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シェムハザと嘘鼠の魔法使いとリュカの三人は、一週間以上かけてリュカの家へと向かった。
「最初に襲われたのが自宅だったからなー。その後近くの町に逃れたら、そこでもまた襲われた。さらにその後は、俺のこと見失ったぽい。もちろん俺もサミュエルが今どこにいるかわかんねーから、自宅で待ち受けようって寸法だぜ」
そんな理由で、リュカは自宅に嘘鼠の魔法使いとシェムハザを連れてくる格好になった。
「使い魔を放ってチェックさせなかったの?」
「バレてあっさり殺されちまったよ」
シェムハザの疑問に、リュカは苦笑してそう答えた。
「リュカの家で待ち構えている可能性も無きにしも非ずですね」
「だな。家に近付く時は要注意だぜ」
嘘鼠の魔法使いに言われ、不敵だが同時に愛敬に満ちた笑みを浮かべるリュカ。
「で、家に真っすぐ行かず、先に近くの町に行く。嘘鼠に会う前に、雇っていた奴が他にもいるんだわ」
リュカが雇った者との合流のため、三人は町を訪れる。
「ここからはお嬢ちゃんには不向きな場所だぜ」
馬車を降りて、いかにも治安の悪そうな貧民街に入った所で、リュカが告げた。
「平気だよー。これまで何度ももっと危険な場所に行ったことあるしー」
「マジかよ。にゃははは」
シェムハザが得意げに言うと、リュカは笑った。よく笑う愛想のよい少年なので、シェムハザはリュカに対してかなり好感を抱いていた。
ぼろぼろの外装の飲食店の中に入る。ガラの悪い男達が一斉に視線を飛ばすが、三人共全く気にしていない。
「おーい、ウィルー。来たぞー」
「待ちくたびれたよ」
リュカが声をかけると、一人の男が立ち上がった。長剣を背負った、長髪長身の男だった。温厚そうで整った顔立ちだが、肩幅は広く胸板も厚い美丈夫だ。
「こいつはウィルって言ってな。超常の領域の者達とも戦ってきた歴戦の強者だ」
「初めまして。ウィルだ。魔物や悪い術師退治を生業にしているよ」
リュカが紹介すると、ウィルも柔らかい笑みを浮かべて自己紹介する。
「私は嘘鼠の魔法使いと呼ばれています。以後お見知りおきを」
「私はシェムハザー。よろしくー」
嘘鼠の魔法使いは丁寧に挨拶し、シェムハザはいつも通り明るく軽く自己紹介した。
「こいつは俺の昔からの知り合いさ。術師としては一級品だ。一緒に俺のことをしっかり守ってくれよ」
リュカがおどけた口調で言う。
「僕以外にも人を雇うのは少しプライドが傷つくね。しかしそれだけ恐ろしい敵ということか」
肩をすくめ、腰を下ろすウィル。三人も同じテーブルの席に着いた。
「で、二度戦ったと聞いたけど、敵はどのような術の使い手なんだ?」
ウィルが尋ねる。
「血で出来たクリーチャーを大量に出してきやがる。飛び道具も使ってくるな。血をすげえ圧力かけて飛ばしてきたりよー」
忌々しげな表情で話すリュカ。
「厄介なのは、血が体内に侵入してくることだ。血そのものが意思を持った生き物みてーなもんだ」
「なるほど。しかし相手の性質がわかっていれば、対策はたてやすいですね」
「その血は凍らせても動くのー?」
「俺は凍らせる術は覚えてないから試してねーわ。炎で蒸発は出来たけど、こっちの消耗が激しいわりには防ぎきれなかったぜ」
「その場で術で対策するだけではなく、予め術で対策する手段を講じておく方がよいでしょう。対抗できる術をかけた物を用意しておくことで、消耗を抑えられます」
その後、四人であれこれと対策を練る。
「よし、大体作戦は決まったね。準備しよう」
ウィルが声をかけて、四人は店を出る。
その後買い物を済ませてから、四人は町を出た。リュカの家へと向かう。
リュカの家は町から少し離れた場所の林の中にあった。
遠巻きに様子を伺う。使い魔も放つが、家の中には誰もいない。
四人が家の中に入る。
「家の中で待ち構えてはいなかったか。入られた形跡は……あるな」
自宅の様子を見て、リュカは舌打ちした。
「さっきの話だけどさあ、嘘鼠の魔法使いは本気で世界を塗り替えるつもりなのか? そんな方法があるのか?」
一息ついた所で、リュカが尋ねる。
