20
純子は柚と蟻広と共に、勇気を連れてヘリで飛び立った。
塵も積もればバステに攻め込んだ、グリムペニスとスノーフレーク・ソサエティーの面々は戦闘を止め、ビルの外で一ヵ所に集まって互いに状況を報告し合う。と言っても、最も重要なことは、純子が勇気を連れて塵も積もればバステを去ったことだ。
「行き先はわかっている。僕達で今から追っても間に合わないだろうけど、それでも追おう」
史愉、ツグミ、鈴音、スノーフレーク・ソサエティーの者達を前にして、真が促した。
「ぐぴゅう、どこへ?」
「政馬が言ってただろ。木島の里。木島だよ」
史愉が問い、真が答える。
「占いなんかあてにするんスか?」
「いや、僕も雪岡はいずれそこに行きそうな気がしていた。政馬達も同じ場所を口にしているし、他の場所は考えにくい」
眉をひそめる史愉に、真が告げる。
「僕はただの推測だったけど、政馬もわかっていたなら先に教えてほしかったな」
と、真が政馬を見やる。
「情報漏洩のリスクもあったからさ。それにね、確信しているわけでもないよ。史愉も言った通り、占いだからね。よく当たる占いだけどね。それにさ、手も打ってあるんだ。一応ね」
と、政馬。
そこに、熱次郎と累がやってきた。
「知っているかもしれませんが、純子はヘリに乗ってここから去りましたよ」
「知っている」
累が告げると、真は熱次郎の方を見た。
熱次郎は真の視線を受け、思わず身構えてしまうが、真に敵意や怒気が無いようなので、少しほっとする。
「ここを離れたということは、勇気の研究調査だか実験だかが済んだということだな?」
「そうなる。ある段階まで移行したら、輸送するとは言っていた。行先は教えられていない」
真の問いに答える熱次郎。
「熱次郎に教えなかったのも、情報漏洩すると思ったからだろうな」
「純子は俺のこと信じてないのかな……」
真の言葉を受けて、熱次郎は悲しげな表情を見せる。
「そうじゃない。熱次郎は僕と雪岡の板挟みになっている。そのうえでこちらの事情も知れば、口を割りそうじゃないか」
「敵を騙すからには味方からって言うし、雪岡先生は味方にも秘密いっぱいそうな人だから、気にすることないよー」
「身内にも平気で嘘をつきまくりますから、いちいち気に病むことはありませんね」
真、ツグミ、累が三人がかりで熱次郎をフォローした。
「あれ……俺、生きてる?」
啓太が目を覚ます。
「あのね、啓太は死にかけてたよ。純子が助けてくれたみたい」
政馬が啓太に側に寄って伝えた。
「あの人が……」
「僕達はここから離れるよ。啓太も一緒においで。スノーフレーク・ソサエティーの一員として迎えるよ」
「うわ~、政馬先輩、相変わらず強引だ~……」
「いつものことじゃん」
啓太を勧誘する政馬を見て、呆れるツグミと、諦めたように言う季里江。
「嬉しいお誘いだけど、きっと俺は迷惑かけると思う。ちゃんと病気を治してからにするよ。その時は……よろしく」
「そっか。待ってるよ。早く治してね」
「その早く治してねの台詞は余計だっつーの」
力無く微笑みながらやんわりと断る啓太に、政馬は笑顔で告げ、ジュデッカが突っ込んだ。
「早く行こう」
鈴音が冷たい声で促す。いつまでも関係無い話をしている事に、少し苛立ちを覚えていた。
「俺もついていっていいか?」
熱次郎が名乗り出る。
「はあ? あたしはまたあの台詞を口にしなくちゃいけないの? 寝言は寝て言いやがれっス。ぐぴゅ」
「いいぞ」
史愉がつっぱねたが、真は了承してしまう。
「いいわけないだろーっ。こいつは純子側の奴だし、どう考えても敵だし、隙をついてあたしらの妨害してくるに決まってるぞーっ」
史愉が真に噛みつく。
「そう見られることも承知のうえで、熱次郎は頼んできたんだ。そんなことはしないと、僕は信じる。もし熱次郎がそれでもなお裏切ったなら、僕が責任取って、コーナーポストの上から場外にゴッチ式パイルドライバーしておくから」
「死ぬだろ……それは……」
「裏切り者を処刑する気満々だ~」
真の言葉を聞いて、熱次郎は苦笑いを浮かべ、ツグミは何故か嬉しそうな声をあげる。
「でも一つしっかりとこいつは確認しておきたいぜ。さっきは純子サイドにいた奴が、俺達と同行したい理由は何だ?」
