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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
89 千年前の記憶を掘り返して遊ぼう
3019/3386

2

 嘘鼠の魔法使いがシェムハザを拾って数日が過ぎた。


 人の世のルールを何も知らず、目の見えない少女にあれこれ教えることは、かなり苦労した嘘鼠の魔法使いであるが、シェムハザが非常に素直で飲み込みが早いことが救いだった。そのうち嘘鼠は、シェムハザに教授することが楽しくなっていった。

 明朗快活なシェムハザとの生活は、嘘鼠の魔法使いにとっても心地好い刺激であり、側にいるだけで心が和む。


(親と兄弟を失い、師匠を失い、久しく一人で暮らしていた私が、このような形でまた家族を迎えようとは……)


 これまでは庇護される形ばかりであったが、今度は庇護する側だ。


 シェムハザは嘘鼠の魔法使いによく懐いた。そしてよく従った。一切反抗することも無く。言うことは何でも聞き入れた。おかげでスムーズではあったが、嘘鼠の魔法使いからすると少し不安でもある。


「辛いことはちゃんと辛いと訴えるのですよ。我慢することはありません」

「はーい」


 嘘鼠の魔法使いの言葉に、素直に返事をするシェムハザ。


 シェムハザに関して、一つ気がかりなことがあった。


(この子の人種は……この国、この地方とは異なりますね。一体どうしてこのような地にいるのか。何か理由が……)


 記憶を掘り返す術をシェムハザにかけて、彼女の出生を調べると、幼児だった頃の彼女が映し出される。夜――見たことのない建造物の中を、見たことも無い衣服を纏った、見たことの無い肌と顔立ちの人々が、逃げ惑う姿が映し出される。

 彼等は霊の攻撃に晒されていた。身体が蛇のように長く伸びた異様な霊体が人々に襲いかかる。霊に触れられた者達は、その場から消滅する。やがてシェムハザを抱く女性とシェムハザにも触れる。

 次の瞬間、シェムハザの周囲の風景が一変する。夜であったのに昼になった。周囲に経つ建造物は、今自分達のいる口の街の建造物と同じだ。


(あれは……悪霊を武器へと変える術。そしてあの悪霊の能力によって、遠く離れた地から転移されたというわけですか)


 嘘鼠の魔法使いは、人種の違うシェムハザがこの町にいる経緯を知った。


「嘘吐きの鼠は多くの人を騙して、人々にあれこれ貢がせました。そのうえ鼠は神への信仰まで捨てさせてしまったのです。鼠の正体が悪魔だと知った時は手遅れでした。人々は罰として、心が何も感じられない虚無の状態へと陥れられたのです」


 シェムハザのために人工魔眼を製作しながら、嘘鼠の魔法使いはシェムハザに寓話を聞かせていた。それはかつて嘘鼠の魔法使いが、己の師匠から聞かされた話だ。


「虚無……」

「心が何も感じないのであれば、それは心が無いも同然ですね。おぞましい話ですが、問題はそこではありませんよ。ただ騙されただけの人々に、そのような罰を与える神様が問題です」


 自分の思想を刷り込む形になると意識しつつも、嘘鼠の魔法使いは話す。


「神様って何?」


 シェムハザの疑問を聞いて、そこから説明しなくては駄目かと思い、嘘鼠の魔法使いは微苦笑を零した。


「ふう……できましたよ」


 数日かけて、とうとう人工魔眼が完成した。嘘鼠の魔法使いはシェムハザの双眸の中の機能しない目を摘出し、人工魔眼を嵌める。

 その直後、シェムハザの世界は大きく変化した。


 シェムハザの目は生まれた時から見えない。視覚という感覚を知らないし、何も見たことが無い。そんな彼女が、初めて世界を視た瞬間の衝撃たるや――


 大きく見開かれた真紅の瞳。ぽかんと口を開き、一点だけをじっと見つめている。

 やがて顔を動かし、目そのものも動かして、部屋の中の風景を見渡し、自分に向かって微笑む人物の顔を見る。


「どうですか? その様子では見えているようですが、私がどこにいるかわかりますか?」


 生まれて初めて視覚的に捉える人間が、声に合わせて唇を動かしている。臭いと音とで、人がどこにいるのかを捉えてきたシェムハザは、それが嘘鼠の魔法使いであるということはすぐにわかった。臭いと声から先に認識して、光の反射と照合した。


「これがマスター……?」


 シェムハザが震える手を伸ばし、嘘鼠の魔法使いの頬にそっと触れる。


「そうです。私です」


 笑顔で頷き、シェムハザの伸ばした手に己の手をそっと重ねる。


「見えるって……こういうことなんだ。目って……これだったんだねえ……」


 世界が弾けて光で満ちた。世界には闇しか無くて、音と臭いと熱と感触と味でしか認識できなかったのに、新たな認識方法が加わった。その事実がシェムハザに、激しい爆発のような喜びと感動を与えていた。


