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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
89 千年前の記憶を掘り返して遊ぼう
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11

 自らを悪魔と名乗るその少年は、一年近く前にこの村を訪れ、村の外れで住み着いた。

 この村に住み着いたといっても、村にいつもいるわけではない。出かけている事の方が多い。たまに戻ってゆっくりしているだけだ。自宅をここに決めた事にも大した意味は無い。たまたま空き家があったので拝借しただけの話である。


 悪魔と名乗りだし、悪魔のような振る舞いを好んで行う彼は、悲劇と不幸を求めてさ迷い歩く。

 この世界にはどうしょうもない悲劇と不幸が溢れている。運が悪いだけなのか、不注意なのか、どこかで必ず落とし穴に落ちる者がいる。悪魔はそんな人間との出会いを楽しむ。


 村で起こった魔女狩りと、妻を殺されたコンラード。

 魔女狩りがどうして起こったか悪魔は知らないし、興味も無い。しかしコンラードには興味を抱く。


「苦しい……辛い……」


 毎日うなだれ、ぶつぶつと悲観的なことを独りごちるコンラード。


「時間だけが無為に……流れていく。ドン底に落ちた俺を置き去りにして、あっという間に時間は過ぎていく……」

「それはおかしい。矛盾している」


 コンラードの呟きを聞いて、悪魔は突っ込んだ。


「誰だ?」


 いつの間にかすぐ近くにいて自分をじっと見つめる少年に、コンラードが声をかける。


「悪魔」

 少年は無表情に短く名乗る。


「悪魔だと……?」

「本当に苦痛に満ちているなら、時の流れは無限と思えるほどゆっくりと流れる。ほんの十秒でさえ、果てしなく長く感じる。時の流れが速いと感じるあなたは、すでに苦痛は無い」


 悪魔が淡々とした口振りで断言すると、コンラードはカッとなった。


「馬鹿げた戯言を……俺の胸は怒りと悲しみで張り裂けそうだというのに!」

「あなたは今、絶え間ない怒り、悲しみ、憎しみを楽しんでいる。浸っている。弄んでいる。苦痛など無い」


 怒りを露わにするコンラードに、少年はなおも冷めた口調で指摘し続ける。


「より楽しくなるには、怒りを世界にぶつけることだ」


 少年がコンラードに手を伸ばした。その所作を見て、コンラードは何故か怒りが冷めた。少年から妖しい力が溢れ出している様が、見えてしまった。そして惹き込まれてしまった。


「僕と取引すれば、そのための力をあなたにあげよう」


 今度は戯言だと否定できなかった。コンラードは少年に惹きつけられた。本当にこの少年は悪魔であり、自分を誘惑し、力を授けようとしているのではないかと、思ってしまった。そして――


***


 戦うアバ老と悪魔から少し離れた所で、コンラードは両膝をつき、荒い息をしていた。疲労困憊だった。


 嘘鼠の魔法使いとシェムハザがコンラードに追いつく。


「シェムハザ?」


 悪魔がシェムハザの姿を見て目を丸くする。彼女の登場は悪魔にとっても、意外な出来事であった。


「アバ老、ここで何をしているのですか?」

「おやおや? 見てわからんのかい? 戦っておるんじゃよ。この件の黒幕とね」


 嘘鼠の魔法使いが問うと、悪魔と相対したまま、アバ老が答える。


「コンラードに力を与えたのはこやつではないかと、何となく疑っておったが、これで確証が持てたわ。イェーヒッヒッヒッヒ」

(そう言えば怪しいのは二人いるって言ってたねえ。村に住み着いた男の子って、悪魔のことだったんだ)


 アバ老の台詞を聞いて、シェムハザは思う。


(シェムハザ、こんな所で巡り合うということは、僕と君は縁があるということ。嬉しいね)


 一方で悪魔は、アバ老から視線を外して、シェムハザの方をじっと見ていた。目を細め、その口元は少し緩んでいた。


「私を呼び寄せたのはこのための人手でもあったわけですね」

「やっとわかったかい? わし一人では二人の対処は面倒じゃからの。フィッヒッヒッ。勿論純粋に医術をあてにもしていたけどねえ」


 呆れる嘘鼠の魔法使いに、いけしゃあしゃあと答えるアバ老。


「悪魔の仕業だったんだね……。ヴェルデちゃんもそうだったけど、どうしてそんなことするの?」


 シェムハザが悪魔に尋ねる。


「そこに不幸な者がいたら、甘い餌をちらつかせて、さらなる不幸の奈落へと落とすのは、面白いことだから」

「全然面白くないと思うな。私だったら……力を与える代償は貰っても、与えた力をどう扱うかは、その人に委ねるから。あるいはその人の運次第。わざと不幸になるように仕向けるのは、どうかと思う。私はそういうの、受け付けない」


 相手次第ではそれも有りだが、基本的にはそのようなことはしたくないと、シェムハザは思う。


「なるほど……。君の考えもわからなくもない」


 悪魔がシェムハザの言い分を聞いて、感心したような声をあげる。


「これ、いつまでお喋りしておるんじゃい」


 アバ老が言い、杖を振るって攻撃魔法を発動させる。


 空中に小さな火の玉が時間差を置いて七つ現れたかと思うと、一つずつ時間差を置いて、それぞれ異なる軌道で弧を描き、悪魔に襲いかかった。


 悪魔は小さな火の玉を避けていくが、避けた火の玉が空中で大きくUターンして、再び悪魔に襲いかかる。最初の攻撃のタイミングがそれぞれ大きくずれているので、場合によっては二、三発の火の玉が異なる方角から同時に飛来することもある。


