22
デビルが犬飼と出会って、まだ数日頃の話。
「疑問に思ったことはないか? 何で神様は世界をこんなに残酷に作り上げたかのか? 何で残酷なことばかり起こしているのかってさ。俺は……いや、小説を書いた事がある奴ならわかるはずだ。いや、わかる奴は多いはずだ。残酷に作らないと楽しくない。残酷にするから楽しい」
犬飼はデビルの前でこんな話をした。犬飼はよくデビル相手にあれやこれやと話をする。
「小説を書いた瞬間、人はちょっとだけ神様になる。少なくともその作品の住人からすれば、明らかに神様だ。違うか?」
問いかける犬飼であったが、デビルは黙したまま耳を傾けている。犬飼の話は皆新鮮で面白いと感じている。そしてこの話は特に自分の考えと合っていたし、犬飼の切り口が素晴らしいと感じた。
「こいつは俺のしょーもない理屈だから、話半分に聞いてくれりゃあいいが……と、前置きをして。漫画もゲームもラノベもアニメも映画も全部、あれは現実かもしれないんて、そんなこと考えたことはないか? フィクションも、作られた時点でリアル。皆、悲劇が好きだよ? 作家は面白半分に悲劇や悲喜劇を描き、読者は悲劇と悲喜劇を楽しむ。でもな、それはフィクションだからと、作者も読者もどちらも安心している。しかし完全に作り物だと割り切っているなら、物語に没頭もしないんじゃないか? 物語に没頭して夢中になって、色々と感じ入るのは、その物語の中に確固たる世界が存在すると、そう受け取っているからじゃないか?」
「世界が創られた時点で、その世界は本物になる? つまり作者が運命を書き綴る神様?」
いつも黙って話を聞いているデビルであるが、たまに口を開く。
「その解釈でいいんじゃないか? つまり俺も神様だ」
おどけた口調で言い、笑う犬飼。
犬飼が自分と似たような思想を持っていたことに対して、色々と思う。デビルは神を信じていたし、神は非常に底意地が悪く、人の運命を弄ぶ存在だと思っていた。そんな神様を意識して、デビルは神様とゲームをしている気分で生きていた。
(僕はかつて、僕の運命を書き綴っている神が大嫌いだった。粘着質でしつこくて、僕を幾つかのテーマに縛り付けていた。そうだ。僕を主人公にした作品にはテーマがある。テーマがあるから、きっとそれは神様にもどうにもならない)
世界は作品であり、神様は作者となれば、そういう解釈も出来る。
(僕が主人公の作品のテーマの一つは――依存)
デビルは自覚している。自分は常に依存する性分だと。
かつてシリアルキラーに憧れていたデビルだが、今や憧れの気持ちは無い。シリアルキラーの正体を知ってしまったからだ。
シリアルキラーは大抵が子供の頃に酷い虐待を受けている。殺人鬼を容易く悪者扱いする者も、そのような境遇に生まれれば、同じシリアルキラーになる。非難することも馬鹿馬鹿しいが、そう意識することで、崇拝することは馬鹿馬鹿しいと感じてしまった。
今やデビルにとってシリアルキラーとは、崇拝の対象ではなく、同胞であると受け止めている。自分も世界に怒りの火を放ち、無差別に焼いてまわる者だ。
かつて崇拝したシリアルキラーであった睦月への想いは、未だにある。あるからこそ、もう近付かない。壊したくない。穢したくない。もう二度と会わなくていい。良い想い出だけあればいい。何より依存するのはよくない。
そして今、デビルは犬飼一という男に依存している。
人は人に依存する。人は人に対して憧れる。人は人を崇拝もする。若い時は特に、安っぽいスターやアイドル、胡散臭いカリスマに病みつきになることがある。
今のデビルは犬飼に対してそのような感情があるが、依存や崇拝がよくないこともわかっている。しかし今は依存している事が心地好い。
***
真、ツグミ、熱次郎、史愉、政馬達、鈴音、ミルク、バイパー、桜、チロン、男治、季里江、ジュデッカが木島の里に着くと、すでに純子は捕まっていた。捕まえられた純子と共に、バス停で体面した。
「ま、また会ったな」
「ああ」
ネロが真に向かって声をかけ、真も短く応じる。
「シスターさん、お久しぶり」
シスターを前にして穏やかな口調で挨拶する政馬であるが、憎悪の眼差しを叩きつけている。ほんの数週間前、目の前で舟生を殺害したことは忘れようが無い。
「貴方と手を組むことになるとは思いませんでしたー。よく声をかける気になりましたねー。復讐するための工作とも疑いましたが、そうでもないのですねー」
