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翌朝。
「追っ手がかかっているのに、のんびり寝ちまったなー」
リュカが状態を起こして目をこする。身を起こせる程度には回復した。
「追っ手との距離も縮んだろうね」
進んできた方向を見て言うウィル。
「夜通し逃げて体力が低下するよりはいいですよ。何よりリュカの体調がよくありませんしね。それに昨日、ヨブの報酬の偵察が見えた時点で確信しました。追っ手が迫るにはまだ時間を要するでしょう」
昨夜は嘘鼠の魔法使いの判断で休息を決定させたが、リュカもウィルも不安がっていた。
「だからといってのんびりはしていられないよね」
「馬車での逃亡じゃ、じわじわと距離狭められちまいそうだしな」
「行き先で待ち構えられている可能性も十分にあります。ヨブの報酬は数ヶ国にわたって蔓延っていますから」
「町に立ち寄るのは危険だが、食いもんの補充もしたいな。川か池があれば釣りしてもいいけど。野兎の狩りでも」
「それこそ悠長なことだろ。リスクはあるけど、逃亡中の食料の補充は町でした方がいいよ」
「十分に気をつけないといけませんね」
ウィル、リュカ、嘘鼠の魔法使いが方針を話し合う。
「やれやれ。中々に厄介な仕事引き受けちゃったな」
微苦笑をこぼすウィル。
「炎鉄の町と呼ばれる鉱山都市が近いです」
嘘鼠の魔法使いが地図を広げて指す。
「鍛冶の町でもあるな。一度行ったことがある」
リュカが言った。
***
「敵のおおよその場所は把握してまーす」
シスターが地図を見やりながら言った。
「お、おおよそ? 監視し続けているのではないのか?」
「斥候の気配に感づかれたので、斥候には距離を取らせてありまーす。今は使い魔も出していませーん。でも、動きがあれば大体わかりますよー。距離を取りながらも、たまに接近させて、付かず離れずで追跡させてまーす」
ネロに問われ、シスターは最新の情報を伝える。
「現在地と逃走経路を見るに、こ、ここから、お、追いつけそうだな」
「このまま真っすぐ逃げていくなら、そうですねー」
二人が喋っていると、部下が報告にやってきた。
「念話が入りました。リュカと嘘鼠の魔法使いは、炎鉄の町に向かっている模様」
「炎鉄の町か……」
部下の報告を聞いて、ネロが腕組みして思案顔になる。
「鍛冶と鉱山の町ですねー。山岳地帯の麓にありますしー、見失うと厄介ですからー、こちらの監視に気付かれてもいいので、監視を強化してくださーい」
「はいっ」
シスターが部下に命ずる。
「町の裏にある山岳地帯に逃げ込まれたら、た、確かに厄介だ」
「そこに逃げ込むのであれば、馬車を捨てることになりまーす。私達の支配圏から逃れようとしているなら、その選択は無いと思いますよー」
「そ、それもそうか……」
「それよりも、鉱山の坑道の中に逃げ込まれる方が厄介ですねー」
「そ、それもそうだ……」
「あの町にはヨブの報酬の支部もあったはずですねー。念話で支部長に連絡しておきましょー。そして、私達も部隊をまとめて炎鉄の町に向かいますよー」
***
正午過ぎ。嘘鼠の魔法使い達四人は、炎鉄の町へと入った。
「結構大きくて栄えた町だねえ」
初めて来るシェムハザは、物珍しそうに町の風景を見て楽しむ。彼女が生まれ育った町以外で、町と呼べる規模の人が住む場所に訪れたことがない。大抵が村だ。生まれ育った町の周辺は、ほとんどが村か集落だったからだ。
ごちゃごちゃしているうえに不衛生というのが、シェムハザの印象だった。道の幅も狭い。建物が必要以上に隣接しすぎている。そして人が多い。それらの事情があって、町の中に馬車で入るのは難しいので、厩舎に預けて徒歩で移動している。
「ずっと監視されています。監視の目を振りきれませんね」
嘘鼠の魔法使いが後方を向いて言う。
「ケッ、何となく視られている気配はわかっても、監視者がどこにいるのか、町の中に入って余計にわからなくなっちまったな」
