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半年前の覚醒記念日より、世界中で多くの人間が超常の力を身に着け、力を用いた犯罪者が大量発生し、世界中に混乱がもたらされた。
それ以前に各国で起こったクーデター騒動に触発され、能力者達が徒党を組んで、政府機関を攻撃するという現象も多々見受けられた。その結果、国家元首が殺害されて、実際にクーデターが実現してしまった国も、幾つかある。
テロも多発した。悪質かつ大規模な事件が、そこら中で起こった。ショッピングモール爆破、ビルの倒壊、大量の飲食物に毒物の混入、森林火災、旅客機の落下、発電所の破壊等、枚挙に暇がない。
しかし全ての超常の能力の覚醒者が悪人というわけではないし、サイキック・オフェンダーになったわけでもない。
サルバドール吉川は脱獄囚であり、その前は出稼ぎ労働者として日本に来ていた身である。
移民達を率いて空き巣を繰り返していた窃盗団のボスである吉川は、能力を覚醒させ、仲間達と共に脱獄した後も、また窃盗を繰り返していた。
彼等は『義賊屋吉川』と名乗り、派手に活動した。資産家ばかりを狙って盗みを繰り返し、移民も日本人も隔てなく、貧困層に金をバラまいた。
「吉川サン、PO対策機構ノスパイカラ、タレコミアリマシタ。」
吉川が次の窃盗の計画を練っていると、部下の一人が片言の日本語で報告した。
義賊屋吉川には支援者も多い。彼等とは相対するPO対策機構にまでも、こっそりと情報を流す協力者がいる。そのおかげで捕まらずに済んでいる部分もある。
「どれどれ。へえ……あの月那美香に、俺達の捕獲任務を依頼しただと? 返り討ちにしてサイン貰っておこうか」
スパイの報告を目に通した吉川が、仲間達の前でジョークを飛ばす。
「月那美香だけではないらしいが――他は不明か。月那美香は手強そうだな」
「芸能人やる傍ら、裏通りの住人でもあると公言していた子だ。半信半疑だったが、これは本当だったと見ていい」
吉川の側近であり、十歳以上年上の移民である深見ゴードンが補足する。吉川が仲間の中で最も付き合いが古く、最初に盗みを働いた際、共犯だったのが深見だ。ちなみに吉川は三十三歳、深見は四十四歳である。
「俺ファンだったんスよー。俺達とちょっと似ている所無いですかねえ」
「そうだな。弱者を助けるという点では同じかもな」
下っ端の一人に、吉川は微笑んで頷く。
「しかし悲しいかな。俺達の敵になってしまった。似た者同士で人気者同士の夢の対決だよ」
肩をすくめておどける吉川。
「コッチがアッチの動きをチェックしているヨウに、アッチもコッチの動きが一部知られてシマッテいマス。それが面倒デスね」
片言気味の下っ端が神妙な顔で言った。かつて何度か、盗みに入る前に動きを補足され、PO対策機構が待ち構えていたことがある。
「仲間を疑うのはやめておけ」
「裏切り者を放置していいのか? 小金目当てと、捕まった時の保険のために、仲間を危険に晒しているんだぞ」
吉川の言葉を聞いて、深見が表情を曇らせる。
「裏切り者と限ったわけではない。巧みに盗聴しているだけかもしれない。そういう能力の持ち主の可能性もある。断定できない時点で、疑心暗鬼になるのはいいことではない。仲間を疑いながら活動するのは、精神衛生上よくないだけではなく、チームワークに支障をきたしかねない。情報が洩れているという事実は受け入れても、スパイがいると断定するのはやめろ」
「わかった。確かにお前の言う通りだな。すまなかった」
吉川に静かな口調で注意され、深見は素直に引いて謝罪した。部下達は吉川のロジカルで丁寧な注意を聞いて、感心している。
「むしろこれはチャンスと捉えていいですよ。あの月那美香相手に出し抜くことが出来れば、俺達の名声がさらに上がりますっ」
最少年メンバーが声を弾ませる。どう見てもまだ十代だ。
「明智。それはそれで愉快なことだが、逆に言えばさらにマークがキツくなってしまうということでもあるからな」
「あ……そ、そうですね。すみません」
吉川がやんわりと注意すると、明智と呼ばれた少年は申し訳なさそうに頭をかいた。
***
原山勤一と山駄凡美を取り逃した翌日の、月那美香事務所。
「半年前の日常に戻りたーい。アイドル活動再開したーい。あたしだけここ出ていって、一人で芸能界復帰してもいいんだけど、こいつらがボンクラすぎて頼りないから見捨てられなーい。とほほほ~」
二号がソファーに寝転がり、手足をせわなく振り回しながら駄々をこねている。
「とっとと出ていっていいぞ!」
「ちょっと~、オリジナルぅ、それはひどいんじゃね?」
「二号の方がひどいにゃー」
美香が怒鳴り、二号が身を起こして抗議し、七号が突っ込む。
「少しずつだが事態は改善方向に向かっている! PO対策機構は成果を上げ続けているぞ!」
「犠牲も結構出ているんだけどね……」
「へっ、でもあたしらは生きてる。これ、重要」
美香、十一号、二号がそれぞれ言った。
「次のターゲットは、今後の活動内容が判明しているとのことだ! スパイがいるのか、超常の力で知ったのかは不明だが、それだけはわかるらしい!」
「潜伏場所もわかればいいのにね」
美香が報告すると、十一号が若干皮肉めいた口調で言った。
「義賊屋吉川の次のターゲットは、元政治家の木島冨賀男邸宅! 資産家で美術品愛好家でもあるらしいが故、盗賊の狙いとしてはうってつけだな!」
「あの暴言吐きまくって辞めた、悪名高い元官房長官ね」
美香が報告すると、十一号が嫌悪感を露わにした声を発した。
「あの爺の去り際は面白かったけどなー。あたし的にはぐっときたぜ。人間味あっていい感じよ」
「息子さんとその奥さんを、移民の犯罪者に殺されたことを訴えていましたね。そのせいで移民が大嫌いだと言い切っていました」
「悲しい話だ! どこもぐっとこない!」
二号がへらへら笑いながら言い、十三号は切なげな面持ちで言い、美香に二号の方を向いて怒鳴る。
「でもやっぱりあたしはこの仕事、乗り気になれねーよ。評判悪い元政治家を、世間ウケいい義賊から守るなんてさあ。ツクナミカーズの人気にも響くんじゃね? 真面目に、今から断った方がいいと思うわ」
二号が笑みを消して美香に訴える。
「お前の言うこともわからなくもない! しかし、だ! そんな理由で断って、その嫌な仕事は他に押し付けるというのか!? 私にはそれもできん!」
「はんっ、出たよ出たよ、オリジナルのいい子ちゃんぶりっ子。オリジナルの口からその手の理屈聞くと、すげームカムカくるんだよねー、あたし。あーあ、いっそ途中で裏切って義賊屋吉川の方についてやろっかなー」
「そうか! そういうつもりなら仕方ないな! 今この場で息の根を止めてやる!」
「ギャ―ッ! 暴力超反対! ぐぐぐ……ぐるじぃ……ギギギ……」
「オリジナル、落ち着いてください」
二号の首を絞めにかかる美香を、十三号が後ろから羽交い絞めにして引っぺがして止めた。




