13
美香とクローン達は、箱根麓の旅館で一泊した。
そして翌朝の朝食時。
「真っ黒な卵、皮を剥いたら中はわりと普通のゆで卵にゃっ」
がっくりとうなだれる七号。
「このままここでもう一泊したーい。温泉おんせぇーん」
いち早く食事を終えた二号が、畳の上に大の字になって主張する。
「そういうわけにはいかん!」
「けちー、どけちー」
美香に却下され、膨れて横向きに寝る二号。
「食べた後すぐ寝ると牛になるにゃー」
「消化器官に胃液が逆流する恐れはある! 昔の人はそれを踏まえて教訓にしたのだ!」
「そもそも二号は食べるの早過ぎで、よく噛んでなさそうね」
「でも思わぬ所で命の洗濯ができましたね」
「卓球楽しかったにゃー」
「風呂あがってからやって、また汗かいて、二度風呂入ることになっちゃったけどね」
和気藹々と喋る美香とクローンズ。
「そしてまた仕事だ!」
美香が立ち上がる。
「また原山勤一と山駄凡美の追跡か。うんざりだー」
「サルバドール吉川と他一名もな!」
二号が顔をしかめ、美香が叫んだその時、つけていたテレビの番組がニュースに切り替わった。
『ではここで、日本東部におけるサイキック・オフェンダーの犯罪行為の減少傾向について、丸井沢教授に伺いたいと思います』
『ま、先進国の中では最も上手くやってますね。数字的に見ても被害件数も少ないのがわかります。それは事実でっしゃろ』
ボードに書かれた数字を見て、犯罪心理学教授の丸井沢丸太郎が話す。
「はんっ、本当かねえ、このデータ」
二号が歪んだ笑みを広げてケチをつける。
「国の調査、民間の調査、報道帰化の調査と照らし合わせてみると、どれも微妙にズレているけど、それほど大きな違いはないわ」
「そいつら全員裏で繋がってる可能性もあるだろー」
十一号の言葉に対し、二号が穿った見方を口にする。
『せやけどこれ、東にしか触れてませんねえ? 西の人間からすれば腹の立つ公表の仕方ですわ。で、西を含めれば、実際の数字はよーわからんですね?』
「確かにその通りだ!」
嫌味ったらしく話す丸井沢に、美香も同意した。
「とはいえ、東に限って言えば、秩序維持が上手くいっているのは間違いないですし、私達の活躍が実っていると、素直に喜んでいいと思います」
「中国とロシアはもっとすげーよ。サイキック・オフェンダーの犯罪件数がどっちもゼロ! 流石だわ~。マジリスペクト~」
「その二つの国が正しい数字の公表などするわけなかろう!」
十三号と二号が言い、美香が呆れ気味に叫んだ。
「で、今日はどうするんにゃー?」
七号が美香の方を見て尋ねる。
「オフィスからの指示待ちだ! ターゲットを確認次第、自警団及びさらなる援軍と協力して、軍用ヘリでターゲットのいる場所に急行する事になっている!」
美香が茶碗に茶を当たらに注ぎながら、方針を述べた。
***
勤一、凡美、吉川、ユダの四名は、徹夜で山中を歩き続けた。
朝になっても草をかきわけ、斜面を上り下りして、四人は歩き続ける。四人共、すでに疲労はピークに達している。
特に消耗が激しいのはユダだった。勤一と凡美と吉川は肉体面においても強化されているが、ユダは違う。身体能力は常人と変わらない。
「すまん、停まってくれ。流石にもう明智が限界だ」
吉川がストップをかけ、勤一と凡美は足を止めた。
「だ、大丈夫です……よ。不肖、この明智ユダ、皆さんの足を引っ張りません……。裏切ることもありません……」
「駄目だ。少し休憩だ」
ユダは厚意に甘えることがみっともないと感じて強がっていたが、吉川が無理矢理座らせた。
少し休憩した後に、また歩き出す。
しばらく山中を歩いた所で、先頭の勤一が足を止めた。
前方の空間が開けていた。そして――
「家があるぞ……」
驚くほど古めかしい住宅を見て、勤一が呟く。壁も屋根もぼろぼろだ。百年以上前から建っていたと言われても納得しそうなほどのボロ屋だ。
「道もな。山を抜けたか。しかしこれは物凄く古い家だが、人が住んでいるのか?」
廃屋かもしれないと思った吉川だがそうでもなかった。
「ちゃんと生活の痕跡はあるわ。鶏も飼ってるじゃない」
鶏小屋を指す凡美。
「中に人がいた場合は殺すのか?」
「もちろんそうだ。今までもそうやってきた」
吉川が確認すると、勤一は暗い瞳で即答した。
