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「お前も来てたのかよ……」
「ぐるるるる」
虎を見て微笑む勇気。虎は勇気に対して頷くように唸ったが、デビルを睨んだままだ。
(アルラウネの気配は極力消しているけど、不意打ちを仕掛けようとしたから、反応させてしまった)
デビルは時々己の体を忌々しく思う。同じアルラウネ持ち同士で、近付くと反応しあってしまうのだ。デビルはその気配を消すことも出来るが、完全ではない。
(虎……。イメージ体のようだが、誰かが能力で出したわけではない。魂魄を持ち、意思を持つ、独立した生物だ)
勇気をかばう虎を解析するデビル。
一方で鈴音もデビルを解析し、その解析結果を勇気の頭に直接送る。
「体の構造が普通の生き物と微妙に異なる……か」
鈴音にテレパシーで伝えられたデビルの解析結果で、何もかも判明したわけではないが、かなり歪で独特な存在だということはわかった。そして――
(凄まじい魂の腐敗臭だ。史愉の馬鹿をさらに悪化させたような……いや、比べ物にならない)
デビルを初めて見ただけで、勇気はそう感じた。
(君達の……いや、雪岡純子の思い通りにはさせたくないんだ)
勇気をじっと見て、デビルは声に出さずに告げる。
デビルは常々、この世界の創造者を意識していた。この世界の理不尽に作り上げた事にも、自分に過酷な運命を与えた事にも、心の中でたっぷりと文句を言い続けていた。
そんなデビルからすれば、誰もが力を備えて、世界の理不尽に抗う力を備えるということは、素晴らしい世界とも感じるが、同時に疑問にも思う。
世界を激変させた所で、人は結局バランスを取ろうとすると、デビルは見なしている。誰も彼もが超常の力に目覚めて、最初は混乱しても、そのうち落ち着くだろうと。しかしそうなるとデビル自身は、活動しづらくなる可能性がある。
何よりデビルは、混沌や破壊を好む一方で、最初から混沌とした状態も、徹底的に破壊された後の状態も、価値を感じない。壊れた玩具の城では意味がない。自分が玩具の城を壊してこそ意味が有るのだ。
デビルの体のあちこちから、何本もの木の枝が生える。木の枝から葉が芽吹き、葉が光り出す。
「身替わりUFO」
飛び道具を用いられる予感がした勇気は、遠隔攻撃を妨げる能力を発動させる。
銀色の回転する円盤が出た直後、光る葉より夥しい量のビームが照射された。何十本のビームが重なり、一つの太いビームのように見える。
鈴音は勇気の後方にいたが、柚と虎はそれぞれ回避を試みる。
(不味い。これは受けきれない)
勇気は振り返って、鈴音に抱きつくような動きを見せた。
鈴音は鈴音で、パラダイスペインで不可視の障壁を張っている。
ビームの本数が多すぎるせいで、銀色の回転する円盤では防ぎきれない分が、あちこちに降り注ぐ。虎はビームを二発ほど体に受けたが、かすり傷程度だ。柚はかわしきっている。鈴音と勇気は不可視の障壁で凌いだ。
「どうしたの? 勇気?」
自分に抱き着いてきた勇気を、きょとんとした顔で見下ろす鈴音。
「いや……どうしたのじゃないだろ馬鹿鈴音。お前がお菓子ばかり食べて体が無闇に大きいから悪い」
「ええ~?」
きまり悪そうな顔で意味不明なことを口にする勇気に、鈴音はますます呆気に取られる。
勇気としては、鈴音を押し倒してビームから守ろうとしたつもりであったが、鈴音が勇気を受け止めて支えてしまったせいで、小柄な勇気では、自分よりずっと体格の大きい鈴音を押し倒すことが出来ず、ただ抱き着いただけの格好になってしまったというわけだ。
デビルは葉に力を充填させて、再びビームを放とうとする。葉が光り出す。
「させぬ」
柚が短く呟き、ポケットの中から何かを取り出し、デビルに向かって投げつけた。
闇の中を飛来する小さなそれに、デビルは気付かなかったが、途中で嫌でも気付かされた。空中で突然巨大化して、デビルに襲いかかったからだ。
柚が投げたのは数個のどんぐりだ。それらが投げている途中に巨大化し、デビルめがけて水平に飛来する。
デビルはどんぐりの直撃を受けることもお構いなしに、二発目のビームを放った。ビームの多くが巨大どんぐりに当たったが、撃墜できた巨大どんぐりは一つだけだ。そして勇気達にビームは届かない。
巨大どんぐりの一つの直撃を食らって、デビルの体が弾き飛ばされ、倒れる。