リュカが小指で耳をほじりながら、忌々しげに言った。
「遠視の術や使い魔の監視なら結界で防げますが、監視者は肉眼のようですしね」
嘘鼠の魔法使いが小さく息を吐いた。
町の中で買い物を済ませた四人は、宿屋へと移動する。
その宿屋に入ろうとする直前に、襲撃にあった。
「何?」
ナイフを持った襲撃者の手首を取り押さえ、ウィルが怪訝な声を発する。相手は女の子だった。
「グルるる……ギルるるルル……ご、ごろぢだい……」
口から涎を垂らし、目は血走り、殺意はたっぷり。どう見ても正気と思えない様子の、十歳にも満たない女の子だ。
「ウッキぃィぃぃーッ!」
四人が驚いていると、寄生と共にさらなる襲撃者が現れた。トカゲを連想させる顔の中年女が、フライパンを振りかざし、シェムハザを狙って殴りかかってきたのだ。
嘘鼠の魔法使いが杖を振りかざす。呪文無しで魔法が発動し、光るルーン文字が一文字現れて、中年女性が大きく開いた口の中へと飛び込む。直後、中年女性の頭部が炎に包まれる。
「ウッキャアァァァァ!」
倒れて悶絶し、断末魔の叫びをあげる中年女性。
「死にくされえぇえぇっ!」
「ぶっころおぉぉぉお!」
さらに二人の男性が、憤怒の形相で、採掘用のハンマーを持って襲いかかってくる。
ウィルが剣を一薙ぎして、二人の男のハンマーを持った腕をそれぞれ同時に斬り落とした。
「ほんげええぇぇっ!」
「グエエェっ! よくもーっ!」
片手を失った二人の男が悲鳴をあげたが、すぐに殺意と怒りに満ちた形相へと戻り、道に落ちたハンマーを拾い上げて、再び襲ってくる。
それを見たウィルは、今度は加減することなく、首をはねて二人の男を殺害した。
「おい……まさか……一般人をヤクか術で操って襲わせているのか?」
明らかに正気を失った襲撃者達を見て、リュカが呻く。
「うらうぅぅああゥぁっ!」
「死ねやァぁあァぁぁっ!!」
「お願い死んでぇえぇ!」
さらに三人の男女が追加で襲ってくる。いや、よく見るとその後方にはさらに何人もの男女が、手に得物を持ってこちらに走ってきている。
ウィルが次々と襲撃者達の首を撥ね飛ばしていく。
「ヨブの報酬が、一般人をこのように巻き込むことをするとは思えませんが……」
「それにしたって実際襲ってきているし、私達が狙われているよー」
嘘鼠の魔法使いとシェムハザが言う。
「逃げた方がいいぜ、こりゃ。数が数だし、多少傷つけても動じないしで、正面から戦うのは得策じゃねーよ」
リュカが促した。
「そうですね。今の所、一方向からして襲ってきていませんし、一旦逃げましょう。
嘘鼠の魔法使いが次々殺到してくる襲撃者達を見やる。おそらく、一般人を襲撃者に変えている者が、この先にいる。
***
炎鉄の町に元々滞留していたヨブの報酬の面々は、監視していた嘘鼠の魔法使いやリュカ達四人組が、気の触れた一般人達に襲われているという情報を掴んだ。
「あれはどういうことだ?」
「監視対象が正気を失った市民に襲われている……。誰の仕業だ?」
「我々がそんなことするものか」
「取り敢えずシスターに連絡を」
ヨブの報酬の面々もすっかり困惑している。
「事態の収束を計った方がいい。監視対象は容赦なく返り討ちにしている。正気を失った市民達の動きを止めるのだ」
リーダーが命じ、方針が決まった。
「おい、新入りの小僧……何ぼーっとしているんだ。さっさと動……え……?」
つい先程町に着いたばかりの覇権されてきた新人の少年に、リーダーが声をかけたその瞬間、リーダーは呆け顔になった。
「どうしました? は……?」
「何……を……?」
様子のおかしいリーダーを不審に思ったヨブの報酬の戦士達だが、リーダーの傍らにいる新人の少年を見て、リーダーと同様に呆け顔になる。
やがて彼等の表情が変わる。全員ほぼ同時に怒りに顔が歪む。
少年――悪魔はその様子を見て、目を細めた。




