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さらに一日経過した。
新居は裏通りでのネットの反応を見る。
『超常関係者からの話によると、日本のあちこちで、普通の人間がいきなり超常の力を覚醒させているらしい』
『日本だけじゃない。世界中だ。発祥地は日本みたいだけどな』
『覚醒ウイルスの存在も示唆されているな』
『アメリカで超常能力を暴走させて、本人含め八人殺害した男の体内から、未知の細菌が検出されたそうです』
『ウイルスじゃなくてバクテリアかよ』
『雪岡純子の仕業だという噂を聞いた』
『俺もそれ聞いたわ』
『雪岡がそんなことする? 商売あがったりにならない?』
『むしろ雪岡純子はこのために今まで実験していたという憶測』
『世界中の人間が感染すれば、世界中の人間が超能力者になれるってことなん?』
『そうなるな。俺も欲しいわ。どんな能力か選べるのかな?』
『今のうちに自分で能力決めておくべし』
『望んだ能力が手に入るとは限らんだろ。すげー役に立たない能力かもしれない』
『能力が一つだけとも限らん』
「超常の能力者がそこかしこで覚醒し、騒ぎを起こしているるる」
弦螺の言葉を聞いて、新居はホログラフィー・ディスプレイを消した。いつもの集い。今日は悦楽の十三階段のうち、沖田と弦螺と新居と犬飼だけがいる。エボニーと真はいない。真はこの場に来ることが少ない。
「真の報告通りか。そして純子の望む通りになっちまったか」
新居が小さく息を吐く。裏通りの住人達は、表通りよりも早く、真相に近付きつつあるし、堂々と話題に挙げている。表通りのマスメディアは一切触れていないが、ネットでは――
「目覚めた能力を動画やSNSに投稿して自慢している馬鹿がどんどん増えてるぜ。よりにもよって、再生数稼ぎやいいね稼ぎに利用するとはね」
犬飼が笑いながら報告した。表通りの住人は、真相こそわからないものの、超常の能力者が増えている事態の話題は挙がっている。しかしそれがバクテリアの仕業だという事まではわかっていない。もちろん純子の仕業だということも知られていない。
「傍観してはいられないな。いや、さっさと決断すべきだった。今からでも動こう」
新居の発言に、他三名が注目する。
「何をしようというのだ?」
「裏通り関係のみならず、この国の超常の能力者、国仕えの術師達も全て統合した、対抗組織を作り上げる。真には今から断りを入れる」
沖田の問いに、新居が答える。
「これからどんどんカオスになっていくだろうが、どの程度の規模にまで膨らむかわからない。それなら先に出来るだけのことはしておくべきだ。日本人特有の悪癖の、先に動かず前例主義事なかれ主義日和見様子見後出しじゃんけんしていたら、取り返しのつかないことになるかもしれないぞ。犠牲や被害を防ぐためにも、さっさと進めるべきだ」
「ふむう……」
「一理あるるるる。その方がいいと思うよう」
「確かにこれは、後手に回る方が悪手だろうな。仮に何も起こらなくても、それならそれで構わねーだろうし」
新居の考えを聞き、沖田は唸り、弦螺と犬飼は賛同の意を示す。
「じーさんは不服あるのか?」
「いや……少し悩んだだけだ。新居の決定でよいだろう。エボニーには私から報せる」
新居に伺われ、沖田も賛同する。
「早速手配するるる」
「忙しくなりそうだ」
弦螺がホログラフィー・ディスプレイを開いて、メッセージを送りまくり、犬飼はただ皮肉げに笑っていた。
***
ヨブの報酬日本支部でも、日本国内外の変化を把握していた。
「シェムハザ……純子の思い通りに、な、なっている……」
ホログラフィー・ディスプレイを複数投影してチェックし、ネロが神妙な面持ちで言う。
「シスターはどう見る? 本当に純子の思い通りに世界中の誰もが超常の能力を覚醒させて、好き勝手して生きるようになるか?」
「全員ということは無いと思いまーす」
ブラウンの疑問に、シスターは首を横に振った。
「現状に満足している人には、そのような力は必要ありまーん。きっとこの現象で力を覚醒させるのは、追い詰められた人や、欲の強い人といった、個人の状況や性格といった条件がトリガーになると、私は見まーす」
「だ、だとすると余計に危険だ……。犯罪者属性の者は……高確率で力に目覚める」
