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シェムハザは毎日ヴェルデの家へと通った。初めてできた友達――不思議で怪しい友達と過ごす時間は、シェムハザにはとても刺激的で楽しいものだった。
ヴェルデが呼び寄せる『友達』は、日に日に増えていった。彼等が何であるのか、何のために集めているのか、ヴェルデは教えてくれない。そのうち話すとは言っている。
『友達』を使って遊ぶ際に、ヴェルデは力を隠す事無く使用するようになった。それは『友達』にした者を自由自在に操る術だ。
『友達』同士が激しく取っ組み合いを行っている。どちらが勝つか賭けようとヴェルデは言ったものの、二人してあまり面白くないと感じて、途中で辞めた。
「シェムハザの力も見せて欲しいんよ」
「いやあ、人前で使っちゃいけないって言われてるし」
「そっか。残念」
シェムハザが要求を断っても、ヴェルデは気を悪くすることもなく、微笑んでいた。
「ヴェルデちゃんはどうしてそんな力を身に着けたの?」
これも教えてくれないかもと思いつつも、シェムハザは尋ねてみる。今までは尋ねることを控えていたが、思い切って聞いてみた。
「あたしは悪魔と取引したんだ」
虚空を見上げて笑いながら、ヴェルデが答える。それも以前に聞いている。
「どうして悪魔と? 何で悪魔がヴェルデちゃんと取引を?」
さらに突っ込んで聞くシェムハザ。
「力の無いあたしに、力をくれるって言ってさ。そして色々な力を手に入れた。でも悪魔はそんなあたしを見て、薄気味悪く笑っていたよ。代償として、お前は死んでも解けない呪いがかかるって。あたしの魂は未来永劫呪われ続け、生まれ変わっても、死に魅入られ、死を招き寄せる存在になるって。そう言って笑ったよ」
喋っているうちに、ヴェルデの顔から笑みが消え、ぞっとしない顔つきになっていた。
「でもさァ、それが何だっていうの? それって悪いことなん? 別にどうでもいいよ。むしろ便利だわさ」
わかりやすい作り笑いを浮かべてうそぶくヴェルデ。
そんなヴェルデを見て、シェムハザは痛々しく思う。ヴェルデは間違いなく恐怖しているし、己の運命に悲観しているようにも見えた。
何故力を欲したのかを聞く前に、シェムハザは別の質問をぶつけてみることにした。
「あのさ、ヴェルデちゃんは……狂われ姫なんだよね?」
思い切って尋ねてみると、ヴェルデはにかって歯を見せて笑った。
「うん、そーだよォ。あたしのこと知ってたんだー」
「街中で結構噂になっちゃってるよ。ヴェルデちゃんのことを探している人達もいる。危ないよ」
「危なくないよォ~。ていうか別に危なくてもいいよォ~」
案ずるシェムハザであったが、ヴェルデはどうでもよさそうに笑っていた。そんなヴェルデの笑顔が、シェムハザの目にはひどく空虚に映る。
「悪魔さんと契約して、狂われ姫になっちゃったの?」
「あれが本当に悪魔なのかどうかも、いまいちわかんないんだよね。そしてあたしが狂っちゃったのは、その前からかな。順番的には、狂ったから悪魔と取引したのか、狂ったあたしのことを嗅ぎつけて、悪魔が接触してきたのか。とにかく狂ったのが先」
「私にはヴェルデちゃんが狂っているようには見えないよー?」
「いやあ、狂ってるんだよね。あばばばば……」
シェムハザの言葉を聞いて、ヴェルデは自虐的に笑う。
「もう何年前の話かなあ……。あたしはこの国の第一王女だったんだよォ~。多分妹や弟達はもう、あたしより大きくなっちゃったろうね。あたしは悪魔から貰った力のおかげで、ずっと子供のままなんだ」
遠い目で述懐するヴェルデ。
「悪魔から貰った力で、酷いことばかりしてきたから、皆に嫌われちゃったんよ。でもそれでいいんだわさ。これもあたしの望み通り。そしてこんなあたしにも、シェムハザっていう友達が出来た。それだけであたしは幸せだよォ~」
ヴェルデが微笑みながら手を伸ばし、シェムハザの手をぎゅっと握る。
シェムハザも微笑み返し、自分の手を握るヴェルデの手の甲に、もう片方の手を重ねて置くと、軽く握った。
