人質をさっさと助けなかったの?」


 溜息をついて冗談めかす吉川に、凡美が呆れる。


 吉川としては、説得で移民達に心を改めてもらって、子供を自分の手で介抱してほしかった。そうすることで彼等の心が救われると思ったからだ。しかしそのような吉川の想いなど無視して、凡美は騒ぎをさっさと収めることを選んだ。


「しかし本当に何でもありだな、そのトゲトゲ鉄球」

「もとは息子の能力よ。息子の能力は、ただの棘の生えた鉄球だったけどね。私がそういう能力に作り替えたの」


 凡美は古い映画を観るのが好きだった。

 そんな凡美が観た映画の中で特に印象に残っているのが、前世紀終盤に作られたちょっとHなサスペンス映画だ。その映画は、何の伏線も無く「実はこーでした」という後付け的などんでん返しを連発する代物であり、その後出しじゃんけん連発シナリオは、最早ギャグとすら感じたもののだ。

 その映画に影響を受けて能力化したものが、この棘付き鉄球だ。鉄球という形状でありながら、その枠に捉われず、危機的状況に応じた力を発揮できる。


「ケン君っ、無事でよかったあーっ!」


 人質にされていた男の子の母親が、泣きながら我が子を抱きしめる。しかし当の抱かれた子はというと、恐怖から解放されて安堵もせず、泣きもせず、不安そうな顔で移民兄弟を見つめている。


「誰か警察を呼べ!」

 客の一人が叫ぶ。


「やめて!」

 人質にされた子供が制止の声をあげた。


「その人達、凄く悪い人ってわけじゃないよ。ずっと震えてたし、小声で殺さないから安心してと伝えたし、拳銃は玩具だから大人しくしていてと言ってたし、本気で悪い人ってわけじゃないよっ。見逃してあげてっ」

「人質事件起こしたんだら、悪い人ではあると思いますが……」

「悪いことではあるな」


 子供の訴えを聞いて、ユダと勤一が囁き合う。


「ウオオオオンッ!」


 子供の訴えを聞いて、移民の一人が号泣しだした。


「ボクタチ、キミヲヒトジチニタシタノニ、ボクタチヲ……ウウウ……」


 もう一人も崩れ落ちて嗚咽を漏らす。


「ケンちゃんもそう言ってるから、貴方達、ここから早く立ち去りなさいっ。いい? 二度とこんなことしないでよっ。警察が来る前にさっさと逃げなさいっ」


 母親が厳しい声で告げると、移民兄弟はぺこぺこ謝りながら、大急ぎで店を出ていった。


「MVPは男の子だったな」

「お母さんも少し格好良かった」


 吉川と凡美が微笑みながら言うと、当の親子が二人の前にやってきた。


「うちのケンちゃんを助けてくださって、本当にありがとうございました」

「ありがとうございまーす」


 ぺこりと頭を下げて、礼を述べる親子。


「俺達もさっさと逃げよう。この騒ぎがネットでアップされれば、居場所はすぐにバレる」

「いいことしたのにピンチになっちゃうわけね」


 勤一が促すと、凡美が溜息混じりに言う。


(ここにいる奴等を皆殺しにすれば、それも防げるが、凡美さんと吉川さんの努力も台無しになってしまうからな)


 店の入口で料金を払いながら、勤一は思った。


***


 ファミレスでの人質騒ぎはたちまちSNSにあがり、PO対策機構にもその情報が知れ渡った。その際に、吉川と凡美の姿も映った写真もアップされていた。


「長野県にいるのですか」

「福島関所を目指しているんじゃないかな?」


 テレンスと来夢がホログラフィー・ディスプレイを見て言う。


「すぐに向かうぞ!」

「了解です」


 美香がヘリの操縦士を促す。


「しかし……追われている身で人助けなんかしたわけか。興味深いな」

 義久が呟く。


(気に入らない。吉川はやっぱりNG)


 影の中からこっそりと、ホログラフィー・ディスプレイを覗き込んでいたデビルは、不快な気分になっていた。

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