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翌朝、嘘鼠の魔法使いとシェムハザは、魔女狩りで殺された女の亭主の家に向かった。
「ねね、マスター。犯人捜しまで、私とマスターに任せるっておかしくないかな?」
歩きながらシェムハザが問いかける。
「私も同じ疑問を抱いていました。アバ老なら犯人を突き止められる程度のことは、出来そうなものなのですけどね。アバ老も何か隠しているようです」
アバ老の目論見が何であるかはわからないが、嘘鼠の魔法使いは直接問いただすつもりも、探りを入れる気も無かった。謎はそのうち解けるだろうと、楽観的に見ている。
もしアバ老が何か隠して自分達を利用しているにしても、大したことはしないであろうと踏んでいる。そこまで毒のある人物ではない。
嘘鼠の魔法使いとシェムハザは、数ヵ月前に起こった、最初の魔女狩りの際に殺された女性の亭主――コンラードの家を訪れる。
家の壁はあちこちぼろぼろだった。明らかに荒らされた跡だ。柵も壊されている。血や汚物がかけられた形跡もある。
しかしそれ以上に意識することがあった。家全体から邪気が生じているかのように見えて、嘘鼠の魔法使いは微かに眉をひそめる。
(これは用心してかかった方がよさそうですね)
戦闘になることも予期したうえで、家へと歩を進める嘘鼠の魔法使い。
扉をノックする。
「誰だ?」
扉が開き、異様な目つきの痩せた青年が姿を現した。
(あれ……? この人は……)
シェムハザは青年を見て一目でわかった。超常の力を有していると。
「コンラードさんですか? アバ老に呼ばれた医師です。疫病を見て回っています」
優雅に会釈する嘘鼠の魔法使い。
「ああ、俺がコンラードだ。疫病を治しにきたのか? 余計なお世話だな」
嘲り笑うコンラード。
「この世界には天国と地獄が一緒にある。俺は今年の冬まで……天国にいたんだ。しかしあの日を境に、俺は地獄の側に落ちた。何のことかわかるか?」
コンラードが暗い声で、脈絡のない言葉を口にする。
(私も地獄の側で生まれたのかな? でも今は天国にいる。マスターと幸せな日々を送っているよ)
コンラードの言葉を聞き、シェムハザは思う。
「俺を疑っているんだろう? 俺が魔術で疫病を広げたと。そもそもあんたらも魔術師か呪術師だろう? 魔力を感じるぞ」
「貴方は修行を積んだ術師というわけではなく、何かの弾みで、力を得たに過ぎないようですね」
コンラードの指摘に答えず、指摘し返す嘘鼠の魔法使い。
「で? 俺がやったと言えば、俺を殺すのか? あいつらは地獄に落ちて当然の醜い奴等だ」
怒りと嘲りを込めて、コンラードは吐き捨てる。
「俺の気持ちは……誰にもわからんだろう……。目の前で家内を焼かれて殺されたんだぞ……。俺を取り押さえて……俺の前で、焼かれる家内に罵声を浴びせ続けていたんだぞ……。笑っていた奴までいた」
「昨日、また一人殺されていましたよ。子供の見ている前で母親がね。その子供なら、貴方の気持ちがわかるかもしれませんね」
柔らかな口調で言う嘘鼠の魔法使いに、コンラードは歪な笑みを浮かべた。
「知ってるさ。ざまあみろだ。あの女も、俺の家内が殺される時、薪の前で家内に罵声を浴びせていた」
小気味よさそうに吐き捨てた後、恨みと怒りを露わにするコンラード。
「昨日の魔女狩りも、貴方が裏で糸を引いていたのですか?」
「違うよ。俺の時と同じだ。疑心暗鬼の果てに、誰かが妄想を増幅させて、嫌疑をかけた。真実かどうかも無関係、証拠も無いまま、ウサ晴らしの生贄としてたまたま選ばれただけだろう」
(人ってそんな理由で、簡単に人を殺しちゃうんだ……)
コンラードの話を聞いて、シェムハザは何とも言えない気持ちになった。そしてある人物のことを思い出す。
(そっか。弱くなった心を悪魔に付け入られたとも言えるね。悪魔のせいで頭がおかしくなっちゃったとかさ)
「話はもういいだろう。俺を疑ってここに来たのはわかる。その通りだ、本物の魔法使いよ。俺がこの村を呪い、疫病を蔓延させた」
「呪いを解いていただけないでしょうか?」
「言われて解くと思うか? この村の全員、苦しんで死に絶えるまで、呪いを解く気は無い」
頼み込む嘘鼠の魔法使いに、コンラードはせせら笑い、すげない口調で突っぱねる。
「さもないと貴方を殺さなくてはならなくなるのですよ?」
「やってみろ……。果たして殺されるのはどっちかな?」
声を低くして最終通告する嘘鼠の魔法使いであったが、コンラードは聞く耳持たず、殺気を増幅させた。
