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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
89 千年前の記憶を掘り返して遊ぼう
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32

(シェムハザ……血塗れじゃないか。何があったのだ……)


 馬車の中から姿を覗かせたシェムハザを見て、ネロは案じる。


「戦うのは、私とネロの二人に絞りましょー。他は、万が一私達が敗れた際に頼みまーす」


 シスターが命じると、ヨブの報酬の戦士達は後方に下がる。


「保険のためだけに連れてきたったことか。御苦労さん」

 ウィルが剣を抜いて構える。


「はあ……まだ体調は万全じゃねーんだがな」


 リュカが気怠そうに身を起こす。ウィルに守られるような格好で、後方につく。


「私がこの二人を担当しまーす。ネロは嘘鼠の魔法使いをお願いしまーす」

「しょ……承知……」


 シスターが命じると、ネロは動揺を押し殺し、嘘鼠の魔法使いと相対して、戦いに向けて集中する。


(マスターとネロさんが戦うことになるなんて……)


 シェムハザが自然と胸の上で両手を組み、祈るポーズになる。そして震えだす。


 シスターが剣を抜き、一気にウィルとの間合いを詰める。

 ネロもシスターに一呼吸遅れて、嘘鼠の魔法使いめがけて走り出す。


「うぐっ……」


 ウィルがくぐもった声を漏らす。シスターの剣の一撃を受け流そうとしたが、シスターは途中で剣の軌道を変え、ウィルの左腕を切りつけていた。斬撃は骨まで届く代物だった。


 ウィルは両手で剣を扱うが、これで左腕はまともに機能しなくなったに等しい。


 ひるんだウィルに追撃をしようとしたシスターだが、後方に二歩下がる。ウィルが片腕で剣を振るってきたのだ。


(やりますねー。すぐに体勢を立て直して反撃に転ずるとは。百戦錬磨ですねー)


 心の中でウィルを称賛するシスター。


(いきなり痛手を負ってしまったね。しかしこういう逆境でこそ燃えてくる)


 脂汗をかきながらも、ウィルは不敵に笑う。


「どりゃあっ!」


 ネロが真正面から突っ込んでショルダータックルをぶちかまさんとしたが、嘘鼠の魔法使いは難無く横に跳んで避ける。


 避ける前から、そして避けている間も避けた後も、嘘鼠の魔法使いは精神を集中させて、呪文を唱えていた。

 光るルーン文字が杖より溢れ出し、人にたかる蚊の大群のように、ネロにまとわりつくや否や、ネロの周囲の温度が急激に下がった。ネロの全身が強張る。


「主の盟により来たれ。第三の神獣、近くて遠き守護者!」


 全身が凍りつく前に、ネロが叫ぶ。


 ネロの背後から、仄かに青みがかった半透明の腕が現れ、ネロの胴体に手を回し、抱きしめる。ネロの背後からは、半透明の顔も見えたが、見えるのは鼻、口、顎の顔の下半分だけだ。


 凍り付きそうだった体が、正常な体温に戻る。周囲を取り巻く冷気も、ネロに及ばない。ガードされている。

 冷気が完全に消えると、半透明の腕と顔も消える。


「主の盟により来たれ。第十五の神獣、聖火の獅子王!」


 冷気と半透明の腕と顔が消えた刹那。ネロが叫ぶ。青白い炎がネロの前から凄まじい勢いで噴き出した。見づらいが、青白い炎の中には青い獅子がいる。


(これは中々強そうですね)


 現れた蒼炎の青獅子を見て、嘘鼠の魔法使いは迷うことなく、自身の奥義である魔法の一つを行使した。


 業火を伴い、蒼炎の青獅子が嘘鼠の魔法使いに飛びかかる。しかし嘘鼠の魔法使いの前方足元から、大量の泥が噴き上がり、飛びかかってきた蒼炎の青獅子の全身を泥が包んだ。

 猛烈に噴き上がっていた青白い炎が完全にかき消された。獅子も泥の塊の中に閉じ込められて、ぴくりとも動かなくなった。


(何と……)


 いともあっさりと斃された獅子を見て、絶句するネロ。これはネロが使役する神獣の中でもかなり強力な代物であったが、それをこうもいとも簡単に退けた嘘鼠の魔法使いの力に息を飲んだ。


 一方、シスターとウィルはひたすら近接戦闘を行っていた。ウィルが超常の力を行使しないとわかって、シスターも力を用いずに戦うことに決めた。そしてウィルの後方に控えるリュカの動きにも、絶えず警戒を払っている。


(畜生、どのタイミングで仕掛けたもんかねえ。ウィルがヤバくなった際に仕掛けるか? しかしあの女は、それを狙っている気がするんだ)


 リュカは術で援護したくても出来なかった。


(何やってんだ。リュカは全然僕を援護してくれないのか?)


