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夕方、グリムペニス日本支部ビル。
綿禍は昼はこのビルで仕事をしており、夜にはグリムペニス安楽市支部へと戻る。そちらに住居があるし、黒柿島から一緒に来た仲間達もそちらにいる。
帰宅しようとした綿禍の前に、十代前半と思われる淡い金髪の美しい少年と、十代後半と思われるスレンダーな黒髪の少女が現れる。二人とも同じ翠眼をしている。
「初めまして、綿禍さん。私は雫野綾音と申します」
「雫野累です。初めまして」
「はあ……初めまして」
挨拶する綾音と累に、綿禍は不審げに挨拶し返す。
「一緒に来て頂けないでしょうか? 貴女の力が必要です。貴女が所属する組織の長である、勇気のために」
累が口にした台詞を聞いて、綿禍はさらに不審に思った。
「すみません。上の人に聞いてみないと……」
「秘密裏に来て頂きたいのです」
断りを入れる綿禍であったが、綾音はますます怪しい要求をしてくる。
「無茶な話であることは、承知しています。急がなくてはならないので、事情は移動しながらで。間に合わないと大変なことになります」
「人の多い場所を移動し続けるので、私達が貴女に危害を加えることはありませんよ」
「わかりました……」
綾音と累に言われ、綿禍は不審感たっぷりなまま了承した。実際に勇気が危機であったら大変だと思ったからだ。
***
史愉、ミルク、バイパー、熱次郎、ジュデッカ、ネロ、男治の七人は、ボートで木島へと渡った。
何故このメンツがここを訪れたかというと、勇気のルーツがここにあると知り、興味があったからだ。ネロに関しては、純子がここで何をしようとしていたのか調べるためだ。
「六人か。この人数だと、二回に分けてだなあ。しかしこんな大人数で木島に行きたいと言ってきたのは初めてだよ。しかもバラエティー豊かというか」
枝野という老人がボートを貸してくれると聞いて、七人で訪問すると、枝野老人は苦笑していた。ミルクは人数に勘定していない。
『とんでもなく強い霊的磁場だな』
島に着くと、バイパーの持つバスケットの蓋を開け、ミルクが顔を出す。
「あのデカい木……外からは見えないようにしてあるのか。海岸に着いた途端に見えたぞ」
「ほぼ永続的な術がかけられて、隠匿されているようですねえ」
島の中心に立つ恐ろしく高い木を見上げて、ジュデッカと男治が言う。
「ああ、思いだした。枝野って苗字どこかで聞いたことがあると思ったら、グリムペニスにいたぞ。木島の鬼の末裔の三人組とやらの一人にいたぞ。多分こことも繋がりある気がするぞ」
「今更ですか~」
史愉の言葉を聞いて呆れて笑みをこぼす男治。
「男治のくせにあたしを見下してるんじゃねーぞーっ」
「わわっ、何するんですかー」
かちんときた史愉が、後ろから男治の両耳を引っ張った。
やがて巨木の麓に辿り着く七人。
「す、凄まじい霊気……」
ネロが巨大合体木を見て唸る。
「側に着くと一段と、だな。そしてこのでけー木には、とんでもないパワーが秘められているぞ」
ジュデッカが解析を行いながら言った。力を秘めている以外のことは、あまりよくわからない。
『ここまで大勢の客人が訪れるのは珍しいことよ。おまけに強者がひしめいておるわ』
野太い声と共に、巨木の手前に巨大な赤鬼が現れた。勇気が呼び出しているものと同じ大鬼である。しかしこちらは一層体が透けている。
「鬼の幽霊か?」
『違うな。こいつは魂魄の無い残留思念だ』
バイパーが鬼を見上げて呟くと、ミルクが否定した。
『その通り。知性は有り、思考も出来るが、魂は無い』
「どうしてそんな残留思念が残っているんだ?」
ジュデッカが尋ねた。
『輪廻へと旅立った俺の魂のためでもあり、縁の大収束への備えでも有る。縁の大収束に巻き込まれることはわかっていたのでな。後は、この木に惹かれた者への案内係と言ったところか』
鬼が答える。
「つまりこいつが色々教えてくれるわけね。ぐぴゅ。このデカい木は何なんス?」
今度は史愉が尋ねる。
『俺はかつて癒しの鬼と呼ばれておった。俺は死期を悟り、癒しの力を残そうとした。その成れの果てがこの巨木よ』
鬼が自嘲めいた響きの声で話す。
『俺の中に木の人と呼ばれる者達がいたことは存じておるか』
「知ってるぞー」
「知ってま~す」
『知ってる』
史愉、男治、ミルクが返答する。
「し、知らぬ」
「知らない奴はあとで調べるといいぞー。その辺の説明は今は不要だぞー」
首を横に振ったネロに向かって、史愉が言う。
『木の人達は終の宿主が果てると、宿主の骸の中で成長し、このような木へと変わる。そのうえで、俺はこの巨木に力を宿したのよ。木の人達は俺の意志を継いで、癒しの力を放出し続けて、世に満たさんとした。されど力が足らず、しくじってしもうたがな』
『つまり……力を貯蓄しているうえに、広範囲に放出もできる装置みたいなもんですか』
鬼の話を聞いて、ミルクが呻く。
「失敗の理由は?」
熱次郎が問う。
『知らぬ。失敗したとしか言えぬな。力が足りなかったのか、力の操作を見誤ったか』
鬼はかぶりを振ってこたえた。
