15
シェムハザはユリウスの家へと戻った。
「聞いたぜ。狼男は村人の成れの果てで、しかも元の人間に戻しちまったそうだな」
夕食の準備をしながら、ユリウスが信じられないものを見るような目つきでシェムハザを見て、声をかける。
「魔法を使ったけど、医術だからーって言ってごまかしたから平気だよー」
屈託のない笑顔で言ってのけるシェムハザ。
「あのヨブの報酬の奴等は、魔物も魔術師も全て敵視している。医術と言って誤魔化すのは無理があるだろう。お前、絶対怪しまれているぞ」
「んー、大丈夫だよー。ネロさんはいい人だしー」
案ずるユリウスであったが、シェムハザは呑気とも感じられるかのような言動で、意に介していない。
『ユリウスさんの言う通りですよ。無理があります』
使い魔の烏通じて、嘘鼠の魔法使いが念話で話しかけてきた。烏は窓の近くにいる。
「マスター、私のこと心配して、使い魔でチェックしてくれてたんだー」
シェムハザが嬉しそうに微笑み、小声で応答する。
『こっそりと見守っておくつもりでしたが、貴女の行動があまりに大胆すぎるので、注意しようと思った次第です』
溜息混じりに言う嘘鼠の魔法使い。
『ヨブの報酬は、超常の領域にある者を目の仇にしています。勿論私達魔法使いも例外ではありません。子供であろうと容赦しませんよ』
「知ってるよ。町の人、何かあるとすぐヨブの報酬頼ろうとするしね。魔女の疑いをかけて密告しまくりとか」
そのことはシェムハザとて警戒しているし、快く思っていない。
「でも嬉しいよー。マスター、ちゃんと私のことを心配して、こうして見守ってくれてたんだねえ。凄く嬉しい。久しぶりにマスターの声が聞けて、胸がすっごくぽかぽかになったし」
『私の話をちゃんと聞いてますか?』
浮かれるシェムハザに対し、意図的に厳しい声を発そうとした嘘鼠の魔法使いであったが、上手くいかなかった。その理由は――
(私も貴女の声が聞けて嬉しいと感じてしまっているせいですね)
***
翌朝、シェムハザはユリウスの家を出て、ネロの元を訪れた。ネロとヨブの報酬の者達は、村にあるただ一つの小さな宿屋に宿泊している。
「おはよー、ネロさん」
ネロが宿屋の前で、ヨブの報酬の戦士達と共に朝の鍛錬をしていると、シェムハザが現れ、屈託の無い笑顔で挨拶する。
「応……。朝から元気で……うむ、何よりだ」
鍛錬を続けながら、こちらも一瞬微笑をこぼして頷くネロ。
「途中ですまんこ。ネロさんとだけ話があるんだけどいいかなあ?」
「わかった」
シェムハザの要求に応じ、ネロは鍛錬を一時中断して、二人で場所を移動した。
「すまんこ。ネロさんは信用しているけど、他の人達はちょっと抵抗あってさあ」
「うむ。か、構わんぞ。気に……するな」
歩きながら謝るシェムハザ。
「昨日、私が狼男になった人を人間に戻したよねえ? あの時、色々わかっちゃったことがあるんだ」
宿屋から少し離れた場所で立ち止まり、シェムハザは話を切り出した。
「何をわかったのだ?」
「吸血鬼に噛まれると吸血鬼になる話、知ってる? あれは病気の一種っていう説があるんだけどさ。この狼男化も似たようなものだったんだ。悪いバイキンのせいで、狼男になってるんだよ。ただ、噛まれて感染しているわけではなさそうだけどねえ」
「ふむ……。な、中々におぞましく、そして厄介な話だな。そして君の医療の知識と技術があったからこそ、判明したわけだ。我々では解決するには難しいか?」
「戦闘はネロさん達に頼みたいなあ」
「君もその気になれば……いや、すまん。そうだな……」
何か言いかけて、慌てて訂正して話を取り繕うネロ。
(やっぱりネロさんは、私が魔法を使えることをわかっていて、わざと知らない振りして見逃そうとしてくれているんだね)
ネロの失言で、ネロが自分の正体を察していると、シェムハザは見る。
「発生源を突き止めるために、村中くまなく調査したいんだけど、付き合ってくれる?」
「うむ。お安い御用だ」
シェムハザのさらなる要求に、ネロは快く応じてくれた。
(発生源はわかっているんだけどねえ。ネロさんもきっとわかっている)
くまなく調査するなどと口にしたものの、わざわざ探す振りをしなくて、直行して構わないだろうと、シェムハザは判断した。
***
ヘムナの家を訪れるシェムハザとネロ。
「おやおや、可愛いのと厳ついのがまた一緒に来たね」
ヘムナは笑顔で二人を迎える。
「す、すまん……迷惑だったか?」
「迷惑なもんかい。あんたに毒が無いことはわかってんのさ。この子が懐いていることからしてもわかるわよ」