 しかしウィルは、様子を伺い続けるリュカに不満を抱いていた。


 シスターはリュカの動きに警戒を払っている分、動きに精彩を欠いている。しかしそれでもなお、優勢に戦いを進めている。負傷しているせいもあるが、ウィルは明らかに少しずつ押されている。


(駄目だ。このままじゃ負けちまう。形成不利になってから動いても遅い。今のうちに何とかしねーと)


 嫌な予感を覚えてはいたが、リュカは自身も先頭に参加することにした。呪文を唱え、魔術を発動させる。


 空中に十個の光弾が出現すると、タイミングを微妙にずらしながら、シスターに向かって飛来する。


 次々と飛来すると光弾と、ウィルの攻撃の双方を、巧みに回避するシスター。


「嘘だろ……」


 ウィルが唸る。かなり無理があると思われる、人間離れした動きだった。攻撃を全て予測しているかのようだった。


(何か……力を使ったぞ。その気配は感じた。予知か? それとも時間が流れる体感速度を操作して見切ったか?)


 リュカはシスターが超常の力を用いたと感じていた。


(もういっちょやってやる)


 さらに術を使うリュカ。今度は金色の体表を持つ有翼小人が六匹現れ、シスターの全方位を囲み、ほぼ同じタイミングで一斉に襲いかかった。


 だがこれもまた、シスターは淀みなく動き、一切の隙を晒すことなく、流れるように尽く避け、剣で小人を切り捨てていった。その間、ウィルの攻撃も同時にいなしている。


「化け物めっ」


 息を弾ませてウィルが呻いた。シスターの体術は常軌を逸した代物に見えた。


 実はこの時、シスターは究極運命操作術である『未来切断』を用いていた。リュカの支援攻撃が上手くいくという未来の可能性を、この運命操作術により完全に断った。故にシスターが巧みに対処するという未来に繋がった。


「あぐぁ!」


 ウィルが再びくぐもった声をあげる。シスターの剣が、ウィルの太股を切り裂いたのだ。

 ウィルが跪く。これで完全に勝負はついたと思われた。


「覚悟はいいですかー?」


 すぐさま剣を振るってとどめをさすことはなく、シスターは憐憫の視線でウィルを見て、声をかける。ウィルは悲痛な表情でシスターを見上げる。その瞳は恐怖で濁っていた。


(ここまでか……)


 覚悟を決めて、ウィルがうなだれたその時――


「待て! そいつは俺が金で雇っただけだ! 見逃してやってくれ!」


 リュカが必死の形相で叫び、ウィルは驚いて振り返り、シスターはゆっくりとリュカを見た。


「わかりましたー」


 シスターが頷き、ウィルの横を堂々と通り過ぎ、リュカのいる方へと向かう。


「へっ、厄介な仕事に付き合わせちまって悪いな」


 呆然としているウィルに向かって、リュカが笑いかける。すぐにも殺されるというのに、ひどく愛敬に満ちた笑顔だった。


 シスターが剣を振るう。リュカが崩れ落ちる。


(僕こそ……護れなくて……悪い……)


 その光景を見届け、ウィルは声に出さずに謝罪し、再びうなだれた。


 リュカが死んだことを知らず、嘘鼠の魔法使いが呪文を唱える。また光るルーン文字が杖より生じる。


「主の盟により来たれ。第二十の神獣、研固なる光兵!」


 ネロが叫ぶと、真っ白な石像の兵士が、眩い光に包まれて出現した。


 光るルーン文字が宙を舞う。石像兵士が眩い光を放ったまま、剣と盾を構えてルーン文字の前に立つ。


 石像兵士に届く前に、光るルーン文字が消滅した。刹那、地面から氷の茨のような物が何本も伸びて、石像兵士に巻き付いていく。普通の茨よりずっと太く、棘も大きい。

 あっという間に拘束され、さらには茨から生じる冷気で氷結する石像兵士。


 氷の茨は石像兵士だけが狙いではなかった。その後方にいるネロにも伸びる。


 ネロは避けようとしたが、茨の数は多く、スピードも速く、そのうえ広範囲に展開していたので、とても避けられるようなものではなかった。

 避けきれず、茨の棘がネロの全身を切り裂く。それでも必死に避け続けていたネロであったが、とうとう足を取られて転倒し、そこに無数の氷の茨が巻き付いてきた。


「ぐおおおぉっ!」


 拘束され、体中に棘が刺さり、さらには冷気で全身を凍らされかけ、ネロは絶叫した。このままでは死ぬと確信する。しかし万事休すではない。手はまだある。


「主に背き者よ、宿れ。第二の魔獣、光切り裂く黒刃!」


 叫ぶなり、ネロの体が変貌していく。体色が漆黒に染まり、その顔も体型も大きく変貌する。顔はげっ歯類の動物のようになり、手足は湾曲した黒い刃となった。背中からも湾曲した黒い刃が何本も生えていく。氷の茨の拘束は体型の変化で若干緩んだ所に、これらの刃によって全て切断された。


