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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
2 正義の味方と遊ぼう
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3

 破竹の憩いは最近まで名を知られていなかった武器密売製造組織だが、レッドトーメンター改というBC兵器の販売に踏み切ってから、全世界から注目が集まるようになった。


 ウイルス兵器の製造販売は国際法で制限されていたが、バナラ政府軍が使用に踏み切っても、国連からも各国からも、最終奥義――『極めて遺憾』があっただけで、制裁措置などが発動する気配は見受けられなかった。

 ただでさえ世界中で内乱や民族紛争の多発しているこの御時世では、国際批判など全く意に介されない。生物兵器であるバトルクリーチャーも国際法を無視して使用され続けた結果、逆に認められてしまった程だ。コストのかからない兵器は歓迎される。

 だがそれでも、空気感染で直接的な死に至るBC兵器を国家単位での販売に踏み切った武器密売組織は、破竹の憩いが初めてであった。しかもそれが歴史に名を残すであろう大量虐殺を引き起こしている。


「これを皮切りに、間違いなく他の武器製造企業も、ウイルスや細菌の兵器化に着手していくだろうな」


 破竹の憩いの本拠地の工房にて、レッドトーメンター改の生産されていく様子を見ながら、破竹の憩いのボスである蔵大輔は言った。

 歳は四十代といったところ。彫りの深い顔立ちで、体格はがっちりとしていて、服の上からでも胸板が厚いのがわかる。肩幅も広い。


「だが我々はその先を行かないといけない。大量破壊兵器を世界に浸透させたうえで、その大手は破竹の憩いであるということも、同時に人々の意識に浸透させないとな。というわけで……福田、ニューレッドの開発状況は如何なものかね」


 蔵が傍らにいる白衣の小男に声をかける。


「まだ試行錯誤している段階でしてなあ。私としても完成を急ぎたい気持ちでいっぱいなのですが」


 レッドトーメンターをベースにして、レッドトーメンター改を作り出したマッドサイエンティスト、福田重が不遜な口ぶりで答えた。


「そっちが事業を拡大させたい気持ちもわかりますがねえ、それは私のモチベーションにはならんのです。私のモチベーションを維持させるための努力も、そちらにはお願いしたいところですねえ。私の力を頼りたいんであれば、そうする義務があるでしょ?」


 せせら笑うかのような口ぶりの福田から、蔵は視線を外した。この男の言動には腹を立てないように努めているが、それにも限度がある。必要最低限でしか顔を合わせたくない。

 歳は蔵より下に見える。恐らく三十代後半から四十代前半であろう。額が狭く三白眼で常に口が半開きの状態と、顔を見ているだけで気分の悪くなってくる男で、何よりも、蔵の神経を逆撫でする言動ばかり口にするのがたまらない。


「綺麗所でも呼んで持て囃そうか? まあ貴方の研究成果が、我々の組織の力をどこまで伸ばすかにかかっているのは事実だ。要望は遠慮せず言ってくれ」


 なるべく気持ちを抑えている蔵だが、福田の横柄な態度には、ついつい皮肉りたくもなる。


「女性には興味が無いのです。いや、ホモとか不能というわけではなくね」

「なるほど。二次元がよろしいか」

「ふ、ふざけるな!」


 冗談のつもりで口にした言葉にあからさまに狼狽する福田を見て、蔵の溜飲が少し下がった。


 その時、インターホンが鳴った。


『ボス、例の方が御到着なされました』


 相手は組織のナンバー2である柿沼喜一であった。スピーカーから響く声には、明らかに脅えが混じっている。


「通せ」

 一言返して、蔵は工房から出る。


「貴方も来るのか?」

 自分の後をついてきた福田を見て訝る蔵。


「そりゃあね。オリジナルを作った人物ですし、同じ畑の者ですし、私もいた方がいいでしょうよ。国際マッドサイエンティスト会議で何度か実物を見たこともあるが、会話したことは無いですしな。興味はありますとも」


 福田にしてはわりとまともな返答が返ってきたことに、少し驚く蔵。国際マッドサイエンティスト会議という代物に関してはまともとは思えなかったし、詳しく知りたいとも思わなかったが。


 応接室の扉を開くと、柿沼と、白衣姿の少女と制服姿の少年が室内で待っていた。二人共とても綺麗な顔をしている。カップルならお似合いの美男美女といった所だろう。


(これがあの悪名高い雪岡純子……。それに相沢真か)


 自分を見上げ、愛くるしい微笑みを浮かべるショートヘアの美少女を見下ろし、蔵は意外に思う。写真で見たことくらいはあるが、実物を見ると一段とイメージが異なる。


 雪岡純子――その人物のことは蔵もいろいろと聞き及んでいる。数々の特許と多大な実績を持ち、数世代分も進んだ科学技術力を持つと言われる科学者。人体実験を平然と行い、ネットで実験台を募集するマッドサイエンティスト。些細なことで抗争を始める、裏通りでも指折りのトラブルメーカー。