「この木が島の外から見えない理由は何ですかね~?」
今度は男治が質問した。
『力の源が知られれば、悪しき者に利用されよう。それを危惧して、島に上がらないとわからぬように、近くの村の術師の家系が何代にもわたり、幻術で隠しておるのだ。それでも来客があることはわかっていたので、こうして残留思念を残した。しかし……癒しの力の放出をしくじった時点で、俺は俺の輪廻の導き役と、来客の案内係になってしもうたがな』
また自嘲めいた笑みをこぼす鬼。
「純子は勇気をここに連れてきて、何がしたかったのかな……?」
熱次郎が疑問を口にした。
「そ、その答えは純子に聞いてみないと……わ、わからん」
ネロがもっともなことを言う。
『今の勇気は陰体と黒アルラウネを移植された状態にある。その狙いもわからん。取り敢えず純子に関しては、見張りを立てて動きを封じ続けておくべきだ』
と、ミルク。
「東京に戻ったら、勇気の体から移植されたナントカを除去してやってくれよ」
『出来るかどうかわからんがやってみよう。このままにしてもおけないし』
ジュデッカが要求すると、ミルクが応じた。
***
木島の里の民宿の一つにて、チロン、シスター、ブラウン、幸子、真、ツグミの六人がかりで、純子は監視されていた。
部屋の中にて車座になった六人の中に、純子がいる。
「あのー……寝る時もひょっとしてこんな感じ?」
「徹夜で交代で見張りまーす」
苦笑いを浮かべて尋ねる純子に、シスターがさらりと答えた。深夜にここにいない者達で、見張りを交代してもらうつもりだ。
「ベントラベントラ……」
「そういう儀式じゃねーだろ」
念じ始めるツグミに、ブラウンが笑って突っ込む。
「上手くいくと思ったのになあ。それにこの監視っぷり。どうにもならないかなあ……はあ……」
大きく息を吐いてうなだれる純子。
「やっぱりまだ諦めてなさそうだな」
「諦めるはずがありませーん」
純子の言動を聞いて真が言うと、シスターが断言した。
「そりゃあねー。千年越しの悲願がかなうかもしれないと思ったその直前に、邪魔されちゃったんだもの」
と、純子。
「どうしたら諦める?」
「いや、諦めないってば」
「本人にそれを聞くのかよ」
真が真面目に問いただすと、純子はあっさりと答え、ブラウンが真に突っ込んだ。
「現実的な問題として、雪岡が勇気を諦めないのなら、ずっと監視下に置かれることになるぞ。それはどっちにとっても嫌だろうに。諦めることの証明をした方がいい」
「んー……まあそれは確かにそうだし……一理あるね……」
真に指摘され、純子は苦しげな口調で認め、頬をかく。
その時、部屋の扉が乱暴に開けられた。そして血相を変えた蟻広が現れる。
「柚がいなくなったぞ。連絡もつかない」
蟻広が言い、純子以外の面々を見渡す。
「おい、お前達の仕業か? だとしたらポイント三桁マイナスだ」
「私達は全く関知していませーん。純子の仕業ですかー?」
「危険は無いと思うよー」
シスターが否定して純子の方を向くと、純子は蟻広に向かってそんな台詞を吐く。
「おい……それはどういう意味だよ……って、そういう意味だよな」
ブラウンが渋面になって頭をかく。
「自分の代わりにあの女を動かしたわけか」
「揃いも揃って、純子のお仲間の監視を怠るとはどんな間抜けぶりだか。ま、俺もその間抜けの一人だが」
真とブラウンが言う。
「俺はそんな話は聞いてないぞ。柚一人を危険に晒しやがって……」
「だから危険は無いってばー」
蟻広が純子を睨むが、純子は微苦笑を浮かべつつなだめる。
「連絡がつかないのは位置特定を防ぐためでしょう」
と、幸子。
「何を企んでるか、問い詰めた所で吐かないだろうけど、取り敢えず他の連中に報告しておく」
真が断りを入れ、メールを送った。
「幸子、ネロと一緒に、勇気君のいる病院に向かってくださーい」
「わかりました」
シスターに命じられて、幸子は部屋を出て行く。
「俺も行く」
蟻広もその後を追う。
「あいつを行かせてよかったのか? 演技しているだけかもしれねーぜ」
ブラウンがシスターに伺う。
「とても演技とは思えませーん。愛です。愛」
「うおおおっ、臆面もなく愛とか言ってるー。何か凄いっ。流石偉い人っ」
シスターの台詞を聞いて、ツグミが何故か嬉しそうな笑顔で茶化した。
***
夜の病院。鈴音が一人で勇気の病室にいる。政馬と季里江は食事を買いに行った。
(このまま勇気が起きないなんてこと、ないよね……?)
勇気の寝顔を見つつ、鈴音は思う。それはここに来てから、幾度となく抱いた不安だ。
「鈴音……」
「えっ!?」
目を開かないままの勇気が、寝言のように自分の名を口にしたので、鈴音は驚きの声をあげる。
勇気の瞼がゆっくり開く。
「近い……」
目を開けたら至近距離から覗き込む鈴音のアップ顔があったので、勇気は辟易としてしまう。
「勇気……よかった……目覚まさないんじゃないかって……」
涙ぐみながら、鈴音は勇気に抱き着く。
「夢の中でもお前がいたが、目を覚ましても側にいるとはな」
勇気が呟くが、実の所それは珍しいことではない。これまでも何十回となくあったことだ。