ジュデッカが問い詰める。
「見届けたいのと、真に借りを返したいって気持ちかな」
真の敵に回ってしまったことに対し、引け目も抱いていた熱次郎である。
「ぐっぴゅう。偽善蝙蝠野郎め。そういうのは一番信用ならんぞー」
「僕は信用するから問題無い」
「何かあったら真の責任だからなー。ぐぴゅぴゅ」
しつこくケチをつける史愉であったが、熱次郎は史愉に対して不快感を抱くことは無かった。疑われて当然の立場だと自覚している。
***
犬飼の元に電話がかかる。
「珍しいな。あいつがわざわざ電話かけてくるなんて。つまり――」
つまりどうしてもすぐに報告したいことか、相談したいことがあるという事だと、犬飼は見なす。
電話を取り、相手の話を聞く。
『彼等は失敗したけど、雪岡純子の行先はわかっているようだ。僕も着いていく』
「そうか。で、デビルは何も手出しはしなかったわけだ」
『手を出しても面白くなるような気はしなかった。今後どうなるかは不明』
デビルが事務的な口調で言う。滅多に喋らないし、喋り方そのものは淡々としているが、喋る時は自分の感情や考えをちゃんと口にする。
「それでいい。お前は機を見るのに長けているし、ここぞという時に手出しすればいいさ」
相手が具体的に迷って相談しているわけではないので、犬飼はあえてファジーな言葉を口にした。
***
純子、柚、蟻広は、拘束して寝かした状態の勇気を連れて、車で木島の里へと向かった。
「純子の運転する車には二度と乗りたくないな……マイナス146だ……」
関東から中国地方までの長旅を終えた所で、車を降りた蟻広が、真っ青な顔になって言う。
「すまんこ……。皆に言われる……」
車から降りた純子が申し訳なさそうな顔で謝罪する。帰りは新幹線にする予定でいる。車は人を雇って送り返してもらう。
「私は楽しかった」
「どういう神経してるんだ……」
柚の言葉を聞いてあんぐりと口を開く蟻広。
「私からすれば全てが新鮮だからかな。車での旅行、楽しかったよ。ここの景色も素晴らしい。いや……ここが私の生まれ故郷のはずなのに、まるで初めて来た土地みたい」
朗らかな面持ちで、海と漁村を見渡す柚。
(私もそうだったなあ。マスターに目を与えられた時、世界の全てが輝かしくて、何もかもに感動したんだ)
そんな柚を見て、純子は過去の自分と照らし合わせて懐かしむ。
(今は今で楽しく世界を満喫している。生の喜びを味わっている。でもさ……きっと累君やみどりちゃんもそうだけど、生まれて間もない頃、少し育った頃、青春時代、そういった頃の想い出では凄く鮮烈に心に焼き付いていて、五百年以上、千年以上昔であろうと、忘れられないんだよ。懐かしいという感情。それは凄く強くて温かいけど、切ない気持ちなんだ)
そこまで考えた所で、純子は別のことを意識した。
(誰かいる? 私が生きていた時代、私が生きていた国、あの世界を知る誰か……。もう誰もいないよね。つまりは誰とも共有できない。あの記憶があるのは私だけ。あそこにあった全て、あの時あった全て、確かにあったはず。でも……私しかももう知らない……)
その事実を意識すると、かつては寂しいと感じていた。しかし今はその寂しさも無い。
(寂しさを埋めるものが、今は十分にあるしね。こんなこと意識しない方がいいことだよ)
「で、これからどうするんだ?」
蟻広に声をかけられ、物思いに耽っていた純子は現実に引き戻される。
「えっと――あ……」
答えようとした矢先、純子の注意が別の物へと向けられた。
坂道の下から、四人の男女が姿を現す。そのうち三人は、人種的には日本人ではないように見える。そしてその四人共、純子が知っている人物だ。
「占いがどんぴしゃ的中かよ。無駄足にならなくてよかったぜ」
長い金髪を持つ長身の白人が言った。神父の服装をしているが、おおよそ神父に相応しくない、人相の悪い男だ。
「そうですねー。でも私はその占いが何となく当たっていると感じていましたー」
ウェーブのかかった赤髪の女性が、純子に視線を向けて言う。
「あれま。シスター、ここで出て来るんだー」
ヨブの報酬の棟梁であるシスター、大幹部のブラウンとネロ、エージェントの幸子の四人を前にして、純子は微苦笑をこぼした。