「その方法をずっと探しています。私達は探求者であり研究者でしょう? 世界の理を解き、力を振るう者でしょう? 私は調べ続け、探し続け、解き続けたいと思っています」
虚しげな想いに捉われながらも、嘘鼠の魔法使いは力強く宣言した。それは出来ないとわかっている。予知で自分の死期が近づいていることを知っているからだ。
「それはわからなくもねーが、何つーかさー……何でそんなこと考えたんだよ」
「私は大勢の人間が、運命に踊らされ、振り回されながら、生きていると思っています。皆、与えられた役割に従って生きているだけですよ。役割を演じていると言ってもいい」
「ケッ、俺はそんなつもりねーけどな」
「リュカはそうかもしれません。しかし大勢の人々は、不自由で、弱いのです。私達のように力が無い。だから役割を演じて、自分を守るのですよ。力があっても心が縛られている人達もいますし、色々と複雑ですけどね」
喋っているうちに、嘘鼠の魔法使いの顔つきが変わっていった。目が爛々と光り、表情も引き締まったものになっていく。
「世界の謎を解き明かし、超常の領域を自由に扱えれば、人の心も生き様も、より自由になると私は信じています。私はそれを目指しています。リュカも一緒にどうですか?」
「そうだなあ……面白そうな話ではあるし、てめーにゃ色々と世話にもなっているから、手助けくらいはしてやってもいいぜ」
嘘鼠の魔法使いに誘いに対し、リュカは曖昧な返答を返す。
(マスター、いつも穏やかで優しかったマスターが……今は違う……。凄く真剣で、熱い。もしかして……マスターにも、私みたいに何か辛い過去があって、それでこんな……)
シェムハザは嘘鼠の魔法使いを見て感じ入ると同時に、勝手に自分と重ね合わせて、少し物悲しい気分にもなっていた。
***
ベッドはリュカの分しかない。シェムハザと嘘鼠の魔法使いは居間で、ウィルは別室で寝ることになった。毛布は旅路の合間に使うものを持ってきてある。
「マスター……今まで私に教えてくれなかったけど、マスターには凄い目的と信念があったんだねえ」
暗闇の中、嘘鼠の魔法使いの隣で寝ているシェムハザが声をかける。
「意地悪して教えなかったわけではありませんよ。弟子の貴女の前で口にするのも、少々照れる気持ちがありました。何より、貴女にどう思われるか、不安でした。反感を抱かれるかもしれないと」
「反感なんて抱くわけないよー」
嘘鼠の魔法使いの言葉を聞いて、シェムハザは驚いた。
「その一方で、シェムハザがとても優秀な弟子だったので、いつか話したいと思っていました。そして出来れば、同じ夢を追えないかと……そんなことも夢想していたのですよ」
「マスター……そんな……」
嘘鼠の魔法使いの言葉を聞いて、シェムハザは感激して涙ぐむ。
「マスターは完全な自由を夢見ているの? 何でも出来る世界を追い求めているの?」
「いいえ。少し違いますね。完全に自由で、何をやってもいいというわけでもありませんし」
暗闇の中で、嘘鼠の魔法使いはシェムハザの方を見て微笑みかける。
「完全な自由などというものが存在したとして、それは言うほど素晴らしいものではないでしょうね。極端な話をしますが、例えば私が完全な自由だからといって、貴女を放りだしたらどうしますか? 私ではなくても、子を育てる親が子育てを全て放棄したら困るでしょう? 衛兵が、農民が、領主が、自由を求めて、仕事を放棄しても困ります。しかし……彼等が心の底までその役割に染まりきってしまう事も、それはそれで問題なのです」
「なるほどねえ……」
そこまで話を聞いた所で、シェムハザは疑問を感じる。
「つまり人は結局、役割を強いられるために、自由を奪われている? マスターの目指す形は何なの?」
「心の自由が得られる程度でいいのですよ。今は無理かもしれませんが、人が自由を求めて仕事を放棄しても、人が欲望のままに振舞っても、それでもなお世界の秩序が維持する方法があるかもしれませんし」
「とても想像つかないなー」
その時は想像つかないシェムハザであったが、約千年後に、その方法は見えてくることになる。
「おやおや、寝かせてはくれないようですね。早速お客さんです」
嘘鼠の魔法使いが苦笑気味に言い、身を起こす。
シェムハザもくるまっていた毛布から出た。隠す気も無い強烈な殺気が、家の外から発せられていた。




