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勇気と鈴音と柚は、木島に向かって海上を飛びながら移動している。ボートは管理人の枝野がいないので使えないので、大鬼の腕を出し、三人の体を投げてはキャッチし、投げてはキャッチの繰り返しで移動していた。
二次元化して三人を追跡するデビルは、海面を滑って移動している。ただの水面であれば移動も容易であるが、波があるのでかなり移動しづらい。あっという間に三人に距離を離される。
一足先に夜の木島に着いた勇気と鈴音は、島の中心の合体木に向かって、明かりの無い森の中を歩いていく。
「うっ……」
勇気が途中で転ぶ。体調が万全ではなく、ふらついている状態で、視界がろくに利かない夜の森なので、歩くだけでも辛い。
「勇気、私の手握って。私が先導する。私は訓練されていて夜目が利くから」
「わかった」
鈴音が手を差し伸べると、勇気は素直に従い、鈴音の手を握る。
「俺は……純子に操られているだけじゃない。これは俺の本心でもある……」
ゆっくりと歩きながら、勇気が口を開く。
「心のどこかで期待しているんだ。純子の理想とする世界であれば、ままならないこの世界が、少しマシになるんじゃないかって。それは政馬の夢を聞いても、そう思っていた。これは前にも話したよな」
「うん。何度か聞いた」
「俺はあいつらの気持ちを完全に認めていないわけでもない。俺の気持ちとしては、一足飛びに目的を遂げることは反対だ。御大層な理想とやらのために、犠牲を出すことも反対だ。でも……こういうの、トロッコ問題と言うんだったかな? ちょっと違うか? 小さな犠牲の結果、今後の大きな犠牲を出さなくて済ませるやり方も、心の底から否定しきっているわけでもない。それも間違っているとは言い切れない。それどころか……何度も人助けしているうちに、そっちの方が正しいんじゃないかと、迷うことも増えてきた」
勇気のこの本心も、鈴音は語られずとも何となくわかっていた。しかし改めて勇気の口から話されると、印象は大きく違ってくる。
「純子が俺に移植した何かのせいで、俺はその意識を増幅させられてしまっている。純子に操られているだけじゃない……。俺にその意識がしっかりとあったんだ。それを刺激されて、俺は望んでしまっている。純子が望む世界が来れば、虐げられている連中――鬼の泣き声をあげる人達も、力を手に入れることで、泣かずに済むんじゃないかって……俺が助ける必要も無くなるんじゃないかって……」
そこまで喋った所で、勇気はふいに足を止める。
「鈴音、柚、俺は間違っているのか?」
「間違っていると言ったら、引き返すのか? もう心は決まったのだろう? 操られているのではなく、後押しされたと自分でも認めているじゃないか」
「勇気の本心がそれなら……止めない」
問いかける勇気に、柚は淀みなく答え、鈴音は躊躇いがちに答えた。
「本心か……。確かにこれも本心だ……」
勇気は微笑をこぼすと、再び歩き出す。
「ところで、お前は何でこんなことをしているんだ?」
勇気が柚の方を見て尋ねた。
「言わなかったか? 私の今ある命は純子によって与えられたものだ。おかげで人として、生を満喫できている。つまり純子には大きな借りがある。それを返すだけのこと」
「そうか」
柚の答えを聞き、納得する勇気。嘘をついているようには思えなかった。
「不思議なものだよ。私は君のことを……父親とも呼べる癒しの大鬼を恨んでいたが、君の話を聞いていると、君のことを知ると、少しずつ心が浄化されて、恨みが消えていく感覚だ」
「そうか。それで気が済むなら、いくらでもお喋りしてやろうか。他にはゲームの話くらいしか出来ないけどな」
柚の言葉を聞き、少し皮肉げな口調で勇気が言った。
やがて三人は、あの巨大合体木の前に到着する。
『昼にぞろぞろと団体が来たかと思えば、今度はお主が来たか。しかもこのような夜更けに。むっ……? お主は……』
巨大鬼の残留思念が現れて喋りだす。その視線は、柚に注がれた。
「久しいな。驚いたか? 私が未だ健在であることに。ええ? 御父上」
大鬼を睨み上げ、挑みかかるような口振りの柚。消えかけていた恨みや怒りが、また再燃してしまった。
『如何なる組み合わせか。何用か……。悪い予感しかせぬぞ』
「亡霊は黙っていろ。そこでただ見ていればいい。お前の止まった時を動かすのは、お前の転生であるこの勇気と、お前に生み出された最大の失敗作である私だ」
せめてもの反抗と意趣返しのつもりで、柚は憎々しげに言い放つ。