何ヵ所か骨折したが、問題は無い。例え致命傷を受けても問題は無い。再生できるというだけではない。百合の施術により、オーバーデッドという限りなく完全に不死に近い体を得たデビルは、容易なことでは死に至らない。
「がおーっ」
倒れたデビルめがけて、虎がまた飛びかかってくる。
虎の爪と牙が迫る直前に、デビルは至近距離から衝撃波を放った。吹き飛ばされる虎。
不死身とはいえ、今のデビルは深刻な損傷を受けている。身体が痺れて重いように動かない。このままだとやられたい放題だ。再生するまでの時間を稼ぎたい。
平面化するデビル。
「消えた?」
訝る柚。
「ううん、そこにいる。地面の中? いや、ぺらぺらに平べったくなったよ」
鈴音がデビルのいる位置を指差し、指摘する。
(面倒だな。三人と一匹がかり。しかも一人一人が相当手強いようだ)
デビルは急にやる気を失くした。奇襲をしくじった時点で、もう失敗だったと悟った。
(仕方ない。好きな風に世界を変えればいいさ。それも楽しませてもらうよ)
諦めたデビルは、平面化したまま逃走した。
「逃げてった」
鈴音が報告する。
「また来るかもしれないから、鈴音は周囲を警戒しておけ。こっちはとっとと済ませるとしよう」
勇気が言うと、再び巨大合体木に近付いていく。
「ぐるる……」
いつの間にか虎が近寄ってきて、黒ずんだ塊――陰体を持つ勇気の手をぱくりと咥えた。牙はたてていないし、力もほとんどこめていない。
「お前、まさか俺を止めるためにここに来たのか?」
「ぐるるる」
虎が自分を制止していることを察して、勇気が虎を見て尋ねると、虎は肯定するように唸った。
「そうだな。俺は間違っている。きっとお前が正しい。いつもの俺ならこんなことはしない。でも……これも俺の偽らざる本心だ」
勇気は虎を見つめて、柔らかな口調で語る。
「見逃してくれ。俺のやりたいようにやらせてくれ」
「ぐぅ……」
勇気が頼み込むと、虎は諦めたように勇気の手から口を放し、数歩下がってしゃがみこみ、見届ける構えを取った。
勇気が陰体を巨大合体木に向かってかざすと、木へと押し付ける。すると、それが当然であるかのように、陰体は木の中へ吸い込まれていった。
「では……」
柚が巨大合体木へと近づいていくと、大きく手を広げて、巨大合体木に抱き着いた。そして自分の体を木に押し付けるようにして、力を木の中へと注ぎ込む。
何も変化は見受けられない。
「駄目だ。足りない……」
木に抱きついたまま、柚は辛そうな顔で呻いた。
「そうか……。上手くいかないものだ」
勇気もあっさりと諦めた。それならそれで仕方ないと思う。そこまで執着はしない。今の自分が、純子にどうにかされて、半ば操られているようなものであることも自覚しているので、失敗したと聞いて、ほっとしている部分もあった。
(叶わぬというのか。私の願いではないが、私は純子に恩を返したかったし、私の力の証明をしたかったというのにな)
残念に思う柚だが、純子の目的に同調していたわけでもないので、こちらも悔しいと思うほどではない。
「柚っ!」
柚がよく知る者の声がかかる。蟻広の声だ。
見ると、蟻広、累、綾音、そして綿禍がやってくる。
「綿禍か。そう言えばこの女の能力は、蓄積だの増幅だの、そういうものだったな。つまり……このために呼んだわけか。いい所に来てくれた」
「ええ、そのために連れてきました」
勇気の言葉を聞いて、累が言った。
「がおー」
「虎もいたんですね」
小さく吠える虎に、累が微笑む。
(ちゃんと勇気がいた。騙されていたわけじゃなかったのね。よかった)
自分の組織のトップが困っていると言われて連れてこられた綿禍は、勇気の姿を見て胸を撫でおろした。
「綿禍、お前の力を貸してくれ。この木に力を注いだが、力が足りない。増幅してくれ」
「うん。わかった」
勇気に頼まれ、綿禍は合体巨木に近付き、幹に触れる。
力の増幅を試みると同時に、綿禍自身も、貯蓄している力を木に注ぎ込んだ。
その場にいる全員がはっきりとわかった。注ぎ込まれ増幅した力が、木に影響を及ぼし、何かしらの変化を与えようとしていることを。
木が震えだした。そして風が吹き荒れるかのような轟音が響き渡る。
「今度は行けそうだ」
「凄い力の上昇を感じる。解析も……できない」
勇気と鈴音が気を見上げて言う。
「ぐるるる……」
「木が……光ってる……」
巨木を見上げて唸る虎と柚。巨木が燦然と光り輝く様に、勇気以外の面々は圧倒されていた。