「んー……悪魔かあ……」
何とはなしに呟くシェムハザ。悪魔などという呼び名の時点で、ろくでもなさそうな存在だが、それを言うなら狂われ姫という呼び名も相当ろくでもない。しかしシェムハザにしてみれば、ヴェルデは大切な親友だ。
「あのさ……悪魔の奴、シェムハザのことも気に入ったみたいなんだわさ」
「えっ?」
思ってもみないことを言われて、シェムハザは驚きの声をあげる。
「あいつ、ちょくちょくあたしの様子を見にきやがるんだよォ~。だからあたしと一緒にいるシェムハザのことも知っちゃってさ。紹介しろとかぬかしてるんよ」
言いづらそうに言うヴェルデ。きっとそのことを悩んでいたのだろうと、シェムハザは察する。
「面白そうだし、私も会ってみたいなー」
ヴェルデを気遣っただけではなく、純粋に興味を抱いて、シェムハザは言った。幼い頃から彼女は好奇心の塊だった。
「変な奴だぜィ。会うだけならともかく、あたしみたいに契約とか絶対しちゃ駄目だよォ~。ま、会うだけなら多分害は無いと思うわ」
「うん、わかったー」
ヴェルデはそう言うものの、シェムハザは信じていなかった。その悪魔という存在は、ヴェルデを狂われ姫にした時点で、相当危険な存在だと感じられた。
「おっ、新しい友達が来たよォ~」
ヴェルデが立ち上がり、玄関へと向かう。シェムハザもついていく。またヴェルデの力で頭が壊れた人間が来たのだ。そしてこれからそれらを痛めつけて遊ぶ。
現れた数人の男女を見て――いや、その中の一人を見て、シェムハザは固まった。
「ん? シェムハザどったの?」
シェムハザが一度も見せたことの無い反応を見て、ヴェルデが怪訝な表情になる。
虚ろな表情の男女数人。その中にペドロの姿を確認して、シェムハザは硬直してしまった。
***
ヨブの報酬の戦士にして大幹部であるネロ・クレーバーは、半年間も同じ町に滞在し、狂われ姫の存在を追っていた。
狂われ姫のルーツについても調査し、どうして狂われ姫が生まれたのかも、多少わかった。
「あ、あれはこの国の第一王女だという話だ。し、しかしその存在は秘匿されている。この国の……王家とごく一部だけが知る、おぞましい因習のせいだ」
ヨブの報酬の戦士達を前にして、ネロは語る。
「おぞましい因習とは?」
「ま、まだ不確かな情報だが、第一王女はその存在そのものを秘匿され、贄とされる。それがこの国で古くから続けられている、い、因習のようだ」
神妙な面持ちで語るネロ。
「そ、そして狂われ姫は、悪魔と取引した。悪魔より力を授かった」
「狂われ姫と、力を与えた悪魔ですか……」
「ひょっとしてあの悪魔?」
「だろうな……悪魔と言えばあいつだ」
ネロの話を聞いて、ヨブの報酬の戦士達は納得した。しかし全員が理解したわけでもない。
「悪魔とは何のことですか?」
ヨブの報酬の戦士達の中には、悪魔の存在を知る者と知らない者がいた。
「西方から来た者は……知っているようだな。ここより西方の国では、あ、悪魔と名乗る者が、気まぐれに人に力を授け、混乱と悲劇をもたらしている。それがこの国にもやってきたようだ」
と、ネロ。
「その悪魔とやらが、狂われ姫の力の謎を解く鍵になるかもしれない。悪魔の調査も並行して行え」
『はっ』
ネロが命じ、戦士達が気合いの入った声で応答した。
***
(狂われ姫に力を与えし悪魔なる存在。興味はありますが、ヨブの報酬が絡んでいる時点で、迂闊に手を出さない方がよいですね)
使い魔を通じて会話を聞いていた嘘鼠の魔法使いが思案する。
(しかし……もしもシェムハザが狂われ姫に関わっているとあれば、そうも言っていられなくなります)
そう考えた直後、嘘鼠の魔法使いは表情を変えた。
その時、嘘鼠の魔法使いの予知能力が働いた。嘘鼠の魔法使いが任意で使える能力ではない。天啓を得るかの如く、予知映像が頭の中に見える。大雑把だが、ある程度の時期までわかってしまう。
嘘鼠の魔法使いが見たのは、シェムハザが危険に晒されている映像だった。
「そうも言っていられなくなりますか」
心の中で呟いた言葉を改めて肉声で呟き、嘘鼠の魔法使いは立ち上がった。




