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「案外俺達と同じかもな。案外俺達と同じかもな。案外俺達と同じ。同じ。同じ」
デビルが先程勤一が口にしていた台詞を繰り返す。
「そう。その通り。よく出来ました。同じだ。僕と君達は同じ。正解。御名答」
勤一の台詞に対して称賛を送るデビル。
百合によって限りなく不死に近い肉体を与えられたデビルは、そう容易く死ぬことはない。オーバーデッドと百合は呼んでいたが、デビルはその名を気に留めてはいない。
デビルの肉体は分裂できる。そして分裂した細胞が生きている限り、デビルの魂は現世に留まり続ける。故に、一人のデビルが死んだとしても、この世の全てのデビルの細胞を滅しない限り、デビルは現世との繋がりを失う事はない。
先程死んだ場所から少し離れた場所で、デビルの体が復元されていく。髪の毛一つ分の細胞を増殖させ、元の姿に戻り、霊魂を宿した。それであっさりと蘇生した。
「希望を持って進みましょう」
蘇ったデビルがそんな台詞を呟く。
「希望……希望を持って……希望……」
凡美が口にしたその台詞を、デビルは気にいった。
(あの四人を見届けたい。まだ見ていて面白い)
しかしこっそり監視するにしても、やたら気配察知に鋭いユダが邪魔である。
(感情の変化への反応が鋭すぎる。距離を取って、心を鎮めて観察しないと)
さらなる用心を重ねたうえで、引き続きサイキック・オフェンダーの四人を観察することにした。
***
勤一達は老婆を埋葬し、もう一泊老婆の家に泊まった。戦闘の疲労もあったが、勤一は精神的にも特に堪えていて、少し休んだ方がいいと吉川と凡美が促したのだ。
「二泊もするのは危険な一面もあったがな」
家を発つ際、吉川が言った。追っ手がかかっているのは間違いない。そんな状況で一つの場所に長く留まるのはよろしくない。
「山越えして上手く関所は抜けたことだし、車を拾って西を目指すぞ」
実の所、上手く生体情報監視装置設置ゾーンを抜けたという保証は無い。しかし関所から大分離れていることは確かなので、監視装置設置ゾーンのラインを抜けた可能性は高い。
「西に入るには、まだ関所がある。そこでも山越えしないとな」
吉川が言った。
「次の関所は?」
「静岡の新居関所と、長野の福島関所だな」
凡美が伺い、吉川が答える。
「普通に行くならこのまま東海道を走って、静岡に抜ける所だが、あえて遠回りして福島関所から抜けてみてもいいな」
と、吉川。
(何だろう……。ずっとあの気配がつきまとっている。あのデビルとかいうのが感じさせた気配と同じ……)
ユダは不安げな表情で、歩きながらしきりに振り返ったり、辺りを見回したりしていた。
それからしばらくの間、四人は道路を歩いていたが、曲道になっている坂を下りた所で、足を止めた。
前方に白人と黒人が混じった集団が現れた。その中の多くは、同じ黒服姿である。山奥でなくても異質な集団だ。ぱっと見の人種的には、日本人は一人も見受けられない。
「敵意有りです!」
「そうみたいだな」
ユダに警戒を促されなくとも、全員察知した。
黒服姿ではない者も四人いる。その四人が先頭に立って歩いていた。どう見てもその四人が格上だ。
「山越えして関所を回避とは、御苦労さんなこと」
顔の右半分にバイオメカタトゥーを入れた、非常に人相の悪い男が、にやにや笑いながら口を開く。左手の甲にも同様のタトゥーが入っている。
「あら? あらあらあらあら? 一番年上のあの人、義賊のサルバドール吉川さんだったっけ? ひょっとして私に気がある? 私のことじっと見つめてない? 私に気があるのね。そうにに違いないわっ」
カウガールの格好をしたひどく肥満体型の白人女性が、売り死相な笑みを広げながら、吉川を凝視して言った。
「PO対策機構配属最初の仕事か。いきなりハードになりそうだ」
背の高い黒人青年が言い、ファイティングポーズを取る。
「あの中で最も恐ろしいのはあの女性――山駄凡美には要注意ですよ。彼女の能力は――」
ドレッドヘアーの黒人青年が凡美を指し、解説した。あどけなさを残した柔和な顔立ちをしている。
「その能力……どう考えても反則よねえ」
ドレッドヘアーの青年――テレンス・ムーアに凡美の能力の解説を受けて、カウガール姿の女性――キャサリン・クリスタルは顔をしかめた。
「俺はあいつを担当しておく」
ファイティングポーズを取っている長身の青年――ロッド・クリスタルの視線は、勤一に向けられていた。
「近接タイプ同士ってことなんだろーが、情報見た限り、ヤバそうなんじゃねーの? 手出し無しなんて言われても従えねーなー」
バイオメカタトゥーのガラの悪そうな男――ミラン・ニコリッチが銃を抜く。
彼等はグリムペニスの下部団体である、海チワワという組織の者だ。元々が荒事を専門としている集団であったため、グリムペニスの要請により、PO対策機構のメンバーとして加わる事になった。
