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美香とクローン達は軍用ヘリコプターで移動していた。箱根の関所近くに向かっている。
PO対策機構は、原山勤一と山駄凡美が、関所近くの病院に押し入り、医者を脅迫して布町歩の治療をさせているという情報を掴んでいた。
「昔関所があって有名だった箱根に、また関所作るっていうセンスはどーなんよ」
二号がヘリの窓から外の景色を眺めながら呟く。
「関所と言っても通行止めしているわけでもなく、大きな門があって出入りを管理しているわけでもないようですよ」
「知ってるわーい。あたしもちゃんと前知識仕入れてるっての。あたしのこと馬鹿だと思ってる~?」
十三号が解説すると、二号はへらへら笑いながら肩をすくめた。
「遠視だの予知だのの能力によるサーチは防御出来ても、機械に取り付けられた生体情報監視装置は誤魔化せないとか、どういう仕組みなのかしらね」
「それもわかんにゃいけど、関所が危ないと知ってて、どーしてサイキック・オフェンダーは関所近くに向かうにゃ?」
十一号と七号が疑問を口にする。
「十一号の疑問はわからん! 関所が危険とわかっていて、関所にわざわざ向かうのは、生体情報の監視装置が、どこに仕掛けられているかわからないからだ! 実際には関所と呼ばれているポイントに仕掛けられているわけではなく、関所は周囲の生体観測所に反応して、ミサイルを発射する場所が関所だ! 生体観測装置は東西を隔てるようにして、南北に走るラインに沿い、大量に設置されているという! しかし灯台元暮らし! 関所周辺の車道以外の場所には設置されていないという事がわかってしまった!」
「じゃ、くまなく設置すればいいじゃんよー」
美香の解説を聞いて、二号が言う。
「無理に決まってるだろう! 生体観測装置が作動する距離はせいぜい20メートルだ! 20メートル間隔で日本列島の東西を隔てるようにして、南北に敷き詰めろというのか!?」
「それで関所越えならぬ関所の近く越えか。最初のそれを見つけた奴がいて、情報を流したわけね」
納得する十一号。
「原山と山駄も関所の近く越えしようとして関所近くに来たはいいけど、ずっと追跡されているんだから間抜けだわ。それで仲間がやられて、しかも病院にまで行ってと。ふっ、敵ながら哀れっつーか滑稽っつーか」
二号が嘲りたっぷりな口調で言い、鼻を鳴らした。
***
布町歩は助からなかった。
「悪かったな。助けてやれなくて」
「歩君、来世では……いい人生を送って……」
霊安室に通された勤一と凡美は、布町の遺体に向かって別れを告げ、病院を出る。金は支払っていない。
「来世ではいい人生を……か。あいつは不幸だったと凡美さんは思うの?」
歩きながら勤一が尋ねる。
「私達皆不幸だったから、こんな風になったんじゃない?」
うつむき加減になって問い返す凡美。
「あの覚醒記念日以降は――皆と一緒に行動するようになってから、俺は不幸ではなくなったよ。人生で一番楽しい時間だった。凡美さんや皆は違うのかな? 楽しくなくて、不幸のままだったのかな?」
勤一がさらに口にした問いかけに、凡美は微笑を浮かべる。
「ずっと楽しかったわ。でもその幸福の代償を今支払っている」
「俺達は生き残ろう。何が何でも」
凡美の台詞を聞き、勤一も自然と微笑みが零れたが、すぐに消える。
プロペラ音がどんどん近くなってくる。二人して空を見上げると、軍用ヘリコプターが、明らかに自分達のいる場所に向かって降りてくるのがわかる。
勤一はすぐさま変身した。青鬼のような姿になって、巨大な拳のヴィジョンをヘリコプターに向かって飛ばす。
拳はヘリコプターに直撃したが、流石に軍用ヘリを破壊するには至らない。それでもヘリに大きな振動を与えた。
ヘリが地面近くまで降り、扉が開く。
その瞬間を狙って、凡美が扉めがけて口からビームを吐き出した。
ビームはヘリの中の壁に直撃したが、誰にも当たっていない。扉を開いた瞬間に攻撃が来ることも、読んでいた。
「不運の後払い!」
運命操作術で保険をかけたうえで、ヘリの外に真っ先に飛び出す美香。続いて十一号も飛び出す。
勤一が孫の手で美香を攻撃しようとしたが、その瞬間、ヘリのブロペラによって巻き上げられた砂埃が、向かい風によって勤一まで届き、視界を遮られてしまう。不運の後払いの効果だが、勤一にはわからないし、運命操作術をかけた美香本人も効果が発動した事に気付いていない。
十一号が勤一に迫る。一対一では叶わないとわかっているが、今度はちゃんと作戦を考えてきており、狙いがあってあえて接近している。
凡美が棘鉄球を十一号に飛ばす。十一号は走りながら身を捻って避ける。
勤一は十一号にさして注意を払わず、美香を狙っていた。リーダーである彼女を斃せば、他の面々の士気も大きく低下すると見て。
(十一号に誘導させる予定だったが、私を狙ってきたなら、私が誘導してやる!)
