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木島茜は安楽二中に通う中学二年生であり、スノーフレーク・ソサエティーの一員でもある。つい最近十四歳になった。
茜の祖父である木島冨賀男は、元政治家で、昨年は内閣官房長官を務めていた。しかし移民に対する差別的な発言が原因で炎上し、辞職する運びとなっている。
その日、茜は友人を家に連れてくると言っていた。
茜が連れてきた友人の姿を見て、木島冨賀男は一瞬ぎょっとした。孫が友達を家に連れてきて一泊させたいと、予め聞いてはいたし、了承も出したが、連れてきた相手が学ラン姿だったからだ。しかも茜と腕を組んでいる。
しかしすぐに呼吸を整える冨賀男。相手が男装の少女であることも、複雑な事情があることも、孫から聞いている。そもそも初対面の相手ではない。それにしても可愛い孫娘が、美少年とひっついて現れるという絵図を目の当たりにして、事前に情報を仕入れてわかっていてもなお、抵抗を感じてしまった。
「初めまして。男の方の崖室ツグミです」
少年バージョンのツグミがにっこりと笑って挨拶をする。少女の姿では冨賀男と面識があったが、こちらの姿で会うのは初めてだ。
「はじめまして。木島冨賀男です。これが噂のナイト様か。凛々しいね」
「茜ちゃん、家で僕のことそんな風に言ってるの?」
冨賀男の台詞を聞いて、ツグミは茜の方を見て微苦笑をこぼす。
「言ってないよ……。お爺ちゃん、変なこと言わないで」
照れ臭そうに抗議する茜。
「ああ、後で客人も来る。茜達も会っておいた方がいい」
「どういうこと?」
会っておいた方がいい客人という、祖父の言葉の言い回しが、茜には理解できなかった。
「会ってからのお楽しみだ」
にやりと笑う冨賀男。茜は小首を傾げる。
その後、二人は茜の部屋に向かう。
「明日の朝、起きたら頭の中がどちらになるかわからないから、服はどちらも持ってきたよ」
そう言ってツグミは、鞄の中から服を取り出して見せる。
「茜ちゃんのお爺ちゃん、彼氏を連れてきたのかと勘違いして、驚いていた風だったね」
「お爺ちゃん、ツグミちゃんと初対面じゃないんだし、茜はちゃんとツグミちゃんの事情も前もって説明していたのになあ」
その後、二人がしばらく部屋で雑談を交わしていると、家の呼び鈴がやってきた。
「お爺ちゃんの言ってたお客さんかなあ?」
「茜、お客さんが来たよ。挨拶しなさい」
茜が訝っていると、部屋の扉がノックされ、祖父から呼び出された。
部屋を出て応接間に赴くと、そこには同じ顔の少女が五人、座っていた。それは茜がよく知る人物だ。
「どうも! 今日この家の護衛を務めるPO対策機構の者だ!」
美香が立ち上がり、深々と頭を下げる。十一号、十三号、七号もそれに倣って立ち上がり、礼をする。二号はテーブルの上に足を投げ出して座ったまま、ホログラフィー・ディスプレイを凝視し、ゲームに夢中だ。
「つ、ツクナミカーズだ……」
茜は美香とクローンズを見て固まってしまった。茜は昔から月那美香のファンだった。先程の冨賀男の台詞の意味が理解できたと同時に、何故家に客人として訪れたかの疑問が浮かぶ。
「月那さん、先週ぶり」
「ツグミ! こんな所で会うとはな! 今日は男の子か!」
にっこり微笑むツグミを見て、美香が意外そうな顔になる。
「先週振りって……ツグミちゃん、月那美香さんとお友達なの?」
「雪岡研究所繋がりの仲だよ。僕も戦闘訓練するようになったしね。でも雪岡先生はずっといない。半年もずっと雪岡研究所に帰ってないんだ」
驚いて尋ねる茜に、ツグミが答えた。
「お爺ちゃん、家の護衛ってどういうこと? サイキック・オフェンダーにうちが狙われているの?」
「ああ。我が家が窃盗団に狙われているとはね。しかもあの移民で構成された義賊集団、『義賊屋吉川』だよ。また移民か……」
尋ねる茜に、冨賀男は苦虫を噛み潰したような顔になって答えた。移民の犯罪者から狙われているという点で、嫌な記憶がフラッシュバックしている。
「うむ! しかし例え義賊を名乗ろうと、見逃すことはできん! 捕まえる!」
「僕も協力しようか?」
ツグミが申し出る。
「そんな……危険なことはやめた方がいいよ、ツグミちゃん」
「うむ。たまたま遊びに来て、こんなことに巻き込まれて、何かあったら君の御両親に申し訳が立たない」
茜と冨賀男が表情を曇らせて制する。
「うちは母親だけなんだ」
「そ、そうか。失礼した」
さらりと言ったツグミに、冨賀男が咳払いをする。
「それにね、もう危険なことには大分慣れてきているんだ」