勇気が胸をはだけて、己の体内に手を突き入れる。血は出ない。細胞と細胞の間をすり抜けている。
体内から黒ずんだ塊を取り出す勇気。それは純子に移植された、惑星グラス・デューで手に入れた陰体の欠片だ。
「純子が言っていた。この陰体には、俺の体内のアルラウネ全てのDNAと、俺のDNAが混じっている。リコピーアルラウネバクテリアが凝縮されている。これをこの木の中に入れろと。俺の役割は……そこまでだ」
憔悴した顔つきで話す勇気。
前世の勇気の体と、それを終宿主としていたアネラウネ達。現世の勇気のDNAと、勇気を終宿主としているアルラウネ達のDNA。その調和を純子は確信していた。
「俺はそのうちアルラウネに食われて木になるんじゃないかと、そんな予感がしていたけど、そうじゃなかった。大鬼は死ぬ前に持てる力全てをアルラウネの養分にして、力を放出しようとした。つまりこの木は力の発射台」
『されど俺は失敗した。そこまでの力は無かったようだ。あるいは方法が間違っていたのか』
勇気の言葉を聞き、大鬼の残留思念が残念そうに言う。
「純子が言っていたよ。全てがお釈迦になったわけじゃない。力の発射台である木は残っている。砲台に新たなエネルギーを充填すればいいだけだと」
柚が告げる。
「勇気の力は砲弾。発射する砲台がこの木。エネルギーは――御父上殿、お前が忌み嫌って壊そうとした、この私が供給して充電しよう」
「なるほど。お前はそういう役割でついてきたのか……」
柚の言葉を聞いて、勇気は納得した。
『俺が作った木島の宝鏡は、俺の創造を越える力が有る。望むことの後押しにはなるであろうな』
大鬼が言う。
「勇気、それを木に入れろ」
「ああ」
柚に促され、勇気は手にした陰体を木に近付けていこうとしたが、その手を止めて振り返った。
「どうした?」
訝る柚。
「誰だ? 誰かそこにいるな。俺と同じくアルラウネ持ちだ。俺の中のアルラウネが反応しているぞ」
勇気が闇の中に向かって声をかける。
闇の中から真っ黒な人影が飛び出てきて、勇気に向かって一直線に飛びかかる。
鈴音も柚も反応して、勇気を護ろうとしたが、それよりも早く、勇気の前に現れた者がいた。
それは何も無い空間にいきなり湧いて出て、漆黒の襲撃者を阻んだ。飛びかかってきた黒い影を、空中で迎撃する。
鋭い爪で切り裂かれ、それは大きく後退して間合いを取る。
「がおーっ」
勇気の前に立ちはだかった虎が、いまいち迫力の無い声で、全身真っ黒の襲撃者に向かっ
て吠える。
「と、虎っ……?」
『虎だな』
謎の襲撃者よりも、突然現れた虎の方に気を取られる柚と大鬼。
(虎……?)
黒い襲撃者――デビルも、自分の邪魔をした虎を見て、目をぱちくりさせていた。
***
蟻広は柚の動きを聞かされていなかったので、不安になって、夜の木島の里のあちこちを探し回っていた。
しかし探している最中に、柚からメールが来た。そして勇気と接触して島へ向かう旨を伝えられる。
「もっと早く報せろよ。ていうか、先に報せろよ。おかげで本気で心配しただろ。マイナス18だっ」
忌々しげに吐き捨てる蟻広。
安心して旅館に戻ろうとした蟻広に、今度は綾音からメールが届く。木島の里に着いたという報告だ。
綾音達と合流するために、蟻広は里の入口で待つ。自分に監視がついていないことはちゃんと確認済みだ。
やがて蟻広の前に、累と綾音と綿禍が現れる。
「柚は勇気達と共に島へ向かった。しかし俺達が行く手段が無いぜ。ポイント8マイナスだ」
蟻広が憮然とした顔で報告する。
「この時間では、流石にボートを借りるのは無理でしょうね」
と、累。
「私と父上でかわるがわる、亜空間トンネルを連続で出して、トンネルの中を移動して海を渡るというのはどうでしょう?」
「時間も力もかかりますが、それしかありませんね」
綾音が提案し、累も了承した。
(この子達に従っていていいのかな……?)
ふと、疑念を抱く綿禍。
綿禍が大人しく従っている理由は、勇気のために力を貸して欲しいと、そう言われたからである。間に合わないと大変なことになるなどと言われたが、何がどう大変になるのかは、全く説明を受けていない。
純子や真の身内であることも証明されたので、信じてもいいかと思って着いてきた。しかしその一方で、何故か誰にも連絡しないで欲しいと言われてもいる。電話をすると、勇気の敵に盗聴されて居場所が知られるなどと言われて。その辺の話が、嘘なのではないかと、綿禍は感じていた。
(でも……この子達が私に危害を及ぼすような悪い子には、どうしても見えないのよね)
それ故に、綿禍は累と綾音に従っていた。




