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シェムハザと悪魔は家屋の一つに入り、くつろいでいた。先程シェムハザが殺した村人の家だ。記憶を見る術で、死人の家を見つけた。
「部屋が幾つもあるし、家族がいるのかな? 全ての部屋に生活の痕跡があるね」
「家族が戻ってきたら殺そう」
「えー、駄目だよ。そんな風に特に理由も無く殺しちゃったらさ」
「理由ならある。鬱陶しい。ここに泊まるには邪魔」
シェムハザがやんわりと注意するが、悪魔は聞く耳を持たない。
「そんな理由で殺すのもよくないと思う。もし家族が帰ってきたら、私達が殺した理由もちゃんと伝えて、ここに泊まる許可も貰おう。もしそれで私達に敵対する構えを見せたら、ま、その時は仕方ないよね。町に行ってヨブの報酬呼ばれても困るしね」
「ほぼそうなる未来しか見えない」
筋を通そうとするシェムハザであったが、この場合はシェムハザが口にするように、しっかり筋を通した方が争いの元になると、悪魔には思えた。
「シェムハザ、君は何者? 君は不思議な子だ」
悪魔がシェムハザをじっと見つめて問う。
「んー? 何がー? 私はただの医者の弟子だしー」
「君は僕と同じ。闇の中にいる者。それなのに君は輝いている。君は眩しい。明るい。闇に住まう者の心は皆闇の中に溶けて暗い心を持つ。でも君は違う。異質」
「んー……難しくて何言ってるのかわからないなあ……」
「規格外。そこが面白い。わからなくてもいい」
相手が理解できなくても、伝えるだけ伝えておく悪魔だった。
「君といるのは面白い。でもわからない。人助けなんてする価値と意味はあるの? 本当に助けたいと思っているの?」
「いやあ、私の望みとかじゃなくて、私のマスターの言いつけだしさ。私の修行のためだって言われて」
「そう」
興味が失せる悪魔。人助けの動機は面白い話ではなかった。
「私が人助けしていることが気に入らないの? どうして?」
「どうして? 僕こそ君にどうしてと問う? 助ける価値があると思えない。この村は特に顕著だ。助けても恩知らずだった。君に敵意を向けていた。頭も悪いし精神も劣悪。助ける価値は無い」
シェムハザの質問に対し、悪魔は目を丸くして問い返した。本当にシェムハザのことが理解しがたかった。
「誰も彼もがそうとは限らないよー。助けてよかった人かどうかなんて、ほとんどわからないことの方が多いしさ。でもたまに、この人助けておいてよかったーと思う人もいるんだよね。君の言う通り、助けなくてもいいやとか、助けない方がよかったと思う人もいるけどさ。さっきも言ったけど、それはそれでまた面白いじゃない。恩を仇で返した人達をどう扱うかっていう、そういう面白さがあると思うんだー」
「そう……」
シェムハザの話を聞き、悪魔は少しだけ納得する。シェムハザの考え方は、悪魔にとって理解できる部分も共感できる部分もあり、理解出来ても共感出来ない部分もあった。
「あのさ、私も悪魔のこと、言わせてもらうけどさ、悪魔は無理して悪魔になろうとしなくてもいいと思うのになあ」
「何も知らないのに、軽々しくそんなことを言ってほしくない」
シェムハザに言われ、悪魔はむっとする。
「いや、わかったよ。悪魔、君のこと何となくわかったよ」
「わかった? 何が?」
「君も多くの人にひどい目に遭わされたから、そんな風になっちゃったんだね」
「……」
シェムハザから指摘され、悪魔は複雑な面持ちになって押し黙った。
「私はさ、小さい頃は目も見えなくて、ゴミの中で生きてきたけど、そんな私にも親切にしてくれた人もいたんだよねー。それにこんな私をマスターが助けてくれた。悪魔はそういう人とは巡り合わなかったの?」
「ズレてる。その推測、外れている」
悪魔は小さくかぶりを振った。
「そっかー。私は同じだと思ったんだけどなー」
「今だ」
「え?」
「優しさの意味はわかる。シェムハザ、君は優しい。僕がほんの少しでも優しさを感じた相手、僕にほんの少しでも優しさを向けた者は、君だけだよ。今感じた」
「そ、そっかー……」