申し訳なさそうに頭を掻くネロを見上げて、笑顔で告げるヘムナ。
「な、懐いているのか?」
「うん、懐きまくり」
ネロが伺うと、シェムハザはにっこりと笑う。
「あははは、本人に尋ねてどうするんだい。しかもシェムハザ本人が答えちゃってるしさ」
何故か二人のやり取りがツボって、声をあげて笑うヘムナ。
「丁度お菓子いっぱい作った所だよ」
「わぁい」
ヘムナに大量のお菓子を出されて、シェムハザは弾んだ声をあげる。
「何度も確認するけどさ、ユリウスさんみたいな偏屈で変わり者の人の家に泊まってて、大丈夫かい? 何ならうちに泊まったらどうよ?」
「いやあ、大丈夫だよー」
一見親切に思えるヘムナの台詞の裏に、どんな意図があるのか、自分を泊らせて何をしようというのか、興味も抱いたシェムハザであったが、それを確かめようとは思わなかった。それよりも、ストレートに攻めていくことにする。
「あのさー、狼男を作っているのは、ヘムナさんだよね?」
シェムハザに直球の質問をぶつけられて、ヘムナは笑みを消して硬直した。
「どうしてそんなことを? 以前にこの村であった狼男騒動もヘムナさんの仕業?」
「どうしては私が聞きたいことだよ。どうして私だとわかったんだい?」
笑顔ではないが、穏やかな声で問い返すヘムナ。
「私、嘘ついている人とか、隠し事している人を見抜くのが得意なんだ。他にも理由はあるけどさ」
超常に携わる者の気配を感じたという事は、ネロの手前、口にしないシェムハザであった。
「私の妹は何で死んだと思う?」
お茶を注ぎながらヘムナは語り出す。
「あたしの父親は魔術師だったんだよ。あたしより二十歳近く年下の、腹違いの妹に術を施して、狼男に――いや、狼女にしたんだ。どうせ病弱で助からないだろうから、実験台にしてやろうってね。それがあの男なりの娘への愛情だったんだ。十年前、そうやって魔物にされた妹がこの村を荒らしたけど、外からやってきた魔法使いに退治されたって聞いたよ。村の中でも知る者は少ないけどね。この土地の特殊な土に、あたしの一族に伝わる特殊な魔術をかけて、狼男や狼女を作ることが出来るのさ」
話しながらヘムナは席に着き、菓子を食べだす。
「父親は……寝ている隙をついて、あたしが殺しておいた。でもさ、後になって思うんだ。父親も苦しかったんだとね。妹はさ、死と生を常に意識していたよ。今生きていることの全て、ほんの些細な出来事や楽しみ、人との触れ合いの全てが大事に思えるとか、そんな年寄りみたいなこと言ってたよ。まだシェムハザとあまり変わらない年だったのにね。死には途方も無い恐怖があるし、何より今の自分自身は消えてしまい、もうこの世に戻れないのだから、それが辛く悔しいと、私と父親の前で泣いていたよ。父親はそんな妹を見て、何かが壊れちまったんだ」
「どうして十年経った今、またヘムナさんが同じことをしているの?」
「私も父親を殺したことを悔やんでいたんだ。そしてどっか壊れちまった。何もかも憎くなって……この村の他の連中が幸せそうにしているのが憎らしかった。あたしが独り身なのも、父親と妹のことがあったせいだよ。そんなあたしのことを、馬鹿にしている男が二人いてさ。ムカついて……父親の編み出した魔術をあたしも使ってやった。それだけの話だよ。狼男になる病気の元を生み出す魔術さ」
そこまで話した所で、ヘムナは立ち上がる。ヘムナから微かに殺気が生じているのを見て、ネロもいつでも応戦できるように立ち上がった。
「こんなこともうやめてよ。ヘムナさんがやめてくれれば、それで終わりになるからさ。もしやめてくれないと……」
シェムハザは座ったままヘムナを見上げて訴える。そしてお菓子を口に運ぶ。
「あんたの保護者のその厳ついのが、私を殺すってことになるだろ? そうなるさね。村に現れた狼男達を討伐するために来た、教会の立派な人達だもんね」
ヘムナがネロを一瞥して鼻で笑う。
「も、もう狼男は始末した。同じことを繰り返さないと約束するなら、この子の前で誓えるなら、その誓いが本心からのものだと判断すれば、お、俺は見逃してもいい」
「ネロさん……」
ネロの言葉を受け、シェムハザは感動しながらお菓子を口に運ぶ。
「そうかい。あんたは……優しいんだね。そんなあんたの優しさに砂をかけるようで悪いけど、そんな誓いは立てられないよ。あたしはこの術をもっと使って、この村を滅茶苦茶にしてやるんだ」
ヘムナが殺気を漲らせて宣言すると、その全身から剛毛が生え、口が裂け、頭部の形状が大きく変貌した。