「何が一番重要かを考えたからね。利害は一致した。僕達は勇気を取り戻したかったし、純子に好き勝手させたくもなかった」
シスターが意外そうに言うと、政馬は抑揚に欠けた声で話す。いつもの政馬とは明らかに違う話し方だ。
(それに……復讐は冷めてから食べた方が美味しいっていうじゃない。いつかその美味しさを堪能できる機会が来ると、僕は信じているからね。でも今はその時じゃない)
密かに憎悪を滾らせる政馬であるが、シスターは自分に向けられた政馬の負の感情も見抜いている。
「よう、シスター、ネロ、ブラウン。三馬鹿揃い踏みだな」
ジュデッカがやってきて、嘲笑と共に声をかける。
「ジュデッカ、お久しぶりでーす」
シスターが挨拶する一方、ブラウンは無言で怒気に満ちた視線を向けている。ネロは軽く一瞥しただけだ。かつてジュデッカはヨブの報酬とも何度も敵対し、直接戦ったこともある間柄だ。
「で、勇気は?」
鈴音がシスターの隣にいる純子を睨みつけ、冷たい声で問う。
「病院にいまーす。命に別条はないようでーす」
純子ではなく、シスターが答えた。
「たは~、じゃあこれで終わりですかあ?」
「わざわざ新幹線で何時間もかけてきたのに、すでに解決していたなんて……」
男治が苦笑し、桜も渋い表情になる。他の面々も似たような反応だ。
「雪岡先生、もう悪いことしちゃだめだよー」
「うんうん、反省してるからー。改心もしたからー。すまんこー」
ツグミが弾んだ声で純子に声をかけると、純子も弾んだ声で謝罪して両手を合わせた。それを見て、鈴音はむかっ腹が立つ。
「だってさー。よかったねー、真先輩」
「これで諦めるタマじゃないぞ、こいつは」
純子の言葉を鵜呑みにするツグミに、少し呆れる真。
「でもさ、雪岡先生は本当に勇気先輩のこと人体実験しちゃうつもりだったの?」
「もう人体実験もしまくったし改造もしまくったよー。命に関わるようなことはしてないけどね」
ツグミの問いに、純子が答える。
「ふざけないでよ……。勇気をさらっておいて、何なの、その軽いノリ……」
鈴音が両拳を握りしめて震わせ、純子を睨みつけながら、怒りに満ちた低い声を発した。
「すまんこ……」
今度は本当に申し訳なさそうに頭を垂れる純子。
「僕達のことも裏切ってくれたしね。取り敢えず今はその件は置いておくけど」
溜息混じりに政馬。裏切った純子をどのように処分するか、幾つか考えてはある。単にクビにするだの粛清するだのではなく、純子の性格を考えたら、これを大きな貸しに出来るかもしれないと、政馬は計算していた。
「純子のことはこちらで当分監視しまーす。勇気君が回復して目覚めない限り、またこっそりと勇気君のことを連れ出さないとも限りませんのでー」
と、シスター。
「純子の馬鹿と決戦のつもりで来たのに、あたし達とんだ無駄足だったぞー」
「どうせだから観光していきましょうよ~」
「俺は純子が言っていた木島の合体木とやらを見ておきたいな」
「あ、それはあたしも見たいぞー。ぐぴゅぴゅ」
『せっかくだから私も見よう』
史愉、男治、熱次郎、ミルクが言い、さっさと移動を開始した。バイパーも一緒だ。ネロとジュデッカも着いていく。
「日帰りも大変だし、今夜は泊っていく方がいいじゃろ」
「俺、旅館に泊まりてーな」
チロンとブラウンが言った。
***
木島町民病院。勇気の元には、鈴音と政馬と季里江の三人で訪れた。
ベッドに寝かされた勇気の姿を見て、鈴音は心底安堵する。
目頭の熱さを感じながら、鈴音は勇気に抱き着き、頬をすり寄せる。無事な目と潰した目の両方から、涙が溢れ出ている。
「これでもう終わり? 勇気の救出成功?」
「家に帰るまでが救出だよ。この場合、意識を取り戻すまで――もセットがいいかな」
季里江が口にした疑問に、政馬が答えた。
(まだ……嫌な予感がするんよ……)
あっさりとしすぎていて、逆に疑ってしまう季里江。こういう時には、見落とした落とし穴がありそうな予感がする。
「何で意識が無いの? やっぱり純子におかしなことされたからじゃないの?」
鈴音が険のある声で、誰とは無しに問う。
「木島とやらに行く前に、ミルクや史愉達にそれをちゃんと調べてほしかったね。何でそこまでちゃんと気を回してくれないんだろうな。いや……今更気付いた僕に、どうこういう資格も無いか」
政馬が言い、後で調べるように、史愉達にメールを送った。




