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月日が流れ、嘘鼠の魔法使いとシェムハザが会って、半年が過ぎようとしていた。
シェムハザはもう一人で街中を歩くようになっていた。大きな町ではあるが、非常に治安のいい町なので、子供の一人歩きでも全く問題は無い。
買い物のために街中を歩いていたシェムハザは、知り合いを発見した。シェムハザに昔から施しをしてくれた親切な中年男、ペドロである。誰かと会話をしている。
「ペドロさん、今日は~」
「お、シェムハザ。今日も買い物かい。偉いねえ」
ペドロがシェムハザの方を向いて破顔した。
シェムハザの視線が、ペドロの前にいる人物へと向けられる。非常に大柄な男で、この辺ではあまり見かけない、独特なデザインの僧衣を身に纏っている。まだ若いと思われるが、顔の彫りが非常に深く、ごつごつしていて厳めしい印象がある。しかし目はとても澄んでいる。
「初めましてー。ペドロさんのお友達~?」
全く人見知りすることなく、シェムハザは笑顔で厳つい大男に挨拶する。
「いや、そういうわけじゃないんだが」
「は、はじめまして……。俺の名はネロ……」
ペドロは苦笑し、ネロは少し物怖じしながら挨拶に応じた。
「ネロはこの町の生まれでな。俺ン家の近所に住んでいたんだ。しばらく旅に出ていたんだが、ひょっこり戻ってきやがった。この図体だが、口下手で照れ屋な奴だ。ネロ、この子はシェムハザ。この町で一番のお医者さんの弟子だ」
「シェムハザ……堕天使の名をつけるとは……。いや、失礼……」
ペドロの紹介を受け、ネロは思わず口走った。
(この人、ヨブの報酬の戦士さんなんだ)
笑顔の裏で、シェムハザはネロが身に纏う僧衣を見て、警戒もしていた。
すでにヨブの報酬の存在は、この町では認知されている。半年前から頻繁に出入りするようになっているのだ。
嘘鼠の魔法使いは外出する際には、いつも事前に使い魔を偵察に放ち、彼等と遭遇しないようにしている。ヨブの報酬は超常の領域にいる者達を敵視し、討伐対象とする集団だからだ。そして嘘鼠の魔法使いは過去に何度も、ヨブの報酬と戦っている。
「ペドロさんとは、狂われ姫のことを話していた。な、何か知らないか?」
「狂われ姫?」
ネロの質問に、シェムハザは小首を傾げる。
「し、知らないようだな」
「うん。知らないよ。狂われ姫って何なの?」
尋ねるシェムハザ。
(演技上手くいった)
ネロの反応を見て、シェムハザは胸を撫でおろす。
「こ、この国の第一王女であったが、悪魔に魅入られて、力を手に入れて暴走した。つい半年前、ヨブの報酬によって討伐されたが、し、死んだとみせかけて実は生きていたのだ。すでに村三つ、町一つが壊滅的な被害にあっている。お、俺達は狂われ姫のことを追い、潜伏している場所の手がかりを求めて、聞き込みを行っている」
「この町でも噂は流れてきている。酒場経由だけどな。シェムハザは子供だから知らなくても無理ないし、聞き込みしてもしゃーないぜ」
ネロとペドロが言った。
「悪魔に与えられた力って、どんな力?」
興味を覚えて尋ねるシェムハザ。
「く、狂われ姫は死の誘惑を持ちかける。この誘惑に捉われた者は、死に魅入られて狂う。狂って、し、死を求めてしまうのだ。皆して乱痴気騒ぎをして、殺し合うという」
ネロが説明する。
「この国のどこかにまだ潜んでいるのではないかと、そのような疑いかあって、皆で探している。ペドロさん、シェムハザ、何か変わったことがあったら、お、教えてくれ……」
「うん、わかったあ」
「ほいよ」
