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悪魔だけではなく、シェムハザも即座に交戦を開始する。
敵は多数であったが、四方向に分散していることが救いとなった。別の場所に配置している者達がすぐに増援としてやってきたが、一度に相手をするのは四人か五人程度で済む。超常の能力者としての実力の差があったため、数の不利はそれほど問題にならない。
(それでも悪魔がいてくれて助かったなあ。一人で五人相手を連戦は辛かったしね)
そう思い、悪魔に感謝の念を抱くシェムハザ。
1グループずつ次々と屠り、最後にリーダーとオジーを含むグループが、シェムハザと悪魔の前に現れた。このグループは流石に手強く、すぐに殺されるということは無かった。
いや、リーダーは奮闘していたが、オジーは離れた位置で傍観しており、戦闘に参加しようとしない。
「オジー、少しは戦ってよっ! 何で何もしてくれないのよ!」
明らかに押され気味で、何とか踏ん張っている状態のリーダーが、一向に戦闘しようとしないオジーに向かって叫ぶ。
そしてついにはオジーとリーダーだけになり、他は全員殺された。リーダーも、悪魔の光線で脚と脇腹を撃ち抜かれ、へたりこんで荒い息をついている。
「やっぱりリーダーさんかあ」
最早戦意も失くしたリーダーの前に立つシェムハザ。隣には悪魔もいる。
「で、質問だけど……あ、私を襲った理由はどうでもいいよー。そうじゃなくて、ズバリ聞くね。魔従が村の中で暴走しているのは、リーダーさんの仕業なんだよね?」
「ち、違う……」
思いもよらなかったことを口にされて、リーダーは呆気に取られる。
「でも積極的に対処しようとしなかったし、有耶無耶にしようとしてたし、私を始末に来た時点で、ほぼ確定だと思うんだけどー」
「あんたを始末しようとしたのは、あんたが私達にとって災禍にしかならないと判断したからよっ。村人も平然と殺したし、出ていけと言っても出ていかないしっ」
リーダーが憎々しげにシェムハザを睨んで喚く。シェムハザは小さく溜息をついた。
「この人相手なら、ばらしちゃった方がいいかなあ。あのね、私は魔従が暴走して村で暴れている件の真相を調べて、解決するためにここに呼ばれたんだよー」
「村人か教団内の誰かが依頼したのね。余計なことを……。そんなの放っておけば済むことじゃない」
シェムハザの話を聞いて、苦々しい面持ちで吐き捨てるリーダー。
「たは~、それが理由だったんですかあ。これまた困った。実に困った」
と、そこにオジーがやってきて、緊張感の無い間延びした声をあげる。
「オジー……まさか……」
オジーを見て、リーダーは嫌な予感がする。
「それ、私の仕業なんですよね~」
リーダーの嫌な予感が的中し、オジーは自分が騒動を起こした犯人であることを認めた。
「オジー……あんただったの……。おかげでこんなわけのわからない奴が来て、こんな騒動になって……」
「ちょっと~、やめてくださいよう、リーダー。魔従暴走なんてどうでもいい。放っておけばいいって言って、問題視していなかったじゃないですか~」
非難の視線を向けて肩を震わせるリーダーに、オジーはかったるそうな顔で抗議の声をあげる。
「あんたのせいで……私達は滅茶苦茶じゃない! よくもやってくれたわね!」
「はあ~……あのですねえ、この教団に所属する人達なんて、別に仲良しこよししているわけじゃなくて、皆それぞれの利益を求めているだけですし、帰属意識なんて誰も持ってないでしょ~? 今更何言ってるんですかあ」
憤怒の形相で怒鳴るリーダーだが、オジーは辟易とした様子で溜息をつく。
「殺してやるうぅぅっ!」
リーダーが叫び、呪文を唱える。
オジーが後から呪文を一言唱え、先に魔術を発動させた。銀色の光線が煌めいたかと思うと、リーダーの腹部中心を貫き、いともたやすく勝負はついた。