シスターの話を聞き、ネロはそう結論付ける。
「実際幾つかの留置所や刑務所で、集団脱獄が発生しているようです。昨日今日で両手の指で数えるほどに。この先もっと増えていくでしょう」
ホログラフィー・ディスプレイを見ながら、幸子が報告する。混乱を避けようと、表通りのマスメディアには箝口令を敷いているようだが、明るみになるのは時間の問題だろうと見る。
***
そしてさらに一日経過した雪岡研究所。
発生する事件の数は加速度的に増した。日本のみならず各国で、超常現象絡みの事件が起こっている。犯罪数が跳ね上がり、あちこちの刑務所や留置所で脱獄が起こっている。
「事件が起こりすぎて、ニュースが追い付かない状態ですね。SNSや動画サイトでの報告が多いほどです」
「ふぇ~……ここまで犯罪件数はねあがるか~。しかもこれは判明している分だけだぜィ」
ネットで情報収集を行っている累とみどりが言う。同室には純子と真もいる。
「動画で自分の力を晒している者も増えていて、能力覚醒タグまで出来ています」
報告し、一瞬嘲笑を浮かべる累。
「世の中、抑圧されていた奴等がわりと多かったんだねぇ~。うわ、ビル倒壊とか、これもひょっとして覚醒した奴の仕業なん?」
みどりが呆れ声をあげる。
「こうなるとどんな事件も、アルラウネバクテリアによる覚醒者の仕業ではないかと、疑ってしまいます」
そう言って累が溜息をつき、真と純子を見やった。
真はずっと純子を睨んでいる。純子は真から視線を逸らし、顎に手を当てて思案している。
「ただ犯罪者が暴れまくっているだけじゃないか。これがお前のやりたかったことか? これがお前の目指した理想世界か……?」
「んー……」
明らかに非難する口調の真に、純子は難しそうな顔で唸った。
(これは違うかなあ。陰体を利用したことで、理性のタガが外れやすくなる傾向のなっちゃっているかもだけど)
多少の混乱は純子も予想していたが、現時点で、ただの混乱しか伝わってこない。これは純子が理想とした世界の姿ではない。
「この先もっとひどくなるぞ。お前が発端なんだから、責任を取れよ」
「責任ねえ」
真の言葉を聞いて皮肉っぽい声を漏らしたのは、純子ではなくみどりだ。純子がそのような責任を取るつもりはないと見たからだ。
「わかった」
だが意外にも、みどりの思いに反して、純子は真の言葉に頷いて立ち上がり、そのまま部屋を出て行った。
「ヘーイ、何か純姉……おかしくねー?」
「少し様子が変でしたね」
みどりと累が顔を見合わせる。
(雪岡の反応も芳しくなかったし……やっぱりこれは雪岡の望む形と違っていたわけか。そして今、僕の言葉に対して、わかったと言って外に出て行ったということは……)
そこで真ははっとして、弾かれるようにして立ち上がって、部屋の外へと飛び出る。
純子の後を追って研究所の外まで出たが、純子が車を走らせて去っていく後姿が見えた。
真はすぐに情報組織に連絡して、純子の後を追う依頼をした。
(このタイミングで、あのやり取りで出て行くっていうことは……そういうことだ。まだ何かをするつもりなんだ。迂闊だった……)
しかも自分の言葉が引き金となって促してしまったような形であるため、真は動揺していた。
(あるいは僕が何もしなくても、そういう結論に行き着いたかもしれないが……)
心細さにも似た感覚を覚えつつ、真は純子が去っていった道の先を見つめた。
***
その日、純子が雪岡研究所に戻ることは無かった。次の日も次の日も、純子は帰って来なかった。誰が電話をかけても、メッセージを送っても、純子は反応しなかった。
88 もう一度世界を変えて遊ぼう 終
2014年末から始まり、長らく続いたこの作品も、いよいよ最終ステージに入ります。
82章辺りからラストスパートに入る準備をしてきましたが、次々章より、本格的に終わりに向けたエピソードになっていきます。
ここまで読んでくださった方々、本当にありがとうございます。もうちょっとだけ付き合っていただけると幸いです。本っ当の本当にもうちょっとだけです。少なくとも来年以内には間違いなく終わっている予定です。しかし今年いっぱいは使い切りそうです。
最期のエピソードに入る前に、次章はちょっくら最後の寄り道をさせてください。




