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「さ、サミュエルを動かしているのか……」
ヨブの報酬の創設者であり首領である、シスターと呼ばれる女性を前にして、大幹部のネロ・クレーバーは、浮かない顔になっていた。
「気持ちはわかりますがー、粛清対象は相当に強力な術師であり、これまでも組織の人間を何人も返り討ちにしているのでーす」
シスターがいつもと変わらぬ間延びした口調で言う。
養血の狩人の異名を持つ戦士――サミュエル。彼はヨブの報酬でも異端扱いされている。好んで接する者はいない。一部の大幹部だけが彼と接触し、連絡しあう程度だ。
「奴が動くと、む、無駄な血も流れる可能性がある。俺としては、ヨブの報酬から破門するか、我々の監視下で動かすようにしてほしいものだ」
ネロが訴える。
ヨブの報酬は、超常の力を宿した者を悪魔の使いとして敵視する一方で、まるっきり血も涙も無い組織というわけでもない。非常に徹することが出来る者は、そう多くない。
しかしサミュエルだけは違う。彼はヨブの報酬の教義に反する存在であると認識した者に対し、その人格も背景も周囲も一切無視して、粛清にあたる。場合によっては、粛清対象の身内すらまとめて殺害してしまうという、とんでもなく非情な男であるが故に、組織内からも恐れられていた。
「気持ちはわかりますがー、それもまた難しい話でーす。サミュエルは群れることを嫌いますしー、粛清対象であるリュカは、これまでヨブの報酬の戦士達を両手で数えきれないほど殺害している者ですからー」
「ま、魔道士リュカか……」
相手がリュカでは、サミュエルを動かすのも致し方ないと、ネロは思った。ヨブの報酬とは特に強い敵対関係にある術師であり、かねてから問題視されていた。
「それに、標的はリュカだけとは限らないでーす」
「ど、どういうことだ?」
「サミュエルに狙われたとなれば、リュカは知り合いの術師に助けを求める可能性も出てきまーす。そうすれば、まとめて超常の者をお掃除できるかもしれないという、そんな芋ずる展開もありまーす」
「そ、そうか……」
シスターの目論見に頷くネロであったが、実の所本心から納得したわけではない。そのやり方には不服も有り、疑問もあった。
(我々は本当にこれで良いのか? 神の名を掲げて超常の管理と統制を行う行為は、傲慢に思えてならん。しかし……)
それが必要であるということも、ネロは理解している。超常の領域に足を踏み入れた者達が、世界に災いを招くことを防ぐために、自分達が戦わなければならない。
「心を痛めてますかー?」
感情を隠し切れないネロを見て、シスターが問う。
「躍起になりすぎてないか? 超常狩りに取り憑かれているかのように感じられる。や、やりすぎはよくない……。いずれ……痛いしっぺ返しを食らうぞ」
「そうですねー……」
ネロの言わんとしていることもわからなくもない。ヨブの報酬の最近の方針は、弾圧的と言ってもいい領域になっている。最初はシスターもそれでよいと思っていたが、行き過ぎている部分も感じていた。
「急な方向転換はできませんがー、多少の緩和は必要かもしれませんねー。大義はそのままにしておきますが、超常の領域にある者全てを管理下に置くか、粛清かというやり方は、少しずつ改めていきましょう。徒に敵を作る結果にもなっていますしー」
口ではそう言うシスターであったが、ヨブの報酬はその後もこの方針を延々と続けることになり、その分、抗争に明け暮れる事となった。
***
ヨブの報酬の一匹狼の戦士サミュエルは、とある村で畜産を営んで、慎ましく暮らしている。
「おーい、サミュエルさん」
牛のための牧草の刈り入れをしているサミュエルに、村の若い男が笑顔で声をかける。
「この前町で買ってきてくれた酒、飲み干しちゃったよ。また買ってきてくれよ」
「はいよ」
若い男の注文に、サミュエルは笑顔で頷く。
サミュエルは物静かだが、極めて普通の男だ。ダークな雰囲気を纏っているわけでもないし、不愛想ということもないし、礼節も心得ている。寡黙ではあるが、村人達と普通に接して、普通に会話している。