「魔術の腕は私の方が上だってこと、お忘れですか~?」
口から大量の血を吐いて崩れ落ち、恨めしそうに睨みつけてくるリーダーを、オジーがせせら笑う。
「さあて、問題はこちらですね~。えへへへ」
オジーがシェムハザと悪魔の方を向く。
「えっとですねえ、私は無益な争いは好みませぇん。これで教団に私の居場所も無くなった事ですし、教団を離れますから、これで事件解決ってことにしていただけませんかね? 私がいなくなれば、もう野良魔従も出なくなるでしょうし~」
「いいよー」
「いいの?」
オジーの要求をあっさり受け入れたシェムハザを、悪魔は意外そうに見る。
「私達はわりと消耗しているし、この人は強そうだし、二人がかりでもきついかもしれないよ」
シェムハザに言われ、悪魔も納得した。
「ではでは~、私はこれにて~」
オジーが立ち去る。
「これで解決?」
「そうなるかなあ? ミゲルさんに一応報告してくるよ」
伺う悪魔に、シェムハザは言った。
***
シェムハザはミゲルの家を訪れ、事件の顛末を報告した。
「何とも頭が痛くなる真相と結末だな。教団は半壊しちまってるしよ」
渋面になるミゲル。
「これで依頼達成、無事解決ってことでいいよねえ?」
「よくねー。全然よくねー。解決はしたけど無事じゃねー。でも仕方ねーな。それに考え方次第とも言える。教団は弱体化しちまったが、無責任な馬鹿共がくたばったおかげで、ちったあマシになるかもな。お前さんはよくやってくれたよ。ありがとうな」
ミゲルがそう言って笑い飛ばし、礼を述べた。
「ミゲルさんはいい人だねえ。他の人達は魔従が暴れても放っておいたのに、放っておけなくてマスターに依頼したし、その結果教団が半壊しても怒ってないんだから」
「怒りはしないが頭は痛えっての。色々と失ったものがでかすぎる」
「でも依頼しなければよかったとは思ってないんでしょ?」
「ああ、でかい代償ではあったけど、もし放っておいたら、もっと大きな代償を支払うことになっていたかもしれねーしな。何より胸糞悪い」
天井を仰いで息を吐くミゲル。
「やっぱりミゲルさんはいい人だねえ」
「うるせーよ。はいはい、もう用は済んだから帰れ。帰っちまえ」
にこにこ笑いながら言うシェムハザに、ミゲルは照れ笑いを隠すためにそっぽを向いて、しっしっと手で追い払った。
***
ミゲルの家を出た所で、悪魔が待っていた。
「あのミゲルという男も殺した方がよかったのに。僕が殺してこようかな?」
「えー? 何でそんな発想になるのー?」
悪魔の思いもよらぬ台詞を聞いて、シェムハザは苦笑いを浮かべる。
「面白い。事件解決して安堵した所で、奈落に突き落とす。その反応を見るのはとても面白い」
「本当にそう思ってる? 無理矢理悪魔らしいことしようとしているように思えちゃうなー」
「そんなことはない」
「私にはそれが本心と思えないんだよねえ。悪魔らしく振舞って――悪魔を演じて楽しんでいるというか」
シェムハザが指摘すると、悪魔は視線をそらして押し黙る。
「そうかもしれない。でも演じているのであったとしたら、悪魔になりたいというのが僕の本心」
そう言い残し、悪魔は立ち去ろうとする。
「どこに行くの?」
悪魔の後をついて行き、声をかけるシェムハザ。
「僕はいつも一人。今回はただの気まぐれ」
そう言うと、やにわに悪魔が駆け出した。かなりの俊足で、みるみるうちにシェムハザから離れていく。
一緒にいたくはないらしいので、走ってまでは追いかけず、小さくなっていく悪魔をただ見送るシェムハザだった。
『あの悪魔を名乗る少年とは、あまり関わらない方がいいと思いますよ』
使い魔の白鼠がシェムハザの襟元に現れ、嘘鼠の魔法使いが忠告する。
「えー、あの子と遊んじゃいけません的な親の言動を、マスターが口にするなんてー」
『それはまあ、一応これでも保護者ですからね』
茶化すシェムハザに、嘘鼠の魔法使いはおどけた口調で言った。