ツグミが自信ありげな笑みをたたえて、美香を伺う。
「心遣いは嬉しいが、これは我々の仕事だ! そして警護に来たのは私達だけではない! 私達は内側を護る役割だ! 外側は別の者達が担当する!」
「賊が敷地内に侵入した所で、中と外の班とで挟み撃ちにする作戦ってねー」
美香がやんわりと断り、二号がホログラフィー・ディスプレイを凝視したままの格好で口を出した。
***
夜。木島邸前に、義賊屋吉川のメンバーが集結していた。
「元政治家の偉い人で、しかも金持ちですかー。どうして人間て、こう不平等で不公平なんでしょうねー。ムカつきますねー」
軽い口調で言ったのは、義賊屋吉川で最年少の明智ユダという名の移民の少年だ。かなり小柄なうえに童顔で、一見十代前半にも見えるが、十八歳である。
「俺達は毎日安いもんばかり食って、生活費気にして生きてるのにな」
「気にしても仕方ナイヨ。食べられるダケ、故郷ヨリはマシヨ」
「俺は別のことが気になるぜ。俺達移民のことをディスりまくった奴だぞ。そして差別はしていないと主張していやがる」
「デモそれは移民に家族ヲ殺サレタからデスよ」
「俺達が殺したわけではないし、一緒くたにされても悲しいな」
「まあ、嫌うだけなら差別とは言わないだろう」
義賊屋吉川のメンバーが口々に喋る。
「これも気にしてもしょうがないですけど、本当に僕達の中に裏切り者がいて情報が流れているなら、今回の仕事も高い確率で罠が仕掛けられている可能性ありますよねえ」
「そうだな。しかし覚悟のうえだ。いつものように突破する」
不安げな顔のユダに向かって、吉川が力強く言った。
「裏切り者がいたしたら、誰なんでしょ。あ、俺は絶対違いますからね。俺は断じて裏切ってません」
「そういうことは口にするなと言ってるだろう」
吉川がユダの頭を拳でこつんと叩く真似をする。
そのユダの表情が変わった。
「誰か来るっ。気を付けてください!」
ユダが叫んだ。彼は感知能力に非常に優れているうえに、敵の遠視能力や感知能力に対する妨害能力まで備えていて、これまで幾度も義賊屋吉川に大きく貢献してきた。
「戦闘陣形を展開しろ」
参謀格の深見ゴードンが指示を出し、メンバーがそれぞれ散らばったその時、どすんどすんと何かを打ち付けるような音が幾重にも響いた
「何の音だ?」
「これは敵の攻撃か?」
訝る義賊屋吉川のメンバー達。
やがて闇夜の中に、敵らしき人影が複数出現した。いや、それは人の形をしていたが、人ではなかった。
人のように歩くわけでも走るわけでもなく、それは跳びはねて移動していた。跳びはねた際に地面に体を打ち付ける際に、音を立てている。それは無数の石像だった。
石像の顔や服を見て、義賊屋吉川のメンバー達は驚いた。それらは皆義賊屋吉川のメンバーの誰かだ。そして当人の近くに当人と同じ顔と服装の石像が現れている。
「何だよ、これ……」
「PO対策機構の能力者の襲撃デショウ」
「ユニークな能力のようだが、こいつらから離れた方がよさそうだ」
義賊屋吉川のメンバー達は、跳びはねる石像から距離を取る。
「上手いこと誘導出来てるよ」
石像を出現させた能力者である莉囃子マリエが、木島邸の向かいにある家の屋根の上で報告する。
マリエがその気になれば、石像を相手の近くに出現させて、すぐに攻撃させて相手を押し潰すことも出来る。しかし今回は討伐ではなく、殺さず捕獲することが目的だ。
「美香が俺達の足を引っ張らないで欲しい所だね」
マリエの隣にいる砂城来夢が、マリエの足をさすりながら呟く。マリエは眉をひそめて、来夢の手を叩いて振り払う。
「美香さんのことを嫌うのはともかく、あの人は仕事はちゃんとするし、俺達より裏通り歴も長いんだ。あんまり見くびるもんじゃないぞ」
「別に美香のことは嫌ってない。美香が唾を飛ばすのが嫌いなだけだよ」
安生克彦に注意されると、来夢は言い返した。
「しかし来夢はマリエさんに対して、何で息を吸って吐くようにセクハラしているんですか。そのうちマリエさんも愛想が尽きて、出て行っちゃいますよー?」
「はあ……もうこの仕事が終わったら出ていきたい気分だよ」
谷津怜奈が呆れて言い、マリエは溜息をつく。
「マリエは俺が男になった時には、俺の女にするって決めてるから。いや、嫁にする。肉感が凄くいいんだ。もちろん性格も好きだよ。これなら一生可愛がってやれそう」
微笑みながら臆面もなく言ってのける来夢。
「ふざけんじゃないよ。あんたみたいなエロガキは願い下げだ」
険のある声で拒絶するマリエ。
「言動はともかく、天使の熱愛は本物だと俺は見る」
エンジェルの台詞を聞き、だから余計に困るとマリエは思った。