 異形と化したネロが弾けるように動き、嘘鼠の魔法使いめがけて跳躍一回であっという間に間合いを詰めた。


 嘘鼠の魔法使いは慌てることなく短く呪文を唱え、杖で地面を突いた。


 目の前まで迫ってきたネロであったが、地面から突き上げられた円錐状の土によって腹部を貫かれ、嘘鼠の魔法使いの視界から消える。4メートル以上も突き上げられている。


 勝負がついたと見て、シェムハザは安堵しかけたが、すぐに凍りつくことになる。ネロの動きは止まらなかった。自分の腹部を貫いた土を両腕の刃で切断したうえで、円錐状の土の上から、腹部に土が刺さったまま飛び降り、上空から嘘鼠の魔法使いに襲いかかったのだ。


(ここまでですか)


 その時、嘘鼠の魔法使いは、両腕を広げて飛び降りてくるネロを見上げながら、来るべき運命の瞬間がとうとう訪れたと確信し、微笑んだ。


 ネロの刃が、嘘鼠の魔法使い胸から腹を袈裟懸けに大きく切りつける。


 シェムハザの目が大きく見開かれる。


 血が噴水のように噴き出る。臓物も飛び散る。何をどう見ても致命傷だ。

 再生能力があるわけでもない。助かる可能性は無い。


 着地したネロの姿が元に戻る。こちらも腹部を貫かれていたはずだが、腹の傷は見当たらない。氷の茨の棘で出来た傷は残っており、全身血塗れだ。変身後のダメージは、ネロには及ばない。


(強かった……。これまで戦った何者よりも……)


 倒れた嘘鼠の魔法使いを見やり、荒い息をつきながら膝をつくネロ。


「マスターっ!」


 シェムハザが叫び、嘘鼠の魔法使いの元へと駆け寄った。


「シェムハザ……俺を恨んでくれ……」


 ネロが悲壮な顔で声をかけるが、シェムハザの耳には届いていない。


「マスター……嫌だ……こんなの……」


 シェムハザは倒れた嘘鼠の魔法使いにすがりつき、泣きじゃくる。嘘鼠の魔法使いはシェムハザの背に手を回し、軽く撫でる。


「貴女には言わなかったのですが……こうなることはわかっていました……」


 掠れ声で話す嘘鼠の魔法使い。


「私は愚かにも自分の未来を予知してしまい、近いうちに殺されることも知っていました……。これでも抗って回避しようと試みましたが、無駄でしたね……」


 この言葉は半分以上嘘だ。本当に回避するつもりであれば、リュカの依頼を受けなくてもよかったし、何より嘘鼠の魔法使いには、死を受け入れるための理由もあった。


「ですが……どうせ死ぬならと思って……私の死そのものを……利用しようと考えたのです。私の命を代価として、上級運命操作術――『運命の特異点』を発動させて、人工的に縁の大収束を……発生させることを考えたのです」


 シェムハザだけに聞こえるように、耳元で囁く。これは嘘ではなくて本当の話だ。


「嫌だ……死なないでよ……マスター。私……マスターがいなくなったら……どうすればいいの? また独りぼっちだよ……。私、マスターのこと……大好きなんだよ……?」


 シェムハザの訴えを聞いて、嘘鼠の魔法使いは微笑をこぼした。


「いずれ私のことも忘れるでしょう……。女性というものはそう出来ています。新たに好きな人が出来れば、私は……ただの……過去の思い出になります……。私より……もっと素晴らしい男性と、きっと……巡り合えますよ。その人と幸せに……なってください……」


 それが、嘘鼠の魔法使いの最期の言葉となった。目を閉じ、首を傾げる。


 シェムハザはしばらくの間、嘘鼠の魔法使いの亡骸にすがりついて嗚咽を漏らしていたが、やがて意を決したかのように身を起こす。


「マスターのこと……私は忘れないし、この気持ちは絶対に消したくないっ! 今の私の気持ちを裏切りたくないっ! 消えないようにする! 他の誰のことも好きにならないようにする!」


 嘘鼠の魔法使いの言葉を思いだして、シェムハザは感情を爆発させながら、悪魔の偽証罪を己に使用した。己に向けて、宣言通りの呪いをかけた。


 シェムハザが少し落ち着いたかに見えた所で、ネロがシェムハザに近付く。


「シェムハザ……俺を憎め。何なら殺してくれても構わんぞ」

「ネロ、何を言いますかー」


 ネロの台詞を聞いて、驚くシスター。


「いいのだっ。如何な大義を掲げようと、俺はこの子の大事な者を奪った殺人者でしかないっ」


 落涙しながら断じるネロ。


 シェムハザに憎しみや怒りの念は湧かなかった。ネロのことなど頭に無かった。愛する者の亡骸の前で、ただ喪失の悲しみと絶望に暮れていた。

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