美香が十一号に目配せをする。十一号は美香が何を言いたいか理解しつつも、予定通りに勤一に向かっていく。
「ピンクバズーカ!」
「邪魔だ」
十一号がパンチを放つも、勤一は冷たく言い放って腕を大きく振った。十一号の体が大きく吹き飛ばされる。
美香は勤一達と距離を置いて、銃を撃ってくる。一発が勤一に当たった。
「む……」
再生能力を持つ勤一は、銃弾など意に介さなかったが、今回はそうも言っていられなかった。再生しないどころか、撃たれた箇所から痛みが広がっていくのだ。
バトルクリーチャー用の溶肉液入り弾頭を用いた美香であったが、勤一にその知識は無かった。
「糞っ……毒か?」
銃創に指を突っ込んで、肉をえぐり取る勤一。
「勤一君……」
「大丈夫だ」
案ずる凡美に、勤一は短く言い放つと、美香との距離を詰めにかかる。今の距離では孫の手が届かない。
美香は逃げる。着地した軍用ヘリの後方へと回り込もうとする。
勤一も美香の後を追ったが、ヘリを回り込もうとした所で、凄まじい突風が巻き起こり、勤一に吹き蹴った。風だけではない。風に乗って視界を遮る程の夥しい数の尖った何かが、勤一の体に突き刺さっていく。
風に乗って突き刺さってくるそれは、枝葉だった。たちまち勤一の体が枝葉まみれになる。
それだけではなかった。突き刺さった枝が、勤一の体内にどんどん潜り込んでいったのだ。
「ぐおおおおおっ!」
勤一が絶叫をあげる。体内に固く尖った虫が何十匹も入って暴れているかのような、そんな感覚と共に強烈な激痛に見舞われる。
突風を吹かせたのは七号の能力だ。枝葉は二号が用意したオーガニック・トラップであった。さらに十三号が歌い、二人の能力を強化している。三人共ヘリの中にいる。窓から外を覗いて能力を発動させている。能力の発動圏内である、彼女達が潜んでいる場所まで、勤一を誘き寄せる必要があった。
(こいつは……ヤバい……。死ぬ! ここまでピンチになったことはない。身体中に糞みてーなもんが侵入して、掻き回してくる……!)
かつてないほど死を実感し、恐怖する勤一。
(いや……死ねない。あの人を残して……死ねない……)
凡美のことを意識することで、勤一は力が湧いた。恐怖が吹っ飛んでいった。再生能力をフルに作動させ、体内に潜り込んだ大量の枝を、体外へと押し出していく
「勤一君っ!」
声と共に、凡美が棘付き鉄球を勤一めがけて投げつけてきた。
棘付き鉄球は勤一の体に当たると、勤一の体の表面に沿って動いていく。その際に棘が刺さりまくっているが、大した問題ではない。
勤一の体から次々に枝が飛び出していく。いや、引き抜かれていく。凡美の棘付き鉄球には、吸引能力があった。
「よし……あとは……ふんぬ!」
ある程度凡美に手伝ってもらった分、楽になった。残った枝は、気合いの叫びと共に、一気に体外へと排出した。
「マジかよ……」
その様子を見た二号が、疲れ切った顔で呻く。十三号の歌の支援を得てなお、今のオーガニック・トラップは、かなり体力も精神力も消耗する必殺技である。それだけに殺傷力も満点だった。
(糞……危機は脱したが……不味いな……)
荒い息をついて跪く勤一。こちらも相当体力を削り取られた。無限に再生するわけではない。再生には多大なエネルギーが必要だ。
新たなブロペラ音が近づいてくる。見上げると、さらにもう一台の軍用ヘリがこちらに向かってくる。
(PO対策機構の自警団を乗せたヘリね)
新たに飛来してくるヘリを見上げ、口の中で呟く十一号。遅れて到着するという連絡は前もって受けていた。
「勤一君、ここは退きましょう!」
凡美が叫ぶ。
「させん!」
美香が凡美に二発撃ったが、凡美は鉄球で銃弾を弾きながら、勤一のいる方へと向かう。
行かせまいと十一号が凡美の前に立ちはだかったが、殺気を感じてその場を飛び退いた。
「あれは……!?」
十一号がいた空間が大きく歪んでいる様を見て、美香が訝る。明らかに空間操作能力による現象だ。
(何……?)
凡美も異変に気付いたが、すぐに空間の歪みは消えた。
歪みが消えた二秒後。勤一のすぐ横に、一人の男が姿を現した。
「何故お前達が!」
「それはこっちの台詞だ」
転移して現れたサルバドール吉川の姿を見て、美香が驚きの声をあげる。吉川は暗い顔つきで、どうでもよさそうに言い放つ。
「ただの偶然か!」
「そうみたいだな」
吉川が勤一に手を伸ばす。二人の姿が消える。
「勤一君!?」
「大丈夫だ。安全な所に送った」
凡美が叫んだ直後、吉川が今度は凡美の横に転移してきて声をかける。
「待て! お前達は仲間割れしたと聞いたぞ! しかしそれは……バーサーカー事件ではないかと私は見る!」
吉川が転移する前に、美香が呼び止めた。
「ああ、俺もそうじゃないかと疑っているよ」
投げ槍に言う吉川。
「私はバーサーカー事件の黒幕に心当たりがあるぞ!」
「いや、もうどうでもいい……。今は気持ちの整理がつかない。ただ、彼等は同じサイキック・オフェンダー繋がりで助けることにする」
吉川が凡美の肩に手を乗せる。
「こいつらは殺人鬼だ!」
「そうらしいな。でも俺の目には、腐った奴等のようには見えないな。俺の直感だ」
そう言うと吉川は転移の力を働かせ、凡美と共に姿を消した。