じっと見つめて大真面目な口調で話す悪魔に、シェムハザは照れる。
「しかし悪魔に優しくした者はきっと身を亡ぼす。いくら優しくしても、その相手は悪魔なんだから。恩は仇で返す。後悔することになる」
「そんなことないよー。私は誰を助けても、後悔なんてしないから。例え裏切られても、裏切ったことへの相応の対処をする楽しみもあるし。これ言うの、多分三回目だよ? あれ? もっとかな?」
「いいね。僕は君の優しさを破り捨てて裏切り、君はそんな僕を殺しにかかる。いい未来だ」
微笑をたたえたまま話すシェムハザに対し、悪魔も微笑を零してそんなことを口にしたが、すぐ無表情に戻って、窓の方へと移動する。
「誰か来た。敵意のセット付き。複数」
「あれま。もう来たんだー。いや、絶対に来ると予想していたわけじゃなくて、その可能性も考えていただけなんだけど、それにしても来るのが早かったねー」
シェムハザも窓の側に寄り、悪魔と並んで家の外を見た。
何人もの魔従がゆっくり歩いてくる様が見える。
悪魔が部屋を移動し、別の窓から外を見る。シェムハザも悪魔と別の部屋に移動して、外を見る。いずれの窓からも、数多くの魔従の姿が確認できた。
「おやおや、囲まれてる。御飯食べた後でよかったー。あ……」
魔従が一斉に弓を構える。つがえられた矢の先は燃えている。
次から次へと火矢が撃ち込まれた。
「これ、出た所を待ち構えていて集中攻撃されちゃうかな?」
「そうだと思う。そう誘導している」
わかっていても、出ないわけにはいかない。このままでは火事の家屋の中に閉じ込められる格好になりかねない。
「こちらはどう動く? 考える時間は限られている」
「ちょっと気が進まない術を使ってみるよー」
悪魔に問われ、シェムハザが呪文を唱え始めた。
***
「あのですねえ、これで仕留められるでしょうか~?」
魔術教団のリーダーの横にいる冴えない顔つきの中年男が、間延びした口調で声をかける。
「正面から戦ってもかなう相手じゃないと思うわ。だからこその奇襲よ。もし仕留められなかったらこちらが危うくなるんだから、必ず仕留めなさい」
男に向かって、魔術教団のリーダーは不機嫌そうに告げた。
「わかりましたよ~。私も頑張るとしますかね~。えへへへ」
気色悪い笑い声を発する男に、リーダーは微かに眉根を寄せた。
リーダーの右腕であるこの男は、術師としての腕は相当に優秀であるが、性格的に難があった。リーダーに対して反抗的な素振りをたまにするし、面倒臭がりで、愚痴や文句が多い。しかし実績と実力はある。純粋に術師としての実力では、リーダーよりも上だ。故にリーダーはこの男を自分の下に置いて、それなりに甘い汁を吸わせていた。
「あっ、出た!」
「やれえーっ!」
「早く攻撃っ」
扉から人影が飛び出てきたので、術による一斉攻撃を見舞う。
他の方角に配置していた部下達も、家に向かって同時に攻撃していた。
(え? 四方向全員で? どういうことなの? 相手は二人だったはずでしょ)
リーダーは不審に思う。敵は二人しかいないので、それぞれが別方向から飛び出してきたとしても、四方向に配置した部下達が一斉に攻撃する道理は無い。
魔術による攻撃を受けて、人影がばらばらの小さな破片になって崩れる。それは人ではなかった。夥しい数の鼠が、重なって人の形を成して飛び出してきたのだ。
「つまりあれですね~、あれは鼠を術で大量に呼んで、人の形を作って身代わりにしたんですねえ」
「見ればわかるわっ。それに……」
四方向に配置した部下が同時に攻撃したということは、家屋の四方向から同時に今の鼠のダミーが飛び出して、それにつられて攻撃したということだ。そして攻撃直後には隙が出来る。リーダーは自分達が逆にハメられたことに気付いた。
「ぐわあああぁっ!」
「ひぎゃあぁーっ!」
「ほんげーっ!」
悲鳴が起こる。
「たは~、裏の方が突破されて、攻撃されているみたいですね~」
「支援に行くわよっ」
「行ってらっしゃ~い」
「何言ってるの、オジーも来るのっ」
手を振ってリーダーを見送ろうとする参謀格の術師オジーであったが、リーダーは声を荒げてオジーを呼び寄せた。




