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夜の安楽市絶好町歓楽街。三人の男が並んで歩いていた。一人は中肉中背、一人は太っちょで小柄、一人は長身でスリムと、バラバラの体型の三人組である。
「あーあ、早く日本と戦争しないかなー」
真ん中にいた中肉中背の男――中国特殊工作部隊『煉瓦』の一員である張強が、不穏な言葉を口にする。
「お前いきなり何言ってるの?」
長身の男が突っ込む。同じく煉瓦の一員で、名を孫弼という。
「俺が主席になったら、絶対日本と戦争始めて、勝ったら秋葉原を丸ごと本土に移送するのにさ。あーあ、明日目が覚めたら奇跡が起こって、いきなり俺が主席に指名されてないかなー」
「AV女優の輸入も頼む。あとイーコも捕まえて愛玩動物にしたいな」
張強の言葉に、太っちょちびの男が笑顔で付け加えた。名は林宗一。彼も煉瓦の一員だ。
「土地をまるごと輸送とか無理ありすぎだろ。深センで満足しておけよ」
と、孫。
「深センは遠すぎるし、今はもう低迷気味だからな。じゃあこういうのはどうだ。富士山から本土に向かってすごく長い橋をかけるんだ。坂になってるから、そこから同人誌やエロゲーやAV女優を転がして輸送するの」
自信満々に提案する張強。
「すげえ、常人には有り得ない発想。やっぱり張強は天才だわ」
「普通に飛行機で運べばいいって話だ」
笑顔のまま本気で感心している様子の林と、冷めた表情で突っ込む孫。
「あっ」
ふと張強が声を漏らし、歩みを止めた。
張強の視線の先では、白衣を纏った少女が歩いていた。孫と林も見覚えがある人物だ。
「あー、雪岡純子じゃん。俺だよ、俺。久しぶり」
躊躇なく親しげに声をかける張強。純子の足も止まり、怪訝そうな面持ちで張強を見る。
「えっと、どちらさんだっけ?」
「おいおい、張強だよ。張強。こないだ旧安楽寺院で会っただろ。名前忘れたけれど銃で撃たれた女の人を病院に運んだ恩人じゃないか。それを忘れるなんてひどいな」
「名乗られてないし、会話もしてないと思うんだけど……」
あまりの馴れ馴れしさに、流石の純子も苦笑をこぼす。
「わはは、ほとんど他人なのにそんな風に声かけられるのは凄いと思うわ」
張強を見ておかしそうに笑いながら言う林。
「んじゃこれから会話を重ねていくって事で、ちょっと飯でもどう? つーか、安楽市よく知らないから、うまい飯屋あったら紹介してよ。もちろん奢るから」
「んー……すまんこ。私、これから帰って御飯作らなくちゃならないから」
かなり近い距離まで接近してきてナンパする張強に、純子は心なしか引き気味になりながら誘いを断る。
「な、なんだって……。御飯を作らなくちゃな・ら・な・い……ってことは、御飯を作る相手がいるってことか。すでに誰かの物ってことか。やべえ……ショックだわ。俺好み超どストライクな子だってのにさ……。神様マジ意地悪」
大袈裟にまくしたてると、がっくりと肩を落とす張強。
「いや、彼氏とかそういうんじゃなくて、研究所に一緒に暮らしている人何人もいるし、私が御飯作るの担当だからって話なだけどさー」
「お、それならまだ期待してもいいのかなー?」
張強が表情を輝かせかけた直後、その顔が緊張に引き締まった。孫も反射的に身構え、林の顔からも笑顔が消える。
三人の工作員の視線の先には、懐から銃を抜いた男の姿が映っていた。その銃口はこちらに向けられている。
初めに弾かれたように動いたのは林だった。鈍重そうな見てくれに反して、素早い身のこなしだ。張強もワンテンポ遅れてその場から飛び退く。最初に身構えた孫だけは、その姿勢のまま動かない。
純子は振り返る事無く、大きく一歩、横に移動する。銃声が鳴り響き、純子のいた空間を銃弾が飛来し、その先にある店舗の柱を穿った。
移動直後に純子は体ごと振り返り、襲撃者の顔を見た。
「んー、あれが噂の谷口陸君かー。でもどうしてこっちに?」
純子の前に突然現れたその男が、美香を襲撃した人物であることはすでに真からメールで知らされている。しかも今度は自分の前に現れ、襲ってきた。
「動機がわからないなー。ていうか、何で私がここにいるってわかったのかも不明だけど」
「あれはお前が狙いなのか? 雪岡純子」
「んー、そうみたい」
鋭い視線で陸を見据えて問う孫に、純子が緊張感の無い声で答える。
「あいつって、昼に月那美香のライブで暴れたタブーの谷口じゃん。何で今度はお前を?」
今度は張強が訊ねる。谷口陸が美香のライブを襲撃した話は、すでに裏通りでは知れ渡っていた。
陸は次の攻撃に移る気配を見せず、閉じた目で観察でもしているかのように、銃を下げたまま、その場にじっとしている。
「私にもわからないよー。ただ、美香ちゃんとは友達だし、関係が全く無いってわけでもないんだよねー」
「ふーん、ならここは一つ、義により助太刀とまいろーかね」
不敵に笑って純子の前に進み出て、陸と対峙する張強。それを見て孫と林は呆れ顔になり、純子もきょとんとする。
「お前、その子にいいとこ見せて好感度アップとか、そんな事のためだけに騒ぎ起こす気か? 一応俺達は任務の途中なんだぞ」
無駄と知りつつも、孫は警告のつもりで言った。
「海チワワと本国マフィアの取引の妨害とか、どーせつまらせない任務だし、いいじゃん。支障無いっ……て!」
突然自分めがけて撃ってきた陸の銃弾に、余裕をかましていた張強の声が途中で上ずり、顔色が変わる。
すんでの所でかわした張強。陸は続け様には撃ってこようとせず、その場にじっと佇み、まるで張強のことを観察するかのように、閉じた双眸を向けている。
「中々早いじゃん。でも、近づかれたらそれで終わりだと思えよ。それまでに俺を殺せぇッ!?」
喋っている間に再び陸が銃を撃つ。今度は二発。そのうちの一発はまた際どい所でかわしたものの、もう一発は張強の回避先地点を予測して撃っており、張強の胸元に着弾した。
「あぶねー」
胸元で制止している銃弾を見下ろし、張強は胸を撫で下ろす。
「手間取らせるなよ」
張強に向かって手をかざした孫が、うんざりした表情で言う。気功によって障壁を発生させて、銃弾が張強の胸を穿つ直前で止めたのだ。
流石に張強も無駄口を慎み、ジクザグにステップを踏みながら陸との間合いを一気に詰める。
「武器、ナイフ、攻撃、謎の男」
陸は何ら動じる事なく懐に銃をしまい、呟きながらナイフを抜くと、腰を落とし、互いに近接攻撃が届く範囲まで接近した張強めがけて横に薙いだ。
それまで一切動じなかった陸であるが、ナイフによる一閃をかわした張強の動きには驚かされる事となった。空中に飛びあがったかと思うと、さらにそこからジャンプし、2メートル以上跳んでいる。
陸の常人とは異なる目は、張強の足元に生じた不可視の気塊の存在も、しっかりと捉えていた。それを踏み台にして彼が、空中で二段ジャンプを果たした事も。
張強はそこからさらに気の塊をもう一つ空中に作りだし、その上に両足で乗る。傍目からは空中に浮いているように見える。
「へー、こりゃ面白い」
その光景を見て、純子が微笑みと共に感嘆の声を漏らした。




