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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
88 もう一度世界を変えて遊ぼう
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 最初に贈り物を受け取ったのは、一人の若者だった。


「畜生が……何もいいことありゃしねえ」


 パチンコ店から出て、肩を落としてしょぼくれた顔で歩きながら毒づく。


 彼の名は原山勤一。二十三歳。現在、二十歳以上年上の女性と同棲しているが、働いてはいない。女に養ってもらっている身の、所謂ヒモである。

 同棲している女から貰う金は、毎日パチンコでスッている。その後は家に帰ってテレビを見て過ごしている。ネットやゲームといったものは性に合わない。頭を使いたくない。ただ送られてくるものを受け取っている方がいい。


 茫漠な日々を送る勤一は、今の暮らしに満足しているわけではない。それどころか不満でいっぱいだ。


 同棲している女は勤一のことを可愛がってはいるが、勤一は生活のために仕方なく共にいるだけで、彼女のことを心底嫌悪している。女性は酷い肥満体であり、いつも厚化粧だ。最も勤一が嫌うものは、彼女の化粧品から漂う臭いだった。


(こんな場所出て行きたい……。自由が欲しい……)


 自由とやらの概念の正体が、勤一にはいまいちよくわからないが、今の状態が不自由であり、身も心も拘束されていると感じて辛いことはわかっている。


「勤ちゃん、おかえり~」


 帰宅すると、彼女が猫撫で声で出迎える。それだけで勤一は虫唾が走る。彼女に対する嫌悪感と苛立ちは日に日に募っていった。


 そしてその日、とうとう勤一は爆発してしまった。


「何がお帰りだこの豚ぁぁぁぁぁっ!」


 キレてから勤一は一瞬後悔した。これで全て終わってしまったと。そして一方で疑問にも思っていた。何故いきなりキレてしまったのだろうと。まるで自分以外の意思が働いているかのように、何かに突き動かされて怒りを解放してしまったような、そんな感覚があった。

 自分の中で何かが弾けようとしている。何かが自分を突き動かしている。感情の爆発と共に、もっと熱い何かが全身を駆け巡る。


 そしてそれは弾けた。爽快感が勤一の爪先から頭頂まで突き抜けていく。


「ギィェエィィァァァィィィィ!」


 奇声をあげる勤一の前で、女は目を白黒させながら尻もちをついてしまう。


 勤一の容姿は大きく変化していた。悪鬼の形相がそのまま固まったかのようになり、肌は青黒く変色し、痩せ細っていた手足は筋骨隆々となり、身長も伸びていた。握りしめた拳は異様に盛り上がってゴツゴツとしている。身体が大きくなったために、上の服は大きく破れた。


「豚ああぁぁ! もうこれでお別れだぁぁぁ! 今までお前にうんざりだったんだよおぉぉぉっ! さよならパーンチ!」

「勤ちゃ……」


 本能に突き動かされるまま、勤一が腕を振る。パンチは届かない距離であったが、巨大化した拳のヴィジョンが女の前に突然現れて、女の上半身を壁に叩きつけて潰した。


 轟音と共に、コンクリートの壁が大きくへこむ。へこんだ壁に、女の上半身の残骸がへばりついていた。原型は留めていない。脳も頭蓋骨も内臓も肋骨もぺちゃんこだ。大量の血が飛び散り、壁と床を汚す。


「やったぜ!」


 その光景を見て、勤一は快活な声をあげてガッポーズを決める。


(俺にこんな能力があった……。いや、目覚めた……?)


 高揚感と共に、青黒く変色してゴツゴツした己の両手を見つめる勤一。


(何か……俺の中に何か別の誰かがいるように感じる……。俺の中の俺以外のものが、俺と一つになってるような……)


 勤一が自分の頬をつねる。


「夢じゃないよな。これは天からの贈り物か?」


 ふと冷静になる。自分を養っていた女を殺してしまって、これからどうしたらいいだろうと。


(いいんだ。これでいい。本能の赴くまま、やりたいことをやって生きていけばいい。気に入らない奴は片っ端からぶっ殺してやればいいだけだ。楽しむぞ! これからは人生を楽しみまくってやる!)


 退屈な日々に別れを告げるよいきっかけになったと、勤一は前向きに受け取る事にした。


***


 原山勤一が覚醒してからほんの十分後、二人目が同様に力を目覚めさせた。そしてその二人目のすぐ側にいた者達が、次々と覚醒していった。


 サルバドール吉川は留置所で拘束されていた。十五年以上前、父の生まれ故郷である日本に出稼ぎ労働に来た彼は、日本の堅苦しい慣習や労働の日々に嫌気がさして、犯罪者に成り果てた。


 吉川は自分と同じような境遇の外国人労働者を何人も集め、犯罪者集団を作り上げ、空き巣を繰り返していた。派手な活動を行ってしまったが故に、全員まとめて警察に捕まってしまう。

 吉川は、万引きや空き巣はともかく、被害者を直接脅かす強盗の類は避けていた。しかし制御が効かなくなってしまった部下の一人が、暴走してしまい、それが逮捕の決め手ともなってしまったのである。しかし捕まってからその部下は謝罪し、人の良い吉川は責めることなく、あっさりと謝罪を受け入れた。


 その留置所には、吉川達と同じ移民系の犯罪者のみが収容されていた。吉川は彼等とも仲良くなり、人当たりのいい吉川は、彼等の相談や愚痴をよく聞き、彼等から一目置かれる存在となった。