(果てしない怒りと憎しみが、この男の力を増幅させています。これは一筋縄ではいきませんね。こちらも全力を出さないと)
嘘鼠の魔法使いも戦闘態勢を取る。シェムハザも少し遅れて身構える。
「ブおぁォあオぅアォオあァァっ!」
コンラードは顎が外れるのではないかというくらいに大口を開け、奇妙な咆哮をあげると、口から大量に泥のようなものを噴射した。
嘘鼠の魔法使いとシェムハザは噴射された泥のようなものを避ける。当たるとどうなるかは不明だが、攻撃のつもりで吐かれたそれを食らって、ただで済むとは思えない。
嘘鼠の魔法使いが持つ杖から、光り輝くルーン文字が無数に飛び出し、回転しながらコンラードに向かっていく。
「ブあ!?」
コンラードが驚きの声をあげたかと思うと、固まった。泥も口から飛び出たまま固まった。いや、凍り付いた。顔が完全に凍り付き、泥も噴射状のまま凍り付いている。
「相性が悪かったようですね」
にやりと笑う嘘鼠の魔法使い。しかしすぐに笑みを消す。
(いや、まだやりますか)
瞬殺で勝負を決めるつもりであった嘘鼠の魔法使いであるが、コンラードはまだ死んでいない。殺気も魔力もさらに漲っていることがわかった。
「ぶあぁぁっぁ!」
顔の凍結が溶け、泥も溶けたが、泥の噴射は収まる。
コンラードの顔は真っ赤になっている。湯気が出ている。体温を途轍もなく急上昇させて、凍結から逃れたのであろうと、嘘鼠の魔法使いは判断する。
「やってくれたなあ!」
コンラードが喚きながら、再度泥を吐く。今度は大量の泥を一気に噴射するのではなく、小さな泥の塊を次々と放射状に吐いていった。
「熱っ」
避けきれずに腕に浴びてしまったシェムハザが、小さな悲鳴をあげる。慌てて泥を払ったシェムハザであったが、浴びた場所も払った手も、火傷を負っている。
短く呪文を唱え、嘘鼠の魔法使いが杖を振る。
すると最初にコンラードが吐いて床にぶちまけられた泥が、床から宙に浮かび上がって、コンラードに向かって浴びせられる。
「ぎゃああぁぁっ!」
悲鳴をあげ、もがき苦しむコンラード。小さな泥の塊を吐くのもやめて、のたうち回ってもがき苦しんでいる。
最初の泥にどういう効果があるかいまいちわからないが、やはり浴びるとただではすまないことが、コンラードのこの苦しみ方で証明された。
「ち、畜生……よくも……畜生……」
弱々しい声で毒づくと、コンラードは力を振り絞って跳躍した。
二人の脇を抜けて、そのまま走って逃亡するコンラード。
「追わないと」
「シェムハザ、焦ることはありません。見逃さず、しかし追い付かず、ゆっくりと追いましょう」
走ろうとするシェムハザを、嘘鼠の魔法使いが制した。
「どういうこと?」
「あの男がどうやって力を手に入れたか、気になりませんか? おそらくコンラードは、自分に力を授けた何者かに助力を求めようとして、逃げているのでしょう。逃げ方がただ闇雲に逃げているという感じではありませんからね。目的地があったうえで走っていることがわかります。ならば突き止めたうえで、諸悪の根源共々討伐するまでです」
「なるほどー」
納得するシェムハザ。
「自身が行動する前に、状況と照らし合わせたうえで相手の行動をよく観察し、相手の真意を読むのですよ」
「うん、わかったー」
嘘鼠の魔法使いの教授を受け、シェムハザは笑顔で頷く。
「おっと、それよりその腕と手は大丈夫ですか?」
最初に気遣うべきだったと、嘘鼠の魔法使いは悔む。
「うん。多分」
「火傷を負っただけのようですね。後で治療しましょう」
シェムハザの状態を解析して、嘘鼠の魔法使いは言った。
二人はコンラードの後を追う。すでに姿は見えなくなっているが、使い魔を放って追跡させているので、見逃すこともない。嘘鼠の魔法使いとシェムハザは二人共、使い魔の視点でコンラードの逃げる様を見ていた。
コンラードの走る速度は遅かった。かなりのダメージを負い、体力も著しく低下していることがわかる。普通に走って追えばすぐに追いついてしまうだろう。
「おや? アバ老」
コンラードの逃げた先にアバ老の姿を発見し、嘘鼠の魔法使いが怪訝な声をあげる。
アバ老は何もしていないわけではない。何者かと戦っている様子であった。
戦っている相手が、使い魔を通じて映し出される。黒髪の痩せた少年だ。その容姿を見て、シェムハザは驚いた。
「あ……悪魔……」
忘れようもない一年前、ヴェルデを殺した、悪魔を名乗る少年の姿を見て、シェムハザは足を止めて呻いた。