「数が多いし、逃げた方がよくないですか?」
ユダが吉川の方を見て言う。後方に控えた黒服の数は十人。ただの雑兵ではないと、ユダは見抜いた。海チワワの強化吸血鬼だ。
「逃げきれるならな。そう簡単に逃がしてもくれないだろう」
吉川ではなく、ユダの言葉が聞こえた勤一が言った。勤一は戦う気満々だった。
「そうね。今は滅茶苦茶に暴れたい気分だわ」
凡美が手を棘付き鉄球に変化させる。こちらも闘志を漲らせている。
「だそうだ。まあ、ヤバくなったら頑張って逃げるとしよう」
勤一と凡美を見やり、微妙な表情になる吉川。
(あの婆さんの件もあってか、勤一は特に苛立っている。そして凡美も感化されてしまっているな。これが悪い方向に傾くかないといいが)
いざとなったら強引にでも逃げようと、吉川は心に決める。
ミランが真っ先に二丁拳銃を撃って、戦いの火蓋が切って落とされた。
狙われたのはユダだ。戦闘には長けていないが、気配の感知に優れたユダは、自分に対する攻撃への反応も早い。避けることだけは長けている。ミランの銃撃も余裕をもって回避する。
「何だよ。すばしっこい餓鬼だな」
舌打ちして、むきになってユダを狙い続けるミラン。
ロッドとテレンスが揃って距離を詰めてくる。何人かの強化吸血鬼達も続く。
対して、勤一が一人で進み出て迎え討たんとする。
凡美が鉄球を飛ばす。いつもは鉄球とバネで繋がっているが、この時、バネより外れて鉄球だけが飛んでいった。勤一の頭上を飛び越えて、向かってくる海チワワの前で落ちた。
そして落ちた直後、鉄球がいきなり巨大化した。巨大化した棘付き鉄球が、アスファルトの上を猛然と転がり出して、海チワワの面々へと襲いかかる。
これにはたまらず、テレンスとロッドは横に避けてかわした。海チワワの吸血鬼達も避けようとしたが、二人が避けきれず、一人は鉄球の棘に体を引き裂かれ、もう一人は鉄球の下敷きになって潰された。
鉄球が消える。いや、元のサイズに戻って、一瞬にして凡美の手にくっついていた。
勤一がテレンスに向かって走っていた。走っている最中に変身を遂げる。
テレンスに接近している合間に、勤一が走りながらフックを繰り出した。その動きに合わせて、巨大な拳のヴィジョンが出現して、テレンスに横から襲いかかる。
鉄球を回避した直後であったが、テレンスは身をかがめて、突然現れた巨大拳のヴィジョンを避けた。
拳を避けた直後、勤一はテレンスの目の前に迫っていた。テレンスが身を起こしたタイミングで、蹴りを突き出す勤一。
勤一はこの攻撃が決まったと確信していた。テレンスは避けられないタイミングだと見なした。
だが勤一の蹴りは当たらなかった。テレンスは避けてもいない。
一瞬だが、勤一はおかしなものを見た。まるで自分の蹴りがテレンスの体を突き抜けたかのように見えて、驚愕に目を見開く。
さらに驚いたことに、テレンスがいたと思った場所からテレンスが消え、斜め後方の位置にテレンスの姿が現れる。
(何をされた? 何をした? 惑わされている? 幻影を作る能力か?)
若干混乱気味になった勤一の横に、ロッドが迫る。
(あの人、気配だけを色濃く残して、実体があるかのように見せたんだ。超常の能力というより、あれは技……)
ユダはテレンスが何をしたのか見抜いていた。
***
美香とクローン達は、箱根の関所にて迎えを待っていた。
「関所か。そんなものに遮られているなんて、江戸時代に戻ったみたいね」
「私達はデオンナーズ!」
「イリデッポーズはどこにゃ?」
「一般人には知られていないし、A級サイキック・オフェンダーを移動させないためだけのものだ!」
「それにしても遅いですねえ」
五人は迎えのヘリを待っていた。逃走している勤一達の居場所が判明したので、ヘリで向かうように指示されていた。
「居場所がわかったらミサイルで攻撃すんじゃないの?」
「生体情報監視装置が反応した場所でしか、ミサイルは撃てないらしい! 巻き添えを出さぬためと、政治的な事情だとか!」
十一号の疑問に、美香が答える。
やがて軍用ヘリが現れ、五人の前に降りる。
「よっ、久しぶり」
ヘリに乗り込んだ美香に、中にいた偉丈夫が笑顔で声をかけた。美香が知っている男だ。
「高田さん! どうしてここに!?」
ヘリの中にいたのは、裏通りのジャーナリスト、高田義久だった。
「取材だよ。箱根の関所周辺で、サイキック・オフェンダーの凶悪犯と、PO対策機構が激しくやりあっていると聞いてさ」
「そうか! 巻き添えにならないように気を付けて!」
下手なウインクをする義久に、美香も笑みをこぼして注意を促す。
「いざとなったらこのおっさん盾にしていいの?」
「こら! 二号!」
「おっさん……俺まだ三十なのに……。もうすぐ三十一だけど」
二号の言葉に対し、盾どうこうよりそちらに反応してしょげる義久だった。