 シェムハザの双眸から涙が零れ落ちる。


「あれ? 悲しくも痛くも無いのに……涙が出てきちゃった。どうしてだろ。嬉しいのに涙が……」

「人は嬉しさが極まっても泣くものなのですよ」


 自分が泣いていることを不思議がるシェムハザに、嘘鼠の魔法使いが告げる。


 その後嘘鼠の魔法使いは鏡を持ってきて、シェムハザに自分の顔を見せた。


「マスターと私、似ている部分と違う部分があるんだね」

「体の部位を覚えていきましょうか。これが目、今まで閉じていた部分ですね。ここで光を感じ、見るということが出来るのです。目を覆うこの瞼を閉じれば、また見えなくなります」

「んー、もうずっと閉じていたくないなあ」

「そういうわけにも行きませんよ。寝る時には閉じないといけません。砂埃などから目を守る時にも閉じましょう」


 その後、体の部位を教え、家の中を案内して家具とその機能を教えてから、嘘鼠の魔法使いはシェムハザを外へと連れ出した。


 大きく広がる青空と、町の中の風景と、町の中を行き来する人々を見て、シェムハザはまた感動する。


 人々の容姿を観察して、シェムハザはあることに気付いた。


「目の色……私とマスターは同じだけど、他は皆違うんだねえ」

「私の目も、貴女と同じく人工魔眼なのですよ」


 シェムハザの疑問に、嘘鼠の魔法使いが答える。


「おや? お前……目がっ」

「あ、この声は……」


 通行人の一人が立ち止まり、シェムハザを見て呆気に取られる。シェムハザは声と臭いでその人物が誰かわかった。いつも食事の施しをくれた、あの中年男だ。


「ペドロさん、その節はどうも。この子の目は私が見えるようにしました。私とお揃いの目ですよ」


 嘘鼠の魔法使いがにこやかに微笑んで声をかける。その中年男がペドロという名前であることを、シェムハザはここで初めて知る。


「嘘鼠さん、あんたって人は……本当にどんな病人も怪我人も治しちまうんだなあ。すげーもんだ」

「残念ながらどんな病気も怪我もというわけにはいきません」


 感心するペドロに、嘘鼠の魔法使いが照れ臭そうに微笑みながら言う。


「では、この子に色々と見せてきますね。まだ目が開いたばかりでして」


 そう言って立ち去ろうとする嘘鼠の魔法使いであったが、すれ違い際に、やにわにペドロが嘘鼠の魔法使いの顔に顔を寄せてきた。


「ところで……嘘鼠さんよ。その……言いづらいんだが、あんたの悪い噂を最近聞いたんだ……」


 シェムハザの耳には聞こえないように気遣い、嘘鼠の魔法使いに顔を寄せて、囁き声で言う。嘘鼠の魔法使いの脚が止まる。


「どのような噂でしょうか?」

「あんた、変な格好してるしさ……。この辺じゃ見ない奇抜な服装だ。実はまじない師の類で、治療と称して怪しい実験をしているとか、そんな噂だよ」

「なるほど」


 ペドロの話を聞いても、嘘鼠の魔法使いは全く動じる気配を見せず、悠然と微笑んでいた。そんな嘘鼠の魔法使いの反応を見て、ペドロは思わず息を飲んでしまう。


「悪い噂も慣れているって感じか?」

「この地に来る前にもそうしたことは何度もありましたよ。確かに私の服装は、少々奇抜ですからね」

「それだけじゃねえ。あんたが医者として腕が良すぎるから、同業者に妬まれている可能性もある。気を付けた方がいい」

「ありがとさままま。肝に銘じておきますよ」


 ペドロが純粋な親切心で忠告しただけであることは、嘘鼠の魔法使いもわかっていた。


「マスター、悪い噂って? マスターは嫌われてるの?」

「耳が良いのですね」


 不安そうに尋ねるシェムハザに、嘘鼠の魔法使いは苦笑する。


「ペドロさんの話した通りです。人は変わったものを迫害しやすいのです。そして人は人を妬み、根も葉もない噂を流して、人を貶めることもあるのです。悪い人も世の中にはいるのです」

「うん。知ってるー。その悪い人達の声……聞こえる」


 少し脅えたような声を漏らすシェムハザ。


「悪い人達?」


 嘘鼠の魔法使いが訝り、周囲を見渡す。商店が並び立つ目抜き通りを歩いているので、人通りは多い。


「あれ……あの声……」

 シェムハザが指した後に、数人の男の子達がいた。


「彼等が?」

「私がマスターと会う前に、私がいた場所によく来て、私にひどいこといっぱいしたの……」

「どのようなことをしたのです?」

「固い物をぶつけてきたり、押さえ込んできて色んなものを無理矢理食べさせてきたり、水をかけてきたり、お尻の中に棒を入れてきたり……。声を聞くと凄く怖くなる。そっかー……私と同じくらいの、子供だったんだ……」


