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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
10 リアルをゲームと思って遊ぼう
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15

 空中でしゃがみこみ、足場にしている気孔塊を両手で掴んで倒立する張強。空中で逆さになって制止するというシュールな絵図は、通行人達の目に嫌でも止まる。先読みを得意とする陸からしても、相手の動きがあまりにも予測不可能で、若干当惑気味になっていた。


 直後、陸が横転してその場を飛びのいた。


「おおう、今のをかわすかね」


 陸が張強に目を取られている隙をついて攻撃した林宗一であったが、それすら察知して回避した事に、少なからず驚嘆していた。


 林の手には、フェンシングの剣の柄の部分だけが握られていた。刀身は存在しない。いや、正確には有る。

 林が柄を突きだす。それと同時に柄から気で作った不可視の刀身が高速で伸び、陸のいた空間を貫く。手を引くと同時に、刀身も消えさらに幾度も突く度に刀身が伸びて襲いかかる。


「あいつ、全部見えているんだな。心眼開いてるってか」


 自分の攻撃を正確にかわしている陸の動きを見て、林はそう確信した。気配で攻撃を察知できる者はいるが、陸の動きは明らかに視覚的に見てかわしているとしか思えなかった。


「むぐー、余計な邪魔してくれちゃってー」


 空中で倒立したままの張強が呻くと、鉄棒の大車輪の要領でもって、空中で勢いよく体を何度も回転させると、そのまま気功塊から手を離し、足を折り曲げて体を丸め、回転して陸に襲いかかる。

 次に何をしてくるか全く予想のつかない張強の動きは、陸にしてみればかなり相性の悪い敵と言えた。ただ大きく距離を取ってかわすしか手が無い。相手の動きがわかれば、最小限の動きで回避してカウンターも狙えるが、現時点で張強相手にカウンターを狙うのはリスクが大きすぎる。


 張強が着地した時、陸はすでに4メートルは離れた位置にいた。張強からしてみれば、陸が空中で軌道が替えられない自分めがけてカウンターを放ってきたら、即座にまた気功塊を作って空中で動きを変え、カウンターへのカウンターを狙うつもりでいたが、アテが外れた。


「中々手強いなー」


 陸を見据えて不敵な笑みを浮かべ、賛辞のニュアンスも込めて張強は言った。


「それはこっちの台詞だっつーの」


 一方で陸は憮然とした面持ちで呟いていた。雪岡純子にちょっかいを出しに来たというのに、思わぬ邪魔が入ってしまった。敵は純子も合わせて四人もいるうえに、それぞれ手の内が分からない。特に目の前にいる男は、何をしでかしてくるか予測不能な動きをしてくるので、非常にやりづらい。


「このまま見物しててもいいけどねー。わざわざ私と遊びにきてくれたんだから、私が歓迎してあげないとね」


 そう呟くと、純子はその場にしゃがみこみ、地面に右手を当てた。


 陸は自分の足が誰かに触れられた感触を覚えた。同時に、彼独自の視界によって、自分の足の甲の上に何者かの手が乗せられている事が、はっきりと見てとれた。しかも乗せられているのは手だけだ。手首から先の腕は無い。さらに同時に、陸は認識していた。しゃがんだ純子の手首の先が消失している事を。

 次の瞬間、乾いた音が鳴り響いたかと思うと、手が乗せられていた方の足の、地面から膝までが氷の塊に覆われた。


「雪岡純子の冷凍攻撃、陸は片足が凍り付いて動けない」

 大ピンチにも関わらず、陸はゲーム風に実況することを忘れない。


「さてとー、都合よく私に敵対してくれたことだし、手足切断して達磨にして研究所に連れていって、解剖して改造して遊べるねー。美香ちゃんもこれで安心と。あ、どうして美香ちゃんや私を狙ったかも、拷問して聞きださないとね」


 転移させていた右手を戻し、純子は不穏な独り言を楽しそうに呟きながら、陸へと近づいていく。


「助っ人なんて全くいらなかったな。張の行動マジ無意味」

「うっさいなー」

 茶化す林に、張が口を尖らす。


「そんなことないよー。殺しちゃうだけならともかく、捕獲は難しいと思ったけれどねえ。張君達のおかげでうまくいったしー」

 張の方に一瞥をくれ、フォローする純子。


「どうしたものか……。ナイフで足切断か?」


 地面に繋ぎとめられる形で氷の塊の中に封じられた脚を見下ろし、陸は太股にナイフの刃を当てたが、そこで躊躇する。片足の状態で戦えるとも逃げられるとも思えない。


「こんな所でまさかのゲームオーバー?」


 明らかに自分の状況が詰んでいる事を理解し、陸は歪な笑みを浮かべる。今ある生をリアルと信じてないが故、死の恐怖などは無い。だがその代わりに、ゲームをクリアできずに終わる事への悔しさと怒りが強烈にこみあげてくる。


