11
美香の事務所を出た新居は、東京都安楽市内某所にある建物を訪れた。
「お、今来た所か。俺より早く到着するとは許せねーなー」
建物の入口でばったりと真と出会い、新居が笑いながら声をかける。
「遅く来ても同じこと言いそうだな」
真が新居の方を向いて、無表情で言った。心の中では、微笑みかけている自分を思い浮かべている。
「デビルって奴を知ってるか? そいつについて詳しく知りたいんだ。バーサーカー事件はこいつのせいだって、雪岡研究所を出入りしている連中の間で噂になっていると、月那美香から聞いてよ」
建物に入り、通路を歩きながら新居が尋ねる。
「それは今ここで簡単に話せないな。もっと落ち着いた所でゆっくりとならいいけど」
「真の癖に俺に注文するとは生意気だぞ。だがよし。許してつかわすっ」
咎めたかと思ったら、胸を張って笑い声で尊大に言ってのける新居であった。
会議室に入ると、悦楽の十三階段のメンバー全員が揃っている。白狐弦螺。沖田独楽之介、エボニー、そして犬飼一。
「サイキック・オフェンダーの駆除、最近は順調のようだな」
「くじょがじゅんちょーというわけではなく、じけんのはっせいりつがひくくなっているか、あいつらがばれないようにはんざいしてるか、にしににげているというかのーせーもあるにゃー」
犬飼が言うと、エボニーが角度を変えた見解を述べる。
「でもね、エボニー。統計では、発生した事件の鎮圧率は高くなってきているるる。サイキック・オフェンダー討伐件数も」
「ふんっ」
弦螺が言うと、エボニーは鼻を鳴らした。
「A級指定されたサイキック・オフェンダーは徹底的に狩る方針だが、こっちの犠牲も馬鹿にならない」
「まあ順調だし、しっかりと成果をあげてきたと言っていいだろう」
「グリムペニスの奴等も張り切っていやがるしなー。そういやスノーフレーク・ソサエティーは何やってんだか」
沖田が難しい顔で言い、新居が冷静に述べ、犬飼が話題を変えようとしたが――
「西に乗り込みたい」
真のその発言に、部屋の空気が変わる。凍りついたという程ではないが、明らかに歓迎しないムードだ。沖田は眉をひそめ、弦螺と犬飼はぽかんと口を開き、新居は思いっきり顔をしかめ、エボニーは後ろ足で頭を搔きだしている。
「いくらなんでもまだ早いよう。東で成果を挙げているからといって、西にのりこめーなんて、そんな戦力を割く余裕は無いよう」
「じきしょーそーにもほどがあるにゃー」
弦螺が諫め、エボニーは小馬鹿にしたように吐き捨てる。
「なーなー、もしかしてだけどさあ。西に純子の目撃情報でもあったのか?」
犬飼がにやにや笑いながらからかう。
「おっと、下世話な質問に聞こえたかもしれねーけど、お前ってば平然と公私混同しそうだし、そもそもが公私混同するために、裏通りの隠れボスの座に就いたお前だからさ、一応確認模した方がいいなーと思って……うわちゃあ!」
「おっと、悪いな。手が滑った」
犬飼の顔に向かって、熱い紅茶を注いだばかりのティーカップを投げつけた新居が、にやにや笑いながら謝罪した。
「火傷になったら何だし、とっとと水で冷やしに行ってきた方がいいぞ。便器の中に顔突っ込んで来いよ」
「便器の中はともかく、そうさせてもらうよ……」
新居が嫌味たっぷりに言うと、犬飼はとぼとぼと部屋を出ていく。
「もんだいじばかりふえたきがするにゃー……」
溜息をつくエボニー。
「新居、あいつに目つけられるようなことはしない方がいい。かなりろくでもない奴だぞ」
「何だよ。椅子に画鋲でも置いて仕返ししてくるのか? 上等だよ」
真が忠告すると、新居は不敵に笑う。
「雪岡を見つけたという報告があったわけじゃないけど、僕はあいつが西にいると見なしているのは事実だ。話を聞く限り、今なら隠れるにうってつけの場所だし、何かろくでもないことを企むにもうってつけの場所になっていると思える」
犬飼が戻ってきてから、真は話を続けた。
「僕はマコに最初から、公私混同するために裏通りのトップの座をくれと言ってある。その許可は取ってある。僕が僕の個人的な都合や事情で裏通りを動かすことを望んだら、お前達も、僕に合わせて動いてもらう」