 はしゃいでいる男子達を見て、シェムハザは喋りながら恐怖に震えている。


 嘘鼠の魔法使いは子供達をじっと見据え、呪文を唱えながら杖を軽く振った。

 子供達の体が一瞬硬直したかと思うと、その姿が一斉に消える。


「え……? え……? 消えた?」


 自分をいじめていた子供達の姿も臭いも、綺麗さっぱりと消失した事に、戸惑うシェムハザ。


「さて、一旦家に戻りましょう。町の散歩はまた後にしまょう」


 嘘鼠の魔法使いがにこにこ微笑みながら告げ、踵を返す。シェムハザもそれに従う。


 家に帰ったシェムハザは、まだ入った事の無い地下へと通された。


「マスター、ここは?」


 地下を降りる階段を降りながら、下から漂う強烈な異臭に、シェムハザは顔をしかめる。


「私の秘密の部屋があるのですよ」


 そう言って嘘鼠の魔法使いは、階段を降りた先にある扉を開ける。


 中を見てシェムハザは驚く。先程突然姿を消した男の子達が、寝台に寝かされた状態で拘束されている。口には猿轡を噛まされている。

 寝台の横には、手足が長い真っ黒な人型の生物が何匹もいる。耳が長く、頭から角が生え、臀部からは細い尾が生えている。子供達はそれらの生物を見て脅えていたが、嘘鼠の魔法使いの姿を確認して、救いを求めるような眼差しを向ける。


「説明が難しいのですが、亜空間の通路に潜ませた彼等に、この子達をさらわせて、先にここに届けさせたのです。亜空間を作る術は非常に難しいのですけどね。触媒を用意するのも大変ですし」


 黒い小型ヒューマノイドを指し、嘘鼠の魔法使いが言った。


「先程ペドロが私の悪い噂を口にしていましたが、実はあれ、本当の事なんです。治療と称して実験もしていますし、たまにこうして人をさらって実験もしています。この子達は貴女をいじめた悪い子達なのですよね? それなら容赦はいりません。復讐のためにも、実験台として使いましょう。シェムハザ、これからの貴女には、魔法使いとなるために勉強していただきます。貴女の教育のための教材として役立って頂きましょう」


 屈託の無い笑顔で告げる嘘鼠の魔法使いの言葉を聞いて、シェムハザは固まった。嘘鼠の魔法使いの言葉の全てを理解したわけではないが、この子達に死ぬまで仕返しをするということはわかった。何より嘘鼠の魔法使いのダークサイドを見て、衝撃を受けていた。


「シェムハザ、この子達が可哀想だから、逃がしてあげたいとでも言うのですか? 駄目ですよ。この子達の犯した罪は大きく、許せるものではありません。貴女を面白半分に甚振るような、そんな子供達を野放しにした所で、いずれろくでもない人間に育つことは目に見えています」


 硬直しているシェムハザの肩に手を置いて、嘘鼠の魔法使いは優しく柔和な口調で語りかける。


「悪しき者はただ滅ぼすだけではなく、役に立ててあげましょう。そして貴女に敵意を向けた時点で、それは敵なのです。無差別に人を殺すのはよくないことですが、敵であるのならば、情けは無用です。どのように処してもよいのです。では手始めに、丸々太ったこの子のお腹をゆっくりと切り裂いてみましょう。こちらに御出でなさい」


 嘘鼠の魔法使いが拘束されている男児の中の一人の、肥満児の横に行き、服をまくって腹を出す。そして寝台の横の台に置かれていた、細いナイフを手に取る。

 子供達が一斉に青ざめる。当然だが、最も恐怖に震えているのは、これから腹を切り裂かれる肥満児だ。


 シェムハザは震えていたが、やがて意を決したかのように、嘘鼠の魔法使いの横に進んだ。


「では行きますよ。私の手の動きを、この子の腹の中を、よく見ておきなさい。この子が終わったら、次はシェムハザがやる番ですからね」

「うん。わかった」


 震えの止まったシェムハザが真剣な面持ちで頷いた直後、嘘鼠の魔法使いが手にしたナイフが走り、くぐもった悲鳴が地下室に谺する。


(もっと拒絶するかと思いましたが、意外なほどすんなりと受け入れています。好奇心が強いのでしょうか? いずれにせよこの子は素質がありますね)


 肥満児の腹をかっさばく作業をしながら、嘘鼠の魔法使いは満足そうな笑みをたたえていた。

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