「クソゲーすぎるだろ。何でこんな理不尽なゲームパランスなんだよ」

 激しく毒づいて、近づく純子を睨んだその時――


 純子の頭部が、目の前で大きく弾かれた。


 陸はその空間把握能力によって、何が起こったかを正確に理解していた。遠方から飛来した銃弾が純子の頭部を穿ち抜けたと。


 陸以外の全員が、理解する事にコンマ数秒の時間を要した。張達も陸も、驚愕に目を見開いていた。狙撃の際に、微塵も殺気が感じられなかったからだ。純子にもわからなかった。だから撃たれた。


 雪岡純子はおよそ千年もの間生き続け、その間に数え切れないほど命を狙われている。それ故、大気を直接伝播する殺気はもちろんのこと、自分に殺意が抱かれただけでも、その者がたとえ地球の裏側にいようと、宇宙の果てにいようと、物理的な距離を越えて察知できる。しかし今回は、それが全く感じられなかった。


 狙撃された純子の体が大きく揺らぐ。銃弾は頭部を貫通している。どう見ても即死だ。


「僕は蛆虫……今までは蛆虫……でもあと何発かで、蝿になって飛びまわれる。僕は蠅だ。もうすぐ脱皮して蠅になるぞ」


 500メートル以上離れた歩道橋の上で、狙撃した張本人である葉山が、狙撃銃を構えた格好のまま、喜悦の表情を浮かべてぶつぶつと呟く。

 倒れかけた純子の足が動き、倒れまいと踏ん張った。その光景を見て張、孫、林、陸の四人はさらに驚愕する。撃った葉山自身も仰天し、その表情が凍りついた。


「今すぐ逃げて。ここは危ない」


 純子が張強達三人に向けて、警告を発した。頭部を撃ち抜かれて額と後頭部から血を撒き散らしながらも、なお純子は生きていた。


「隠れて。狙撃されるよ。気配を全く感じさせない狙撃手だから」


 純子の警告に従い、三名は近くにあるパン屋へと駆け込む。


 さらに狙撃。今度は陸の足を撃った。正確には、陸を地面と繋ぎとめている氷の塊が撃たれた。もちろんその一発で割れるわけもなく、さらに何発も撃ちこまれる。

 純子は撃たれた額を抑え、その光景をただ見送っていた。狙撃主の行動を妨げるより、己の傷口をふさぐことにまず専念した。穿たれた銃創の中に指を入れ、傷を塞ぐ応急措置。とりあえず出血と脳漿がこぼれるのだけはこれで防げる。


「葉山に助けられとはね……。まあゲームオーバーにならずに済んだだけマシか」


 数発の銃撃後、氷の塊から足を引き抜きながら皮肉げに笑うと、陸は堂々と純子に背を向けて逃亡を図る。純子はそれを追わずに見送った。


「んー、全然殺気感じさせない狙撃なんて、ちょっと信じられないなあ……。何者なんだろ」


 遠く離れた歩道橋の上にいる狙撃主を見据え、純子は唸るように呟く。どんなに殺気を消そうと努力しても、心の中で殺意のスイッチが入るその瞬間を消し去る事は難しい。加えて言えば、殺意の対象となったものが、危機を予見することまでは防ぎようがない。少なくとも自分には無理だし、それを実現できた人間などこれまで見たことが無い。


「何で……生きてるんだ……僕は蠅に……蠅になれなかった。蛆虫のまま……。せっかく蠅になれたと思ったのに……何てことだ……」


 一方で葉山も歩道橋の上から純子を見据え、落胆しきった顔で呻く。それ以上の狙撃を行おうとはせず、銃をしまうと、そそくさと退却していった。


 純子がパン屋の中に避難した三人を一瞥し、ピースサインを立ててもう安全であるサインを送った。


「大丈夫なのかよ……」

 どう考えても致命傷の純子に、張が声をかける。


「あまり大丈夫じゃないから、早めに研究所戻るねー。逃しちゃったのは残念だけど、お手伝いしてくれてありがとさままま」


 にっこりと笑って礼を述べると同時に、体や服についた血が赤い霧状になって宙に浮かび上がり、綺麗に消えて無くなる。その光景を見て、孫と林はぎょっとし、張は呆けたような顔になる。


「おい、張」


 純子が立ち去った後もなお、呆け顔でその場に佇む張に、訝しげに声をかける林。


「ヤベー、マジでこれは俺……惚れたかもしれん。いや、惚れたわ」


 呆け顔のままそんなことを口走る張に、林と孫は一瞬顔を見合わせた後、無表情のまま張の横をすり抜けていった。

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