「そうか……。俺は変わったつもりでいたが、抵抗あるな……」
うつむく吉川。
「殺さないで済ませましょうよっ。少し休ませてもらって、その間はふん縛っておくだけにしましょうよ」
「駄目だ。それは受け入れられない。俺達の身を危うくするんだ。明智、お前のために休むんだぞ」
ユダが訴えたが、勤一は聞く耳を持たなかった。
縁側が開きっぱなしだった。そこから家の中へと上がる。
家の中には老婆が畳に座していた。
勤一は動揺した。かつて祖父母にはよく可愛がられていたので、老人を殺すには抵抗がある。
「あらまあ! 一郎! 帰って来てくれたのね!」
勤一の顔を見て老婆が感涙する。この反応には流石の勤一も虚を突かれた。
「人違いだな。俺は一郎じゃ……」
「うおおおおんっ。一郎! 一郎! よく帰ってきてくれたよおぉぉっ!」
老婆が泣き出して、勤一に抱き着いた。そのまま勤一の胸に顔をすり寄せて、おいおいと号泣する。
勤一は固まってしまっていた。昔自分を可愛がってくれた、祖母のことを思い出していた。
「一体今までどこ行ってたんだいっ。お前が家を出ている間に、お父さん死んじゃったよっ。最期までお前に会いたい会いたい言ってたよっ。私ももう、死ぬまで一郎とは会えないんじゃないかと思っていたよっ。でも……私が生きている間に、こうして帰ってきてくれたんだねえ……」
ひとしきりまくしたてると、老婆は勤一から離れて、凡美達の方を向く。
「こっちの人達は?」
「仲間だ。ここに泊めてやってくれ」
伺う老婆に、勤一が頼む。
「いいともいいとも、さて、久しぶりに大人数のお食事作らなくちゃねえ。皆さん、よく来てくださいました。大したおもてなしはできませんが、ゆっくりしていってねえ」
愛想の良い笑顔で老婆が言い、廊下へと向かう。
「いいの? 殺さないの?」
凡美が勤一の顔を覗き込み、驚く。これまで見せたことのないような、悲しそうな表情をしていたからだ。
「今は殺さないでやってくれ。あの婆さんは……きっとずっと独りぼっちで寂しかったんだ。そして今……いい夢を見ている所なんだ。だから、まだ夢を見させてやりたい。今は殺さないでやってくれ」
「勤一君……」
痛切な口調で訴える勤一を、抱きしめたい衝動に駆られる凡美。
(それでいい。その判断は賛成だ。その老婆はもうとっくに壊れている。壊れているものをさらに壊すことに意味は無い。それは楽しくない。シラける)
庭の木陰から様子を伺っていたデビルが、うんうんと頷く。
「ん? また……」
ユダが怪訝な表情になって庭の方を見る。
(気のせいかなー? いや、今確かに気配が……すぐ消えた。気のせい? でもこれで二回目だし……)
察知と感知に長けたユダは、何者かに覗かれている気配を感じた。しかしその気配はすでに無くなっている。
(また感情が電磁波となって放たれてしまった。気配を悟られた。やはりあいつは察知能力がとても優れている。厄介だ。面倒だ)
デビルはこっそりと溜息をつく。
「酷い臭いね」
部屋の中を見渡して顔をしかめる凡美。ゴミがあちこちに散乱している。白髪の毛があちこちに落ちている。隅には埃が溜まっている。カビも生えている。さらにおぞましいものもあった。
「小便や糞を漏らした後がそこら中にあるぞ。あの婆さん、ボケてるんだ……」
「食べ物も腐ってるのがあるよ。家の中のあちこちにカビが生えてて、ひどい環境ね」
「認知症で一人で暮らしているんですか……。こんな山奥で一人暮らしできるだけでも奇跡ですね」
吉川、凡美、ユダがそれぞれ言う。
「さあさあ、皆さん。御飯を持ってきましたよ」
しばらくして、老婆が嬉しそうな笑顔で食事を持ってきた。一見して普通の食事に見える。
「食べるの……抵抗ありますね」
「腹を壊すかもしれないが、腹が減っているのも事実だ」
ユダと吉川が囁き合う。
食事の中には老婆の髪の毛が入りまくっていた。虫も入っている。四人はげんなりしつつも、それらを取り除いて、食事をとった。空腹には耐えられない。
「嬉しいわあ。一郎が帰ってきただけじゃなく、お友達まで連れてくるなんてねえ。こんなに何人もの食事を作るなんて、何年ぶりかしら」
老婆は感涙して喜んでいた。
(こんなことで泣くなんて、この人はどれだけ寂しかったんだ……?)
そんなことを考え、勤一の胸はひどく痛んだ。