 その留置所で最も早くに力を目覚めさせたのは、吉川だった。


(何だ? 体が空中に溶け込むようなこの感覚は……)


 何かしらの衝動が、吉川を突き動かしている。その衝動に乗りたいという欲求と、未知の領域へと踏み込む恐怖が、吉川の中でせめぎ合う。


 やがて吉川は衝動に負けた。何かのスイッチが入ったかのような感覚だった。同時に、自分の中に別の何者かが存在するような、そんな感覚も覚えた。


「え……?」


 気が付くと、吉川の体は留置所の外にいた。その事態に驚き、きょろきょろと辺りを見回す。


(まさか……)


 己の中の不思議なスイッチをもう一度押す。すると体が空間の中に溶け込む感覚と共に、また元の部屋に戻る。


「ちょ……吉川さん?」


 それを吉川が何度も繰り返していると、同じ房で寝ていた部下が気付いて、震えながら声をかけてくる。


「吉川さん……どうなってんだ、それは……」

「俺にもわからんけど、不思議な力が目覚めたみたいだ」


 言いつつ、怖がる部下の手を取る吉川。


 今度は二人して留置所の外へと出た。


「どうやら自分だけじゃなく、触った奴も移動できるようだ。他の奴を助けてくるから、ここで待ってろ」

「お、おう……」


 吉川が断りを入れると、部下は震えながらこくこくと頷く。


 他の部下や仲良くなった移民達を救出しようと、他の房へと赴いた先で、吉川は驚くことになる。移民犯罪者の三人が、看守を取り押さえている。そのうちの一人は両手が蟹のようになっていて、看守の首を挟んでいる。


「暴力はやめろ。傷つけるな」

「よっ、吉川さんっ」

「どうしてここに……もしかして吉川さんも能力覚醒した?」


 突然現れた吉川が厳しい声で命じると、移民犯罪者三人が戸惑いの表情で吉川を見た。


「申し訳ないが、縛らせてもらう」


 吉川が柔和な声で断りを入れたうえで、震える看守の手足を衣服で縛る。


「ここから皆を逃がす。大人しくついてこい」

「はいっ」

「ワ、ワカった、いえ、ワかりマシタ」


 力強く告げる吉川に、移民犯罪者達は頷いた。


***


 中学二年になる山駄凡助は、今日も道端でいじめられていた。下校中、小学生時代からのいじめっ子四人組にからかわれながら、軽く小突かれている。

 彼等は本格的な暴力に及ぶほどではない。精神的にいびってくる。どちらかというと言葉での罵倒の方が多い。しかしそれでも十分に、凡助の心を蝕んでいる。


「ウッキィィィィ!」


 突然、凡助が奇声と共に、いじめっ子の一人の頭部を粉砕した。


 凡助の右手がトゲ付き鉄球へと変化していた。手首はバネとなっている。

 いじめられている最中の突然の出来事だった。ひどく気弱で、ただされるがままだった凡助の中で、突然怒りと殺意が湧き起こったのだ。反撃しろと促す声が頭の中に響き、何者かの意思と己の意思が重なった瞬間、肉体に変化が現れ、精神にも変化が起こった。


「皆殺しじゃぁぁぁぁあぁ! ほいやっさーっ!」


 凡助が憤怒の形相で叫ぶと、棘付きバネ鉄球でもって、残るいじめっ子二人も殺害していく。バネの威力と鉄球の硬度が相まって、人間の頭がいとも簡単に破壊される。


「あわわわわ……」


 残った一人がへたりこみ、恐怖のあまり失禁する。


 凡助が最後の一人を睨む。


(このままじゃ殺される。怖がって動けないままで……それでいいのか? それでは殺されてしまうだけだ)


 何者かの声が、いじめっ子の頭の中で響く。


 その瞬間、いじめっ子は世界が非常にスローに流れているかのような、そんな感覚に陥った。凡助の動きもスローに見える。その一方で、いじめっ子の頭は高速回転している。感情の嵐が吹き荒れている。

 何かが芽生えるようなそんな感覚。自分の中に大きな種があって、それが芽を出していくような感覚。芽を出させろと訴える気持ち。芽を出させてやりたいという気持ち。そうすれば助かるという、そんな不思議な思い込み。


「ウオオオォッ!」


 いじめっ子が叫んで立ち上がり、凡助が棘付き鉄球を繰り出す前に飛びかかった。


 突然の反撃に、凡助は驚いて固まってしまった。それが彼の運命を閉ざした。


 いじめっ子が凡助の首筋に噛みつく。いじめっ子の歯は全て鋭い牙となっていた。首の肉が引き裂かれ、血管がちぎられ、骨までもが容易く噛み砕かれる。

 血が噴水のように迸る。凡助の体が倒れ、痙攣を始める。


「ウオオオオォォォッ!」


 ハイテンションとなり、勝利の雄叫びをあげるいじめっ子。


「凡助ちゃん……凡助ちゃあんっ!」


 その光景を見て、震えながら叫ぶ者がいた。偶然通りかかった凡助の母親、山駄凡美だった。


 その光景を見た凡美の頭の中で(中略)、時間がゆっくりと(略)、全ての衝撃が凝縮され(略)、トリガーが引かれた。その瞬間、凡美の腹から、悲しみと怒りを詰め合わせた何かがこみ上げてきた。こみあげた感情と共に、力が放たれた。


 凡美の口からビームが放たれ、牙が生えた血塗れのいじめっ子の腹を貫いた。

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