 ユキオカブランドと呼ばれる武器及び薬物の独自ブランドまで作り、世界最大の武器製造密売組織である『妊婦にキチンシンク』とも提携を結んでいる。

 様々な逸話を持ち、裏通りにおける生ける伝説の一つとされたメジャーネームが今目の前にいる事に、蔵は緊張を覚える。


「破竹の憩いを仕切っている蔵です」

「はじめましてー、雪岡純子だよー。早速だけど、君達が私の発明品を改良したウイルス、その製造過程や製造データを直に見せて欲しいんだけどー」


 挨拶するなり、真紅の瞳を輝かせながら、笑顔で要望をぶつける純子。


「こちらもいきなりですが、ちょっと失礼してよろしいか」


 断りを入れてから、蔵は福田と柿沼を手招きしながら、そそくさと部屋の外へと出る。


「入ってくるなり出ていったな」

「何か手違いがあったのかなー」


 訝る真と純子。今口にした要望も前もって伝えておいたはずだが、蔵達は面食らっているかのように見えた。


「データを見せるのを拒否したら、すぐドンパチという可能性はあると思うか?」

 福田に向かって訊ねる蔵。


「可能性はありますなあ。気に障った相手は即潰しにかかる好戦的な人物とのことですし、我々は彼女に敵視されるに足る行為を行っていますしな」


 苦笑しながら福田が答える。敵視されるに足る行為という言葉に、蔵は頭をひねった。それが何なのか、組織の長である自分に全く覚えが無かったからだ。


「何だそれは? 何か不味いことをしたのか?」


 無意識に威圧的な声音を発する蔵。その視線の先にいるのは福田ではなく、柿沼の方だった。


「元々雪岡純子が作った兵器を改造して、その名前を拝借して、商品として売り出していますしねえ」


 言いにくそうに答える柿沼の言葉に、蔵の顔色が変わった。


「待て。商品として売り出す前に、当然、オリジナルを作った雪岡純子への許可は取ったわけだろう?」

「いや……その……実は……商品名の許可をいただいてはいなかったのです」


 目を剥く蔵に、段々と柿沼の言葉が尻すぼみになっていく。


「そんな話は聞いてないぞ! 何やっているんだ、お前は! 許可が無いのなら便乗商法……いや、パクリじゃないか!」


 蔵が声を荒げる。この男に一任したのは間違いだったと己の迂闊さを呪う。それは当然行っていた事だと信じて疑わず、確認を取っていなかったが、相手が相手だった。


 柿沼は二十一歳の若さにして、組織のナンバー2まで出世しただけあって、それなりに多くの実績をあげているが、たまに大きなポカをやる。行動は大胆だが、細心さに欠ける。考えなしに動き、結果的に成功した実績だけで出世した男である。


「まあ……その事を不快に思われているわけでもなく、興味を示してくれたのだから、友好関係を保つためにも見せた方がいい、か」

「冗談じゃありませんなあ」


 蔵の言葉に、福田が不機嫌そうに反発する。自分の成果を勝手に見られる事に不服があるようであった。


「冗談じゃないはこっちの言葉だ。貴方はオリジナルでウイルスを作ったわけでもない。あくまで雪岡純子の作った物の改造品だ。それでいてその名前を無断拝借している。こっちのやったことがどれだけふざけた行為か考えてみろ。悪いが許可は出させてもらう」


 一方的に断ずる蔵。


「ニューレッドに関してはどうします?」


 歯噛みしながら訊ねる福田。ニューレッドとはレッドトーメンター改をさらに改良進化させたウイルスであり、今後の目玉商品にしようと目論んでいる代物だが、現在はまだ開発段階にある。


「それは――流石に見せられないな」


 そう答えると蔵は応接室に戻り、純子に向って深々と頭を垂れる。


「お待たせしました。データの閲覧の件、承知しました。というか……何かいろいろととんでもない手違いがあったようですね……。貴女に無許可でレッドトーメンターの名を使って販売していた事は、非常に申し訳ないと思っています。すぐ取り消して別の商品名に……」

「いやいや、今更名前変えても仕方ないし、過ぎたことはいいよー。私のブランドにあやかって君達の商品が売れたからって、そんな事で怒ったりしないしー」


 謝罪する蔵に、笑顔のまま告げる純子。嫌味や皮肉が込められている様子は無いので、蔵は胸を撫で下ろす。


「しばらくここの研究施設使わせてもらっても構わないかなー? 君達の改良したウイルスを使って、いろいろ実験もしてみたいしー、ひょっとしたら、さらに改良できるかもしれないからさー」

「ええ、どうぞ」


 廊下から福田が舌打ちしてくるのがはっきりと聞こえた。どうも雪岡純子に対して激しいライバル心を燃やしているようだ。


「全く、厄介なことをしてくれたもんだな」


 純子と真が研究室の方へと移動した後で、蔵は柿沼を捕まえて説教を始めた。


「月那美香の襲撃の件といい、最近のお前の手落ちぶりは目に余る」

「いくら強力な個人とはいえ、一人で一つの組織を潰せるわけがない。そう思って油断していました」


 萎縮して弁解する柿沼。


「だが実際に幾度も取引の妨害を受け、工場を一つ潰されている。今いた雪岡純子の殺人人形といい、一個人で組織を一つ潰せるような怪物は、裏通りにはごろごろしている」


 純子に付き従っていた少年――相沢真の名も、裏通りで知らぬ者のいないメジャーネームの一人であった。通称『雪岡純子の殺人人形』。

 マッドサイエンティスト雪岡純子に敵対したあらゆる者を倒してきた、雪岡純子専属の殺し屋だ。殺人人形の呼び名は、人前で表情を見せなくて人形じみている事からついたとも、純子に作られた生物兵器かサイボーグなのではないかという噂が、由来とも言われている。


「今後の被害を抑えるためには、確実に潰しておきたいところだな。月那美香の動きを把握したうえで、そこに戦力を惜しまず投入しろ。外部の者を雇っても構わん」

「わかりました……」


 うなだれて消え入りそうな声を漏らす柿沼だったが、その口元が笑っていた事に、蔵は気付いていなかった。

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