 鬱陶しく感じて、悪魔は避けることをやめて、衝撃波で火の玉を吹き飛ばす。


 嘘鼠の魔法使いもアバ老に加勢する。幾つもの光の文字が杖より飛び出し、悪魔めがけて飛んでいく。


 光の文字は悪魔に届く前に、草原の上に落下した。直後、草が大量に巨大化し、しかも葉が刃のように鋭利になった状態で、悪魔めがけて伸びる。先端も剣の先端のように鋭く尖っている。

 悪魔が巨大化草を避けた所に、今度はアバ老が電撃を放った。これを避けることは出来ず、悪魔は電撃の直撃を受けて、動きを止めた。


(二体一は辛い。しかも二人共手練れ)


 戦闘継続は無理と判断し、悪魔は速やかにこの場から逃れようとしたが、体が痺れてまともに動かない。


「草の子、新たな力が欲しい」


 己の胸に手を置いて、悪魔はぼそりと呼びかけた。

 悪魔の体に力が漲る。痺れが消える。


 嘘鼠の魔法使いとアバ老が同時に追撃の魔法を放ったが、悪魔は弾かれたように大きく飛んだ。


「おやおや、空も飛べるのかい。しかしそれなら今まで何で飛ばなかったんだろうねえ? ウェ~ヘッヘッヘッヘッ」


 背中から巨大な蝙蝠の翼を生やして空に飛び上がり、どんどん小さくなっていく悪魔を見送りながら、アバ老が笑う。


「そんな……悪魔……新しい力を授けてくれよ……。俺を助けてくれよ。糞っ、勝手に逃げやがって……糞が」


 途中でへばっていたが、再び歩き出してようやく到着したコンラードが、飛び去る悪魔を見て毒づいた。


「あんたの悪行もここまでだよ。コンラード。さて、どんな処罰をしてやろうかねえ。色々考えると楽しいもんだわ。ウヒヒヒヒ」


 アバ老がコンラードに向かって嘲笑を浴びせる。


「糞っ……。もっともっと、不幸が蔓延する様を眺めていたかったのに、何故邪魔をするんだ……。俺には復讐する権利があるんだっ」

「ヒィッヒッヒヒヒッ、権利ならわしにもあるよ? お前さんを楽にしてやる権利。これ以上罪を重ねさせなくする権利がねえ」


 憤怒の形相で主張するコンラードに向かって、アバ老は呪文を唱え、杖を振った。


「ぐはあっ!」


 杖から銀色の光が迸り、コンラードの胸の中心を貫く。コンラードは大量の血を吐き出しながら崩れ落ちた。


「これでええ。楽になったじゃろ。生まれ変わったらこんな目に合わんように祈っておいてやるよ、イ~ヒヒヒヒヒッ」


 コンラードの骸に向かって笑うアバ老。


「んで……あの子を知っているのかい?」

 アバ老がシェムハザの方を向いて尋ねる。


「うん。自分のことを悪魔って名乗っている子。前に関わったことあるよー」

「悪魔とはこれまた仰々しい呼び名だね。ウィ~ヒヒヒヒヒ」

「そう呼ばれていたし、自分でも名乗ってたよー。追い詰められてしんどい思いをしている人に、力をあげるけど、同時に何か悪いこともするみたい」


 シェムハザが説明する。


「あの悪魔は、どうもシェムハザに好意を抱いていたようですね。私の目にはそう映りました」

(マスター、鋭いなあ)


 嘘鼠の魔法使いの言葉を受け、シェムハザは微苦笑を零した。


「悪魔のやり方……全部は否定しないけど、でも私には合わないなあ」

 溜息混じりに言うシェムハザ。


(力を与えることそのものは、とてもいいことだと思うんだけど……)


 実は悪魔の全てを否定しているわけでもなかった。悪魔はヴェルデの命を奪ったし、そのやり方はシェムハザとは合わないが、何故か悪魔に怒りや憎しみの感情を抱くことが出来ない。


(希望をちらつかせて、絶望を与える者――悪魔……ですか……)

 嘘鼠の魔法使いは考える。


(この忌まわしい力のせいで、未来に破滅と絶望が見えてしまっている私は……どうしたらよいのでしょうかね?)


 悪魔とは別のことを考え、シェムハザを見る嘘鼠の魔法使い。


(やはりこの子に私の希望を託すしかありませんか)


 後ろめたさを覚えつつも、嘘鼠の魔法使いはすでに心の中で決めていた。


「いずれまた会いそうですし、シェムハザも自分の身を護れるように、もっと修行が必要ですね」

「うん、頑張るよ」


 嘘鼠の魔法使いが声をかけると、シェムハザは嘘鼠の魔法使いを見上げて微笑み、弾んだ声で頷いた。


「嘘鼠もしばらく会わないうちに、随分と腕を上げたじゃないか。感心したよ。ウイヒェヒェヒェヒェ」

「恐縮です」


 アバ老が称賛し、嘘鼠の魔法使いは胸に手を当てて軽く頭を垂れた。

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