「まあ、そうは言っても君はあまり無茶をするタイプではないと思って、安心していた。しかしそれでも今回は見逃せないな。西に今踏み込むのは反対だ。下手に刺激することもない」
沖田がいつになく柔らかい口調で拒んだ。
「西に攻め込めと言ってるわけではない。せめて調査くらいはしたい。現在、日本は幾つもの関所によって、自由な行き来も困難になり、東西が分断されているような有様だ」
「のりこめーって、言ってたよう。あれは攻め込め―と同じように聞こえるるる」
「調査ねえ……西の報告は現地の一般人もメディアも、しっかりとテレビでもネットでも流しまくっているじゃねーか」
弦螺が少しほっとした顔になり、犬飼は皮肉げに言った。
「それは表の事情だけだ。深い所までは見られていない」
犬飼の方を向いて真が言う。それももっともな話だった。
「西のサイキック・オフェンダー達の状況は、杳として知れない。かつての暗黒都市である、ぽっくり市と転烙市が一大拠点となっている話は入っているが、どのような組織形態なのかもわからない。特に転烙市に至っては、正確な情報がまるで外に出てこない。サイキック・オフェンダー達が一つにまとまっているのか、無数の組織が乱立しているのかもわからない。そういった調査は、裏通りの住人が適している」
「PO対策機構は裏通りの住人だけで回しているわけではない。グリムペニス、国家秘密機関、そして自警団とのアライアンスだ。我々だけで先走るわけにはいくまいよ。向こうとも相談しないとな」
「そいつらをなっとくさせるだけのせっとくりょくがあるりゆうがないと、だめだにゃー」
新居とエボニーが、やる気満々の真に釘を刺す。
「東で成果をあげているせいで、西がさらに強大化してしまっている一面もあるるる。サイキック・オフェンダーの多くが、西にのりこめーしちゃっているんだよう。西に行けば何してもいいと、西がサイキック・オフェンダーの楽園だと、そんな噂が立っちゃってるるる」
「極端だな。しかしぽっくり市はその噂通りだという話だがな」
弦螺と新居が言った。
「僕が偵察チームを作って乗り込む」
「ま~た始まった……。マコと同じビョーキだ」
真が宣言すると、犬飼が大げさに肩をすくめてみせた。
「いいじゃねえか。流石は俺の弟子だ。行ってこい」
「新居の弟子になった覚えはないんだが」
新居がにやりと笑って囃し立てると、真は否定しつつ、サイモンのことを思い浮かべていた。
会議が終わった所で、真と新居だけが残って、先程の話の続きをする。
真はデビルに関して知る限りの情報を伝えた。雪岡研究所繋がりの者達の間では有名な存在であり、面識がある者もいれば、交戦した者もいる。
「文字通りの悪魔みてーに、ろくでもねー奴だな。そしてそいつにもアルラウネがいるってことは、覚醒記念日で覚醒した奴等の感知もある程度できるんだな?」
「どうかな。アルラウネ能力者同士で反応する性質は、デビルにとっても厄介だし、それを防ぐ力をもう身に着けているかもしれない」
新居が伺うと、真は否定気味な答えを返した。
新居は真から、覚醒記念日の真実を聞いている。新居に限った話ではない。真は悦楽の十三階段の者全てに、この覚醒騒動の真相を話している。純子がこの事態を引き起こしたことは、グリムペニスや政府機関にも悦楽の十三階段にも知られているが、アルラウネという宇宙生物をバクテリア化して散布された事を知る者は、さらに限られている。当時の関係者を含めた一部だけだ。
「そのデビルってのがサイキック・オフェンダーを増やしている可能性もあるな」
「僕は可能性どころか、絶対そのケースも多いと見ているよ。意図的に増やしているかどうかはわからない。ただ、結果的にそうなっているのかもしれない。色々な理由で、デビルの討伐は難しいと思う。少なくとも僕には思いつかない」
「そうか。でも深刻に悪影響を及ぼす存在なら、討伐の方法も考えないとな」
真はデビルにあまり関心が無さそうだと、新居は見なす。一方で新居は、デビルという存在が気になっていた。