ネロに言われて、シェムハザは屈託のない明るい笑顔で大きく頷き、ペドロも微笑みながら知育頷いた。
「じゃあ私、買い物行ってくるねー」
「応、気を付けていけよ」
笑顔のままぶんぶんと手を振って、シェムハザが立ち去る。ペドロも小さく手を振って見送る。
「あ、明るくていい子だな。俺を見ても……怖がらないし」
シェムハザの後姿を見送りながら、ネロが言った。
「ああ、あの子は捨て子で、しかも目が見えなかったんだよ。俺がたまに差し入れをやっていた。今では街の腕利きのお医者さんの所で育ててもらっているよ」
「そ、そうなのか……」
「見ての通りとてもいい子でね。幸せになってもらいたいよ。いや、今がきっと幸せなんだろうけどさ」
シェムハザの後姿を見送りながら、ペドロは目を細めていた。
***
嘘鼠の魔法使いには複数の敵がいる。その中で最も厄介な連中は、ヨブの報酬と名乗る結社の者達だ。
神の名を掲げて、超常の力の管理者ないしは抑制者を気取る彼等は、魔術師や能力者を傘下に引き入れる事に躍起だった。傘下に降らない者は、悪魔の手先であるとして、徹底的に弾圧して回った。そのような独善極まりない連中と、嘘鼠の魔法使いが相容れるわけもない。
ヨブの報酬のメンバーとはこれまで幾度も戦い、何人も殺してきた。殺した中には大幹部もいる。故に嘘鼠の魔法使いは、彼の組織からは相当憎まれている。
そんなヨブの報酬の者が、半年前からこの町に、度々訪れていることを、嘘鼠の魔法使いは知っている。
(私は目立つ格好をしていますしねえ。もしも私の噂を聞いてこの町に来たのであれば、あっという間にばれてしまうでしょうが、そのような目的ではないようですね)
嘘鼠の魔法使いはそう思い、使い魔の鼠を放って街中をチェックさせつつ、ヨブの報酬の構成員達とはかちあわないように心掛けていた。
とは言っても、自分が目的でこの町にいるわけではないのだから、出歩いてもそう危険は無いとも思う。ヨブの報酬の構成員全員が、嘘鼠の魔法使いを知っているわけでもない。
(気になるのは、彼等の目的ですね。おそらく私ではない。しかし半年前からうろついていることには、きっと理由があります)
ただ単に勢力圏を広げているだけにしては、彼等の動きは慌ただしく感じる。何か目的があると、嘘鼠の魔法使いは見なす。
その目的を探るべく、嘘鼠の魔法使いは、危険ではあるが少し踏み込んで調べてみることにした。鼠の使い魔ではなく、亜空間トンネルを移動する人工デーモン達を用いて、彼等の会話を盗み聞きすることを考えた。
亜空間を操作する術は非常に高度で難解であり、貴重な触媒も要すため、出来る限りは使いたくない所だが、ここで使わない手も無い。
***
買い物を済ませたシェムハザであるが、真っすぐ帰宅はしなかった。町の郊外の小川に赴いてから、友人の家へと遊びに行くことにした。
つい数日前から、シェムハザには同年代の少女と友達になった。
「ヴェルデちゃーん」
買い物帰りに少女が住んでいる家を覗き、少女の名を呼ぶ。家屋は今にも崩れ落ちそうなほどぼろぼろだ。壁も柱も汚れまくっているし、ヒビが入りまくっている。
「あばばば……シェムハザ、来たんだ」
シェムハザより二つ三つ年上だと思われる長い髪の翠眼の少女が現れ、笑顔でシェムハザを出迎える。
「蛙はもってきた?」
「うん。二匹しか捕まえられなかったけど」
シェムハザが蛙を見せる。このために郊外の小川に足を運んだのだ。
「十分だぜィ。あたしは蛙と鼠を一匹ずつ捕まえてあるよォ~。ほれ、入って入って」
翠眼の少女ヴェルデが悪戯っぽく微笑み、シェムハザを家の中へと招き入れた。