畜産の傍ら、村を出ることが多いものの、外出が多いという理由で彼を怪しむ者もいない。本人は旅をすることが趣味と言っているし、お土産もたっぷりと買ってくる。不在の時、仕事は妻や子供達に任せている。
一仕事終えたサミュエルが家に帰宅する前に、伝書鳩が家の鳩舎に飛んでくる光景を目の当たりにした。それを見た瞬間、サミュエルの表情が変わる。
養血の狩人として働く時は、別人の顔になる。鳩を見て、その顔が現れた。
「すまん、マリア。また旅に出る」
家の中に入って妻に断りを入れると、妻の顔が一瞬だけ曇った。妻のマリアは夫の本当の顔を知っている。
「わかりました。どうかお気をつけて」
マリアは作り笑いを浮かべて告げる。
この妻はサミュエルにとって三人目の妻だ。前の二人の妻は天寿を全うした。サミュエルはもう百五十年ほど生きている。妻はサミュエルの正体も知っているが、決して口外はしない。
「お父さんまた旅に出ちゃうの……?」
「早く帰ってきてね……」
子供達が泣きそうな顔でサミュエルの前に立つ。
「ああ、なるべく早く帰る。心配するな。お土産もいっぱい買ってくるから」
サミュエルが身をかがめ、二人の子を抱きしめる。
それが二週間近く前の話。サミュエルはこの四日後と五日後、リュカと交戦したが、その後は見失ってしまった。
***
嘘鼠の魔法使いはリュカの依頼を引き受け、リュカとシェムハザと共に旅に出た。
「三人で旅なんて初めてだよー」
「私もです」
「ケッ、俺もだよ。大抵一人旅だしな。つーか嘘鼠と二人旅がいいのに、俺がお邪魔か?」
馬車に乗った三人がのんびりとお喋りをしている。御者はリュカだ。
「お邪魔なんてことないよー。リュカさんも一緒にお喋りしよう」
「にゃははは、言われなくても俺はお喋りだから、がんがん参加しちゃうぜ」
シェムハザが弾んだ声をかけ、リュカが笑う。
「慈善事業だけでリュカに与するわけではありませんよ。ヨブの報酬は私の大嫌いな組織でもありますし、削れる機会があったら削っておきたいという目論見もあるのです」
「マスターが大嫌いってはっきり言い切る程なんだ」
シェムハザが少し驚き顔になって、嘘鼠の魔法使いを見た。彼が特定の組織や人物に敵意を露わにするなど、滅多にない。
「私達のような力を持つ者は、力を持たない者にとって脅威ですからね。故に排斥されるわけですよ。彼等は弱く、弱いが故に臆病で、不自由ですから」
「でもマスターはその力で、力の無い人達を助けているのに……」
理不尽だと感じ、悲しくなるシェムハザ。
(ネロさんもマスターのことをそんな風に思ってるの? 話せばわかってくれそうな人に見えるけどなあ)
今度ネロに会ったら、じっくりと話してみたいとシェムハザは思う。
「そうですね。しかし私が助けられる人の数にも限りがあります」
遠い目で嘘鼠の魔法使いは語る。
「私は全ての者が、自由に力を得て、自由に力を振るい、その力で自由を得ることが出来る世の中にしたいのですよ。この世の全ての人間に超常の領域へといざないたいのです。そうすれば、弱者が運命に翻弄されて辛い目を見なくても済むはずです」
「ケッ、大層な夢だぜ」
嘘鼠の魔法使いの理想を聞いて、リュカが笑う。馬鹿にしてはいない。嘘鼠の魔法使いとは古くからの付き合いであるし、彼がそのような考えを抱くことも、理解できなくはない。
(マスター……凄い、そんな凄いこと考えてたんだ……)
一方でシェムハザは、嘘鼠の魔法使いの理想を聞いて感激していた。
「私も超常の領域の力で救われたんだよね……」
「ええ、そうですよ」
確認するように言うシェムハザに、嘘鼠の魔法使いは頷く。
「私、マスターの目的のお手伝いしたいっ」
「それは是非してもらいたいですね。優秀な弟子の手助けがあれば、それだけ私の夢も近付きます」
シェムハザが目を輝かせて申し出ると、嘘鼠の魔法使いは笑顔でシェムハザの頭を撫でた。
(実にあっさりと食いついてきましたね。賛同してくれないかもしれないと、ちょっと不安でしたのに)
こっそりとほくそ笑み、安堵もしている嘘鼠の魔法使いであった。




